45. どうしてなの
気付けばもう秋、シャスタお兄様の夏休みなど無かったらしい。私なら絶望した後ひとしきり不服を唱えあげ職員室へ異議申し立てをしに行くし、もし一生徒の意見を真摯に聞いてもらえないようであれば礼儀正しく丁寧にシュールストレミングを差し入れに行く。これは賄賂だ、決して爆弾では無い。
そしてそんなお兄様の通う、または破壊神リリーの敵の本陣である学校は、今から行く"帝都"にあるという。帝国なのかこの国、まぁ良い、魔獣である"トンちゃん"には直接関係なさそうだし。
「ぴゃーぷにぴゃーー(はぁー暇だぁーー)」
「むにゃ……」
馬車の中でコロンと転がるトンちゃんこと私。お家でワシャワシャ洗われた後、いつもより綺麗なリボンを結ばれて、ピニヨンリールに新品の空色のクレヨンを付けられてリリーと一緒に馬車に乗せられた。
リリーお嬢さんお洒落してどこ行くの?リリーはトンちゃんと帝都で開催される、七歳になった貴族の子を集めてやる大きなお茶会に行くの。
保護者と魔獣同伴のお茶会だってよ、え?お母様とヒゲオヤジ??お母様はよく分かんないけどのっぴきならない事情があって不参加、ヒゲオヤジは前を走ってるトレードさんの馬車の中に居るわ。
私へのプレゼント?と、ヒゲオヤジへの土産話を持ってきたみたい。簡単に言うと攫われたわ。「いやぁ丁度こっちから帝都に戻るところだったんですよー!」ですって、可哀想に、リマさんって仕事の話無しでお喋り出来る友達がヒゲオヤジしか居ないのね。
「むにゃぁ……トンちゃんアンテナーさそーね………」
「きゅぷきゅきゃぴぃ(寝言も自由ね)」
ガタガタ揺れまくる馬車の中で、涎を垂らしながら寝ているリリー、この調子だと帝都まで遠いので一泊か二泊するのだろう。
洗われた意味?そんなもん底辺貴族とはいえどもラジモンまで手入れが行き届いているわね流石って思われたいからよ。
それにしても暇ね、時間の進みが遅すぎるわ。そんな時は私が知らないうちに拾ったチート能力を使うしかないわ、知らないうちに女神(笑)から盗ってたみたいだけど。
でもきっと盗んだっていうより、女神の管理が悪いから拾ったみたいなモンよね。
「ヘイステ」
ピロンッ
「魔獣図鑑を出して」
ピピッ
薄緑の画面が目の前に現れ、デジタル教科書体フォントで魔獣図鑑という文字が出てくる。図鑑の最初から最後まで魔獣の説明を読んでれば、帝都に付くまでの時間が潰せるってワケよ。
いやぁこう言う時だけほぼ未プレイ転生で良かったと思えるわ。そして私は、魔獣図鑑のNo.一覧を見るため開いて…………。
皆んな聞いてくれ、由々しき事態だ。私の目に入った魔獣図鑑、勿論ナンバリングされていて、今はNo.1〜No.10までが表示されているんだが。
No.1 トントン
No.2 ???
No.3 ???
No.4 ???
No.5 カリカリ
No.6 ???
No.7 ???
No.8 ???
No.9 ピーピー
No.10???
埋まってない。埋まってないのよ、スクロールしてもスクロールしても??? ??? ??? ってどういうことよ。下から上に蹄を何度も動かし、図鑑の最初から最後まで全てめを通したが、九割九分クエスチョンマークである。
仮にも女神(笑)の権限がコレってどうなの?自分が作った魔獣すら情報が無いってどうなの?それは機能的に許されるの?サポートのサの字も出来ていないのでは??詐欺か??
「真面目に女神権限名乗るの辞めた方が良いのでは?」
ピピピピッ
「ん?なになに??」
『魔獣図鑑に記載された文章は世界のデフォルトの設定であり編集が出来ます使用している個人の知識により作成されるためログイン者が別人の場合は端末の持ち主が作成した世界についてどれだけの知識があるかで内容が変更されます』
「文章読みにくっ」
要するに、今女神権限を使ってる人の知識内の範囲でしか説明とか、魔獣とかが記録記載されないのね。不親切ぅ。図鑑を埋めたければ世界中飛び回って埋めろって事か。
まぁトンちゃんは、べつに世界中飛び回らなくてもいいけど……でも世界美食旅行はちょっと魅力かもしれない。
「まー、自分の種族の事ぐらいは知っておかないとね」
空中に浮かぶ画面の、トントン、という項目の所を蹄で触る。さてさて、使える技とか、進化までに必要なレベルとか分かればいいな。ピンクの子豚のドット絵が表示され、体重:りんご三個分、体長:りんご五個分、尻尾の長さ:ナッツ六個分と記録されている。
数値がハッキリしていない?トントンに身長はまだしも体重と尻尾の長さ聞くのはセクハラよ、覚えときなさい。
さてさてトントンの種族の説明は、と。
『you』
「ぷぅァピャピャピャピャピャピャピャピャピャピャぽぁぴゃア!!(ほぉァタタタタタタタタタタホァたア!!)」
ブブブブブブブブブブブブブブゥンッ
「トンちゃんうるさいよぉ……?」
「ぴぅー、ぴぅー、ぷきぴぴぷぴぷぅぴぅ(はぁー、はぁー、あまりの怒りに我を忘れたわ)」
「リリーねてるから、しずかにしてぇ……」
「ぴぎき(ごめん)」
びっくりして思わず蹄突連打をかましてしまったわ。
あんまりじゃない?コレはあんまりじゃない??世の中の転生ものを見てみなさいよ、力が無くとも知識チートは有り、知識は無くとも力チートは有り、両方無かったとしても神に愛されてたり使えないと思ってた能力が実は最強能力だったりしてるじゃない????
