54.町のピンチを救うヒーロー
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今回のお話に、自然災害の描写が含まれています。気になる方は読み飛ばしを推奨いたします。
読まなくても物語の進行にはとくに支障はございませんので、ご安心下さい。
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この前屋敷にヌシ様を呼んだと言ったな?これまでもちょくちょく遊びにきていたさ、一週間に二回ほど。
それでも厩のところで馬とお話ししてたり、お庭に腹這いに寝そべってお兄様と三匹のドーベリーに囲まれていたり、びっくりするような登場はあんまりしない礼儀正しいヌシ様だった筈なのよ。
「ぴぴぷぷきゅ(それがこう)」
「ァァア、あっ、アァ、窓に、まどに……ッ!!」
「なんだどうしたぁ?またあの子豚が何かしキャァァーーーー!!!?!?」
「旦那様どうされましギョアーー!!?!?オ゛ッ!」
洗濯物を投げ散らして窓を指差すメイドさんと、絹を裂くような悲鳴をあげて床に座り込むヒゲオヤジと、悲鳴を聞きつけ駆けつけたは良いが驚きすぎて腰をやってしまった執事さん。大惨事である。
メイドさんを気遣って駆け寄った私の目線の先には廊下の窓、曇りで憂鬱な空をバックに、ガラスを吐く息で曇らせ涎を垂らしつつ髭根と窓を揺らすヌシ様が、首を傾げて屋敷の中を覗き込んでいたからだった。
「グガァゥギァ(こんにちは)」
挨拶は完璧に覚えたようね。白目を剥いて泡を吹いているヒゲオヤジの脚をどつき、取り敢えず外に出てヌシ様とお話しをすることにした。
◆〜◆〜◆
屋敷の人達が遠巻きに見ている中、リリーとお兄様と私でヌシ様のお話を聞く、全くこれだから大人は。やれやれと首を振り、クレヨンと画用紙を構える。
「ガゥ、グガァガグルルルゥギァガゥガォォァォ(でねぇ、お家が水に流されちゃったから走ってきたの)」
「ヌシ様のお口おっきいねぇ」
「トンちゃん、ヌシ様はなんて?」
『お家 水 流された』
「ヌシ様のお家流されちゃったの?」
あの洞穴が流されたっていうの?そんな筈はないと思うんだけどなぁ。そこそこデカい熊の住処のような洞穴を思い出し、首を傾げた。
ううーん腑におちぬ、文字を書いた画用紙をふりふりしていると、ヌシ様が爪先で私の画用紙を取り上げた。
「ぷっ!ぴきープキーッ(あっ、返しなさいよーッ)」
「ガァぁぅぉ?(なぁにこれ?)」
「ピピきゅぅぷきゅぅピキャぷききプキィピ、ぷきぴ、ぷキャプキャピー(それより先にお家がどう流されたのか言って、あと返して、それが無いとお話できないわ)」
「ググぅ……(えっとねぇ……)」
◆〜◆〜◆
ヌシ様のお家水没事件は結構クソやばなことが分かった、ヌシ様のお家は森の奥の奥にあるいい感じの洞穴だったが、ソレを押し流すぐらいの大木が鉄砲水と共に流されてきていた事が判明したのだ。
鉄砲水ってどうやって起きるか知ってる?山の上のほう、つまり上流で凄い雨が降って川下に凄い勢いで流れてくるの。この時川下の方で遊んでたりしてる奴は流される、恐ろしいわよね。
「川の方にいる人達を非難させねば」
「子供が川に居ないよう徹底して探す、カモネスの木の船で遊ぶのが流行っていた筈だ、雨が降る前に親の元に帰さないと」
「グァァァア!(ボクも行く!)」
「ひぃっ!?」
「プキュきゅきぃぷき(ヌシ様は行かないの)」
それとは別に、川が狭くなってる所が決壊してドバシャーッてくる場合があるの、今回ヌシ様のお家が水の中になった理由はそっちらしいわ。枝とか石とかが堆積して、天然のダムが作られて、いきなり決壊する。
そう、クソやばばなのだ、今まで止められていた水が全部流れてくるんだからヤバい事は当たり前。だがそれに加えて今の空は曇天、あとちょっとでもポツリときたらあっという間に土砂降りになりそうな厚い雲、そうクソやばばばばなのだ。
