63.シャスタ・アリュートルチと怨嗟の石
BGM:コログミ狂騒曲
怖々恐々コワこわ、グツグツと煮詰められる鍋の中から、コログミの悲鳴と芳しい香りがする。よく絵本とかである魔女の掻き回してる鍋じゃないんだから、こういう不気味なのは止めてくれ。
柄の長い木のヘラでグルグルと掻き回されている鍋の下には、亀型魔獣の"コンロガメ"。背中がガスコンロのような形になっていて頭を押すと火をつけてくれるんだけど。
「ぷぴぃキュゥキュキキ?(誰のコンロガメ?)」
「お母様からチャーミーを借りたんだ、代わりに遠くに行くなって言われちゃった」
「ぴぴぃぴきプキキィぴ(お母様のラジモンなのね)」
「実験に使うコログミは市場で買ってきてもらったんだ、それと、近くで採れるようにミョウガサマの山から抜いてきて、レベルさんのナッツ畑の周りに植えたんだよ」
「ぷっきプウキきぷぴぴキュゥ(ナッツ農家のレベルさん)」
「コログミは実る周期が早いからね、どれだけ採取しても、三日後にはまた新しいのが実っているんだ、不思議だよね」
「ぷぴぷきピキキキぷきゃぴきゃきゅ……(声さえ無ければ完璧なのに……)」
私の非常食として完璧なのに……。部屋中を満たすコログミの悲鳴を聞こえていないフリをして、お兄様が譲ってくれたスコーンを齧り紅茶を飲む、やっとオヤツにありつけたわ。ちょっと冷めてるけど。
それにしてもこの悲鳴の中、ピクリとも表情を変えないお母様のラジモン、コンロガメのチャーミーは流石ね。鍛え方が違うわ。背中に鍋を置かれ、いい感じに火で温めているチャーミーに近づく。
そもそも亀って耳あるのかしら?そういや亀って耳の穴とか無くて、鼓膜が頭に直接付いているって聞いたことあるわね。煩くない?この悲鳴、ねぇ。
「ぷきー、ぴゃーきゃー?(へろー、チャーミー?)」
「………………」
「ぷーぴーぷー??(はーわーゆー??)」
「……………………」
「トンちゃん、コログミで作ったジャム塗るかい?」
「ぴきぴぃ(いらない)」
反応が無い。そうよね、発声器官が無いから、鳴き声も無いわよね、トンちゃんうっかりしていたわ。千切ったスコーンをそっと差し出すと、もしゃもしゃと食べてくれたチャーミー。お友達にはなれそう、お母様に似て反応は薄いけど。
悲鳴がいっそう酷くなった部屋の中、コトコトと揺れる鍋を見つめ、って待て亀、まてチャーミー、お前なんだその鼓膜の位置をカバーしている蓋みたいなものは。
「ぷん?ぷぷぴぷぱん??(はん?鼓膜遮断??)」
「コログミは一色だけ集めて溶かすとジャムになるんだけどね、二色以上だと、組み合わせによっては美味しくなったり不味くなったりするんだ」
「ぷぅピピピプぷきぃぴきき?ぱ?ぷききぷぴ??(コンロガメ固有技か?は?ズルくない??)」
「じゃあ六色全部入れてみようって僕考えてね、今各色同量のコログミをこうやって煮詰めてみたらね」
「ププピィピピキュキュキャキュキャォぴぴぴきゅき(私だってスキルポイントさえあれば耳の中に膜ぐらい作れるのに)」
「硬化して黒い石みたいになったんだ!ほら、見てみて、透明で硝子を溶かした塊みたいなんだ」
「ぷぴぴキィぴにプキニャプニ!!(気付かないようにしてたのに!!)」
気付いてないフリしてたのに!足元に転がっている小さい石たちからは、コログミよりも酷い懇願……いや、怨嗟の声が聞こえてきていた。
今だって止めろクソデカいそれを近づけるんじゃ無い子豚にそれを近づけるんじゃない!!明らかに台詞に意思が宿り始めてるもん!石だけに?ふざけんな!!!!ほっぺに押しつけられる石から距離を取れとれない止めて!!子豚虐待よ!!!!