元現役女子高生、今は可愛い子豚魔獣、見た目はトントン中身は美少女(当私比)の私になんたる仕打ちだろうか。許されない、そりゃ拳の一や百、アタタと出たって仕方がないだろう。
「ピピぷみプキゅぴきゅぷきゅーきゃきょーピキューギャピィ(女神はクソだしレベルが上がった実感今のとこ無いしご飯が美味いしか転生チート感無いわ)」
「トンちゃんが沢山お喋りしてるからリリー起きちゃったよ、どうしたの?虫さんでもいた??」
「ピピププぴーきゅぴーぷきゅぷきプキューぴきゃー(世界ガチャ失敗、環境ガチャ成功ってところね)」
世界を運営してる奴の大ハズレ女神感は否めないが、ラジモンの生活としては大分好き勝手出来てるし、ご飯も良い物食べられているし、強化ナッツ食べ放題のチート環境なのよね。
まさか私の転生チートこれで終わり?嘘でしょ?他になんか無いの??あと可愛い事ぐらい??
「ぷぴぴぴ?ぷきゅきゅき?ぴぴぴぷぴぴぴ??(バトル無双は?知識無双は?強化出来る環境だけ??)」
「そうだよトンちゃん、これからね、リリーと同い年の子がいっぱい居るとこに行くんだって」
「ぷぴきゅーぴーきゃぴ?ピピププピーぴゅきゅきゃーぴ??(転生チートは?俺つえー物語は??)」
「お茶会してー、ご飯食べてー、遊べるんだって、でもマリーちゃんとゴマもちちゃんは居ないよって言われちゃったの、残念だねぇ」
「プキビビぴきぃ????(残念だねぇ????)」
ざん、ねん、だねぇ……?リリーの顔を見上げて、そっと目の前の女神権限の画面に視線を戻す。まだ終われない、お前の性能はそんなカッスカス説明文だけじゃない筈だ、まだだ、まだ終わらんよ。
一文……いや、一言だけ書かれた説明文の右下、更新ボタンらしき物を連打する。そんな筈無いじゃないか、トントンの説明が"お前だよ"だけで終わるなんて私は認めない。
「トンちゃんどうしたの、パンチの練習してるの?」
「ぴぴぃ!ぷきゅぴ!ぷぴぴぴぃプキーッ!!(まだだ!説明が!こんな一言で終わるはずがないッ!!)」
「空気は敵じゃないよ?」
リリーにはステが見えないので、ひたすら空中に右ストレートを繰り出す私、空気が敵じゃないのは知ってるわよ。更新を繰り返し、何度も何度も薄緑の画面にノイズが走ったあと。文字が増えた。
「ぷっきぴ!(やったわ!)」
「トンちゃん何か倒したの?」
『 you 沢山食べる。』
「空気やっつけられたの?」
◆〜◆〜◆
その時、馬車が大きく揺れた。驚いて前脚を上げかけた馬を宥め、アリュートルチの御者兼護衛役は何ごとかと背後を見る、カーテンが閉まっているので中は覗き見ることが出来ないが、物凄い鳴き声が聞こえてきた。
「ビギャギャビィィィィィイイイ!!!!」
「トンちゃんどおしたの!?お腹痛いの!?お腹空いたの!!?」
「ブビャァァァァァァァァアアア!!!!!!?」
「トンちゃぁん!なんで怒ってるのぉ!!」
「ピギャプギャぷぴギャァァァァアアア!!!!」
「トンちゃぁぁあん!!」
よく分からないけど、お嬢様のラジモンのご機嫌が斜めらしい。きっと聖水をかけられた悪魔ってこんな断末魔あげるんだろうな、そう考えながら、耳を後ろに倒して様子を伺う馬に前の馬車を追えと指示を出した。
◆〜◆〜◆
怒りに任せて淑女らしからぬ言葉を叫んでしまったわ、反省反省。
私が蹴飛ばした鞄がパァンして、飛び散らかってしまった荷物を片付け、一つのところにまとめる。はぁなんて健気な子豚なんでしょ。
「ぷぷぷぴぴー、ぷピュププピーぴきゅぴぃ、ぴゅーぷきゃぷぴぃ(女神はあんなで、チートも無いのにスライム食べてレベル上げて、子供のお守りもするなんて)」
「トンちゃん、お父様の鞄取って」
「ぷぷぷぴーぷーぷきゅきゅ(なんて優しいのかしら)」
「トンちゃんお喋りしてないでお父様の上着詰めて、ううん、入んないなぁ」
