56.尻尾を掴むのは止めようね
ご機嫌よう、私は可愛い豚型魔獣トントンに転生し、ひょんなことからちょっとおバカ系幼女に捕獲された元女子高生転生者トンちゃんですわ。
はてさて、野生動物とは別に、野生魔獣というのが居るわけでして、それにアンテナーを刺す事で自分のペットもといラジモンとする。それがこの世界の設定ッてワケ。
流石あの女神(不審者)が運営する世界ってコト、私の元の世界のゲーム会社ガデスガーテンが作ったゲームの世界そっくりで本当に意味わかんナイ……。
アンテナーさえ刺せば人間に害を与える行動は抑制されるの、つまり、アンテナーが刺さってない魔獣は危険度がバリ高なワケヨ。分かる?
だから私さぁ、あれほどさぁ。
「ぷぴぴきゅっぴぷきぃっぴ(帰ろうって言ったじゃん)」
「トンちゃん囲まれちゃったね」
私とお兄様の周りにぐるっと円を描くように居るのは、確か、種族名パケナガイタチ。尻尾が携帯の充電コードとか、ゲーム機の配線とか、そんな形になってるって設定だったけど。
白い毛皮のそいつらは、私とお兄様を威嚇しているのか立ち上がって両手を上げ、体を左右に揺らしている。可愛くても魔獣は魔獣だ、牙は鋭いし、子供が噛まれたら痛いじゃ済まない。
「ヂヂャジャジャッ!(ナワバリ入った!)」
「ジャヂゃヂゃっ!ヂュヂャッ!(こっから出てけ!出てけッ!)」
「ヂュジジィジッジッ!!(あっちに行けえッ!!)」
「ヂャーーーッ!!(ヤァーーーッ!!)」
滅茶苦茶威嚇されてるわ。これはどう逃げようかしらね、私?もちろんバキボコ殴れば倒せるけど、その隙にシャスタお兄様が噛まれたりしたら嫌じゃないの。絶対ヒゲオヤジに怒鳴られるわ。
私達を囲み、左右に体を振って威嚇するパケナガイタチ達、それを見て目を輝かせるお兄様。どんな時も探究心が止まらない、勘弁してくれ。
「トンちゃん、パケナガイタチ達はなんて言ってるんだい?」
「プキュプキピキピぷきゃぴきゃぷきゃぴ(見りゃ分かるでしょ威嚇よ威嚇)」
「ヂヂュジャジュジャジャ!!(ここから立ち去れ!!)」
「凄いや、ここのパケナガイタチの尻尾は白くて細いんだね、先の方は……」
「ヂャーーーーッ!!?!?(なぁーーーーッ!!?!?)」
「プギャギャピィ!ピギュィ!ぷギャァ!!(野生魔獣の!尻尾を!掴むな!!)」
「あっ、噛んだ」
「ぴーーギーーーーッ!!!!(あーーもーーーーッ!!!!)」
尻尾を無遠慮に引っ掴まれたパケナガイタチが、お兄様の手をアブゥッと噛んだ、が、革手袋に牙が通らず怪我はさせられなかったようだ。
がっぷり噛まれた手を私に見せながら、お兄様が嬉しそうに説明してくる。
「トンちゃん見てみて、この手袋ね、学園に勉強を教えにきているナッツ科の研究者さんがくれたんだけど、布地と革の間に鎖かたびらを元にした、薄い金属の膜があるから鋭い魔獣の牙でも痛くないんだって!」
「ピピギュピギャピキュプギャギャピィ!!(悠長に説明してる場合か!!)」
「ァヂャァ!!!!(死ねぇァ!!!!)」
「本当に痛くないや!凄いよトンちゃん!!」
いい加減にしろよこの好奇心の塊boy、絶対その好奇心が原因で大怪我するぞ気をつけろよ!!血走った眼で革手袋を噛んでいるパケナガイタチの尻尾を掴んで引っぺがした。
よし、今のお兄様の奇行でパケナガイタチ達が怯んだわ、この隙にコイツらの円を抜けて逃げなきゃ
「トンちゃん見て!この個体の尻尾!赤と白と黄色の三叉になってる!!こんなの図鑑でも見たことないや!!!!」
「ジャジャヂュヂァーーーーッ!!(死に晒せヤァーーーーッ!!)」
「あっ、噛んだ」
「プァーーーーッ!!!!!!(だぁーーーーッ!!!!!!)」
◆〜◆〜◆
この後、なんとか私の巧みな話術と交渉術(持ってきたお菓子を撒いた)で場を収め、パケナガイタチ達に話を聞いて貰えるぐらいには落ち着いた。
皆んな大好き魔獣強化ナッツを両手で抱えポリポリと音を響かせるパケナガイタチ達の真ん中で、疲れ切った子豚が身振り手振りを交えながら、しゃがんでパケナガイタチ達を観察してまだ軽く威嚇されているお兄様の弁護をする。
「ぴぷぅ、ぷきゅぷきプキィピ、ぷきーぴきゃぷきゃぷきゃきゅきょプキピィ(だから、悪気は無かったのよ、縄張りに入ったのは悪かったけど不幸な事故なの)」
「ヂュージジッ、ジッジッ(でも掴んだ、尻尾)」
「ぷキュぷきピピィ、ぷきゃぴゃぷきぴびきゅー
?ピビィぷきぷききゃきゃきゅきょー(あれは人間の威嚇よ、背後を取れば負けないでしょ?だから背後を取ろうとして掴んだの)」
「ジャチャチャ……ジッジジッ(なるほど……少し待て)」
リーダーっぽい三色三叉のパケナガイタチの周りに、ササササッと集まった群れの仲間達、の所ににじり寄って行こうとしてまた威嚇されるお兄様。こっちで大人しくしてなさい。コートの端を噛んで止める、リリーの兄にしては頭も良いし素行も良い、本当に血が繋がってるのかと疑っていたが間違いなくリリーの兄だった。
