60.お ん り ょ う
絶叫マシンひとつ乗ったぐらいでだらしない。前世の世界より大人も子供も身体が強い筈なのに、なんでこう全員が倒れ伏しているのかしら。
ヌシ様のゴッドハンド(優しく持つ)高い高いを喰らった人々がそこら中に倒れ伏す、死屍累々、みんな口から魂が抜けたりおがぁぢゃんとみっともなく泣いたりしてる。
そんな人間達を見て満足そうなヌシ様、ふんすと鼻を鳴らして背中にお花を咲かせていた、たくさん遊べて良かったわね。
「楽しかった?楽しかった??」
「みんな喜んでるわ、人間達はさっきのが楽しすぎて疲れてるのよ、今は休ませてあげてね」
「わかったぁー!」
え?ヌシ様に甘いんじゃないかって?仕方ないでしょ、しょんぼりすると背中の色々なものと、ふわふわの髭根が萎れてくんだもの。可哀想ったらないの。
あと単純にキノコが収穫出来なくなるの困る。
◆〜◆〜◆
トントントン、トンテンカン、トンカラトン。立派なお家と呼べるほど立派なモノでは無いけど、ただの洞穴よりは良いお家ができたんじゃない?
雨にも負けない三角お屋根、外気から身を守る分厚い木の壁、そしてヌシ様が入り易いよう開けっぴろげの入り口、結構雑に組み上げられたほったて小屋……というより馬鹿でかい犬小屋?
「……ぷきゅきゅぴぃぴぴ?(……これで良いのか?)」
「グァア、ガルァグァァギャギャァァア!(わぁあ、ニンゲンが住むお家みたいだぁ!)」
「では……ワシらはこれで…………」
「あとは、住むなり壊すなりお好きになさってくだせぇヌシ様…………」
「おい達の町を救って頂いてあーがとうごぜぇましたぁ…………」
まぁ、まぁ、魔獣ってかヌシ様(熊さん)のお家なんだから、簡単に外に出られる方が良いわよね。いや?別に?あまりに作りが雑過ぎないかコレとか思って無いですけど??
目を輝かせて花を満開にさせるヌシ様の後ろを、抜き足差し足忍び足、ソロソロと逃げていくヒゲオヤジ達であった。が。
ぐるっと振り向いたヌシ様にヒゲオヤジが捕獲され、また天高く掲げられ振り回され始めた。いいなぁ、お手軽0円絶叫マシン。
「グルルァグルァガォォォオァォォォォオ!!(ありがとうとっても嬉しいよぉ!!)」
「ぉわぁぁぁぁぁぁヂァだダァダぢがガタぁぁあ!!!?!?」
「領主様面目ねぇ!おいどんはまだ死にたかねぇんだ!!」
「つい最近わえのとこにも子っこが産まれたばっかだて!許してつかぁさい!!」
「墓前にゃ一等良い酒をそなえますからァ!!」
「ィァァァァァァァ゜ア゜ア゜アア!!!?!?」
だから墓に埋めてやるなて、まだ生きてるから。甲高い悲鳴をあげながらぶん回されるヒゲオヤジを見捨て、ドタバタと町へと帰っていく一行。
可哀想なヒゲオヤジ、楽しそうなヌシ様。手加減は完璧に近くなったし、怪我はしないだろうし、もう少し放置してても良いでしょう。
グルグルと勢いよく回転しているヌシ様から視線を外し、クソデカ犬小屋を見上げる。本魔獣が嬉しそうだし、うん。
「ぴぴぴ……きゅきゅぅきゅ……(これで……良いのか……)」
「ガォァァー!!(ありがとー!!)」
「ギァァァァァァァァアア!!!!」
ていうか、通訳(私)、必要無かったのでは?優しい風が赤や黄色に染まった木の葉を揺らし、一枚、また一枚と落としていった。これから寒くなりそうね。
ひらりと落ちてきた一枚の葉に豚鼻を擽られ、クシャミが出る。
「ぷぃっくしっ!ぴー、ぷきょぷききょ(ぷぃっくしっ!あー、早よ戻ろ)」
「なんとかしろ子豚ァァァァァァァアアアア!!!!!!」
◆〜◆〜◆
疲れたつかれた、これは子豚頑張りましたわ、満足そうなヌシ様とバイバイした後、怒り狂うヒゲオヤジから逃げ切ったんだもの。
美味しい晩御飯を食べ終わり、リリーと共に風呂に入れられ、タオルでワシワシされて今お部屋の寝床の中よ。今日はスライムを食べに行く気になれないわ。
「まったく、あのヒゲは子豚使いが荒いんだから」
ちぐらの中でコロコロと転がっていたが、眠れぬ、まだトンちゃんの脳味噌は寝むたく無いと叫んでいる。だからといって屋敷からお外に出たりはしないけど。
そうね、眠れない時は夜更かしに限るわ。
寝床から抜け出し、ナップサックを素早く装着。
リリーのベットの横をすり抜け、抜き足差し足忍び足、最近取り付けられた猫ドアもといトンドアから廊下に出て行く。
「よい夜更かしには美味しいお菓子が必要、これ世界の真理、テストに出るわ」
夜にこっそりやるゲームと、カロリーを気にせず食うお菓子の組み合わせは至高の罪、ジュースもあればさらに良し。
