44.ちょっと何言ってるか分からない
あたたかな日の光の中、奥様の膝でブラッシングを受けているトンちゃん。なんて平和な日なんでしょうか。挨拶が遅れました、私、アリュートルチ家に仕える執事のフリックと申します。
ここに勤めて早38年。先代様からチャーリー坊ちゃんに領地経営が移行された時はどうなることかと思いましたが、奥様が支えて下すったお陰で今も私の賃金は無事出ております。
「トンちゃん、リリーの帝都のお茶会に着いていってあげてね」
換気のため窓を開けさせて貰うと、遠目には紅葉が始まり日々少しづつ染まる山と木々。一枚の風景画のようなこの景色は、先代様が御存命だった頃から変わりは御座いません。
「あの子は色々と困ったところがあるから、トンちゃんが着いていてくれたら安心だわ」
「ピキピィぷぅ」
紅茶の準備をしましょうか、奥様の白魚のような手からトンちゃんのブラシが置かれ、良く梳かされた薄桃色の毛を優しく撫でているのが見えました。
そろそろシャスタ坊っちゃまも冬の長期休みで帰ってくる頃ですし、どんな植物を部屋の中で育てても良いよう、薪を多く用意しておかねばなりませんな。
「帝都のお茶会では、保護者一人と、七つになる子供とその子のラジモン一匹が同伴するの」
「ぴぷぷぅキュプピぃ」
リリーお嬢様も、もう七つですか。歳を取ると一年が早く過ぎていきますね。あと三年もすればあの御転婆さんも学校に行く歳ですか、そうしたら寂しくなりますね。
「お茶会といっても、軽い昼食と、あとは遊ぶ時間のようなものだから心配しなくても良いのよ」
「ぷぴぷぴ」
「ただ、シャスタの時もそうだったけれど、お昼までは子供の連れてきたラジモンは全て一部屋に纏められてしまうという話で……あら」
いつだって子供の成長は早いものですな、ポットを揺らして中の茶葉を踊らせていると、珍しく奥様から驚いたような声が聞こえてきた。
何ごとかと振り返ると、空になった奥様の膝の上。お嬢様のラジモンであるトンちゃんが来てから、少し表情が柔らかくなった奥様の初めて見る表情である。口に手を当て、お嬢様に似ていらっしゃる大きな目をパチクリと瞬かせ。
「トンちゃん、お茶会に行くの嫌みたいだわ」
「捕獲部隊を結成しましょうか」
◆〜◆〜◆
「ぷっ、きゅゅーぅ(やっ、べぇぇー)」
と、天才転生子豚トンちゃんがミニなお子様逃走防止用サンダルのような鼻音を出したのには理由がある。
七歳になった子供を集めて帝都でお茶会が催されるという話だ、ようはプレ社交界デビューである。同年代の親同士の顔合わせの意味合いもありそれなりの規模となる事は推察できる。
野菜を入れる木箱に籠城した私は、箱の隅に転がっていた人参を齧りながら、外から聞こえるリリーの声に耳を傾けた。
「トンちゃん!リリーと一緒に帝都に行くんでしょ!どこに居るの出てきてよぉ!!」
トンちゃぁぁぁあんとリリーの声が遠ざかったことを確認し、また人参をひと口齧った。リリーよ、悪いが私は知っている、お前のお母様から聞いたのだ。ついでにそれが行きたくない理由でもある。ペット扱いのラジモン達は、七歳の子供の集まりが終わるまで、一つの部屋に押し込まれるってこと。
待たされる間、出されるのは魔獣用の食べ物で、七歳児のお茶会に出されるような美味しいお菓子は無いと。木箱にの外から、急遽結成されたトンちゃん捕獲隊の声が聞こえてきた。
「居たか!?」
「いや居ない、トンちゃんの事だから食糧庫に隠れると思ったんだが……」
「今のところ生で食べても美味しい食材に手をつけられた形跡はありません」
「うむ、あの子豚を締めあげて献上せよとの命令だ、主人の命令で合法的に痛めつける事が出来る機会など二度は無いだろう……なんとしてでも見つけだせ!!」
「副料理長怖……」
「トンちゃん構ってて最近めっきり料理長から教えて貰える時間減ったもんな……」
「捕獲した者には好きな賄いを喰わせてやる」
「「頑張ります!!」」
これだから物欲で動く人間は。人参をまたひと齧りして、木箱の底に寝転がる。誰がついてくかっての。魔獣達は話のネタに金持ち特有の自慢にと時々茶会に連れ出されたりするが、基本、せっっまい部屋にギュウギュウに押し込まれたままで過ごすって?
