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TonTonテイル  作者: かもねぎま (渡 忠幻)
38/113

38.欲望は青天井


 我、無限に入る胃袋を持つ者なり。厨房のテーブルの上にランチョンマットを敷かれ、その上に座って持ち手が輪っかの特別仕様のナイフ、フォークを持つ。

 目の前のお皿には料理長特性ふんわりふかふかのパンケーキ、メープルシロップがかけられ、甘い香りが子豚の鼻を擽る。もう我慢出来んとナイフを突き立てようとした私に声がかけられた。


「トンちゃん待ってくれ」

「ぷき?(ぷき?)」


 声の方を向くと料理長がボウルを持っていて、いざ実食といった体制の私のパンケーキのお皿を取り上げた、どうして可愛い子豚にそんな酷いことが出来るのか。

 目を潤ませ、トンちゃんはとてもお腹が空きましたとアピールする為鼻ではなく腹を鳴らすと、白い雲の様な生クリームがパンケーキの上に乗せられる。続けて、ルビーやサファイア、エメラルド、トパーズといった宝石の様な色取り取りの果実がさらに上に散りばめられた。


「生クリーム欲しいだろ?」

「ぷき(うん)」

「果物も欲しいだろう??」

「ぷき!(うん!)」

「ほぉら沢山お食べ!」

「ぷきー!!(わぁー!!)」


 ただのパンケーキがメガ盛りパンケーキに進化した!そして私はナイフを振り上げ───


「トンちゃん待ってくれ」

「ぷき?(ぷき?)」

「パンケーキもう一枚乗せてやろうなぁ」

「ぷきー!(やたー!)」


 さらに乗せられるこんがり狐色のパンケーキ、歓声を上げ、さあ頂こうと蹄を振り上げフォークを突き立てようとした瞬間。


「トンちゃん待ってくれ」

「ぷき?(ぷき?)」


 ボウルを構える料理長、素晴らしい手腕によりあれよあれよと盛り上げられる生クリームと、色とりどりのフルーツ達。


「生クリームもっと欲しいだろ?」

「ぷきぃ(欲しい)」

「果物ももっと欲しいだろう??」

「ぷきぃ!(欲しい!)」

「ほぉら増えたぞぉ」

「ぷっきー!!(わぁいー!!)」


 メガ盛りパンケーキがギガ盛りパンケーキに進化した!そして私は鼻先を近づけ───


「トンちゃん待ってくれ」

「ぷき?(ぷき?)」

「トンちゃんは良い子だからもう一枚乗せてあげようなぁ」

「ぷっきー!(やったー!)」


 そして上に乗せられる分厚くてふこふこの、こんがり焼けたパンケーキ。積み上がったそれに今度こそナイフを突き立て───


「トンちゃん待ってくれ」

「ぷきゅ?(ぷきゅ?)」


 そして会話は繰り返され、積まれていく生クリーム、果物、パンケーキ、生クリーム、果物、パンケーキ、生クリーム、果物、パンケーキ、生クリーム、果物、パンケーキ。

 ギガ盛りからテラ盛りへ、テラ盛りからペタ盛りへ、ペタからエクサ、ゼタと盛られいい加減パンケーキの塔が自重で傾き始めた頃、別な声が聞こえてきた。


「料理長、リリーお嬢様のおやつの分が無くなります」

「副料理長か、大丈夫だお嬢様には別な物を作るさ、トンちゃん美味しいかい?足りなかったらまた作るから沢山お食べ??」

「ぷきぃー!!(うまぁー!!)」

「それよりご主人様が呼んでましたよ、トレード様がチュートリア領の新しい商品を売り出そうとのことで、商品開発に携われるのでは?」

「今行く、全く俺は商人が苦手だと言っているのに……やれコストがどうだの、日持ちしない食材を使うなだの喧しい…………」


 ぶつくさと文句を言いながら厨房から出ていく料理長、扉から出る直前に笑顔で手を振られたので、苺を刺したフォークを持つ手で振り返した。

 嗚呼なんて素晴らしき飼われ豚魔獣(トントン)生、料理長特製ゼタ盛りパンケーキに舌鼓を打っていると、隣にコトンとコップが置かれる。そちらを見上げると、眉間に深い皺を作り私を見下ろす副料理長。


「……………チッ」

「ぷききぴぃ(舌打ちされた)」

「そのマットの外は汚すなよ、水はこれを飲め、万が一零した場合はこれで拭け」

「ぷきゅききぃ(面倒見がいい)」

「なんでこんなトントンが気に入られるんだ……」


 賢くて可愛いからに決まってるじゃない。渡された濡れ布巾を横に畳んで置き、パンケーキを食べ進める。リリーなら今トレードさんと一緒に来たマリーちゃんとゴマもちと遊んでるわよ、ゆっくり食べられていいわね。

 私の中身は女子高生外側はキュートな子豚のトンちゃんなのさ、ほらもう文字からして可愛い要素しかないでしょう?可愛いは正義でパンケーキタワーも正義なのよ。だって美味しいから。


「あっ」


ベチョぉ!!