ふぅむこれは子豚の身体ではどうにもならん、どうするべきか。腕を組んで考えていたらヒゲオヤジが屋敷の壁を叩いて大きな音を出した、何よびっくりしたわね。
「町の全員を連れて非難する、ヌシ様の言う鉄砲水の量だと川が増水するだけで済むだろうが、空を見て分かるようこれから雨が降る可能性が高い。川が予想以上に溢れた場合と、万が一、続けて土石流などが発生した場合に備えよう、フリック」
「はいご主人様、ァ゛ッ」
「お前は腰をやっているから先に逃げておけ、父の作った避難経路に欠点や変更は無いか」
「畑、畑が増成されましたのでマシュルウさんの所の道は通れません、それ以外は問題無いかと」
「聞いたな!ウチの馬車を出して移動が困難な年寄りを乗せられるだけ拾って避難場所まで行け!川のそばの家が先だ!!他の者も走って領民に伝えろ!!」
「「「はい!!」」」
なによなによ、この私を抜いてヒゲオヤジの一声で一致団結だと?ザッと散開するアリュートルチ家の人々、リリーに抱えられる私、執事さんに肩を貸すお兄様。
中身人間のトントンがなんの役に立つかって?なんの役にも立たないけど、現場に行っても応援する事ぐらいだけどさ、うん、逆に邪魔だな。魔法が使えるわけじゃあるまいし、小さいから人間を背中に乗せて走れもしない、リリー達と一緒に避難するのが最善ね。
力を抜いた私を抱え、お嬢様こちらですとメイドさんに引っ張られるリリー。腕の中の私をぎゅうと抱き締めてこう言った。
「お父様、リリーも行く!」
「ぷぴぃぴぷききぃ(行かんでよろしい)」
「リリーは避難してなさい!!子豚止めておけ!!!!」
当たり前やろがい。わぁわぁ泣きながらメイドさんにお米俵様抱っこをされて連れ去られるリリー、その足元を落とされた私はついていく。災害時に状況とどこに避難すればよいのかが分かっているのに、その場に残るのは悪手よ、はやく逃げなさい、命あっての物種なんだから。
空を見上げると鬱々とした暗い灰色が広がっている、この世界の女神があんなじゃなければ、私が女神権限を使えたら、何か素晴らしい能力があればみんな助けられたのではと思う。
何の能力もない、ただちょっと強いだけの豚の魔獣は、雨が降る前にみんなの避難が完了するよう願うしかなかった。
◆〜◆〜◆
「ぷキゥピキププきキィ、ぴきゃぷきぴぃ(安心してください、みんな無事ですよ)」
「トンちゃん誰とお話ししてるの?」
なんかそういう気分だっただけよ。増水前に子供達の回収は終了、そのまま町の人に呼びかけて川と森から離れた所へ避難したわ。
結果、死亡者ゼロ、行方不明者ゼロ、建物と畑の被害は甚大。最初の森の山側の建物が半分ぐらい倒壊したわ、最悪ね。
美味しいお野菜の取れる畑がびっしゃびしゃよ、家畜のご飯の牧草もびっしょびしょよ。今は町に戻ってきて被害状況の詳細確認をしているわ。
あーあ土砂に全部埋まっちゃってもう。あ、え、え?あの辺ってアレじゃない?アレ育ててたとこじゃない??嘘、嘘じゃんこんなのって無い。
薄桃色の綺麗な毛皮が汚れる事も気にせず、よたよたと土砂と泥に埋まった畑に近づいていく、折れた木が地面に刺さり、大きな石がゴロゴロと転がっている。
なんてこと、わたしの、わたしの、楽しみにしていたのに、わたしの、お裾分けとか成長不良とかで食べさせて貰えるのたのしみにしてた、わたしの。
「ぴーきゅぷきゃぴきょぷき!!!!(私の里芋が!!!!)」
「トンちゃんどうしたの?」
「プキキプキャピョプキィ!!!!!!(収穫時期の里芋が!!!!!!)」
「そうだね、ポタトさんの畑もお家も壊れちゃったのね、でもね、お父様がなんとかしてくれるって言ってたよ」
「ピョプキィピィ!!!!!!!!(里芋がァ!!!!!!!!)」
「トンちゃんこの辺お散歩するの好きだったもんね、リリーもポタトさんのとこの畑のお花好きだったのよ、悲しいねトンちゃん」
「ピョプキィ!!!!!!!!!(里芋ォ!!!!!!!!!!)」
