67.量産型子豚
トントン貯金箱の試作品が五日前に届けられた、色も柄も無い素焼きの子豚貯金箱だ、リリーはとっても気に入ったようだ。
それはもう、気に入りすぎて中にお金を入れる使い方をせず、机の上の番犬ならぬ番トンにしているぐらいには。いや貯金をしてくれ作った意味がないだろ。
「ふふ〜ん、可愛いねぇ、コトンちゃん可愛いねぇ」
「ぷきゅぅぴきゅきゅきゃぴ(貯金箱に名前つけてやがる)」
「ミニトンちゃんと並べて見ると、とおっても可愛いねぇ」
「ぴぃぴきピャピャキュキャぴきゅきゅぴぃー(金色に塗られた木彫りのトントンにも名前つけてやがる)」
いや貯金箱として使ってくれってば。困ったもんだ、貯金箱が可愛くてリリーは貯金を始めない、ヒゲオヤジにそれを知られる、貯金箱作戦失敗だと言われる。それは避けたいんだけど。
ぷぷぅ……と鼻を鳴らしてみるも、リリーは一向に硬貨を入れないし、チャリンなんて音もしない。そんな困った私とご機嫌なリリーの元に、メイドさんがヒゲオヤジが呼んでいると言いに来たのだった。
◆〜◆〜◆
え?普通に作ったの?リリーの為に一つ作ってくれたんじゃなくて??シャスタお兄様とリリーが不思議そうな表情をして並んで座り、トレードさんがそんな二人にプレゼントとくれたのは、手のひらサイズの金色の子豚貯金箱。しかしその色はどうなんだろう。
話を聞くところによると、商人暮らしのスペシャル版限定商品を出すそうで、それのオマケとして配布してみて、限定スペシャル版のお客の反応と売れ行きで量産する初回の個数を決めるのだそうだ。
喜色満面で受け取った金の子豚を抱え上げ、くるくると周り出すリリー、まずお礼を伝えるお兄様、バランスを崩しすっ転ぶリリー、貯金箱を受け取るお兄様、リリーの手から吹っ飛ぶ金の子豚貯金箱。
そして床にぶち当たり、殉職する子豚貯金箱。
シン……となった部屋の中、呆然とするリリー、そのまま十秒ほど経った後、みんなが慰め始めた。
「……り、リリー?大丈夫か?怪我は無いか??」
「コトンちゃん二世が……」
「ぷきぷぴきゅきゅ(もう名前つけてる)」
「リリー、僕のトントンあげるよ」
「それはお兄様のトントンだから……」
「お嬢様、今日のオヤツはリリーお嬢様の好きな物にしましょう!ね!」
「ありがとう……」
「大丈夫ですよ!まだ金のトントンの在庫はありますし、すぐにでも新しい物を差し上げますから」
「トレードさんありがとう……コトンちゃん三世、リリー大切にするね………」
「ぷきぷぴきゅきゅ(もう名前つけてる)」
壊(屠殺)されるの早かったなぁ。床の貯金豚バラバラ死骸に鼻を近づけ、コトン二世の御冥福を祈った。
◆〜◆〜◆
二世がこの世を去ってから一週間後、リリーのもとに金色でぴっかぴかのコトン三世が届き、お腹いっぱいにしてあげてねという説明書付きにして貰ったところやっとリリーがお金を貯め始めた。
あぁやっと貯金を始めてくれた、死んだ二世も本望だろうよ。ベッドの上でコロリと転がり、いそいそと硬貨を取り出すリリーの手元を見つめる。
チャリンと小気味良い音を立てる金のトントン貯金箱、それが何も無い所でつまづいたリリーの手を離れ、宙に浮き、キラキラ輝きながら山なりの軌道を描き。
「プッ(あッ)」
「ああっ」
ぽふっ
私の持ち物である柔らかなクッションの上に四つ足で着地した。さすが三世、凄いぞ三世、コトン三世。
「プピっプピャ〜〜〜〜ァ(コトン・ザ・サ〜〜〜〜ド)」
「トンちゃん」
「ぴぅ〜〜!(ワォ〜〜!)」
世界を飛び回った大怪盗の孫を思い出し、つい口に出してしまった、許せリリー、わざとじゃ無いんだ、だって三世って言われるとねぇ。
リリーは怒った声で私の名前を呼んだ後、貯金箱に傷がついてないか、ヒビが入っていないか確認する為に持ち上げた。
さてお出かけすっか、立ち上がって一度犬みたいに身体を震わせ、大きくジャンプして四つ足で床に着地する。決まったぜ。
