62.プキと罰
私トンちゃん。育成系ゲームの魔獣に転生した女の子、今隣で正座しているリリー(七歳)のラジモンなの。でも別に捕まってやったわけじゃないんだからね!
そんなトンちゃんの首には、リリーとお揃いのアクセサリーがかけられてるの、リリーは画用紙が挟まれた黄色い画板、私は紐が通された画用紙。
素敵でしょ?リリーの首から下げられた画板にはこう書いてあるわ。
[私は、許可無く勝手にコンロを使った挙句、今日のおやつのチョコチップクッキーを摘み食いしました。]
ちなみに私のはこう書いてあるわ。
[子豚は、缶の中のミルクを全て飲み干し、今日のおやつのチョコチップクッキーを全部食べました。]
歯を磨いて寝なかったのが敗因ね、朝起きたら私とリリーの口の周りにミルクを飲んだ跡と、クッキーのカスが混じった白黒の髭が出来ていたの。
次、夜中に摘み食いをやる時は、ちゃんと歯を磨いてから寝る事にすると一人と一匹、仁王立ちしてるメイドさんの足元で誓ったわ。
それが十分ほど前の話、今、私達は、いや、私は危機に瀕している。
なんという事だ、異世界にもこれ程の不幸があったとは、これまで幾重もの死線を潜り抜けてきたトンちゃんだが、今日ばかりは耐えきれないかもしれない……そう、その不幸の名は。
今日のオヤツは罰として抜き───!
この不幸だけでもお腹いっぱいだというに、異世界は理不尽である、メイドさんのオヤツ抜きの台詞に怯え震える私。
そんな異世界一不幸な子豚を嘲笑うかの如く、私の豚鼻が気付かぬうちに、更なる不幸が忍び寄ってきていた。
真剣な顔をしたリリーが、ある小袋の紐を緩ませ、手の平にコロコロと"ある物"を出し始めた。これが現在私の頭を悩ませている原因。
リリーは優しい、頭がちょっとアレな所はあるけど、他者を気遣う優しさは確かに持っている。しかし、行き過ぎたお節介ほど人を追い詰める物はない、そう、今だって───
「トンちゃん、これはこの前お兄様から貰った"コログミ"っていう甘い木の実なの」
「ぴみゃ(嫌)」
ォアァ……ィヤ……イャァ……
「リリーは賢いから、こうやってね、小さな布の袋に入れておいてね、引き出しの奥に入れてあるのよ」
「ぴみょ(無理)」
タスケ……タス…………
「このコログミは凄くてね、冷蔵庫に入れなくても腐らないし、虫さんも食べないのよ、でもリリー好きだから我慢して取っておかないとすぐ食べちゃうの」
「ぴみゃん(いらない)」
ヒィィ……ヤメェテェ…………
「だけどね、こんなオヤツ抜きッて言われた時の為にね、リリー森の中から取ってくる事があるの、今回はお兄様から貰ったからいいけどね」
「ぴみゃみゃん(食べたくない)」
ユルシテ……コロシテ…………
「トンちゃんにも分けてあげるね、頑張って今日のオヤツ抜きを生き延びようね」
「ぷみみ(止めて)」
タスケェ……タス……タスケテェ…………
「はいアーン」
「ぷみみみ(お願い)」
コロシテ……コロシテェ…………
誰か助けて。ブニブニとほっぺに押しつけられる黄色いコログミ、食べたくねぇ、食べたくねぇよぉ。
これを嫌いな者など居る筈がない、そういう勢いでコログミを勧めてくるリリー、勘弁してくれ。必死に顔を背けるも、ブニグニブニグニョと追撃を喰らわしてくる。
やめて、もう子豚はコログミは食べないとあの日あの時誓ったんだ。怖いから。
「トンちゃん大丈夫だよ、美味しいから」
「プッキきぴきゃぴーきゅき(全く大丈夫じゃない)」
タスケテェェ…………
私が助けて欲しい。顔を背け拒否を示すも、リリーのコログミ攻撃は止まらない、ていうか私に押しつけながらお前バクバク食ってんじゃないよ。
リリーの口の中から、小さい声で断末魔が断続的に聞こえてくるんだよ。怖えよ。食べたくねぇよ。
ユルシテェェ…………
「ぷぴきゅきゅピピキュキュ(私が許して欲しい)」
「トンちゃんお口開けて、美味しいよ」
「ぴ(や)」
「あーーん」
「ぴゃーーーーッ!(やぁーーーーッ!)」
「どこ行くのトンちゃぁん!!」
ヤーーーーッ!!思いっきり顔を背け、そのまま扉へ向けて走り出した。もうコログミは嫌だ、コログミは嫌だ、助けてリョウリチョーー!!!!