私は旬のホクホクの里芋が食べたかったんだ、煮物とか、焼き芋とか、揚げ芋とか。ガクッと鼻先を土につける、これが哀しみというものか。
リリーか項垂れた私の背中を撫でる、二、三度撫でた後、どこからかメタリックピンクのアンテナーを出してきたのでサッと避けた。
「元気出してトンちゃん、えいっ!!」
「ぷぴぷぅぴ(残像だ)」
「どおして避けるのッ!」
どおしても何も無いわよ、アンテナーを付けられるのが嫌なだけ、誰かの操り子豚人形になるのが嫌なだけよ。
シャシャシャシャッと反復横跳びをして、リリーからの猛攻を避けていると、向こう側で町の人たちに囲まれたヒゲオヤジとヌシ様が見えた。何してんだろ。わやわやと聞こえてくる大勢の話し声。
「チャーリーさん助かりました、あのまま寝ていたらこの前産まれた孫ごと土の下でしたわい」
「本当に無事でよかった、ポタトさんの野菜が食べられなくなるのは惜しいですから」
「あの我儘坊が立派になってよぉ……前領主のトアの野郎が生きてたらこのまま酒盛りだったろうなぁ」
「マシュルウさん、酒盛りの前にまずは無事な家屋の確認ですよ、幸い家畜も非難させる余裕があったのでそこまで被害はない筈ですが……」
「避難っていうより、ヌシ様から逃げてただけのような気もすっけどやぁ……」
確かにねぇ、ヌシ様も一緒に避難してって言ったんだけど、お手伝いに行くって言って聞かないから泣き喚くリリーの腕から抜けて頭の上に乗って牛とか豚とか鶏とか、ドーベリー達と誘導しながら追いかけた。
みんなビャービャー鳴きながら逃げてたわ、そりゃそうよ、こんなデカい怖いの追いかけてきたら死ぬ気で逃げるわよ。私だって最初逃げたし。
急遽作られた柵の中に追い込まれてガタガタ震えている家畜達を避難した子供達が宥めてたわ、可哀想にヌシ様、逃げられまくってちょっとションボリしてた。
「ヌシ様ありがとうございます、お陰で家族が助かりました」
「ヌシ様ありがとー!」
「これからもチュートリアを見守っていて下さい」
「ヌシ様スゲェな!俺七歳になったらヌシ様みたいなラジモンを相棒にする!!」
お、機嫌が上昇しているなヌシ様。強面に似合わぬ可愛いお花を身体に咲かせ始めるヌシ様、嬉しくなると咲くらしい、原理は知らない、魔獣は不思議でいっぱいだから仕方ない。
知りたかったらこの世界のたぶん製造元(女神の頭の中)かゲーム制作会社G.Gに聞いて。私は知らない。
ぽぽぽぽんと植物のお髭や、背中に沢山お花を咲かせたヌシ様が子供達に囲まれて嬉しそうに身体を揺らす。よかったわねぇ、なんか泣いた赤鬼だっけ、ソレ見てる気分だわ、青鬼役居ないけど。
そんなご機嫌なヌシ様にヒゲオヤジが歩み寄り、なんとか領主として格好つけようとしているのが見える。
「おっほん、して、森のヌシ様。チュートリアの町を救っていただきぁぁぁァァァァァアアアア!!!?!?!?」
「ガアォァァァァァァァア!!(ニンゲンと仲良くなれたぁぁあ!!)」
あーあ、ぶん回されてらぁ。脇の下に物凄い爪のついた手を入れられ、高い高いの状態でぶん回されるヒゲオヤジ、まぁヌシ様が楽しそうなので良しとしよう、死ぬわけじゃないだろうし。
ぷふぅと溜息をついた私の頭に、気持ち悪い感触と、垂れた豚耳にはなんとも間抜けな音が聞こえた。
プスっ
「やったぁ!トンちゃんにアンテナー刺せたぁ!!」
「ぷき(拒否)」
ぐぐぐ……タァン!!
「なんでリリーのアンテナー取れちゃうの!?」
「ぷぴぴきゅぷぷきぷきぴきぷきゃきゃきょきゃ、ぷきぷきぴき(その辺の雑魚豚とは違うのだよ、雑魚豚とは)」
「トンちゃん酷い!ちゃんと付けてて!!」
やれやれ、これから忙しくなりそうだ。雨上がりの空の下、ガヤガヤと騒ぐチュートリアの町の真ん中でぶん回されるヒゲオヤジ、町の復興のために子豚も一肌脱ぐとしましょうかね。
アンテナーを振り上げ追いかけて来るリリーから、追いつかれない程度に逃げながらそんな事を思った。




