55.コラーゲンたっぷり
チュートリアの町復興のため、健気な子豚はデスクで頭を抱えていたヒゲオヤジの前にヌシ様産のキノコを一つ一つ丁寧に並べていたら、ボサボサの髪とモジャモジャのヒゲの中に虚な目を発見した。ヒゲオヤジキノコ屋さんね、早よ売ってきて。
じぃっと人の顔にある深淵を覗いていると、髭の中から悍ましい声で。
「…………子豚の口座の金を全て使う」
「ぷききっぷ(なんてことを)」
「お前の金を使って川の補強建材と被害に遭った領民の家屋などの建築資材と工事費用、それに伴って外から雇う奴の人件費と農機具と農耕馬魔獣を買う、でもシャスタの学費はそのままお前のとこから落とす」
「ぷききっぷ(なんてことを)」
「子豚一匹の豪遊と領民の糊口をしのぎ税を作りだす畑と町の復興、どっちが大切だ!?言ってみろその口で!!」
「ぷっきぷ(どっちも)」
「明らかにチュートリアの町だろうが!キノコの収穫ご苦労!!娘と遊んでこい!!!!」
なんてこったい、此度の災害でせかせか貯めていた私の口座の金がパァじゃないか。脳内でチャリンチャリンとお金が入ってきていた子豚の貯金箱が、ハンマーで壊され、大出血ならぬ大出金にプキーッと悲しげな悲鳴をあげた。
なんて可哀想な私の口座ちゃん、すぐに代わりのお金を入れてあげないといけないわ。タッタカターとリリーの部屋まで走っていくと、中から私の心の子豚貯金箱にも負けない悲痛な声が聞こえてきた。
「アオバちゃん動いちゃダメ!今可愛くしてるんだから」
「ぴぃ……ぴぃぅ……(たす……たすけ……)」
「トンちゃんが来たらびっくりさせるんだから、リボンつけてー、フリルつけてー」
魔獣虐待反対。必要ない時にそんな過度な着飾りはいけませんお客様、リボンの重さでグッタリしてますお客様、ていうかお兄様のピイピイそんな名前だったわけ?本鳥が自分の名前覚えられてないわよ??
プルプルと鳥の独特の形の足が震えているのが見える、可哀想に、今絶対に部屋入りたくないわ私までリボン巻きにされる。リリーの部屋の入り口から隠れながら覗いていたら、アオバが私に気づき顔を輝かせた。
「ピィピュゥ!(トンちゃん!)」
「あとねぇリリーこの前メイドさんからキラキラの貰ったの、ほら綺麗でしょ」
達者でな、アオバ。
「ピィピュゥーーッ!!?(トンちゃんーーッ!!?)」
「あー、リボン取れちゃった!付け直すからじっとしてて」
逞しく生きてリリーの相手をしてくれ、私はお金を稼いでくるから。そっと気配を消して扉から離れる、さて、ヌシ様の所から薬草の種でも拾ってきましょうかね。
タッタカターッと走ろうとしたら、いきなり足が地面から離れた、一体どういう事なの。スカスカと空中を蹴る子豚の足、どうして、どうしてなの。今日はまだお風呂入る時間じゃないのに。
まぁ私をも持ち上げているのはメイドさんでもお母様でもなくお兄様なんだけど、たのむ、このまま逃してくれ。あの部屋には入りたくないんだ。
「トンちゃん、リリーに僕のピイピイが取られてしまったんだ」
「ぷきぃぴきぷききぃぷぅ、ぷきゃきゃきょぷきぃぴきぷきぃぷきききぃ(嫌よ私はリボン巻きにされたくないわ、あんな足を絡め取られてアンテナーを刺されるのは嫌よ)」
「僕と一緒に反対側の山まで行ってくれない?お母様にラジモンと一緒じゃないと駄目って言われているんだよ」
はぉ?反対側っ、て、いうと、あの、私帝都に行く道と、ミウの町に行く道と、始まりの森の道しか知らんのだけど。固まった私を抱き上げて、私の知らぬ方向へと連れて行くシャスタお兄様。
どういう事?ヌシ様に会いたいとかじゃなくて??山????どうりで温かそうな上着のわけで、は??山????
成る程、結構分厚い革の手袋を付けてるのは棘とか、かぶれたりするのの防止のため、は????山????????なんで????????
そういえば靴も普段とは違ってゴツめで山?????????????
「なぜか最近まで人間は入れなかったんだけど、ちょっと前に、山菜を採りに行った子が山の奥まで入れるようになったって言ってたのを聞いたから、あっちの山の植生も雪が降る前に調べたいんだ」
「ぷぴ(へえ)」
「大丈夫だよトンちゃん、山を登っても何故か麓に降りてきてしまうって有名だし、僕も何度か行った事あるから迷子にはならないよ、安心して」
それなんて遭難フラグ????