前世の宿敵体重計はこの世界に居らず、故に、どんなに食ってもその分リリーに追いかけ回されるから食べても太らない魔獣トンちゃんの天下なり。
「ぷきっ♪ぷきっ♪ぷきっぷきっぷきっぷきっきき〜〜ぷぅきゅきゅきゅぅ♬」
私はピンクのパンサーではないがピンクのトントンである。やってきたのはヒゲオヤジの執務室、なぜ調理室ではないのか?警備が手薄だからだ。
なんといっても開け閉めしやすい戸棚にお菓子を入れているのが良い、しかも日持ちしやすいモノがたっぷり入ってるから、私の寝床に移して置いても腐ったりしない。
最高よヒゲオヤジ、今日の給料分は貰って行くわね。
「ナッツ入り高級クッキーとぉ、洋酒入りでスポンジの詰まった干し葡萄入りケーキとぉ、干し肉!酒のつまみの干し肉とぉ、この前トレードさんから貰ってた美味しそうなスルメとぉ」
甘い物があまり無いのが残念だけど、まぁまぁ良いラインナップなのではないかしら?もっと糖分とったほうがいいと思うわ。
ナップサックに夢をいっぱい詰め込み、キュッと口を閉じて、背負い直す。背中の重みが嬉しい重み。
「ぷぴ、ぴきゅーぴきゅきゅぴきゃぷききぃ(さて、私の巣に戻るとしましょうかね)」
「子豚」
「ぷきゅきゃきゃぴーぴゃ(なんかいま声がしたわ)」
嫌な予感。ゆっくりと背後を振り向くと、手に持つタイプの燭台で照らされたもじゃもじゃのヒゲ。
「子豚」
「ぴ(ぴ)」
ぴ。
◆〜◆〜◆
お茶目な子豚の出来心じゃない、あんな投げ飛ばさなくても良いと思うの、あんなの魔獣虐待よ。
ヒゲオヤジに部屋からポイッと投げ出され、ナップサックごとお菓子を没収された、これでは至高の夜更かしが遂行できないじゃない。
ちぐらの中でコロコロと転がり、食べ損ねた美味しいお菓子達を思い返す。あぁもっと早く詰めて逃げておくべきだった。トンちゃん悲しい。
「クヨクヨしていても仕方ない、こんな時は女神に信仰ポイント交換で何か買い与えてやるに限るわ」
なんて優しいトンちゃんなんでしょ、これは慈悲深さランキング1位表彰ものよ、なに送ってやろっかな。
前にヒゲオヤジのところから貰ってきた高級ローストミックスナッツ(人間用)を食べながら、ステータスを開く。
決して満たされなかった食欲を購買欲で満たそうだなんて考えてない。ないったら、ないんだよ。三代欲求の代わりになるわけないだろ常識的に考えて、こういうのは八つ当たりって呼ぶんだよ。
「もぴむぺ(ヘイステ)」
ピロンッ
「むきゅぴーむきゅっきもきゅきゃー(信仰ポイント交換画面にして)」
ピピッ
画面の真ん中に出てきた輪っかが、何度かくるくると回った後に、いらっしゃいませの文字が現れた。はてさて今日はどんな商品を交換しようかしら。
取り敢えず食品のところを見ようと蹄を動かして、タッチしようとした瞬間、唐突にメールのマークが手元に現れた。
「ぷ(あ)」
ピシュッ
途端に現れる音声のみ出現女神、小さい画面の中で並んだ縦棒がイキイキと動き出す。ウザイ。
『かかりましたね子豚!麗しく慈悲深き世界に聖女として崇め奉られている天才女神たる私がたかが子豚の女神権限に命令したブロック如きにやられるわけがないでしょう!!』
「ぷきぴっ(うるさっ)」
『ふっふっふ、この私のIQ3000の頭脳を持ってすれば子豚の持つ端末のハッキングなど朝飯前どころか夜食前!!』
「ぷきゅぷきゅぷきぃぷきゃぴゃきき?(数字がでかけりゃ良いってもんじゃなくない?)」
『さぁ子豚、この世界を統べる女神であり眉目秀麗容姿端麗な聖哲賢者である私を褒め称えなさい、そして跪いて「今までに及ぶ子豚の愚行をどうかお許しください女神様、全て子豚が間違っておりました女神権限をお返しし、これからは慈愛に満ち溢れた麗しき女神様の統べる世界の端の端で全ての罪を償えるとはこの軽く小さな脳みそですら思えませんがこの世界のはしっこで小さく慎ましく暮らさせて頂けないでしょうか」と鳴くのです』
「ぺぴぷぺ(ヘイステ)」
ピロンッ
『あら?子豚??豚鼻を鳴らしてお返事をするのは良いですが早く女神権限を───』
「ぷきぷぅぴきゅぷきゅきゅ(音量ゼロにして)」
ピポポポッ
途端にシンと静まり返るリリーの部屋の中、少し遠くから、すぅすぅと小さな寝息だけが聞こえてくる。夜更かしなんて健康に悪いだけで、あんま良いいことないわよ、みんなも夜は早く寝ましょうね。
子豚はちぐらの中の小さな毛布を身体にかけ、キュッと手足を縮めて、夢の中へと落ちて行くのであった。




