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TonTonテイル  作者: かもねぎま (渡 忠幻)
37/113

37.美味しいの範囲が広い


 三年後帝都の学校で会おう、なんて遠い約束は果たされる事は無く、トレードさんのヒゲオヤジの呼び出し三回のうち一回はついていく程度の頻度で遊ぶ事が出来るお友達となった。


 ヒゲオヤジが頻繁に呼び出される理由?ヒゲオヤジの固有スキル:権力には逆らえぬ、長い物には巻かれとけ、によって歳下の社長さんに強く出れないヒゲオヤジは、青い顔でうんうんと相槌をうちながらトレードさんの事業計画の相談を受けているそうだ。


 ヒゲオヤジは相談相手になれてるのかって?リリーと私がついて行った食事会では、帝都のこの辺に錦エビを使ったレストランを併設したお店を出して、買い物と食事を一緒にしてもらおうっていうコンセプトで店舗を作るって話だった。

 食事が終わる頃には、そのレストランにアリュートルチ家の領地の野菜や畜産物を使うことになっていたし、宇宙をバックに背負ったヒゲオヤジの手を掴んで、では後日またお会いしましょう!の言葉と共に次の約束まで取り付けられていた。


「と、いうわけでやってきたわアリュートルチ家のお台所」


 何がという訳でなのかは今から説明しよう、その食事会で出されたご飯も勿論美味であったのだが、このお家で出されるご飯の方が美味しい気がした。

 魔獣の舌になったからか美味しいと感じられる食べ物が増えたのは理解している、ので、食材そのままのお味を堪能(盗み食い)する為にここに来……ではなく、美味しいお食事を作ってくれる料理人さんに感謝を伝える為に厨房に来たのだ。


「さぁてどんな環境で作ってるのか見てやろうじゃないの、元日本人の衛生面への目は厳しく肥えてるわよ、覚悟しなさい」


 いい匂いのする厨房にソロリソロリと忍び足で入り込み、あたりを見回すとだいぶ清潔な環境が広がっていた、現代のキッチンと遜色無いほど設備が揃っていた。

 矢張りこういうゲームで見えないところはガバ設定なのか、それともただ単に考えるのが面倒なだけだったのか、肩透かしを喰らいながらも鍋にボウルにコンロにオーブン、仕組みは知らんが冷蔵庫っぽいものが並んだ厨房の中を進んでいく。


 おあつらえ向きに空いていたある椅子の上に飛び乗って、何か作業をしている料理人さんの手元を覗き見る。ほう茹で卵ですか、私は半熟派よ。サルモネラ菌?大丈夫死なない死なない、だって今は人じゃ無く魔獣だしね。

 G.Gのガバ設定で水道が通ってるのか蛇口を捻ると綺麗な水が出てくるようで、流水の中で白い殻がむかれ、私の前に置かれているボウルに張られた氷水の中にぽちょんと落とされる茹でたての卵。水中に沈むいくつものつるりとしたな白い丸を見ていた私は、つい───



◆□◆□◆□◆□◆


 辺境男爵家の厨房には伝説の料理人がいる。彼は幼くして料理の基礎を完璧に覚え、応用までしてのけた。

 帝都に並ぶ料理店のあらゆる店の料理長に認められ、その家の長男より君に店を継いで欲しいと言われても断り続け、果てには王宮料理人の求人まで蹴ったという。


 彼は料理をする事が好きだった、限られた食材でどれだけ美味しく作れるか、食材の新鮮さをどれだけ落とす事なく仕上げられるか、他人から評価よりも素材の一番美味な状態を追い求めた。


 そんな彼を追い、西から東、南から北と国の中を駆けずり回り、俺はこの子爵家にたどり着いた。今では彼の補佐、副料理長の地位まで上り詰め、奥様の好きな茹で卵料理を任されるまでに至った。調理から味付けまで全て自分が任されている。

 嗚呼また腕が上がったなと一言で良いから褒めて欲しい、そう願いながら茹で卵の殻を剥いて氷水で冷やす作業を続ける。


 茹で上がった大量の玉子をお玉で二つ掬い上げ、水で少し冷やしてから、卵同士をぶつける。こうするとどちらか片方にのみヒビが入るので、机などに水滴を落とさなくて済むのだ。

