42.机挟んでぐるぐる回る
シーツゥ: お化けラジもん
誰もが“可愛いシーツお化け”と言われて想像する、布を頭からかぶっているような、空中にふわふわと浮かんでいるラジもん。
残念ながら成人女性ぐらいの身長があるため、可愛くは無い、怖い。シーツの中身は秘密。
どんぶらこっこと流れていた川から拾われたが、別に包丁で縦に真っ二つにはされていない、だけど今現在リリーの抱擁で横で真っ二つにはされそう。
ギチギチと悲鳴を上げる私の可愛い内蔵ちゃん達、いけないわ、このままダメージを受け続けると美味しいご飯が食べられなくなってしまう。リリーの締めて来る腕からなんとか抜けようとするが、びくともしない、おかしいわ私のレベルはだいぶ高い筈なのに。
「ブェェ(ブェェ)」
「トンちゃぁぁん!!」
「この川は油断しているとすぐ流されるから、大人と一緒に来ないと危ないんだぞ」
「トンちゃん助けてくれてありがとう」
「お礼がちゃんと言えるいい子だね」
「帰り道は分かるのか?」
「うん」
「じゃあ俺は帰るけど、お前も気をつけて帰れよ」
それだけ言うと私を縄で釣った男の子はくるりと背を向ける、周りの三人は仲間じゃ無いのかしら?川の水で濡れた縄を回収して小さく手でまとめると、さっさと林の中へ消えて行ってしまった。
助けてくれたのは有難いが、他の三人は止めたりしないの?リリーを取り囲む三人を見上げるが、子豚の私には全く興味が無いのかリリーの周りでやいのやいのと騒いでいる。
「冷たーい、こんな中途半端なとこに置いてくことないじゃんねぇ」
「リリーひとりでお家帰れるよ」
「途中まで私達がついていってあげる」
「トンちゃんも一緒だもん、大丈夫だよ」
「怖い魔獣出たら、ラジモンがこのトントンだけじゃ心許ないだろうしな」
「ぷきゅキュきキュウ(余計なお世話よ)」
「浅瀬から飛び出て川に流されるような奴だし」
それを言われるとぐぅの音も出ないわ。皺を寄せた豚鼻の先を男の子につつかれかけたが、リリーがサッと身を引いた為、抱えられている私に指が触れることは無かった。
親切な三人のうちの一人、セミロングの女の子が少し屈んでリリーと目線を合わせた。優しいお姉さんじゃないの、だいぶ長い距離移動してるんだし知ってるところまで送って貰いましょうよ。
「私の名前はバリュー、あなたのお名前はリリーちゃんよね?」
「……ん」
「ぷききぃピキぴぃ(ちゃんとお返事しなさいよ)」
「お家はどっちの方向かな?」
「あっち、トンちゃん行こ」
「あっ、一人で行くと危ないよリリーちゃん」
私を腕に抱えたまま三人からバリューお姉さんから離れようとするリリー、まさかこやつ人見知りするタイプか?ははーん、成る程恥ずかしいのか分かったわかった全て理解したぞ?一人で帰れるもんも強がりなんだな??
迷子になる前にバリューお姉さんと手を繋いでくれ頼むから。私は晩御飯までには帰りたい、今日は料理長が肉の塊を近くの農場から買ってたから早よ帰りたい。
「ぴぴぃぴき、ぷきー(まったく、面倒な)」
「トンちゃんはリリーがちゃんと抱っこしてるからね」
「ぷぷぷきーピピぴきゅー(動けるわよ下ろして)」
モゾモゾと腕の中で動いて抗議するが、ギュッと腕の力を強められてしまった、ぐえぇ。
お姉さんお兄さんに顔を見られたくないのか俯いて早足になるからほら転びそうじゃない、気をつけなさいよ私のことクッションになる気無いからね
そんな愛想の悪いリリーの前に、おさげをふたつ垂らした女の子が進路を塞ぐように立った。
「あたしクロムっていうの、よろしくねぇ?」
「リリーはリリーだよ、トンちゃんはトントンのトンちゃん」
「トンちゃん可愛いねぇ、あたし、トントンなんて久しぶりに見たわぁ」
ちょっと癪に障る話し方だけど、良い子っぽい、リリーがはぐれないように斜め前を誘導する様に歩き始めたクロムちゃん。これだけ面倒見がいい子がいつも居てくれたら、屋敷でこの可愛いピンクの頭をアンテナーから守る頻度が減るのになぁ。
クロムちゃんとは逆側に、二人より背の低い男の子がリリーに歩幅を合わせて歩き始めた、そうね小学生だと男子より女子の方が背が高い子が多いものね。切長な目を狐のように細くして、笑ったその子は私とリリーに向かってひらりと手を振った。