自由奔放なところはそんな似なくていい、今回の散策でわかった、妹の面倒を見るって項目が無いとはっちゃけるタイプだな?死に急ぎ野郎め。
「ピピプキュピキャァ、ぷきぷきゃぴぃぷぅ(今きっと審議中よ、大人しくしてて)」
「トンちゃん、パケナガイタチが顔を突き合わせ始めたんだけど、何をしてるのかな、ニャンム集会と同じなのかなぁ」
大人しくしててってのに。その辺の小石を拾い、地面にガリガリと文字を書く。
『裁判中』
「パケナガイタチが裁判をするのかい?被告人?違うな、被告イタチはどのイタチ??」
『私達 被告人』
「僕たちが?……パケナガイタチの縄張りに入ったから??」
『そう 尻尾掴む 悪い』
「特に僕が悪いのか……」
反省して欲しい、真面目に、最高の装備じゃ無かったら指の一本食いちぎられてたぞ。俯いて何ごとかを考え始めるお兄様、私が小石をその辺に投げると、そのタイミングでパケナガイタチが一斉にこちらを向いた。判決が決まったらしい。
三叉の尻尾のパケナガイタチがこちらに進み出て、胸を逸らして判決を言い渡した。
「ヂュヂャヂャ、ヂ、ヂョヂャヂャ、ジジッ(トントン、通す、ニンゲン、通さない)」
「ぷきゃぷききぷきょきぃぴゃぴゃぴ(いや私だけ通されても困るんだけど)」
「トンちゃんパケナガイタチはなんて?」
「ヂヂッ、ヂギャチャ、ジジィッ(そいつ、尻尾掴んだ、死刑)」
「ぷぴぃ(あらぁ)」
「よく分からないけどパケナガイタチ達は怒ってるんだね」
私の弁護能力じゃお兄様を助けられなかったか……無念……これは全てのパケナガイタチを戦闘不能にしなければならないって状況か……。
アップを始めるパケナガイタチの群れを前にして、子豚の鼻を鳴らす、いいぜかかってこいよ、私の平和なトン生の為にお前らには犠牲になって貰おうか。
群れのトップの威厳を保つためにお兄様を死刑にしたって事か、それは仕方ない、自然は弱肉強食だからな。
しかし、私は元とはいえ人間だ、今の高待遇を手放してたまるかってんだ、今日の晩御飯は絶対食べたいんだよ。
重いナップサックを地面に落とし、蹄で土を二、三度蹴り上げた。私はまだ本気を出していない、尻尾が充電コードのイタチの群れぐらい簡単に蹴散らしてやるからな見とけよ転生者のバトルセンス……
「尻尾を掴んでしまってごめんなさい、これ、お詫びになるか分からないけど、貰ってくれるかな」
「ぷきぴぃ、ぴぴぃぴぴぷぴぃ……(いや今、私が戦う流れ……)」
「君の尻尾をよく見たかったんだ、珍しくて見たことがなかったから、でもびっくりしたしきっと痛かったよね、ごめんね」
「ぷき、ぷきゃ、ぷきゅきゃきゅきぃ……(いや、だから、私が頑張る流れ……)」
「はい、どうぞ」
私の華麗なるバトルシーンは?トンちゃんに蹴散らされるパケナガイタチは??雑魚魔獣に転生したけどレベルを上げて殴るスタイルでお手軽簡単豚無双は????
私の、私の見せ場は一体どこへ……?パケナガイタチが手に持たされたのは、ドーベリー用の玩具の木のボール。中に鈴が入っててチリチリ鳴るやつ。
渡されたパケナガイタチは、マズルに皺を寄せて、髭をブワッとして怒り、地面にボールを投げつけた。
「ヂジッジジジッィ!(ふざけてるのかッ!)」
チリンッ!チリリリリン……
「ヂヂヂッヂジジッジッ!ジッ!!(食べれないののどこが良いもの!だっ!)」
リリ…………リリンッ!
「ジヂヂジッ!ヂジジッ!ジジジッ!!……ち?(我らの糧となれ!肉となれ!餌となれ!!……む?)」
チリチリンッ!チリリッ!チリリリリンッ!!
怒っている三叉の後ろで、群れのパケナガイタチ達がボールを転がして遊び始めた。転がるボール、群れるパケナガイタチ達、そのままコロコロわやわやと白い毛皮の波が茂みに入っていく。
それを見送った三叉のパケナガイタチが、一拍遅れてボールと群れの仲間を追って茂みに消えていった。
「トンちゃん、パケナガイタチ達、ボール気に入ってくれたみたいだね」
「……ぷぴぃ(……そうね)」
そんな単純でいいのか野生魔獣。イタチの子一匹いなくなった目の前には、ただ風にカサカサと音を立てる落ち葉のみしか残らなかった。
取り敢えずお家に帰りましょ、きっと下山したら晩御飯の時間よ。鼻を鳴らして空を見上げると、だいぶ日が傾いてきて、空が夕焼け色に染まり始める時間帯だった。
パケナガイタチ: イタチ型魔獣、尻尾を含めて体長約30セルチャ、相手の尻尾を噛み情報の伝達を行うとされている。
威嚇は立ちながら両手を挙げる、それでも相手が逃げないと左右に揺れ始める、それでも逃げなければ戦鬪が始まってしまう。ただ、相手から襲われると怯えて動きが少し鈍る。赤、白、黄の三叉尻尾はRCA端子だと思われる。