 指で玉子に満遍なくヒビを入れ、一つ一つ丁寧に殻を取り除き、隣の氷水の中に剥き終わった卵を手際よく入れていった。




コンコンコン、パキペキパキ、ポちゃん…チュルン



コンコンコン、パキピキパキ、ポちょん…チュルン



コンコンコン、パキポキパキ、ポちゅん…チュルン




 ………ちゅるん?音がおかしい、ボウルの中に落としているのだから水に沈んで、ちゅるん??そういえば先程から目の端に桃色のナニカが動いているような…………。

 俺が殻を丁寧に剥いた剥き卵が沈んでいるはずのボウルに目を向けると、円な黒い瞳と目が合い、その艶々の黒豆のような瞳の持ち主は───



「…………ぷきっ」


 鼻を鳴らした。





◆□◆□◆□◆□◆


 ぷにぷに子豚ほっぺの両方に、よく手入れされた爪が光る料理人の指が食い込み、平和だった厨房に怒号と悲鳴が響き渡る。


「なにしてくれとんじゃこの豚ァァァァァア!!」

「プキーーーーッ!プキーーーッ!!(ごめーーーーんッ!ごめーーーんッ!!)」

「今日の昼飯の分の茹で卵だぞどうしてくれるんだァア!!?」

「ピキーーッ!ピキキーーーーッ!!(ついーーッ!口が勝手にーーーーッ!!)」


 だって食べ盛りの子豚なんだもの、美味しそうな卵がそこにあれば、食欲のまま食べてしまうのも致し方無しでしょう。

 何故たべるのか?と聞かれたらそこに卵があるから。と私は答えたい。ですから心を落ち着けるのです、これは子豚の可愛い悪戯らららららららららら


「ぷぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎ(揺れれれれれれれれれれ)」

「吐けほら吐け豚これで料理長に失望されでもしたら何のためにこんな辺境地まで来たのか分からなくなるだろうが豚」

「ぶみみみみみみみみみ(ごめめめめめめめめめ)」


 ガチギレじゃないですかヤダァー!!血走った目で睨まれ上下に細かく揺すられ胃の中の卵が上下左右に暴れる、お口から卵出ちゃう。

 暫く道路工事で地面ならす時に使うアレ(ガガガガガ)みたいな強振動に揺られている私を、周りの料理していた人達がなんだなんだと囲んでくる。能面のような表情で縦に揺らしていた料理人さんにお声がかかった。


「どうした副料理長、まだ出来てないのか」

「料理長!実はこの豚が調理場に入り込んで茹で卵を全部……」

「あぁ、リリー様のラジモンか、近くで見るのは初めてだな」

「ぷぴぴーきゅぴーぷぷぴぴー(嘘でしょリリー様って呼ばれてんのあの子)」


 そんなイイトコのお嬢様みたいな……よく考えたらあの子お嬢様だったわ……。

 卵を食べられて怒っている料理人さんから、料理長と呼ばれている人に手渡される盗み食い子豚こと私。まずいぞこの状況は、このベリーキュート☆プキキフェイスでは許されない流れになってしまったかもしれない。


 ガッシリと両脇腹を掴まれ持たれて逃げられる可能性を潰される。周りが料理長の登場に騒めく中、全力で可愛い顔を作ってみるが、子豚の可愛い表情が分からない。

 そして私を持ち無表情でこちらを見つめてくる料理長の考えてる事も分からない。


「…………………」

「…………………けぷっ(………………けぷっ)」

「……卵は美味かったか?」

「ぷき(はい)」


 怖。確かに卵は丁度良いトロトロ加減で美味しかった、思わずボウルの中の全てを食べるぐらいには。

 成る程これは私を憎く思うヒゲオヤジの罠だったという事か、このままトンちゃんは捌かれてトンカツちゃんになってしまいましたとさ、終わり。


 なんてふざけている場合ではない、なんとか活路を見出さなければ。リリーのラジモンという称号があれば最悪お前が今日の晩飯だとなる事はないだろうが、オツマミ作るのに脚の一本置いてけやと言われそうな雰囲気ではある。

 これは蹄の一本覚悟するかと心持ち顔をキリッとさせたとたん、そっと地面に置かれ、何故か目の前に低い台と空のお皿が二枚並べて置かれた。どうして、今からこの皿にお前の豚足が乗るんだよってか。今日のメニューは沖縄の伝統料理てびちの煮物です。