◆〜◆〜◆
ぶっっっといフラグを建ててからやってきました噂の山。確かに、ゲーム画面手前側に道は無かったし行ったこと無いけどさぁ。
ガソガサ草木を掻き分け、私の先を進むお兄様、うーーわコートとかズボンだけじゃなく頭にまで引っ付き虫っぽいのくっついてら、なかなか取れねーぞあれ。
「トンちゃん凄いよ!人の手が入ってない場所だよ!!まだ採集されていない山菜や薬草が沢山ある!!!!」
「ぷきぷぅぴきゅぷきぃ(テンション爆上げね)」
一歩進んで木の実を取り私のナップサックへ、二歩進んでしゃがみ込み草を私のナップサックへ、三歩進んで虫は嫌虫の死骸は嫌私のナップサックに直は嫌、あぁそんなハンカチに包んでいたとしてもポケットの中に入れたら自動的に解体されちゃう。
明日の洗濯係の人の悲鳴を想像しながら、ずんずんと突き進んでいくシャスタお兄様の後を追う。中々行動的じゃないの、異世界の子供はやっぱり違うわね。ん?なんで足止めるの??
「あれ……?」
「ぷぴぷぴぴ(どうしたの)」
「前に来た時はどれだけ登っても麓に下されたんだけど、だいぶ高いところに来てるなぁ」
木が開けて空が見える所、ちょいっと倒れた木の上に乗れば、チュートリアの町が見えた。
一体全体どういうことだ、歩いた時間はそこまででもないのに、標高は低めの筈なのに、なんか高い山を登った時の景色が見える。
これは異界に踏み込んでいますね、トンちゃん達の帰り道はあるのでしょうか。
ふざけているけど結構大変だよこれ、ほんとに真面目に帰れるのかしら、そもそも山って時点でヤバいのにさぁ低い平和な山でも道を逸れたら遭難する可能性は十分にあるんだぞ?
料理長が今日の晩御飯は本気で作るぞって言ってたのに食べられなくなってしまうわ。それは困る。
「まぁいいや、先に進もうねトンちゃん」
「ぷぴきぃきゅきゃきゅ、ぴきぴきぴぴぃ(全く良くないわ、帰りましょうよ)」
「帝都の研究者さん達から、若くて体力のあるうちにフィールドワークをこなすのが大切だよって言われたんだ、その練習でもあるんだから行けるとこまで行かないと!」
「ぷぴぃぷきゅぷきゃぴぴぴぃ(今日の晩御飯は絶対食べたいわ)」
太陽がまだまだ上の方にある事を確認し、気にせずズカズカと先に進むシャスタお兄様。
の、後をテッテケ追う子豚。止めましょうよ山は怖いのよ、方向感覚はわからなくなるし、獣道は道じゃないし、虫もめちゃくちゃ出てくるし、夜になると寒いのよ?
「ぷぴぴキャキューキィー(帰りましょーよー)」
「もうちょっとだけだから、ほら、コログミが実ってるよトンちゃん、木に生る実がコロコロしてるからコログミって呼ばれているんだ」
「ぷきゅぷきぃ?(コログミぃ?)」
「果実の一種で、水分は少ないけどプニプニした食感と、独特の甘さで子供のオヤツになることが多いんだ。山や森には大体生えているし、この低木の近くは何故か魔獣に荒らされている事が少ないから薬草やキノコが育ちやすいんだよ」
何よその可愛い名前の木の実?は。こちらに背を向け、プチプチと木の実を取るお兄様、その噂のコログミというのは美味いのか?甘いのか??
ソワソワしながら待っていると、コログミを手のひらに乗せてこちらに差し出すお兄様、赤橙黄色桃色紫黄緑、いや緑は熟していない色では?でも植物博士が収穫したんだから食べられるのか。
いや、それ以前に。
「はいトンちゃん、コログミは不思議な木の実でね、赤は苺味、橙色はオレンジ味、黄色はレモン、桃色は桃、紫はブドウ、黄緑はリンゴの味がするんだ」
「ぷぴぷ……プキプキィプギャ……?(これは……食べ物なのか……?)」
「トンちゃん?どうしたんだい、食べないのかい??あぁ色は違っても全部コログミだよ、何故か一つの木に何色も実るんだ、不思議だよね」
シテ……コロシテ……
タス……テ……タスケェ……
コロ…………シ……
そういう事が聞きたいんじゃない。手の上に転がるコログミからする奇妙な声、こいつら、生きている……?見た目はなんの変哲もない木の実だ、しかし確実に声が聞こえる。
まさか、はじめの森で私が聞いたのもこの声なのでは?夜の散歩でレベル上げ習慣の最中、どこからか風に乗って聞こえてくるか細い声に身を震わせ、方向転換をしてお化けなんて居ないんだオラァと歌って帰った事があった。
「トンちゃん?そうか一つずつ食べたいんだね、味が混ざるのは嫌なのか、はい口開けて」
コロシテ……シテ……コロ…………
「プピきゅぅきゅぅキャ(精神的にキツい)」
「大丈夫だよ、変な味じゃないから」
ァア……ゥァア…………
「ぴぴぃぴきゅきゃぴきゃぷきぃぷきゃ(変な味じゃなくて変な音すんのよ)」
「おかしいなぁ、リリーは大好きなんだけど、コログミ」
もう実にある汚れってか模様ってかそんなのが顔に見えてきた、無理。頰にブニブニと押し付けられるコログミから、ォァアァ……とまた声が聞こえた。止めて。
にしてもお兄様に、もとい人間には聞こえない音なのかしら。食べ物と見れば一も二もなく飛びつくトンちゃんだが、コログミを口に入れないことを不思議がっているのか、首を傾げられた。
そしてお兄様はその口にひとつ、赤い味を入れて噛んだ。
ゥァ……ギャァァ!