「ぷッぷきっき〜ぷ〜き〜き〜(金色ッの〜こ〜ぶ〜た〜)」
「トンちゃん」
「プッキプキ〜ぷ〜き〜ぷ〜(貯金〜ば〜こ〜さ〜)」
「トぉンちゃん、お話しできなくても、リリーの事からかってるのは分かるんだからね」
「ピピーぷぅ〜ぷききぷ〜き〜ピピキ〜ぷ〜きぷ〜〜(リリーの〜幸せ〜を〜切に〜ね〜がう〜〜)」
「歌うの止めないとリリー怒るよ!?」
オォ怖いこわい。子豚はチャカチャカと逃げ出し、匿ってくれとシャスタ博士の部屋の前まで走ってきた、コンコンコン、入ってますか。
ガチャ。
「トンちゃん、ちょうど良い所に」
「ぴーぴーぴ(いーれーて)」
「この前もらったトントンの貯金箱がいっぱいになったんだ、今から割ろうと思うんだけど」
「ぷぴぴぷぷぴゃ(貯めるのはや)」
「部屋の中で割ると破片が飛び散るから、廊下で割ろうかなって思って、片付け用の箒とちりとりもあるよ」
リリーのコトン三世なんてまだお腹の三分の一すら貯まってないっていうのに、お兄様、なんて恐ろしい子。テタテタとお兄様の足元に寄り、お腹いっぱいになった子豚の最後を見守る。
両手で金のトントンを持って、上に掲げ、勢いよく床に投げつけた。
「えいっ」
ガシャパリンッ!!!!チャリリ……
「わぁ、結構お金貯まってるね」
「ププピピキャぴきゃきゃきゅきゃぴぃ(ここまで躊躇なくされると見ていて清々しいわ)」
「いくらぐらいだろうなぁ、入れた硬貨がバラバラだから、数えないとダメだ」
「ぷぅぷぷきゃーきぴぴ、ぷきゅきゃききゃピュぴギキュきゃ(そうよこう使って欲しいのよ、沢山貯められたんだなって達成感を感じて欲しいわけ)」
うむうむと頷き、お金を拾い集めるお兄様を見ていたら、向こうからリリーがドタバタと走ってきた。
と思ったら床に散らばる硬貨と金色の子豚貯金箱の残骸を見て、顔を真っ青にしてこう叫んだ。
「なぁに今の音トトンニちゃんが!!?」
「トトンニちゃん」
「ぷぴぴプきャキュきぴぴぴぷぴ?(人の貯金箱にまで名前つけてんの?)」
「お兄様、なんで、なんでトトンニちゃんを殺しちゃったの……?」
「貯金箱の説明書に、トントンのお腹をコインでいっぱいにしてあげたら周りの安全に十分注意した上で、硬い床か石にぶつけ、割って中の硬貨を出して下さいって書いてあったからかな」
「ぷぴぷきゅきゅいピキキぴぷきぴぃ(それがこの貯金箱の正式な使い方よ)」
よろり、よろり、がくっ。大袈裟なほどわざとらしく膝を床につき、泣き声の一つも上げず目からポロポロと大粒の涙を流し始めるリリー。だからそういう貯金箱なんだってばこれ。
お兄様がポケットからハンカチを取り出し、リリーに渡した。リリーはその白いハンカチを広げて、かちゃり、かちゃりと丁寧にトトンニ?ちゃんの身体を回収し始めた。いや涙拭けよ。
「リリー?手が切れちゃうよ、箒とちりとりで回収しよう??」
「…………」
「ぷぴぃ?ぴぴぃぴぷきゅきゅきピピキャァ(リリー?破片を集めて何するつもりなの)」
「………………」
「ぴぴぃ……(リリー……)」
床に散らばるお金には目もくれず、黙々と金色の破片をあらかた集め終わったリリーは、無言で立ち上がり何処かへと歩いていく。
お兄様と顔を見合わせて、一体どこへ向かっているのだろうと、俯き歩き続けるリリーの後を追った。
暫く歩き続け、着いたのは町の金物屋さん。何故金物屋さん?首を傾げながら、俯いたままだが躊躇なく中に入っていくリリーの後を追う。
中に居るのはお鍋とかフライパンとか直してくれる職人の爺ちゃん、リリーの掌の上の物を見て、リリーの顔を見て、目を丸くした。
そんな職人爺ちゃんに無茶振りを始めるリリー。
「トトンニちゃん直してください」
「リリーお嬢ちゃん、あんな、悪りぃがコレは陶器なんだな、金ピカだけど金属じゃないからオイには直せんよ……」
「トトンニちゃんを直してください、お願いします」
「陶器は粘土が主な材料だから、金属加工の人には直せないよ、すみませんテリアルさん、ほら、リリー帰ろう」