ゲーム内では、獣から虫まで色んなラジモンが居た気がするが、それ全部突っ込むと?ハ?アンテナー刺さってたとしてもラジモン同士の喧嘩は起こるし、お口チャックなんてモン無いから煩いし、魔獣用のご飯しか無い。最悪ソレすら無い所だって??
───そんなトコ誰が行くか。
「ぴ!プキュピププピキャプぷぎーピニャぴきゃきょきぃ(ハ!ヒゲオヤジのドーベリーでも借りなさいよ、あいつらレアでしょ一応)」
低レアの代名詞のトントン連れてかなくたっていーじゃないのさ。ねぇ?少しでも見栄張るためにレアな魔獣連れてくもんじゃないの??こういうのって。
ボリボリと人参を齧っていたら外から聞き慣れた人の声がしてきた。フン、何を言われようと私は今日の馬車には乗らぬぞ、今日の昼に出発しないとお茶会の前の日に着くのはギリだってさっきメイドさん達が話してたんだからな。トンちゃん知ってるんだぞ。
「トンちゃ〜ん、オヤツの時間だぞ〜〜、東の国から取り寄せた餡子を使って汁粉を作ってみたんだが」
バァン!!!!
「ぷきぷぅ〜〜!!(たべるぅ〜〜!!)」
◆〜◆〜◆
まんまと卑劣な罠に嵌ってしまったわ、卑怯なりヒゲオヤジ。塩味のおかきが入った汁粉とても旨し。オカワリ欲しし。
口の周りを餡子で汚していた私を、ガッと捕獲したメイドさんが、ダダダダッと走り、バシャッと風呂に突っ込み、ワシャシャシャっと拭かれ、ザザザザッとブラッシングされて今タオルと厚手のシートにぐるぐる巻きにされて固く紐で縛られてる。このままチャーシューになりそう。
「やっ、と、捕まりました……」
「もうトンちゃん、お風呂嫌だからって逃げちゃダメでしょ!」
「ぴぴぷぴぃ(ちげぇわよ)」
腰に手を当て、めっ!と私を叱ったつもりでいる、いつもより高い位置に顔があるリリーを見ながら思う、コレが世に言うスマキってやつね、体験したくは無かったわ。
目の端に私用の荷物を鞄に詰める執事さんの姿を映し、隙を見て私はまた脱走を試みる事とした。後方に空いている扉発見!進行方向異常無し、右回転開始。
「トンちゃん?転がってどこ行くの??」
「ぷぷぷぷぷ(おおおおお)」
「トンちゃん!?どこ行くのトンちゃん!!」
「ぴぴぴ!ぷぴぴピピピ!!(イケる!これはイケる!!)」
扉を抜け出し、人間の脚の林を器用に避け、微妙に坂がついてる廊下を玄関まで一直線に走……転がる。秋空高い外へ飛び出た途端、ボールで遊んでいたドーベリー達が全速力で走り寄ってきた。
「グァウワァゥワゥ!(姐さんなんの遊びっすか!)」
「アォウグォウォウ!(オレらもお供するっす!)」
「アォォン!?ヴァォン!!?(駆けっこすか!?駆けっこすか!!?)」
「待ってトンちゃぁぁぁあん!!」
そのままどこまでも転がっていけたら、なんて素敵なんでしょう、その前に結ばれてる紐解く方法探さないとダメだろうけど。
目が回ってきてお腹の中の汁粉が出そう。コロコロと勢いよく転がっていくトンちゃん、それを楽しそうに追いかける三匹のドーベリー、走るのに疲れてきたリリーとお年だけど頑張る執事さん。
激しく回り変わりゆく世界の中、ある一匹の豚型魔獣は叫ぶ。
「───ぷきぃー!(───止まんねー!)」
女神の権限を奪い、その庇護から外れた転生者の一人であるトンちゃんは、果たして帝都で開催されるお茶会の魔の手から逃れることは出来るのか……。
『TonTon テイル◎full throttle』
次回「トンちゃんドナられる」
───飛べない豚よ、大地を転がれ。
⚠︎副題は予告無しに変更される場合があります。