コロシテ…………ヤル……
「ピピピビーー!!(セリフホラァーー!!)」
「ね?石みたいだろう??」
コロシ……テ……ヤル……コノヨウナ……ハズカシメ…………
「ピピキプキビキピビィーー!!(怨嗟吐いてるカラァーー!!)」
「このくらい大きければ加工も簡単かなぁ、少なくとも歯で噛むと、歯が欠けそうなぐらい硬くなっているんだ」
ユルサヌ……コロ……タタリコロス…………
「プピピビャァ!プピギギギピピビビャァ!!(台詞がァ!意志を持ち始めてるカラァ!!)」
「日の光にかざすと綺麗だけど、僕には加工技術は無いんだよなぁ」
ゼッコロ……!!
「プピパパピピぷギィ゛!!?!?(今すぐ砕いテェ!!?!?)」
絶殺とか言ってるその石ィッ!!日の光を受け、微かに虹色にキラキラと輝くその石から聞こえてくる純粋な殺意に満ちた声。
塵も積もれば山となると言うが、コログミを煮詰めれば怨嗟の石ができるのか、絶望の錬金術じゃん。今すぐ禁術にしろ。
うたた寝し始めたコンロガメの横で、出来上がった怨嗟の石達を観察するお兄様。
満足するまで観察した後、微妙に輝く石は、不幸な事にリリーの宝石箱へと入れられることとなった。勘弁してくれ。
子豚、怨嗟の石による不眠生活の始まりである。
◆〜▷◁〜◆
ワシはチャーリー・アリュートルチ、この領地の君主だ。それはそうと、最近、あの憎き子豚がやつれてきた気がする。
執務室の机に肘をつき、開いた扉の外を歩いて行く薄桃色のトントン、やはり痩せた気がする。心なしかどんよりとした空気を纏ってふらふらと不安定な足取りで進む子豚。
「……ぷき……ぷき……ぷきき…………」
昨日の夜中も、ワシのオヤツ棚から懲りずにオヤツを盗み出そうとして、力尽きたのか魚の干物を抱えながら床に倒れていた。目の下にくっきりと黒いクマをつけて。
断じて心配しているわけでは無い、だが、子豚が病気だったらワシの愛娘が悲しむから気にかけてやっているだけだ。断じて子豚の心配はしていない。
「ちょっと来い子豚」
「ぷきぃ……?」
「悪いようにはせん」
「ぴぴー…………」
なので、魔獣医が必要かどうか聞く為だ、廊下を右に左にと揺れながらどこかへ歩いて行こうとする子豚を拾い上げ、クッションを机に置いてその上に座らせる。
正直、大人しすぎて気味が悪い。ぐらぐらと頭を揺らす子豚を見ながら、メモ紙をその辺から出して前に置いた。
「……子豚、最近寝れていないのか?」
「ぷき」
「風邪か?それとも腹痛か?」
「ぷぷき」
「寝不足だけか……ちぐらが寝苦しいとか問題は?」
「ぴ」
「無い、と、では何故だ??」
弱々しく首を振ったあと、震える蹄で首の赤いクレヨンを持つ子豚。そしてゆっくりと、ガタガタの文字である単語を書いた。
『 怨嗟 の 声 』
聖水を買ってこようと思った。
◆〜▷◁〜◆
禁断の錬金術師シャスタ・アリュートルチが怨嗟の石を創り出してしまったのがおおよそ一週間前。リリーの宝石箱から光がないと綺麗じゃ無いその石が取り出され、ヒゲオヤジへのプレゼントと代わったのが三日前。
その時。たまたま遊びに来ていたトレードさんが、見た事のない性質の石ですねと興味を持ち、じゃあ全部さしあげますとヒゲオヤジが横流しした。
こうして人の手を渡りまくった怨嗟の石は、宝石職人の手により美しく加工され、船の舳先に取付られる黒鴎商会が注文した女神の飾りの一部として使用される事となった。
船を作るときに、各々が思う女神を舳先の飾りとするのが習わしらしい、なのであそこの力瘤作ってる男神っぽいのも多分女神。強そ。
「ぷぴぷきぷぷきゅき、ピピープぷきぴぴぴきゃかきゃきゅきゅきゃぅ(そういう事で今、トレードさん家の船を観にきているわ)」
「トンちゃん、マリーちゃん家のお船おっきいねぇ」
コロシテヤル……コロシツクシテヤル…………!