「ぷぎぃ!?(ぷぎぃ!?)」


 パンケーキタワーは正義でも、増しに増されたゼタ盛りパンケーキタワーは私には手に負えなかった。顔面に降ってきた生クリームとフルーツと、ふわふわのパンケーキに視界を塞がれ鼻を鳴らす。

 そんな私の背後から一言。


「…………そりゃ下から食べようとしたら倒れるだろ」


 誰が(ぶた)なのに馬鹿(うましか)だって????



◆〜◆〜◆


 パンケーキタワーと格闘を繰広げた私は文字通り生クリーム塗れとなり、呆れた顔の副料理長に野菜の泥を落とす用の水道で洗われて、ゴワゴワしたタオルで適当に拭かれたところである。もうちょっと子豚の肌に優しいタオルは無かったのだろうか。

 ボサボサになった毛並みを整える為、メイドさんのスカートの裾を引っ張りアピールして、ブラシで丁寧に梳かしてもらった。


「ぴーぷきゅきぴっぴ(はー食べた食べたぁ)」


 食う寝る住むに困らないこの環境、これが勝ち組転生というものよ。目線が低すぎるのが玉に(たまにきず)だけど、人に飼われて良かったと思う、野生のスライムも中々良いお味だがタワーパンケーキとか美味しい料理は食べられなかっただろうしな。

 これに関しては神に感謝……そういえばこの世界に女神居たわね、存在を忘れていたけど、威厳の"い"の字も持って無さそうな奴が。


「ぴっぴににゃぷきぴーぴーぷきゅ?(ノブレスオブリージュだっけ?)」


 なんか持てる者の義務とか言うの、女神権限だかなんだか知らないけど、ステータスを開けるのが私だけならば、このステータスを使って女神の代わりに出来る事をしようではないか。

 そう考えた殊勝な私は、廊下の端に寄り薄い緑のウィンドウを呼び出したのであった。


「ぺぴぷぺ(ヘイステ)」

ピロンッ

「ぷきっきぅ?ぴぴぴきゅーぷきゅきゅぷきゃきゅき(この女神権限?を使ってしなきゃならない事を教えて)」


ピピピピッ

『女神権限とは:貴女が作成した世界の健やかなる運営をサポートする端末機器であり同時に作成した世界のバランスを保つ為の手段を実行する為のプログラムでもあります新人神育成に使われる事が多く外観は縦283.3ミリチャ横135.2ミリチャ厚さ4.8ミリチャで色はスターシルバー、ブラッドブラック、水色、セイントホワイト、リーフグリーンの五種類から選べます世界作成から世界滅亡まであらゆるコマンドを入力実行出来貴女の世界の存続をするために生物の増減を手伝います新種の植物の作成種族の進化空気中の酸素濃度や魔素濃度などあらゆる気体中の元素の調整神の奇跡の配布等手を加え』


「ぷきゅぃぴぴ(3行にまとめて)」


ピピピッ

『女神権限とは:

 一柱に一つ与えられる端末機器です。

 世界の作成、存続、滅亡のサポートをします。

 信仰ポイントをお好きな商品と交換できます。』


 なぁるほどなぁ。空中にポコポコ出てきた文字を読むと、新人女神をサポートしてくれる端末らしい、まぁ今は私が持ってんだけど。と、なると、この世界の女神今凄い困ってんじゃなかろうか、前に声だけ出演してきた女神だが、あの口調と性格だと返してもロクなことしなさそうだけど。

 ぷふぅと鼻を鳴らし、目の前に浮かぶ画面の三行目を見つめる、うむ、信仰ポイントを好きな商品と交換できると。なるほど、なるほど、なるほどなぁ。




「ぺぴぷぺ(ヘイステ)」

ピロンッ


「ぴぴぴぷぅぴぴきゅぅぷぅ(信仰ポイントの交換がしたい)」

ピピピッ


 途端に画面に砂時計のマークが現れ、二、三度ひっくり返った後いらっしゃいませの文字が浮かんだ。おーおー結構種類あるじゃないの。食品から衣料品、化粧品に雑貨家具、果てはフルオーダー出来る神の黄金像とかいう誰に需要があるのか分からない物まである。

 へーほーふーん、これはアレですね、ネットショッピングみたいな物ですね。蹄でページをスクロールしながらぷぴぷぴ感心していたら、右上に通知が入った。メールのマークが付いてるから、クーポンかなんか来たのかな、通知を突いて開くとあの音楽の流れる時に上下に波みたいに動く棒グラフ、アレが小さい画面内で動き始めた。


『きこぇ……か…………聞こえ……すか……?』

「ぷぴっ(やべっ)」

『子豚……聞こえますか子豚?』

「ぷきゅぴゅきゃきゅーきぃ(ウイルス入ってんじゃんこれ)」

『子豚!前回はよくも麗しくも殊勝な私を相手にブロックなどという家畜にも劣る愚行を犯せましたね!?これは魂の一欠片まですり減らし償うだけでは足りませんよ!!』


 うわうっせ。みんなは怪しいメールは開かないようにしようね、トンちゃんとのお約束だよ!縦に激しく変化する棒グラフを横目で見ながら、商品ページをスクロールしていく私。

