57.茗荷は薬味
下山したらきっと晩御飯の時間って言ったじゃん、嘘吐き、まったくもって下山できてねぇじゃん。どこかも分からぬ森の中、少し向こうには苔むした小さな祠。
日本の山奥かよ止めろこういうのは大体ホラー展開になるって相場が決まってんだよホラーなら前やったじゃねぇかいい加減にしろ一人につき一回ってノルマでもあるのかよ馬鹿野郎私二回目だろうが。
ザク、ザカ、ザク。小石と落ち葉を踏む音が響く。陰気な所ねぇ早よ帰りたい。ブルブルっと身体を震わせ、あまり気にせず進んでいくお兄様の背後をついていく。
祠の向こうには大きい池なのか沼なのかわかんなけど、蓮の花が沢山咲いていた。
「……おかしいな、蓮の花は夏に咲くのに」
「ぷきゅぷぷききぷきゃぷきょぅ(だからやめてそういうの)」
そのまま進み、私とお兄様が苔が生えた小さい祠の前に立った時、不気味な鳴き声が辺りに響いた。
ァオオ〜〜ゥン……!
「なんの鳴き声だろう」
「ぷきゅぷぷぴぃぷぴ(嫌な予感がするわ)」
「聞いたことがないなぁ、ワン=ワンの一種だとは思うんだけど……」
ゥァアォ〜〜ゥォゥ……!
ァァオ〜〜〜〜ゥォ……!!
やめてこの雰囲気ボス前のセーブするとこじゃん、しかも一歩進んじゃったからボスイベント始まっててセーブし損ねたってなるとこじゃん。
お兄様のコートの裾を噛んで後退する、逃げよ、逃げましょ、いくらレベル上げててもこんなイベント知らないから、子豚になってからの最初のしっかりしたバトルがこんなのって嫌よ私。
「ぴぴぃー!ぷききーィッ!(逃げましょ!逃げましょって!)」
「なんの鳴き声なんだ……?ドーベリーじゃないし、ウルフルーでもなさそうだ……」
「ピッキャァーー!?(死にたいのーー!?)」
こういう時はさっさと逃げるの!コートの裾を噛んで引きずるが、本人に動く気がないので一秒に一ミリしか進まない。
ゴウッと強い風が吹いてお兄様が転んだ、そしてその下敷きになった。ぐえっ。
「うわぁあっ!」
「ブギャッ!(グエェッ!)」
四つ足の獣の影が二つ、祠の後ろから飛び出してきた。そのまま倒れた私達の前まで躍り出て、くる、と毛が巻かれた耳と尻尾と眉毛……?を持ち、キリッとした表情の。
「キャンキャン!キャンキャンキャンキャンキャンキャン!(静まれ静まれ!この祠の主を誰と思っての狼藉か!)」
「キャウキャウキャウキャウキャウキャウキャウキャウキャウキャウキャウ!!(恐れ多くもこの山の主人である茗荷神ミョウガサマにあらせられるぞ!!)」
パピヨンが出てきた。何こいつら、めっちゃ吠えるじゃん、めっちゃ毛天パじゃん。神社に置かれている狛犬並に渦巻毛のパピヨン二体、種族名は私知らない。
お兄様の下から這い出して、キャンキャンワンワンと吠えたてる二匹に話を聞く。
「ぷきゃぷぴきぃ??(ミョウガサマ??)」
「キャゥゥ〜キャァゥキャウキャゥ〜〜ッ!!(そうだ我らの主であるミョウガサマの御山である!!)」
「わぁ、とても毛並みが良いワン=ワン属の子達だね、君たちは飼い主からはぐれたのかな?」
「キャワン!キャフンキャンキャンキャンキャンキャン!!(何をする小童!我らはミョウガサマの使いである狛犬のパピコマであるぞ!!)」
「ぷキュキュぷきゃぴぃぴぃぷきぃ(二つに分けて食べられそうな名前ね)」
「キュァ〜〜キャンキャァン!(離せ小童祟ってやるぞ!)」
とっても元気。キャウキャウキャンキャンと吠えまくる二匹のパピコマ達、腕を伸ばし、抱っこしようとして胴を掴もうとしたら逃げられたお兄様の周りを吠えながらグルグルと回っている。
「キャキャァン!!(恐れ慄け人間よ!!)」
「キャゥゥキャウキャウゥンキャワンキャウキャウゥッ!!(ミョウガサマへの長年の不敬と己の罪を数えるが良い!!)」
「うちのドーベリーと同じ動きをしてるけど、遊んで欲しいのかな、追いかけっこしたいのかい?」
「キャンキャキャァン!!(黙れ小童!!)」
「ぷぴぴきゅぅキュキュぴきゃ(これが言葉が通じないという悲劇)」
それはさながら、散歩の一言でテンション上がった仔犬のような動き方。てか不敬と罪を数えろってなんなのよ、ミョウガサマを知りもしなければ会ったこともないっていうのに。
パピコマ二匹は、舌を出しながらハッふハッふと息を上げながら走り回っていたが、突然ピタッと動きを止めた。なんだ疲れたか?じゃあお家帰して。
二匹のよく毛が巻かれた尻尾を見送ると、小さい祠の両側で、対になって片脚を上げ細く長く遠吠えをした。なによいきなり雰囲気変えてこないで、そういう事する時はあらかじめ言って、ホラー展開はもう許可しないから。
「クァォォ〜〜〜〜……」
「クゥオォォ〜〜〜〜……」
「トンちゃん、あのワン=ワン達はなんて言ってるの?」
「プキュプぴぷっ(ただの遠吠えよ)」
まぁ見た目がパピヨン眉毛アリだからそこまで怖くもないけれど、それより私は家に帰って晩御飯が食べたいんだ、お腹が空いたんだ。
くぅきゅるるぅ、遠吠えに合わせるように私の腹の虫が鳴いた、ごめんよ良くわからないイベントが終わったらすぐにご飯をあげるからね。
ヤダヤダと鳴き喚くお腹を撫でてあやす。本当に何をしてくれるのだろうか、こんなにぐぅきゅぅと必死に限界だ食べ物を寄越せと鳴いてる子が居るのに可哀想だと思わないのか。
ホ〜〜ッホッホッホッホ……
「また聞いたことのない鳴き声が聞こえるね」
「ぷぁ?(はぁ?)」
ホッホッホッホッホ〜〜ッ……
「鳥?虫?なんだろう」
「ぷきゃきゃぴーぴゃぷきょきゃきゃー(なんでも良いから家に帰せよ)」
ホーッホッホッホッホ
グォォオキュルゴォォォオ
ホッ……?
