39.夜中の探検隊
人にはパーソナルスペースというモノがある、私は今はトントンなので、自分の体から二十センチぐらいまでをトンソナルスペースと名付ける事にしよう。
ちょっとした事情があり、ウチに泊まることになったトレードさんとその娘であるマリーちゃん、そしてマリーちゃんのラジモンであるハンガリアンのゴマもち。
よくあるだろう?「マリーちゃんはリリーと一緒のお布団で寝るの!」っていうやつ、そこまでは良い、だがその後の「トンちゃんはゴマもちちゃんと寝てね!」っていうのは腑に落ちない。
私は一人で寝たい派だ、それも寝返りをうったら潰しそうなハムスター並の小さい命とは特に一緒に寝たくないタイプの人……豚だ。そんなチビ命は私の枕元、頰のそばで結構煩いイビキ……寝言だなこれ。
「うぬぅ……ここで会ったが百年め……でちぃ…………」
「いやここまでハッキリした寝言ないわよ」
「お覚悟、でちぃ!」
ぺちぃ
「いた、くはない」
「……すやぁでち」
本当に起きてないのかこのもち野郎、頰に当たったハム足が間抜けな音を立てた、痛くはないが腹が立つ。
「にんじん……きゃべつ……さつまいも…………」
「純粋にうるせぇ」
「にぼし!!」
「そんな寝言で叫ぶことある??」
だいたいトレードさんのくれたこの猫ちぐら、ではなく豚ちぐら、は私の物なんだぞ、何故このゴマをまぶされたモチ色のハンガリアンを泊まらせなきゃならんのだ。
「ひまわりの種を独占販売する奴……」
「独占販売なんてよく知ってるわね」
「…………ふこぉ……」
「そこは最後まで言えよ」
外からは小さい子特有のヒソヒソクスクス声が聞こえ、耳元からは夢の中で何かと戦ったり物食ったりしているゴマもちの唸り声が聞こえる。
「せいばいでちぃ…………」
「敵は結局ひまわりの種の独占販売をしていたのかしら」
「出たなチーズ魔神!」
「ひまわりの種関係無いじゃん」
寝れるわけがない、子豚は繊細なのだ、そっとちぐらから忍び足で外に出て行こうとしたら、ゴマもちが起きてしまったようだ。
「トンちゃん……どこに行くでちぃ……?」
「お外よ」
「危ないでちよ!?」
「慣れてるから大丈夫よ」
「ボクがお供するでち!」
赤いポンポンがついている緑の三角帽子を被り、ハンガー型の弓を装備してドヤ顔をするゴマもち、どこに仕舞ってたのよそれ。
しっかり背中に矢筒を背負い、いそいそと私の背中の上に乗ってくる。
「そんな装備で大丈夫か」
「……でち?いつものボクの装備でちよ??」
「やっぱり通じないか」
そりゃそうだいつもその格好だものね、そんな装備で大丈夫よ、さっさと行こ。布団に潜ってクフクフと笑っている幼女二人にバレないよう、部屋の魔獣用扉から外に出た。
廊下を走っていくとある部屋の扉から光が漏れていたので、鼻先で扉を押して部屋の中を覗き込む。そこには床に倒れ伏す二人の男、周りに転がる瓶が数本。
紙が床に散らばり万年筆のインクが机と床を汚す部屋の中に踏み入ると、頭の上でゴマもちがチチィと鳴いた。
「こ、これは……殺人事件でち……!」
「どう見ても泥酔のすえ爆睡した成人男性二人よ」
「二人を殺した犯人の証拠を探すでち!」
「机の上のグラスが三つだから、多分呑んでたのはヒゲオヤジと料理長とトレードさんね、犯人は飲み過ぎた大人の葡萄ジュースよ」
「一人の人間が部屋から消えた……これは迷宮入りになりそうでちね……」
「執事さんがお客様のトレードさんだけ部屋に運んだのね、二人がそのまま放置されてる所を見ると、放っておいても大丈夫と判断されたみたいね」
このヒゲオヤジ、人望があるんだか無いんだかよく分からないわね。
すよすよと眠る二体の遺体にかけられた温かそうなブランケットを見ながら、荒れている机の上に飛び乗った。
そこには各種おつまみが乗っていたであろうナッツしか残ってない皿と、葡萄ジュースが注がれていたであろうグラスと、薄桃色の丸い饅頭が置かれていた。
饅頭は手で緩く作ったハートの形をしていて、豚の尻尾のような模様の焼印が付けられている。そばに落ちていた紙には商品名だろうか、一文が殴り書きで書かれていた、それを蹄で拾って読む。
「『トントンのおしり おしりを贈っておしり合い』……オヤジギャグかよ」