「ぷぴぃぴぷきょぴ(殺意が強い)」
「あれかなぁ、リリーの宝石箱に入ってた石」
「ぷぴぴきゅぅき(確実にそうね)」
ブリリアントカットだっけ、太陽光を受け虹色に光る黒い宝石の形へと姿を変えた怨嗟の石は、港に響き渡る声……声?で殺意を撒き散らしている。それを聞く事なく、感嘆の声を漏らす人間達。
私に出来ることはお兄様にこれ以上、コログミへの興味を持たせない事。人間達の足元や肩に居る魔獣達を怯えさせない事、あんな呪われそうな船一隻でいいわ。
「あ、リリーだ、久しぶり」
「ルゴンくん」
「ぴ、ぷぴ?(え、誰?)」
いや、誰??リリーの知り合いで私の知らない人が居るというのか。リリーの腕に抱かれ、一緒に振り向く。小麦色の肌が眩しい、確か、這い寄る触手、シューパンツァーの飼い主の。てかさ。
「ぷぅぷぴぴきゅぴき?(半袖は寒くない?)」
「ルゴンくんもお船見にきたの?」
「うん、作ってる時からシューパンツァーが嫌がってるみたいでさ」
「ぷピピぷぷぴ?キュキュきゃきゅきゃぷぷきぴぴぃ??(しかも短パン?もう秋も終わるわよ??)」
「へぇー、なんでだろうね」
「わかんない」
「ピーキュプキぷぷぴぴぴぴゅきゃきゅきゅきぃ、ぷぷぴぷキャァ、ピピピピぃ(チュートリアの町と比べて極端に南の方とかじゃないし、普通に風邪ひくから、上着を着ろ)」
「でも夜中によく船の底を突きに行くみたい」
「ぴぴぷぷぴキャキャギィ(今すぐにやめさせろ)」
怪奇現象どころの話しじゃ無いそれ、力加減を間違えたらこれから出航する船に穴が開くやつ。うごうごとリリーの腕から抜け出し、被害船の状況を把握してトレードさんに教え……
コロスゥゥ……コロォォォオ…………!!
ラジモン達の安寧の為にも教えないほうが良いのかもしれない、つつくって言ったって、そんな船壊す程ではないかもしれないしね。ちょっと耐久年数が減るぐらいよね。
そっとリリーの腕に戻り、口を閉ざす子豚。早めにあの殺意の波動を海の向こうへ送り出して欲しい、ミウの町のラジモン達が可哀想だ。
お口チャックを繰り出した私を他所に、リリーがとある謎へと迫り出した。
「ねぇ、ルゴンくん」
「なんだ?」
「半袖と短パンで寒くないの?」
「ぴぃぷキキー、ぷキャキャぷぴぴゃぴゃぷきぃ、ププキャキュぷきゃきゃぃ(いいぞリリー、全国の半袖短パン民に言ってやれ、風邪引くからあったかいの着ろって)」
子供は風の子って言うけど、体調崩すのは超早いから心配なのよ。ズリりと落ちかけたので、リリーの腕に頑張って這い上がり、しがみつく。
ルゴンくんは二、三度瞬きをした後、腰に両手を当てて得意げにこう言った。
「重ね着してるから大丈夫!」
「ぷぅぷぅきぃぷきゅキューキャキュ(そういう問題じゃねぇんだわ)」
「そうなんだぁ、凄いね」
「ボク強いからね!」
そういう問題じゃぁねえんだよなぁ。得意げに鼻を鳴らすルゴンくんと、リリーも上着脱ごうかなと馬鹿な事を言い出すリリーと、遠くを見つめるトンちゃん。
そんな彼等の少し向こう、港に集まる人々に見送られ、怨嗟の石を付けた船が初めての航海へと旅立っていった。
ロストキラー・テセウス
黒鴎商会が所有。
両眼を瞑り、航海の安全を願う女神が舳先に取り付けられた貨物船。女神の胸元には、石の産地、種類、名前共に不明の宝石が飾られている。色は黒いが、太陽光を受けると虹色に輝くのが特徴。
この船が進む先には何故か大型魔獣のシャークジラどころか、ぺトリンの一尾たりとも現れず、安全に海を渡る事が出来るとの噂。
魔獣を避ける何かが組み込まれているのではと噂が立ち、この船の設計図がどこからか流出し、同じ型の船を造る商会が多く現れた。
しかし、魔獣避けの効果は出ず、最初に設計図を盗み出したと噂されていた輸送屋が同程度の大きさのガッデス・プレイアという船を作製したが、初出航から三日後、シャークジラの縄張り争いに巻き込まれ哀れガッデス・プレイアは海の藻屑と消えた。




