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TonTonテイル  作者: かもねぎま (渡 忠幻)
36/113

36.すーぐお帰りの時間になる


 夏の後半も後半、夏休みってこの世界の学校に無いのかしら?私だったら発狂するわね。結局お兄様は学校から戻ってくる事なく、リリーの興味はミウの街のマリーちゃんに向いたまま、慌ただしい夏が終わろうとしていた。

 ミウの町の屋敷に何度も遊びに行き、ヒゲオヤジの胃を生贄にトレードさんのカモライン、メイルとも友達になり、ヒゲオヤジのドーベリー共にミウの町の屋敷までの道を覚えさせ、文通だけで無くちょっとした荷物のやり取りも始めたそんな木の葉が色づき始めた頃。



 別れとは突然に来るものである。


 カラーンと漫画のような音を立てて床に落ちたリリーのフォーク、口の端には生クリームがついていて、なんとも間抜けな顔をしている。

 そんなリリーのお向かいには悲しそうな顔をしているマリーちゃん、そしていきなりのシリアスな雰囲気についていけない、マカロンを抱き締め幸せそうに頬張るハンガリアンことゴマもち。

 そんな中、青ざめたリリーが口を開き震える声でマリーちゃんを問いただした。

 

「マリーちゃん、今、なんて言ったの……?」

「お父さんのね、お店の本店が帝都にあるから私とお母さんも帝都のお家に帰るんだって……」

「チチィキュキュッキュッチキュィ!(トンちゃんこれ美味しいでちよ!)」


 あんたは空気を読みなさい。ぷっくりした頰を摘んでやると苦しいでち!と文句を言われた、今それどころじゃ無いのよ。

 マリーちゃんの顔が段々と俯き、声が震えてくる、あぁこれはいけない。勢いよく立ち上がったリリーがマリーちゃんの横まで移動し、両手を掴み。


「帝都の方が、最初のお店だから、そこにお父さんがいなきゃなくて、リリーちゃんと遊べなくなるって……」

「マリーちゃんまで行く事無いじゃん!」

「でも家族、離れるのやだから」

「リリー、マリーちゃんと遊べなくなるのやだぁ……!」

「わたしもやだぁ……!!」


 うわーーん。手を繋いだまま泣き出す二人、中良きことは美しきかな、しかし子供特有の甲高い泣き声で耳が痛いな。子豚の可愛い垂れ耳をもっと下まで下げて耐えていると、つんつんと脇腹がつつかれた。

 視線を下ろすと、口の周りをマカロンの欠片でベタベタに汚したゴマもちが私の短いピンクの毛皮を小さい手で引っ張っていた。


「ちゅきゅきゅ?ぢぃきゅきゃ??(二人とも泣いてるでち?何があったんでち??)」

「ぴきゃきゃぴぷきゃきゃぷ(帝都に帰るから軽々しく遊べなくなって泣いてんのよ)」

「うあ゛ぁ゛ァエぁ゛あ゛!!!!」

「ひーーぅぁ゛ア゛ァ゛!!!!」

「ちちちゅちィ?(遊べないってなんでちか?)」

「ぷぴぴきゅきゅきゅ(会えなくなるって事よ)」


 それにしても二人の泣き声が耳に痛いわね、ぴぷぅと自分の鼻を鳴らし防音力を期待してクッションに顔を埋めようと思ったら。キュきゅぅと情けない泣き声が足元から聞こえてきた。

 視線をおとすと、ゴマもちの黒い丸い眼の脇に、デカイ水滴がキラキラと輝いていて。


「きゅきゅぃぃぃぃい……??(でちぃぃぃぃい……??)」


 煩いのが増えたわ。こうして私は今度こそ、フカフカのクッションに頭を突っ込み鼓膜を守るのであった。



◆□◆□◆□◆□◆


 大人はみんな"お友達"に飢えてる所がある。誰だって話の合う人や、損得勘定無しで付き合える人には好意を持つ筈だ。年齢性別関係無しに、同じ趣味や目標を持つ人とは話しやすいし、自分の好きな物に興味を持ってくれている人にはなんでも教えてあげたくなるだろう。

 子供同士のように二回遊んだらそいつは友達なんて簡単にはいかない、友達の友達は友達ではなく、友達の友達は引き合わされても距離感が掴めず雑談も苦しい他人である。


 そんな彼等の友人の作り方は、子供の仲の良い友達の親と、友達になるというのが一番簡単な手段なのだ。



 チャーリー・アリュートルチ、今年で33歳のチュートリア領(ド田舎)を治める領主(貧乏)である。

 そして彼の目の前に座る若い男の名は、リマ・トレード、今年23になったばかりの、黒鴎商会(メッチャデカイ会社)のトップ(社長)である。



 ───いじめか?