「俺はヒューってんだ、よろしくなリリー、あとトントン」
「トンちゃん!」
「あはは!改めて聞くとすげぇ雑な名前だな」
「ぷぴぴプキュー(同感よ)」
きゃらきゃらと明るい笑い声が響く林の中、段々とあたりが暗くなり、風が冷たく強く吹き付けてくる。足を止めた四人、抱っこされたままの私の鼻に冷たい雫が当たって弾けた。
「……雨、ふってきちゃった」
「リリーちゃんこっち、雨宿りできる場所があるの」
「雨が止むまでそこにいよう」
「でもリリーお家に……」
「ぷぴぴーキュキャー(風邪ひくわよ)」
「早く、濡れちゃう前に行こッ!」
ぱらぱらと木々の葉に雨粒が当たり始める、全力で走るリリーまって下ろして揺れるゆれるゆれるぅ
「ピャぅ⤴︎ぷ⤵︎プャウ⤴︎ピ⤵︎ヤぅプ⤴︎ピャゥ⤵︎(ゆぅれぇえるぅるぅるぅるるぅ)」
「トンちゃん暴れないで!」
とても理不尽。
◆〜◆〜◆
そしてやってきたのはボロッボロの廃墟、建物自体は割と大きい、リリーの家より……いや同じくらいの大きさかもしれない。外に倒れて壊れている、両開きの玄関の扉をリリーが踏み越え、私は彼女に抱えられたまま屋敷の中へ入った。
雨足が強くなって激しくボロ屋敷の屋根を叩く。ぎぃ、ぎぃと床板がリリーの重さで鳴り、人の手が何年も入っていないであろう荒れた部屋の中の、埃っぽい空気に顔を顰めた。
「うわぁ……トンちゃん、お部屋の中汚いねえ」
「ぷぷきーププャぴプぴー(リリーはいつも正直ね)」
最悪。どうしてどこの世界でもホラー回があるのかしら、要らないのよそんなモン、求めてないのよそんなモノ。ほのぼのしたゲームの中で、登場人物の恐怖に震えて膝を折り、今にも恐ろしい何者かに襲われる絶望に耐え切れず神に祈る様を誰が見たいと思うのか。
主人公なら主人公らしく敵役とかと楽しくドンパチやってて欲しいものだわ、何が楽しくて攻撃が効かなかったり、対抗できるアイテムが無かったり、逃げるしか出来ない敵より怖い正体不明のナニカと戦わなきゃならないのよ。
「ぷーーキューキューきゃキュきゃー(はーーほのぼの日常詐欺じゃねーの)」
「そうねトンちゃん、敷き物ぐちゃぐちゃね」
「ピキュギューぷきーぷキャキャピーププー(きっとストーリーの原案者か脚本書いた人の性格が悪いのよ)」
「椅子もテーブルも壊れてるね、きっと住んでた人のラジモンが元気な子だったのね」
「キュきゃきゅぴーぷきゅきゅーぴきぴーぷキュキュきゃキュピィー(きっとそうよじゃなきゃ幼気なプレイヤー泣かせのホラーイベントなんて入れる筈ないわ)」
「灯どっかに無いかなぁ、トンちゃん、火出せないラジモンだからなぁ」
背後から不気味なNPC出てきたりとか、扉の前で技を出すと不思議な場所に行けるとか、寝たまま起きないNPCが居るとか、隠し要素か没イベントか分からないけどとにかく怖い場所とか作るモンじゃ無いでしょ。ほのぼの育成ゲームなのに。
ギシギシと床を慣らしながら、折れた蝋燭が刺さっている燭台が倒れている古ぼけたテーブルに近づくリリー、マッチの一つでもないかと辺りを見回していると。
「わッ!」
「キャーーーー!!?」
「ピギャーーーー!!?(ピギャーーー!!?)」
「あっははは!驚いたか?」
「ヒュー、あんまりリリーちゃんを虐めないの」
「もう!もーーぅ!!」
心臓止まるかと思ったわこのクソガキが。地団駄を踏んで怒るリリーと、それを見て笑うヒューくん、バリューちゃんが窘めるが反省した様子は無い。脛に攻撃されたいんかこのお調子者が。
リリーが抱っこしたまま離してくれないので、届かないとわかっていながら蹄をまだ笑ってるヒューくんに向けて何度も突き出す。泣かす、絶対泣かしてやるこの野郎。
「ピギー!プギギーピギャー!!(テメー!何すんだこの野郎ー!!)」
「ねぇ奥行こうよぉ、雨入ってきてるじゃないのこの部屋ぁ」
「ぷきっ?ぴぎゃきゅきゃぷーキュキョー(え?一応部屋の中なんだから雨なんて)」
めっちゃ入ってきてるぅ。クロムちゃんが指さす先にある、扉が壊れた玄関から吹き込む雨風に、所々踏み抜かれた穴の空いた床と、埃の王様のような絨毯が濡らされていた。
