4.舎弟の三匹はドーベリー
──誠に憤慨である。
が、魔獣であるしそれも家畜化されているような豚の魔獣である事を考えに入れれば寧ろ良い待遇なのだろう。けども、だ。
私の周りにうろついているのはオレ猟犬ですといった顔立ちのおっかない犬、犬犬犬、いぬ。その小屋の中に一匹こんな可愛らしいピンクの子豚ちゃんを入れるとはなんたる侮辱。なんて酷い仕打ち。
もし、アンタ美味しそーねーなんて噛みつかれでもしたらどう責任をとってくれるのだろうか。
そしてこのご飯。野菜が混じっているのだろう緑の切れっ端と変色したカケラと雑穀。もう少しマシなものはなかったのだろうか。それを金属の入れ物に入れられて目の前に食え!と差し出した調教師らしき男と今ずっと睨み合っている。
だいぶ前に良しと言われてガッツいている隣の犬達を横目にずっとだ。仕事熱心で良いですね。しかしここでこの飯を食べてしまったらなけなしのプライドと元人間としての何か尊厳みたいなモノを失ってしまうだろう。ここは引くわけにはいかない。
そのまま体感では一年睨み合い……実際には一分も経って無いだろうけど。負けたよ、負けました、私の負けだ。フッと可愛いピンク色の鼻を鳴らしてご飯の入った入れ物を見る。ああ分かりましたよ、これが私のご飯なんですね。
そして私はそっと蹄を器に添えて、横にスイッと押しやった─────
「ぷきゅぅ?……ぴぷぅ……ぷぴぅ(ソレばかりじゃ足りないんだろう?……私は良いから……欲しいなら食べな)」
──そう、私は食うとは言っていない。
隣でダラダラと涎を垂らし今にも私のご飯の入った容器に鼻面を突っ込みそうな勢いの犬共にずいっと差し出した。その途端耳と尻尾を立たせて目を爛々と輝かせた猟犬達が。
「グワゥ!キャゥン!!(良いんすか姐さん!頂きます!!)」
喋った。違う、言葉が分かるのか。これは便利だなーーっと!!途端にガッつき始めるワンコ共と何が起こったのか分からずそれに慌てふためく調教師らしき男。
そいつの脚の間を優雅にすり抜けて私を拾った少女のいるであろう建物へと一目散に駆けていく。
私は知っている、いや、この鼻が叫んでいる。確実にその建物には美味しいものがあると!!屋敷へと駆け込むとあちこちから伸びてくる男女様々な手を掻い潜り、物陰に潜みカーテンの裏を潜り抜け扉の隙間に入り込み、必要とあらば鞠の様に跳ね上がりひたすらに鼻を頼りに進んでいく。
バン!と押し開いた扉の向こうに家族揃って朝ご飯を、漫画で見るような長いながい机で食べている少女の椅子の横に。
とて、とて、とて、とて、すとん。
「ぷきゅきゅ?(それ頂戴?)」
座り込んで上目遣いで、そうおねだりした。ここが頑張りどきだ。ここで引いてしまってはあのムショの飯に逆戻りだ。いけ私、頑張れ私、子豚歴史上最高の可愛さを見せつけるのだ!!うるうると瞳を潤ませながら小首をちょこんと傾げてみせる。
「こぶたちゃん!おはよう!!」
椅子から降りた少女の手が伸びてよっしゃ抱き上げられたぁぁあ!!そのまま!お膝に!!私あのいい匂いのスープ飲んでみたいっ、うわ焼きたてのパン美味しそう!!!!頬擦りしてくる少女の手にあるパンが。
「わたしとあそびたくて来たんだね!これからいっぱいあそぼうね!!」
女の子は美味しそうなパンを持つ手とは反対の手に握られた赤い棒を大きく振りかぶった。
少女のかわゆく小さなお手手に握り締められている細い棒が私の瞳に映る。どっから出したの、ソレ。
あの棒は、アンテナー。ふざけてる訳でも今つけた訳でも無い、それはアンテナーなのだ。
アンテナー。それは棒を魔獣の頭部に刺すことで魔獣をリモコン操作できるようになるというアイテム。ゲーム内チュートリアルで私も刺した。魔獣の頭に。
それを笑顔で見せ目下私の頭にブッ刺そうと大きなモーションで腕を振り下ろす少女。そう、うん。私は小さな蹄のある、可愛らしい前足を少し上げて。
「ぷぎぃ!(お断りだ!)」
「なんでぇ!?」
少女の白く柔らかな手からそれをはたき落した。
やれやれだぜ。そのまま膝から降りて去っていく私の後ろを急いで追いかけてくる少女。おっと、お嬢ちゃんはまだご飯の時間だぜ?
気付かぬうちにそっと追いかけて来ていた調教師っぽい男の腕に抱えられた私は、半泣きの少女を振り返りながらフンッと一度鼻を鳴らしたのであった。
ドーベリー: ドーベルマンの見た目な魔獣。体毛の色は黒や茶色など、鼻がベリーのような赤色、青色、黒色の個体がいる。猟犬や番犬として重宝されている。