「トンちゃんこのナッツ美味しいでちよ!」
「何これ、パッケージ案?『これであなたもおしり合い』…………だからオヤジギャグかよ」
「ふむふむ、これはローストされているんでちね、芳ばしい香りがとても良いでち」
絶妙にサムい。そろそろ秋だからとかそういうのじゃなくサムい。ぶるぶるっと一度大きく震え、パッケージ案と上の隅に書いてある、トントンの後ろ姿が描かれた紙をペッと投げる。
まぁ試作品も残ってるみたいだし、試しに食べてやろうじゃないの、料理長が作ってるんだったらハズレは無いでしょ。饅頭を一つ持ち上げ、齧り付く、後味がしつこく無いほんわりとした優しい甘味……これは餡子ね、蹄の間の饅頭を見ると。
「…………桃餡」
「トンちゃん何食べてるでち?」
「その辺に転がってるトントン饅頭よ、ゴマもちも食べなさい、いくら餡子とはいえ悪くなる時は悪くなるわ」
「いただきますでち……美味しいけど、もうちょっと小さくして欲しいでち…………」
「それは料理長に言うことね……こっちは白餡……こっちは黄身餡…………」
「もごっ」
「こっちは口に無理やり入れたゴマもち饅頭か……」
どうして普通の餡子はないのかしら。机の上に転がっていたトン尻饅頭をいくつかお腹の中に入れ、落ちていたハンカチで二、三個包んで咥える。
それと饅頭を丸々一つ口の中に入れ、頬袋を限界まで膨らませたゴマもちを持って机から飛び降り、私達は葡萄ジュース臭い部屋を後にした。
◆〜◆〜◆
ホウホウゲコゲコなんだか知らんが鳴いてる暗い森の中、風呂敷みたいにしたハンカチに饅頭を入れて咥え、背中に震えるゴマもちを乗せたトントンが木々の隙間から差し込む月明かりの下を歩いていた。
怪しい風に茂みが揺れ、何かが動く音が遠くに聞こえる、その度に背中の上で振動を強めるゴマもちがうざったい。
「もう帰ろうでち、もう帰ろうでちぃ……!」
「何言ってんのよ、まだ森入って五分も経ってないわよ」
「暗いでち、怖いでち、なんか出そうでちぃ……!」
「出ないでない、出たとしても私の同族か、その辺の木に住んでるカリカリか、ワン=ワンぐらいだって」
その途端背後で小枝の折れる音、そぉっと背後を振り向くと、大きなお耳に大きなお口に大きな体、ずらっと並んだ牙から涎が地面にぽちゃぽちゃ落ちて染みを作った。
オーケーオーケー、ヘイブラザー、仲良くしようじゃないか同郷だろう?それに私太ってないから食べても美味しくないと思うのよ、豚だけど、私は食用に適してないと断言します。
太い脚にデカイ尻尾、切れ目の入った三角の耳がピコンと上がった。
「ぅ、ぅ、ぅ、」
ギラリと月明かりを反射して金色の目が光る、鋭い爪が地面を掻いて、三本長い線を書いた。
「ウルフルーでチィぃぃぃぃぃぃぃぃい!!!?」
「グルァァァァァァァァァァァァァァア!!!!」
◆〜◆〜◆
私はデキる子豚なので余裕で逃げ切った、いやぁ、レベルが上がったから足も速くなってるのねぇ、頑張って上げた甲斐があったわ。
逃げた先の道端に落ちていた青いスライムを食べる私と、背中の上で激しく震えるゴマもち、マッサージには少し弱い振動である。位置はいいんだから、もうちょっと強くならないかしら。
「デでデデデでデデデ」
「大王?」
「出たでち!ウルフルーが出たデチ!!」
「逃げられたからいいじゃない」
「そういう問題じゃないでちよ!手を離してたらボク食べられてたでち!!」
「食べられなかったからいいじゃない」
「ぜんっぜん良くないでちぃ!!!!」
んもーうるさいわねぇ、ヂィヂィ鳴いてるゴマもちを背に、森の中をどんどん進む。そろそろ目的地に到着する筈だけど。背中の上でへチャリと潰れたゴマもちを揺らしながら、少し開けた場所に出た。
「大体なんで森なんかに来たんでちか、それも夜に、ハイキングとピクニックはお昼にするものだってご主人様も言ってたでち」
「思い立ったが吉日だし、行けると思った時に行かないとタイミングを逃すのよ、着いたわ」
「どこにでちか?ボクもう疲れたでち……ゆっくり休める所ならもうどこでもいいでち…………」
「私の友達を紹介するわね」
「でちぃ?」
爛々と輝く月をバックに立ち上がる大きな影、ガラス片の様にギザギザした爪、横に広く裂けた口からは鋭い白い歯と真っ赤な舌が覗いている。大型動物特有の息遣いと、重い身体を引き摺る音。