「ぷきぴぴ……(逃げねば……)」

「…………こっちが西の方の領地で取れた人参で、こっちがチュートリア領でとれた人参だ」

「ぴ?(え?)」


 コト、コトと小さな音を立て目の前の皿に人参が一本ずつ置かれる。片方は形は綺麗だが表面の傷が目立つ物、もう片方はお世辞にも綺麗な形とは言えないがオレンジ色が鮮やかで傷が少ない物だった。


 私に何をしろと言うんだ此奴は、ジッと料理長の顔を見上げると、人参を指さしてこう言った。


「一口ずつ食べてみろ」


 いいの?確かに魔獣は、それもトントンは割となんでも食うけど、人参二本も喰わせていいの??まぁ食べろって言われてんだし捌かれはしないっしょ。もしゃっと一口ずつ食べると、人参独特の匂いと甘みが口の中に広がった。

 人参を頬張る子豚を見つめる料理長、それで、なんの下拵えなんだこれは。ごっくんと飲み込んだ私に向かってこんな事を聞いてきた。


「煮物に向いているのはどちらだ」


 子豚がそんなもん分かるわきゃねーだろが……と、言いたい所だが、私はそれなりに料理の出来るスーパー女子高生だったので知っている。迷わずアリュートルチ領の人参を蹄で指した。

 人参は軸が太い物の方が芯が太くて煮崩れしにくいのだ、でも向いてるだけで軸が太いと味が美味しくない所が多いので、軸が細い人参の方が甘みがあって美味しい。それにジャガイモとかと比べると人参は煮崩れしにくいので私は味を取る。


 料理長の眉が少し動き、ついでに口も動いた。


「サラダにする方が美味いのは」

「ぷぴっ(西の)」

「味が良いのは」

「ぷぴぴっ(西の甘い)」

「歯応えがあるのは」

「ぷきゅぴっ(領地の)」


 どうだすごいだろう、魔獣の舌とハイパー女子高生の頭脳があれば容易い問題よぉ。私は味の違いが分かる子豚だからなと小さな胸を逸らしていたら、お皿から人参が退けられて、次の食べ物が置かれた、土は付いていないが茶色くてゴロゴロした───


「次はジャガイモだ」


 ペロッ☆これは新鮮な素材のお味───。




◆□◆□◆□◆□◆


 人参、ジャガイモ、ピーマン、茄子、キャベツにレタスにトマトに胡瓜、挙げ句の果てにはデザート用のオレンジまで。次々と厨房に忍び込んできたお嬢様のラジモンに問題を出す料理長、そしてその問題に答えていく子豚。

 周りの料理人達はトンちゃんの舌に感心すると共に、料理長の普段の厳つい表情からは考えられないほどの顔の緩みと水飴の様に蕩けた声にドン引きしていた。


 ピンクの小さい頭を撫でながら、次のリンゴを剥いてトンちゃんの前の皿に置いてあげている料理長。


「よぉ〜〜しよしよしよーーし、じゃあ次は林檎だな!トンちゃんは林檎好きかぁ?」

「ぷきーっ!」

「トンちゃんは良い子だなぁ林檎を兎さんの形に剥いてやろうなぁ、ほら出来たぞー、可愛いだろ?」

「ぴぴーっ!」

「美味しいか?美味しいなぁそうだなぁ、じゃあ問題だ!ジャムにすると美味しいのはどーっちだ!!」

「ぷっきー!」

「そうだなー!そっちだなぁー!酸味が強い方が砂糖で煮た時に味がちゃんと残る、柔らかい林檎の方がジャムに適しているとよく言われるが、アリュートルチ家のジャムは果肉を残すから今回の場合は煮崩れしにくい方がジャムに適していると言えるな!正解だえらいぞトンちゃん!!」

「ぴぴきー!!」


 ショリショリと林檎を齧るトンちゃんと、残りの林檎も切って皿に置いていく料理長。

 悲しいかなこの場のトップは今現在、みんなの目の前で子豚に骨抜きにされている料理長なので、厨房に魔獣を入れるなと当たり前のことで怒る事ができる者は誰も居なかった。



学校: リリー達の住む国では、貴族の子息令嬢だけでなく、裕福な家の子供や騎士、商人、職人を目指す子供達が10歳になる歳の春に帝都にあるバレイション学園に入学する。

 地方にも学校は大きさは違えどちゃんとあり、チュートリアの町に住むアヤメちゃん達のように地方の学校に通う子供達も勿論いる。

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