「ドドン゛ニ゛ち゛ゃ゛ん゛な゛お゛し゛て゛」
「ごめんなぁ、オイは金継ぎなんて洒落たのはしたこたぁねぇからよぉ、いくらリリー嬢ちゃんの頼みでも直せねんだぁ……飴ちゃんやるからなぁ、ごめんなぁ……」
「あ゛あ゛あ゛ア゛」
なんかリリー滅茶苦茶泣くじゃん。子豚困惑しちゃう。よしよしと慰められるリリーを見ながら、ううむこれは情緒を育てるキットでは無いんだけどなぁとまた私は首を傾げたのであった。
◆〜◆〜◆
なんとか泣き止み帰ってきたアリュートルチ家の裏手、ヌシ様の背中から取った薬草を育てている鉢植えと花壇の側。
エグエグ泣きながらリリーは土を掘り、オグオグしゃくり上げながらハンカチの中の貯金箱の残骸を穴の中に優しく入れ、それはもう顔面をべしょべしょにしたまま丁度いい大きさの石を持ってきて上に置き、貯金箱の墓を建てた。
「トトンニちゃん、助けられなくてごめんね……」
「ネモフィラ花の種を蒔いたよ、適当な間引きをすれば、きっと放置していても綺麗に咲くと思う」
「ぷぴきょぴきゃきゃ(何このテンションの差)」
お兄様が部屋から花の種を持ってきてくれて、貯金箱のお墓の周りにお花の種を植えた、まぁ元は粘土だし土には還るだろうけど。
兄妹が埋めて適当な大きさの石乗っけただけの墓の前で手を合わせているが、私、一つ気になる事があるのよ。隣にもそれなりの大きさと石と土の盛り上がりがあるけど、これって何の墓??
蹄で隣の石を指し、アレはなんだとリリーの服の裾を引いて聞いてみた.
「ぴぴー、きゅきゃきゃきゃ?(リリー、こっちは何?)」
「トンちゃん、隣はコトン二世のお墓だよ、リリーのせいで殺しちゃった……」
お前も墓立てられてんのかーい。テンションが上がったリリーが振り回して、即殉職した哀れなコトン二世、トントン貯金箱の墓が立つとは、恐ろしやリリー。貯金箱として使ってくれよリリー。
この後、リリーを元気付けるため、お兄様が貯めておいたお金でカモネスお菓子パーティを開いた。
晩御飯前だったので普通に怒られた。
◆〜◆〜◆
またアリュートルチのお嬢様が、トンちゃんを連れて買い物に来た。お菓子コーナーの前にしゃがみ、あれやこれやと選んでいる。
「トンちゃん、リリーはこれが食べたい、トンちゃんはこれが食べたい、ならお互いがお互いの欲しいのを買って半分こすればどっちもハッピーだと思うのよ」
「ぷきゃきゃきゅきゃーぴきぷきゅきぃ」
「トンちゃんは美味しいカステラが食べたい、でもお饅頭も食べたい、リリーはお饅頭が食べたい、でもカステラも食べたい、二つとも食べられたら幸せじゃない?」
「ぴーキッキピャキュキャギャぴぃ」
「大丈夫、メイドさんに頼んだらちゃんと半分こにしてもらえるから、トンちゃんのカステラも半分頂戴」
「ぷききぴきぴきゃきゃきゅーギゃー」
どうやら交渉術を学んできたらしい、ぷきぴきというトントンの鳴き声と、真剣な顔と声でトンちゃんの利が少ない交渉を平気で進めるお嬢様。
普段より個数が少ないお菓子をカウンターに乗せ、会計を済ませて扉へと歩いていった。
「トンちゃん、リリーね、節約っていうのを覚えたの、節約すると、コトン三世のお腹もちょっとずつ貯まるのよ」
「ぴぃ」
「節約を始めてからね、お菓子が毎日買えるようになったの、コトン三世って凄いのね」
「ぷぴぴききゅっきゅきぃ」
「帰ったらカステラ半分頂戴ね」
「ぴぴぴ」
そのまま扉を開けて外に出て行くお嬢様とトンちゃん、コトン三世って誰だ。コトン三世って、誰だ……?トンちゃん以外にもトントンを飼っているのだろうか。
突如現れた謎の子豚……トントン……コトン三世って……誰だ…………??
俺のラジモンである、緑の勲章を胸につけたカモラインのシロが、宙を見つめコトン三世とはなんなのかを考えている俺を見て一声鳴いた。
「コトライン!」
コトン三世って、なんだ…………??
ネモフィラ: 私達の世界にも実在する花。