「……別にいつものコログミだなぁ、美味しいんだけど、変な匂いでもするのかい?」
「ぷぴぷぴぷ(断末魔)」
「トンちゃん?一つで良いから食べてごらん、きっと気にいるよ」
ァッ……ァァッ…………
ヤダ……イヤダァ……
コロシテ……コロ……
このままでは埒があかない。意を決して口を開いて目を閉じる、そんな子豚の口に一個、コロンと入ってきたコログミ。覚悟を決めて歯を立てた。
ぉギャッ!!
やっぱ無理。コロォォ……と鳴いているコログミを舌の上で転がすと、リンゴの味がした、無理、海鮮の踊り食いも生きたままスライムを齧るのも平気だけど、理解できる声が聞こえるとこんなにォェエエ。
「ォェエエェ(ォェエエェ)」
「わっ、トンちゃん美味しくなかった?それともリンゴ味嫌いだった??」
「ぴきィ……ぷきィ……(味は……おいし……)」
コロ……サレ…………
コロシテっつってんだから黙って喰われとけや……。顔を皺くちゃにして飲み込む、普通のグミだった、前世で市販されてたちょっと硬めの果実の味がするグミだった。
そんな私をまじまじと観察していたお兄様が口を開いて。
「トンちゃん、味は美味しいのかい?」
首を縦に振る。
「嫌なのは匂い?」
首を横に振る。
「では、色?」
横に振る。
「食感?」
横に振る。
「うぅーん、ほかに、魔獣が嫌う理由?少なくともトンちゃんは嫌い、苦手?なんだよね、何が嫌だったんだい??」
探究心は止まらない。キラキラした目で子豚の顔を覗き込んでくるお兄様。仕方がない、今日はクレヨンつきリボンを装備してないから地面に書くか。
木の枝でガリガリと地面を削り、ワクワクしているお兄様に説明し始めた。
『嫌な 音 する』
「嫌な音……キーンとか、グァーンとか、そういうのかい?」
『違う』
「どんな音?」
『書きたくない』
「採集したコログミからもするのかい?」
『する』
「どんな音?」
『嫌な音』
「ヒントだけでも」
『ヒント:嫌な音』
「トンちゃぁん」
嫌な音ったら嫌な音よ、10歳なりたての男の子にまさか今食った木の実から「コロシテ……コロシテェ…………」って声がするなんて言えないでしょ。
ぐったりした可哀想な子豚は、お兄様に両脇腹を持たれて、コログミの低木へと近づけられ怖い怖い怖いいっぱい実ってるいっぱい声するやだぁァァア!!
タスケ……コロシテ…………
コロ……コロシテ……
イヤダ……コロシ……テ……
「ぴきー!ぷきー!ぷキャギャぎゃー!!(止めっ!ちょっ!うわ気持ち悪い!!)」
「トントンの嫌いな音がするのかぁ……他の魔獣も近づかないし、畑の周りに植えたら野生の魔獣避けになりそうだなぁ」
タスケ……ェ…………
コロ……コロシ…………
タス……ァァ…………
「ぷき!ぷきき!ぴぴープギャギャァ!!(鬼!悪魔!リリーの兄ィ!!)」
「街中には生えてないから、実だけでも持っていって帝都の研究者さん達に聞いてみよう、ありがとうトンちゃん」
ありがとうじゃねーんだわこの野郎め。地面を踏みしめ、コログミの木から距離を取る、あーヤダヤダ、精神が削れる。
絶対嫌だからねそれ私のナップサックに入れるの絶対嫌だからね、それ入れるぐらいなら虫の死骸入れて後で取れた脚にウゲッてなる方が十倍マシよ。
自分で持ってきた小さい袋にコログミを詰めていくお兄様、うわぁ怨嗟袋が出来てる。
「よし、採集終わったよ、行こうかトンちゃん」
「ぷきぷきゃぷひぃ(もう帰りたい)」
トンちゃんもうお家帰る。だが子供を山の中に一人置いていくわけにはいかない、トンちゃんはとても優しいので。
ドッと疲れた体と足を引きずりながら、軽やかな足で先を急ぐ探究心止まらない少年の後を追った、
コログミ: 一年中、時期問わず実をつける不思議な低木、赤、橙、黄、桃、紫、黄緑の六色が実り、色ごとに違う味がする不思議な木の実。グミの食感がする。
分布も広く、どこにでも生えるこの木の近くには何故か魔獣が寄り付かない。実がコロコロとしていることから、コログミの木と呼ばれ、日々のオヤツとしても、冬の貴重な保存食としてジャムとなっても、庶民にとってなくてはならない木の実である。