「ぷききゃぷきゃぴにゃぴきゅきゃ、ぴきゃ(今のは私の腹の虫ね、失礼)」
「そうだねトンちゃん、お腹空いたよね、帰る前にオヤツ買って帰ろうか」
「ぷっぴぴ(やったぜ)」
ッカーーーーーーッ!!!!
あ、変な声がキレた。それと同時に季節外れの蓮の花が咲く池に突然太い水柱が立った、なんだ、何が出てくるんだ?この祠の主なのは確実だろう、鯉か?ナマズか?それとも龍か??
バシャバシャと音を立てて消えた水の柱、そしてそこにはなんと───何も居なかった。
「……ぷぴきゅぷきぃ(……肩透かしね)」
「なんで水柱なんて立ったんだろう、今日は網持ってきてないしなぁ、荷物になるけど持ってくればよかったや」
「ぷぷぴぃ(呑気ぃ)」
「トンちゃんちょっと僕池見てくるね」
「ぷぷきぃ?(正気ぃ?)」
ただのビビらせるための演出だったようだ。なーんだつまんねーの、早よ帰ろーぜ、絶対つまんねーから帰ろーぜってほらオイコラ。
今さっき怪奇現象が起きたばっかりの池へと進んでいく、危機管理能力の欠如が著しい10歳児お兄様のコートの裾を全力で噛んで引きずる、帰りますよオラァ。踏ん張る少年の靴の跡がズザザザゾと地面に線を描いた。
「トンちゃんちょっとだけ、ちょっとだけだから!」
「プッギギギギャーぎぃぎゅぎゃ(絶対ちょっとじゃ済まねーだろが)」
「ちょっと覗くだけだから!すぐ帰るから!!」
「ギッギギャィーー!(早よ帰るっつってんだよ!)」
私はぁ!お腹がぁ!空きましたァ!!知らないったら知らないんだ強制イベントとか知らないったら知らないの、だって私明らかに主人公じゃねーし、豚だし。ぷきー。
とにかくもう帰って料理長スペシャル食べるんだい、だから池の主とか知らないし祠の主とかもちょっとよく分からない。だから目の前に立つ変な鳥とか変な鳥??????
「キャィン!キャンキャンキャキャンキャンキャァンキャン!!(小童供!我等が主のミョウガサマを前にしてなんたる不敬か!!)
「キュゥゥン?キュゥゥン!?(処しますか?処しますか!?)」
「ホッホッホッ、ホーホーッホーッホッホッ(許してやろう、麿の神々しさに驚いておるのだろう)」
「「キャン!(はい!)」」
思っていたよりずっと小さい、微妙なガニ股、瓢箪のような身体、細長い嘴、羽根はそれでいいのかお前って言いたくなるようなフォルム。
首を縮めた地味な色の鳥の姿が、突然フラミンゴのように首をにゅっと伸ばした為、鳥獣戯画出身ですか感を醸し出した。は?コレ実在するん??
動きの止まったお兄様のコートから口を離す、いや、主これ?はじめの森のヌシ様でももうちょっと威厳っていうか目を合わせたらヤバい感あるけど。
お付きの狛犬もといパピコマ二匹居てその後コレ?龍とかじゃなくて大丈夫?祠の主までギャグ枠とかある??
アレに似てる、ほら、あんま料理に使われないけどネギに似てる野菜?香草??の、アレ、ほら、シソみたいな香りの、玉葱に似てる食感の。
混乱している私の垂れ豚耳に、お兄様の真剣な声が入ってきた。
「トンちゃん、茗荷畑に隠れるために進化した鳥魔獣なのかな、とても興味深いね」
「ぴぴきゅぴぃぷきぴ(キャラデザ誰がしたん)」
「ッカーーーーッ!!(不敬なーーーーッ!!)」
いや、本当に祠の主まで全部ギャグってある??頭のアホ毛?アホ羽?を三本逆立て、細い嘴を大きく開いて怒ってきた。
ミョウガサマのお姿を拝観なさりたい方はこちら。
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パピコマ: ミョウガサマの神使で名前はパピコマ、パピとコマと名前が分けやすくて良い。神社の狛犬の立ち位置であり、その名の通り狛犬のような天パの見た目をしている、パピヨンのような犬魔獣、ワン=ワンの一種。
よその地域にも狛犬代わりのパピコマが居るかもしれないし、いないかもしれない、とにかくこの二匹はミョウガサマ付きのワン=ワン。
ミョウガサマ: 鳥獣戯画に出てきそうな鳥魔獣、あの脚なに、あの首なに、あの鳴き声なに。ひと山を治める土地神様みたいな立ち位置。
小さい信仰地域の神といえども、それなりにチートは持ってる、筈、ミョウガサマの周りの植物はよく育つらしい。特に茗荷。