 豚耳を限界まで垂らして防御したが、頭の中に直接響いてるみたいで全く効果がないようだ。残念。


『子豚!聞いているんですか子豚の分際で!!この世界の唯一神である美と賢と慈愛の女神である私をブロックしたなどという許されない罪を負ったのですよ!!?聞いているんですか子豚ァ!!!!』

「ぴー(ぴー)」

『生返事をするんじゃありません!!!!」


 激おこじゃんこの女神、あら、このデパ地下お惣菜詰め合わせセット良いわね、美味しそう。食品のページを物色していた私の手元に、割り込むように開かれた小さな画面、そこに書いてあったのは……信仰ポイント交換限定ワンピース一着、期間限定コスメセット二種、高級化粧水五本…………。

 めっちゃ物欲あるじゃんこの女神。ずらずらと連なったお買い物メモを読み進めていくと、服だの靴だのメイク道具だの光り物だのとお前本当に女神かよと言いたくなるような物ばかり。


『でも?私は慈悲深く美しく賢く愛のある女神なので?矮小で低脳で凡庸な食欲の塊でしか無い子豚にも慈悲をかけてあげましょう、私女神なので』

「ぷきぷき(嘘つけ)」

『そのリストに書かれている商品を全て交換して、それが私の元に届いたのならば私をブロックした罪を許して差し上げましょう。それとその女神権限を返した暁には貴女を元の世界へと帰す事を約束します』

「ぷきぷき(嘘つけ)」

『さぁ子豚?どこまでも優しく美しい私に感謝しなさい?そして首を垂れて"貴女の美しさと慈悲深さに感銘致しました女神様、この下賤でなんの価値もない考えることは食べ物の事ばかりの子豚に情けをかけて下さって有り難う御座います"と鳴くのです!!』

「ぷきぴきき(嘘つけない)」


 トンちゃん正直者だからそんな嘘言えないの、そっと女神の買い物リストを画面端にスワイプさせ、商品ページをとある商品一覧へと変える私。


『こ、子豚?まさか文字が読めないのですか?それとも話自体通じていないのですか??』


 そのページは他の所よりも短く、また、商品数も少なかった。


『子豚、違いますよ?そこは衣類品でも無いし、化粧品でもありませんよ??』


 そして私はそっと蹄を振り上げ───


ポチチチチチチチ

『要りません子豚!"女神教習所グッズ"は要りません!!止めなさい!信仰ポイントを無駄遣いするんじゃありません!!』

ペチチチチチチ

『あーーッ!!?マグカップはそんな何個もッ!まっ!?Tシャツまでぇ!!ボールペンとか要りませんからァ!!!!』

パチチチチチ

『なんで教習所がアクリルスタンドとか出してるんですか!?教習所のメーちゃんとシンちゃんグッズなんてどこに需要あるんですか!!?やめっ!?ちょっ!!』

ピピーーーーー

『ア゛ァ゛ーーーーーーーーッ!!!!!!』


 購入完了。"女神教習所グッズ一覧"の上から下までキリよく十個ずつカートに入れて、三日後配送の文字を見た私は額の汗を拭いた。やり切った、良い仕事をした。割と減った信仰ポイントを見て口の端を上げる、結構ポイント使うじゃないの。

 あと、最後に一つする事がある。


『私のお洋服は……?私の化粧品は……?どうして……どうして…………??』

「ぺぴぷぺ(ヘイステ)」

ピロンッ


「ぷきゅぴきゅぷきゅっき(女神をブロック)」

ピピッ

『このブタァーーーァぁ⤵︎』


 フェードアウトした女神の声、うむ、私は今日はとてもよい仕事をした、きっとパンケーキタワーぐらいの価値のある良い仕事をした。

 こうして魔獣のトントンである私は、物欲の権化である女神から女神権限を守り切ったのであった、めでたしめでたし。



女神教習所の人達の会話。


「見てよ、この子さっき初めて商品交換したんだけどさ、教習所グッズ買ってくれたわ」

「へぇ、珍しいですね」

「いやぁ嬉しいねぇグッズ作った甲斐があったよ、まぁ裏技に使われてるだけだろうけど」

「何か特殊なプログラム組んでるんですか?確か教習所グッズは運営してる世界に撒けませんでしたよね」

「実はね、教習所グッズを一回に十個以上買うと期間限定だけど貰える信仰ポイントが10倍になるんだよ」

「それは忖度し過ぎでは?」

「勿論、その後の信仰ポイントの使い方によっては10倍ボーナスの剥奪はあるけどね、久々に使われるなぁ」

「なるほど、今回はどのグッズが交換されたんですか?」

「全種類十個ずつ」

「…………その生徒頭おかしいんですかね」

「やっぱそう思う?」


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