 いじめてないよ。リリーがマリーちゃんと仲良くしている間、ヒゲオヤジはトレードさんと商品開発について仲良くお喋りをしているのだが。

 無謀なリリーが目を擦るマリーちゃんとお手手を繋いで飛び込んでいった部屋の中、カップを両手で乙女のように持ってしわくちゃの顔をしたヒゲオヤジと、大人のジュースかそれとも売りつけたい商品か、そのどちらもなのか、デカイ瓶を今から飲むぞと言わんばかりに両手に持ったトレードさんが向かい合っていた。

 


 は?何してん??



 濡れもちとなったゴマもちを咥え、おじさん達の奇行に対し固まる私をよそに、目を赤く腫らしたリリーが両手に瓶を持って目を丸くしているトレードさんに向かって頭を下げる。


「マリーちゃんを帝都に連れて行かないで下さい!お願いします!!」

「ぴぷぴぷぷぴぴぅ(無謀が過ぎるわ)」

「リリーのお家で一緒に暮らします!!」

「ぴぴみぴぴぷぷぅぴぃ(そういう問題では無いわね)」


 突撃して開口一番これは無い。ほらもうトレードさん面食らっちゃってもう、ヒゲオヤジが微振動始めちゃってもうもう。

 あゝ可哀想なヒゲオヤジ、最近お医者さんに胃薬を調合して貰ってるらしいのに服用量がまた増えるじゃないの。


 ぴぷぴぷ鼻を鳴らして、どんどん涙に濡れて重くなるゴマもちを机の上に乗せる、ハンガリアンは子豚が長時間持つには割と重い。

 口の中が塩っぱくなってしまったので仕方なく机の上に置かれていたクッキーを勝手に食べる、うむ優しい甘さが美味しい。


「お願いします!マリーちゃんを連れて行かないでくだざぁぉ゛ぇぇぇ゛え゛!!」

「リリーやめなさい、仕方ないだろうトレードさんは大手の商会なんだから!それに学校に行けばまた会えるだろうに」

「がっこう……がっこうはやっぱり敵……?全部学校が悪い…………??」

「ぷぴむむぴきゅぴむむ(そんな理由で闇堕ちしないで)」


 涙をボロボロ零していた瞳からハイライトが消え、この世の絶望全てを味わった表情になるリリー。

 でも七歳の今から三年後に通う学校までバイバイは確かに辛いわね。七歳児からの三年は産まれてから今までの半分弱の期間待てってことだから、やっぱ引く程長いわね。


 私はクッキー七枚目に手を出しながら、吐くほど泣いてるリリーの背中をさするヒゲオヤジと、目を擦り過ぎて腕に巻き込まれた前髪がぐっちゃになってるマリーちゃんを慰めるトレードさんを見守る。成る程これがお友達バイバイの儀式ですか。


 そんな涙の別れの中、リリーが歯を食いしばり、勢いよく顔を上げてこう言い放った。


「リリー決めた!学校壊す!!」

「ぷぴぴぴぷきゅき(破壊神リリー爆誕)」


 そんな破壊神は親友との辛い別れにより産まれ、泣き疲れて爆睡した所をヒゲオヤジに横抱きにされてお家に帰る事になった。あちらでも泣き疲れてお休みモードに入ったマリーちゃんを抱っこしたトレードさんが苦笑いしている。

 我等友情永久不滅。子供同士ではどうにもならない引っ越しだが、親同士の仲がよい場合は、ちょっとだけどうにかなるかもしれない。


「では帝都の方でトンちゃんさんの権利等の手続き等ありますし、アリュートルチさんとはこれからもお付き合いをしていきたいと思っています」

「いやはや……トレードさんにそう言っていただけて嬉しい限りです……」

「本店の方にも遠慮せず、気軽にリリーちゃんと遊びに来て下さいね!」

「はぃィ……ぁりがとうございますゥ……」


 今生の別れでは無いし、長い別れというわけでもなさそうだ。ニコニコと人の良い笑顔を浮かべるトレードさんと、ゾンビかと思うほど顔色の悪いヒゲオヤジが、ガッチリと握手を交わしていた。



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