50. トントンのレア度は星一つ
めーし、めしめし、飯なのだー。部屋から出され、リリーに抱かれ、昼食会場に移動する時に聞こえて来る周りの他人の声。リリーは全く気にしていないけど、ヒゲオヤジがどうにも、まぁ、親だからね、心配するか。
もう一度説明しておこう、ここは国中の貴族の中で、今年七歳になる子供達が自分のラジモンと共に集められるお茶会である。誕生日前の子はその前にアンテナーを渡されるらしいけど。
つまり子供のペット同伴パーティ。そんな集まりあったら私ならどうするか?一番良い服を着て行ったり、背伸びして色付きリップ塗ってみたり、自分が一番自慢できるラジモンを、他の人よりレアな奴を連れて行こうとする。
見栄張るだけに両親に頼んだり、お兄ちゃんお姉ちゃんに借りたりする子も居るだろう。そんな中、低レアの、私の世界で言うとその辺で拾ったダンゴムシを持っていったとしよう。
「見てあの子、トントンなんか連れて来てるわ……」
「いやだ、七つになってもトントンにしかアンテナー刺せなかったのかしら……」
「ダッサ、あいつトントン抱っこしてるぜ……」
「よせよそんな事言ってやるな、きっと金が無くてレアなラジモンを捕まえられなかったんだよ、可哀想に……」
「トントンを着飾らせたってねぇ……」
「ふふっ、可愛いじゃないです、必死に綺麗に見せようとしてて……」
虐められるというか、こうやって嗤われる。決してダンゴムシ自体が悪いとかじゃないし、実は激レアダンゴムシの可能性もあるけど、パッと見で「アイツ自分より下だわ」と思われてしまったらそこで終わり。
それは底辺に近いリリーの家でも同じ、実際下でも、明らかに下だと認識されるとイジメられてしまう可能性が高くなる。ヒゲオヤジが心配してるのはそこ。
先に座っている位の高い貴族の子達が、リリーの事を見てクスクスと嗤う、隣に座る親は嗜めたり怒ったりする親もいるが、その顔を見ると真剣には注意していないのが分かる。
それを見たヒゲオヤジの顔が少し歪んだ、そんな顔するなら聞かなきゃいいのに。
「……リリー、本当にワシのドーベリーを貸さなくて良かったのか?」
「トンちゃんがいいの」
「なら、まぁ、いいんだが……」
いいからはよ飯。
◆〜◆〜◆
トントンなんか連れてきて、一体どういうつもりなのかしら。中位貴族である私の隣に座ったのは、下位もいいところのアリュートルチ家の娘、センスの無いドレスを身につけて、何も気にしてませんと言った顔でシチューを食べていた。
かと思えば入っていたニンジンに顔を顰め、隣に座るトントンの皿に移し始めた。
「トンちゃんリリーのニンジンあげる」
「ぷぴぃきゅきゅきゅ」
「ブロッコリーもあげる」
「ぷぴゃきゃきゃきゃ」
「お肉……はリリーが食べる」
「ぴきー」
トントンなんて雑魚魔獣連れてきて、恥ずかしくないのかしら?お友達にはなりたくないわね、お母様にもお友達は選びなさいって言われているの、きっとああいう常識の無い子を避けなさいって言いたいんだわ。
それに比べて私のラジモンはお行儀も良くて、とっても珍しくて、なにより可愛いの!
私の隣に大人しく座ってニャンム用ご飯を食べるオバットニャンムの"ミュシカ"。真っ白でふわふわの長い毛が素敵でしょ?羨ましいでしょ??
「トンちゃんカリフラワー出てきたからあげる」
「ぴぴぴきゅー」
ブルーの瞳がサファイアみたいにキラキラしていて、ピンクのお鼻がひくひくって動くのよ、鳴き声だってとっても可愛いの。私がちょっと物陰に隠れると、私を探してにゃーにゃー鳴くのよ!
「トンちゃんダメでしょ、せっかくリリーがニンジンあげたのにお皿の端に寄せちゃめ!」
「ぴぷぷぴきゅぴぷきぃ」
「もー、サヤエンドウもあげるからちゃんと食べて」
「ぴぴぷぷぷきぷきゃぴきー」
それに、オバットニャンム種だから背中にふわふわの、天使みたいな羽が生えていて、ちょっとだけなら空も飛べるの。だから。
「パンはリリーが食べるね、気にしなくて良いよトンちゃん」
「ぷきぷきゅぷきゃきゅー」
そんな希少な私のラジモンであるオバットニャンムのミュシカを差し置いて、大して珍しくもない特筆することは何もないただのトントンに私より下の家格である周りの奴等の視線が向けられる理由が分からないわ!!
