46. ボタンが留まらない問題
あれから一泊して、二日目、ステータスの使えなさと情報の偏りにキレながら馬車の旅を続け、気がつくと帝都の宿のベッドの中だった。途中からキレ過ぎて記憶が無い、ちょっと思ったけど転生後に転生前の記憶がほぼ無いのは異世界転生と呼べるのだろうか?異世界に行けてるなら呼べるのか。
犬猫魔獣用のベッドの中から這い出し、窓から差し込む日の光を浴びる。世界は不平等だ、やっぱりあの女神の事だから個体に好き嫌いあるんだろう。クソ女神めそんなんだから世界の運営ひとつまともに出来ないんだ。
「ぷぁー、ぴぷぷぷぴぷぷ(ふぁー、お腹空いたわ)」
道中食べ散らかしたヒゲオヤジの鞄のオヤツだけじゃ私の身体は動かないのよ、食べ盛りの子豚だから、転生先が食べ盛りの子豚だから。きっとあの女神が前世の私の美少女加減に嫉妬して転生先をトントンにしたのよ、きっとそう。
きっと他の転生者らしき人には与えられている筈の基本チートとかも取り上げられたのよ、きっとそう。ブロックした女神が全部悪いの、きっとそう。
日当たりの良い場所に座ってプキプキ文句を呟いていたら、部屋の扉が開いてリリーが入ってきた、淡いオレンジ色のシンプルなドレスを着ている。
「トンちゃん起きたぁ?」
「ぷきぴぴー、ぷきゃきゃぷきょぷぴぃ(あらリリー、可愛いドレス着てるわね)」
「トンちゃんの分もあるんだよ、ほらこれ!」
そう言ってリリーが背後から取り出したのはチュチュ。そう、私用のチュチュである。色はリリーとお揃いの淡いオレンジ。リボンの代わりに腰にそれ付けてけってか、リボンにしてくれや。
お日様に照らされた床にちょんとお座りしていた私をベッドの上に乗せ、足元からズボッとチュチュが通された。
「トンちゃんもリリーとお揃いで行こうね!」
ッパァン!!
「……あれぇ?」
着衣のち一瞬で弾け飛んだチュチュが部屋の隅にふわりと落ちた、何が起こったのか私にもわからない。分かることはチュチュが文字通り飛んで逃げ出した事ぐらいである。
不思議そうに首を傾げたリリーが、部屋の隅に飛んでいったチュチュを拾ってきて、今度はぐるっと私の胴体に巻き付けてボタンを留めた。
「はい!トンちゃんこれでリリーとお揃」
パァン!!
「……なんでぇ?」
お腹を凹ましても無理となると、これはもう打つ手無しね。ひらふわと舞い落ちる素敵なチュチュを一人と一匹で見送り、諦めなさいと文字を書いてリリーに見せるため紙を探そうとした。
しかし、部屋の扉が開いてヒゲオヤジと御者の人が入ってきた事で有耶無耶になる。
「リリー、まだ支度が終わらないのか?そろそろ会場に行く時間だぞ」
「お父様……トンちゃんのチュチュが……」
「貸してみろ、全く……子豚が自分で付けようとしたんだろ、ボタンがちゃんと留められないとかそういう」
パァン!!!
「…………おとうさまぁ」
弾け飛ぶボタン、宙を舞うチュチュ、顔に皺が寄るヒゲオヤジ。悲しそうな顔をしたリリーと、口元を押さえて肩を震わせる御者さん。
ヒゲオヤジは私を抱え、リリーの手を持ち、皺くちゃになった顔を笑顔に作り替えてこう言った。
「さぁリリーお茶会に行こうか!」
「ヤダァ!リリーとトンちゃんお揃いので行くのぉ!!」
「見ただろう!子豚は太ってメイドに作らせたチュチュは入らないんだ!!諦めなさい!!」
「やだーーーー!!!!」
「ぷぴぴゅぅぴ(失礼ね)」
私だって専用のドレスがあるって分かってたら、ご飯とかオヤツとか夜食とかおやつとか間食とか御飯とか食べる量減らしてたわよ、そんなチュチュあるなんて一言も言われてなかったじゃないの。
ぷぅと頰を膨らませた私をヒゲオヤジから受け取り、私の首に濃いオレンジのリボンを結ぶ御者さん、もうちょっと緩めて。そう。
「トンちゃんとお揃いでお茶会行くのぉぉぉぉぉおおお!!!!」
「リリー!お父さんの言うこと聞きなさい!!」
「ヤァァァァアァァァァァァァアァァァア!!!!!!!」
「困ったな……おい、お前裁縫とか出来ないか?」
「え、いえ私はやったこと無いので……」
「本当に困った……ワシも出来ないんだ……」
「トンちゃんと一緒がいいのぉぉぉぉお!!!!」
「とりあえず、宿の人に聞いてみましょうか」
床に転がりジタバタはドレスを着ていたためしなかったが、足をダンダンと踏み鳴らし、小さい子特有の甲高い叫び声をあげるリリー。
まぁまだ七歳だし、駄々もこねるわよねそりゃ。ぅえぁうぇあとよく分からない嗚咽を漏らすリリーを抱っこしたヒゲオヤジが、片手にボタンが弾けたチュチュを持って宿の人達に仕立て直せないか聞いて回る。