その詰め方だとシワがつく……まぁヒゲオヤジのだしいいか。ぎゅむぎゅむと鞄に詰め込み無理矢理蓋を閉じる、完全犯罪の完了だ。
ラッキーなことに、ヒゲオヤジの鞄から転がり出てきたオヤツを食べながら、リリーと噛み合っていない会話を続ける。
「ぷーきゅーぷぷぷーぷぴぷぴぴきゅーきゅきゅぃぴー(キノコは取るし金は稼ぐし我ながら良いラジモンだと思うわ)」
「リリーね、ゼリービーンズ好きだけど、レモン味嫌いなの」
「ぴぴみーププキュピーピーぷきゃぷきょぴぃ(問題はレベルを上げてもあげても進化しない事よ)」
「甘いのは良いんだけどね、すっっぱいのあるでしょ?リリーそれが許せないの」
「ぴぴゅプキュぷきゃーぴゃっぴゃきゃぴきゃーぷきゅぷきぃ(そろそろ進化してもいい気はするんだけど進化の兆しが分からないわ)」
「他の味は甘くて美味しいのに、いきなりすっぱッ!ってなるでしょう?リリーはレモン味を作る人って食べる人の事を考えてないと思うの」
「ぷぷぷぴっきゃぴきゃぷっぷきゅきゅ(レモン無いと甘いだけじゃ飽きるでしょうが)」
ハッ!リリーの話に釣られてしまったわ、そもそも何の話をしてたんだっけ。そうよ私のステータス使えなさ過ぎ問題だったわ。開きっぱなしの画面を見ると、トントン、の種族名の隣に認識済個体名一覧の文字がある。
なんだこりゃ、つついてみると。
『認識済個体名一覧
権限使用者:トンちゃん
トントン種
トンちゃん
オペラ
ピーピー種
アオバ
ドーベリー種
ブルー
ブラック
ベリー
ハンガリアン種
ゴマもち ………』
はーなるほど、知り合いのラジモンが登録されてくってことね、これは便利。認識個体名一覧の横にある自動登録がONになっている事を確認して、赤いゼリービーンズを口に放り込み画面を閉じ、る前に、ゴマもちの名前をつついてみる。
新しい画面が開き、そこに説明文が現れた。
『 ゴマもち は
魔獣界 脊椎魔獣門 脊椎魔獣亜門 哺乳魔類網
魔ネズミ目 魔ネズミ上科 魔ハムリアン属
ハンガリアン種 に部類される。
ハンガリアンは手にハンガーのような形状の弓を持ち、矢筒を背負い、頭に赤い毛玉飾りを先端につけた緑の三角帽子を被る。
人間が取り上げると悲しげに泣くが、人目の無いとどこからか新しい物を取り出し身につけている。その原理は未だ不明である。
ゴマもち は、白と灰色の体毛に、黒い毛で線が入っている個体である。性格は忠義に篤く、急な物事に対しては対応が遅れる場合があるが、問題解決に向けての──』
「トンちゃんレモン味あげる」
馬鹿みたいに開けられた私の口に、リリーの手から黄色いゼリービーンズが投げ込まれる。
強烈な酸っぱさと申し訳程度の甘さに、可愛い子豚の頭の中の何かがキレた。
◆〜◆〜◆
中に居るのは本当にトントンと七歳の女の子なんだろうか、また突然大きく跳ねた馬車の中、金切鳴き声とでも言えばいいのだろうか?物凄い鳴き声が外に聞こえてくる。
「プジャビャビュぷギュぎゃぎょビギャー!!!!」
「トンちゃんごめんね!レモン食べさせてごめんね!!」
「ビャギャビョギョビュギュビビビィーーーー!!!!!!」
「トンちゃんごめんねぇ!!すっぱいの食べさせちゃってごめんねぇ!!!!」
「ビュビャミャギァァァァァァァア!!!!!!」
「トンちゃぁぁぁぁぁあん!!!!」
こんなトントンを帝都の合同お茶会に連れて行って大丈夫なんだろうか?そう考えたが、進言する先のご主人様は前方を走る馬車に拉致られているため話せない。
まぁ、気にせず自分の仕事を恙無くこなそう。もうトントンの叫び声に慣れてきた馬に、進めと指示を出した。
魔獣図鑑: 女神権限の機能の一つであり、この世界に生息する魔獣についての詳細と説明が書かれているのだが、ログイン者により情報量が違い、この世界に属している魔獣をベースに情報が記録されていく。
ログイン者に即し、身近な魔獣であればあるほど情報量が多くなるが、記録される情報の偏りが激しい。