昼食のシチューに入っているよく茹でられたニンジンを、怒りにまかせスプーンで押し潰し、呑気な会話を繰り広げているアリュートルチ家の娘を思いッッッきり睨みつけた。ら。
「トンちゃん、カリフラワーまた出てきた」
「ぴぴぷぷぴぃきゅぴぴぃ」
トントンが……カトラリーを使って食べている…………。持ち手が輪っか状になっているスプーンに器用に蹄を通して、シチューの具を掬っているトントン。
目を擦っても、瞬きしてみても、変わらずそこに座って今度はカリフラワーを掬って食べている。
でも私のミュシカの方が希少なラジモンなんだから!バッと隣を見ると、ニャンム用のウェットタイプのご飯を食べ飽きたのか、側に置いてあった魔獣用のナッツに戯れていた。
視線をアリュートルチ家の、トンちゃん?に戻すと、今度はパンを蹄で丁寧に千切って食べている。トントン如きが生意気な。
また顔を私のミュシカに向けると、ナッツに戯れるのにも飽きたのか、ふわふわの羽根を動かしてどこかへ飛んで行こうとしたみたいだけど、巡回している給仕係に捕まって席に戻されているところだった。
顔を顰め、大人しく席に戻されているミュシカ、その背中の羽をお母様が宥めるように優しく撫でている。
「ミュシカちゃん、ご飯の最中は飛んじゃダメよ?」
「みャぁん……」
「良い子ね、大人しく座っているのよ」
「ミャァぁぅ……」
意味がわからない、訳がわからない、トントンなんて幼少の時にアンテナーを刺す練習をするためだけの珍しくもないその辺に掃いて捨てるほど居るような魔獣なのに。なんで、どうしてあんな芸を覚えているの。
私が一番注目される筈だったのに、私が一番話題になる筈だったのに、唇を噛んでアリュートルチ家の娘を睨む。私の事なんて一目もせずに、向かい側に座った没落寸前の家の娘と楽しそうに話していた。
◆〜◆〜◆
はぁ〜〜食べたたべた、腹六部目ってところかしら。お茶会という名の自由時間に駆り出されるラジモン達。
だがラジモン誘拐事件によりみんな疲れているので、呼ばれても尻尾を気怠げにパタンと動かしたり、目だけ開けてまた閉じたり、返事すらしない奴もいる。
リリーも仲良くなった子とお喋りに興じているのだが、私要らないでしょ、ケーキ食べてるから子供同士で遊んできなさいよ。その子のでっぷりしたニャンム触らせて貰ってきなさいよ。
リリーの腕に抱えられたまま会場を進む私、あぁ、私のショートケーキ、おぉ、私のマドレーヌ、すぐ戻るから待っていて。
「リリーちゃんお庭の迷路行こ!」
「いいよ!」
「ぷぴきぃ!!(よくねぇ!!)」
「あぁッ!トンちゃん逃げちゃだめ!!」
私はデザート食べ放題に行きたいって言ってんだろうが!!健気な子豚の事を考えない飼い主だな全く!!!!
冒険に行く気満々のリリーの腕から抜け出しケーキのテーブルに向かって駆けていく、お待たせ私のsweet sweets達、全部腹に入れてやるからな覚悟しとけよ。
お菓子が立ち並ぶテーブルの下に勢いよく滑り込み、勢いが良すぎてテーブルクロスを跳ね除けながら反対側に出ると、凄いフリルやら♡やら☆やらビーズやらが縫い付けられた豪華なドレスを着ている子達に睨まれた。
なによ怖いわね、か弱いトントンが何したっていうの。これは戦略的撤退よ。ずりずりと白いテーブルクロスの下に後退していくとお尻を引っ掴まれれれれれれれ。
「トンちゃんいきなりどっか行っちゃダメ!」
「ピピキききィー?(どしてええぇー?)」
「リリーちゃん、引き摺るとトンちゃんのお腹汚くなっちゃうよ」
「セシリエちゃん、トンちゃんなら平気よ、蹄だけ地面についてるもの」
「ぴぴきっぷキャプピ(それは私が頑張ってんのよ)」
「迷路行こっ」
「うん!」
リリーにお友達が出来たのは良かったけど、何故か敵も出来たっぽいわね。リリーの小脇に抱えられ遠ざかっていくオヤツ天国のテーブル、その向こうでこちらを睨みヒソヒソと小さな声で会話をする金持ちそうなお嬢様達。
これはもう一波乱ありそうね、ヒゲオヤジの胃薬がもつと良いけど。明らかにアリュートルチ家より偉そうなお嬢様達に見送られながら、リリーに運ばれるトンちゃんであった。
オバットニャンム: ニャンムに先祖がえりが起こり、時々羽が生えたものが生まれるのを総称してそう呼ぶ。猫魔獣科ニャンム属オバットニャンム種、背中に小さな羽が生えている。
見た目はニャンムとあまり変わらないが、オバットニャンムは他の猫魔獣と違い背中から体毛と同じ毛が生えている羽を出して、短い距離であれば飛ぶことができる。