パコーーンと豚ドアを開け廊下へ飛び出す私、もうコログミは嫌だァア!そのまま走って調理室まで行くと、料理長が手を洗っている所だった。
「トンちゃん……!」
「プゥキキュー!(リョウリチョー!)」
酷いのよ、リリーが、リリーが、コログミをォ!料理長の脹脛にひしっと抱きつき、オイオイと泣いてみせる、コログミ嫌だよぉリョウリチョー!美味しいオヤツ食べたいよリョウリチョー!!
しかし、哀れな子豚から気まずそうに視線を外し、綺麗なタオルで手を拭く料理長。そんな……貴方まで子豚を見捨てるの……?オヤツを抜かれて可哀想な子豚を…………??
「すまないトンちゃん……今の俺にトンちゃんは助けられないんだ…………」
「ぷぴききぷぴきょきょぴぴぷぴきゅきゃきゅぅ……?(お腹を空かせて萎びた子豚を……?)」
「領主様に調理器具を取り上げられてしまってな……持たせておくとすぐにトンちゃんへのオヤツを作り始めるから…………」
「ぷぴプキュキュピギャキャキャキュ……?(あのクソヒゲオヤジが……?)」
「すまない……すまないトンちゃん……」
矢張り全ての悪はあのヒゲか。たかが夜中のオヤツ盗み食いぐらいで一人と一匹にこんなに重い罪を課すとは、再審を求める、弁護士を呼べ。
ここにも私の求める味方は居なかった、がっくしと頭を下げて調理室から出る。こっちを指差し嗤っている副料理長、覚えておけよ。
そのあと、可哀想な子豚は屋敷の中を放浪したが、リリーのお母様は目を瞑って首を振るし、使用人の人達には揃って断られ、調教師さんにはマスタングから助けてもらった。
だが、味方(オヤツをくれる人)は誰一人として見つからなかった。トンちゃん悲しい。
このままではお腹が空き過ぎて倒れてしまう、一日の必要カロリー数は個体によって違うのさ、それを考えて罰を選んで欲しい無理お腹空いた。
ギュルルルォォォォォ……
「ぷぴぁ……(死ぬぅ……)」
ああもう甘い匂いの幻嗅までしてきたわ、次からヒゲオヤジのとこから取ってくるオヤツ、ちゃんと計画的に残しておこうかしら。
キュウクルキュキュゥ……なんて哀れに鳴いているお腹を抱えながら、最後の頼り、シャスタお兄様の部屋へとふらつく足を進めた。
いつもみたいに研究成果さえ聞いていればオヤツを出してくれるだろう、そう考えて、部屋の扉を叩いたらすぐに開けてくれた。
これで私のお腹が助かるわ、そう思い鼻先を部屋の中に入れる私の上を、青いナニカが物凄いスピードで飛んでいった。
「ぴ、ぷきぴき(な、何事)」
イヤダァ……イャァ…………
タスケテェ……
コロシ……テ…………
コロ……コロォ…………
「あっ、トンちゃん丁度いいところに!今コログミで実験をしている」
「ぷピュゥキュキキュキ(お邪魔しました)」
今のはアオバか。ピーピーは鳥だから翼があっていいな、自由に空を飛べていいな、クソこれだから雑魚豚魔獣の身体ウワァァァァツカマッタァァァァァァァァ!!!!
「ところなんだ!トンちゃんも見ていくだろう?」
「ププピピ!ピピピプ!プキプキュププピピ!!(イカナイ!ハナシテ!トンチャンイカナイ!!)」
「スコーンと紅茶があるからね、ゆっくりしていってよ」
「ピピピー!!!!!!(シナイー!!!!!!)」
お兄様に小脇に抱えられ、恐ろしい声と噎せ返るような甘い香りが喉を抉る部屋へと引き摺り込まれる憐れなトンちゃん。
助けて!コログミはもうイヤだ!悲鳴と懇願に塗れたBGMを聞きながらのオヤツタイムなんて絶対イヤだ!!誰か、誰か助けて!たすけ、たす。
そして扉は閉じられた。
「プキャーーーーッ!!!!(アァーーーーッ!!!!)」