でも宿は宿でも貴族向けの宿じゃないので、たとえ直したとしても文句言われたり、チップとか貰えるわけじゃないしと思ってるのか首を縦に振る人が居ない。当たり前よね、自分より上の奴の問題にすすんで首突っ込む人なんて相当な物好きだわ。
「誰でもいいんです、今日一日この子豚がつけてられる程度に直れば」
「そう言われてもねぇ……あ、そうだわ近くに魔獣用?の服とか、飾りとか扱ってる店があるのよ」
でもそんな中、あそこならしてくれるかもとあるお店を教えてくれた人がいた。
その人にヒゲオヤジはお礼を言って、泣き止み始めたリリーは持っていた飴玉をチップ代わりに渡して、教えてもらったお店に向かう事になった。
◆〜◆〜◆
その店にやってまいりました。朝っぱらからドンドンとお店の扉を叩いて、寝癖頭の店主さん?職人さん?を出させて直してくださいって頼み込んだのよ。本当に迷惑な客よね。
メジャーを胴体に巻かれて採寸され、終わったらすぐ抜き取られる。無口な人なのね、トントンの身体を撫でられも揉まれもしないのは久々よ、大体の人はもちもちしてくるわ。
「長さを伸ばすだけで、布の色は同じとはいきませんけど……この色でいいですか?」
「なんでも今日一日もちさえすれば良いです」
「はぁ、では少しお待ちください、オイ、お客様の暇つぶしになってやれ」
「トンちゃん良かったねぇ」
「ぷぷぴぴきゅぴきゅぷき(別に私は付けなくていいのよ)」
手を二回叩いてすぐに店の奥に引っ込んでいく職人さん、目に隈があったけど夜寝れてないのかしら。そう考えていたら、カウンターの上にヒョイっと何かが飛び乗った。
くりくりした黒いピカピカのビーズのようなお目々に、灰がかった茶色と白のふわふわした毛皮、体より大きい尻尾がピンと立てられた。そう、リス魔獣のカリカリである。種族名がやっぱり適当だなって思う。
「わぁ、カリカリだぁ!」
「ぷぷぴぃきゅ(森にもいたわ)」
尻尾の中から小さいハットと杖を取り出し、帽子を手で持ち上げて挨拶した。
「よく躾けられているもんだな」
「ご挨拶してるね」
「ぷきゅぴきゅ(鳴かないのね)」
ハットを被り、カウンターの上でタップダンスを始めるカリカリ。少し伸びた爪がチャッカチャッカと小気味良い音を立てる。
くるっとターンを決めたり、杖を回してみせたり、尻尾を大きく振ってみたりとコミカルな動きをするカリカリ。森の中の奴らは私が見つけた木の実を横取りするような奴しかいなかったけど、これは見ていて楽しいわね。
帽子を脱ぎ、右に一回、左に一回、最後に真ん中で深くお辞儀をすると、ヒョンっとカウンターの下に飛び降りていった。
「あっ、消えちゃった」
「出来ましたよ」
「本当か!?随分と早いな」
「では少しトントンをお預かりしますね」
「トンちゃんっていうの」
「トンちゃんをお預かりしますね」
「はぁい」
リリーの腕から職人さんに持ち上げられ、カウンターの上に置かれる私、お腹周りにピッタリフィットした淡いオレンジ色のチュチュがつけられた。留め具のところだけちょっと濃い色になっている。
そして私は見てしまった、カウンターの向こう側に消えて行ったカリカリが、職人さんの服の袖にぶら下がり、早く褒美を寄越せと腕を叩いている所を。雇われての労働には必ずそれに見合う対価が必要、それは世界の真理である。
「助かりました、幾らですか」
「大銅貨三枚です」
「それでいいんですか!?」
「急ぎなので縫い目も粗いですし、大した物は使っていないので、また時間のある時にご来店していただければ幸いです」
「ありがとうございます!ほらリリーもお礼言いなさい」
「ありがとーございます!」
カウンターからヒゲオヤジに持たれる私はずっと見ていた。客の相手をしたぞほら餌をよこせ菓子を寄越せと職人さんの肘に尻尾を巻きつけ両腕でビシバシ殴っているカリカリが、職人さんのデコピンにより床に落とされる姿を。
ヒゲオヤジが小脇に私を抱え、もう一度頭を下げて外に出る時も、私はまだ見ていた。
「またのご来店お待ちしてます」
そう職人さんが言うと即座に床に落とされた筈のカリカリが腕から肩へ駆け登り、職人さんの頰にドロップキックを喰らわせる姿を───。
カリカリ.2: 基本鳴き声をあげることが少なく、狭いところに落とした物を取ってこさせる事ができるので、職人がラジモンにしている事が多い。
芸を覚えさせる事も可能で、口下手な職人の代わりに客の相手をしたり、テーブルの上で踊ってみせたりする。