えぇ、こんなご都合主義のホラー映画みたいな事ある……?ビュォビュォと容赦の無い雨風の音に、ヒゲオヤジとお付きの人達が流石にリリーを探しているのでは?と考えた、だって明らかにおかしいでしょこんなの。
「リリーちゃんも寒いでしょ?」
「トンちゃん抱っこしてるとあったかいよ?」
「そっか湯たんぽあるかぁ」
「でも身体を冷やすといけないわ、奥の部屋に行きましょ」
「探せばお化けの一匹や二匹出るかもな」
「ヒュー!余計なこと言わないの!」
こうして一行は、雨風をちゃんと凌げるお部屋を探しにボロ屋敷の中を探索する事にした、止めろ完璧にフラグじゃねぇか。先頭がクロムちゃん、その後ろにリリー、バリューちゃん、最後にヒューくんの順で進んでいく。
草臥れ色褪せたカーテン、蔦が覆い所々割れている窓、埃を被った元は白かっただろう花瓶の口から枯れ切った花がここから出るのを諦めたかのように首を垂れている。
ギシギシと廊下が鳴り、今にも廊下の先から、横に並ぶ何故か扉が木の板で打ち付けられた部屋、今すぐにでも何か恐ろしいものが出て来るのではないかと感じさせる薄暗さと不気味さ。マジで止めろ今すぐ帰るぞリリー。
「ぷキュキュプぴきゅピ!ピピャーぷキュピャー!!(こんな所に居られるか!私は家に帰らせて貰う!!)」
「トンちゃんってよく喋るのねぇ」
「リリーのラジモンなのよ、トンちゃんリリーと沢山お話ししてくれるの」
「あら、この部屋入れそうじゃない?」
そう言ってバリューちゃんが開けた扉の先には、この屋敷の主人だろうか、ヒゲオヤジの部屋よりも立派な執務室らしき部屋があった。何かの書類が床に撒かれ、ほとんど空の本棚は崩れ、観葉植物が屍を散らしているが窓は割れてない。
恐る恐る中に入ると、クロムちゃんが入り口の方を見て声を上げた。
「ねぇバリュー、ヒューはどこ行ったのぉ?」
「え?さっきまで居たはずだけど……またリリーちゃんを脅かそうとしてるんじゃないかしら」
「リリーもうびっくりするのヤダ」
「ぷぷぷぴきゅきゃきゅぴ(フラグを立てるな)」
「それよりこの部屋調べてみない?暇潰しの玩具とか探しましょうよ、床に落ちてる本はページが破れてて、字も霞んでて読めないわ」
「賛成、入ろはいろー」
ザンネーンそれもう二度と出てこないフラグだからぁ!止めろやめろさっきは泣かすとか言ったけど私より小さい子に死なれたり怪我されたりしたら寝覚めが悪いわ、リリーいい加減下ろしてくれないかしら、探しにも行けないわ。
私が優しいって?そりゃそうよ魔獣だもの、いくら前世の子供より身体能力が高い子達だからって、怪我をすると痛いのも、少しの傷から重い病気になりやすいのも同じだもの。
今の私は魔獣なんだしレベルもバカ高いんだから、ヒゲオヤジに殴り飛ばされたぐらいじゃ死なないわ。
ワタワタと短い手足を振り回すも、リリーがしっかと抱いているせいで動けぬ、抜けられぬ、ぐぇぇぇえ。
そんな私とリリーを見て笑う二人が、何かに気付いたようにまた部屋の入り口の方を見る。そういやさっきより部屋が暗いような……。
「ぴ?(え?)」
ゆらゆらと揺れる白い布、リリーより少し大きい子供が一人、すっぽりと隠れられるぐらいの大きさのシーツ。真っ白なそれにはシミ一つ無い、ただ視界を確保するためだけの穴が二つ、ちょうどリリー達と目が合う高さに空けられている。
滑るように部屋に入ってきたソレは、私達の目の前、1メートルほどの所でピタリと動きを止めた。
「ば、馬鹿じゃないの!?ふざけないでよヒュー!いまどきシーツおばけって、ちょっと、それ脱ぎなさいよ!!」
「そうよぉ!!あたし達のこと驚かすの失敗してるの分かってんでしょ!他にやる事あるでしょーがぁ!!」
「ピギャぴにゃー!ぷぎゃぎゃぴぎぃー!!(ガキにも程があるわ!リリーも何とか言っておやり!!)」
ギャンギャンと怒る私達、ここは怒ってやらねばお調子野郎が喜ぶばかりだ、断じてガチビビリした訳ではない。
シーツお化けのどこが怖いのか、うるせぇビビってないったらびびってないんだよ!文句あんのか!?アァ゛!!?
「トンちゃん……」
「ぴぴゅーキャギャピギャー!(ほらリリーも言ってやんなさいって!)」
「足無い……」
「ぽ?(は?)」
三人と一匹の視線がシーツお化けの足元に向けられた、そして顔に空いたのぞき穴に戻った。
鬼ごっこの始まりである。