空の月が巨体に隠され、周りが更に暗くなる。ゴマもちが首を横に激しく振り、ハンガー型の弓を構え、矢を射ろうと一本矢筒から引き抜いたは良いが、小さな手が震えてピンクの背中の上に落ちた。
ぬぅと大きな影が身を屈め、生温い吐息が震えるゴマもちの身体全体を撫でていった。
ミウの町で嵐の前の轟々と腹に響く恐ろしい海鳴りのような声が、桃色の子豚と誇り高き草原の民ハンガリアン(ゴマもち)へと衝撃となって襲いかかる。
「こ゛ォンニ゛ち゛ヮア゛?」
ころころころ……ぽとっ。
「あっ、このもち気絶してる」
◆〜◆
◆〜〜◆
◆〜〜〜◆
「ハッ!ここは何処でち!?」
「切り株の上よ」
やっと気がついた、ちぃちゃい心臓でも頑張って生きているみたいだ、良かった良かった。これで翌朝起きたらゴマもちが死んでる……!なんて殺ハム事件が起こったらどうやって逃げようかと考えていたところよ。
今はヌシ様と並んで地面に座り、トントン饅頭を食べている所だ。柔らかい葉っぱを掛け布団にさせていたゴマもちは跳ね起きると、傍に並べて置いた三角帽子のポンポンを引っ掴み、矢筒を背負ってハンガー……弓を構えあたりを警戒し始めた。
「トンちゃんさっきのカイブツはどこでち!?ていうかなんなんでちアイツは!!?」
「友達よ、今も私の隣に居るじゃない」
「あ、起きたー?」
「ア゜ハ゜ァ!!!?!?」
「どういう発声したらそんな音出るの」
それともハンガリアン特有の警告音だったりするのかしら、ほら、威嚇とかに使う声。桃餡の饅頭を齧り付ながら、赤青白と顔色を点滅させるゴマもちを眺める、これ花見じゃなくてハム見かしら。
そんなゴマもちに興味を示したのか、鼻先をぐぐぅっと下げて、切り株の上の"ちいさい命"に顔を近づけるヌシ様。まぁ肉食じゃないから食べられはしないでしょ。ヌシ様の鼻息でそよそよと揺れるゴマもちの毛、震える身体で私に助けを求めてくる。
「小さいねぇ、どこから来たのー?」
「デデデデデデで」
「デーデー⤴︎」
「ト゛ン゛ち゛ゃ゛ん゛!」
「声は大っきいんだねぇー」
助けを求めてるのは別な豚にだったらしい、私そんな太鼓で達人な名前じゃないんで。
饅頭の最後の一欠片を口に入れ、威嚇と恐怖で毛が二倍に爆発しているゴマもちと、そんな毛玉(小)をなんとか触ろうと爪を伸ばしてはハンガーで叩かれているヌシ様の間に入る。
「こちらはヌシ様、アリュートルチ家の近くの森に住んでる枯れた木と葉っぱとお水が主食のコワモテユルカワ魔獣よ」
「ぜったい嘘でチ゛ィ゛!!」
「これはゴマもち、リリーのお友達のラジモンよ、小さ過ぎるから人間と握手する力加減だと潰すかもしれないわ、十分注意してね」
「わかったぁ、よろしくねー」
「ぢギャーーーーッッッ!!!!」
めっちゃ威嚇するじゃんこのハム公。頭を優しく撫でようとしたであろうヌシ様の爪に向けて、ハンガー……みたいな弓でバシバシと攻撃をするゴマもち。止めなさいよみっともない。
ここまで小さき者に拒絶されてヌシ様ショック受けてないかしら、優しいトンちゃんはヌシ様の様子を……
「ンフフふ、小さいねぇ、かわいいねぇー」
「デヂャーー!!」
ベベベベベベベ
「ゴマもちくんはちぃちゃいねぇー」
「ギャヒ゛ャ゛ーーーー!!!!」
ババババババババ
……大丈夫そうね。折角だし、ヌシ様に私以外の魔獣の友達でもと思って連れて来たんだけど、この調子ならドーベリー達に囲まれて吠えられても三匹まとめてぎゅーってするぐらいは出来そうね。
こうして私が今回の夜中の探検で得た成果は、ヌシ様は細かいことは気にしないという事と、ゴマもちは威嚇の時に毛玉になる事と、ヌシ様の背中に生えてるキノコ三本だったとさ。おしまい。
「トンちゃん早く助けるでちィ!!!!」
「ふわふわだねぇーー」
「ビャギア゜ァ゜ァ゛ーー!!!!!!」
種族名: 犬型魔獣全体を指してワン=ワンという呼び方をされている、猫型魔獣はニャンムと呼ばれている。
ゲーム内でのグラフィックとして、特殊な犬魔獣でなければワン=ワンは全て柴犬、カラーバリエーションは黒、白、茶の三種。
ニャンムは全て短毛種、三毛、白くつ下、黒猫に統一されている。




