35.トンちゃんさんは愉快だな
今日はぽかぽかお天気でお散歩日和、今日は領地内を散歩する事にした。あれからリリーはちょくちょくトレード家に通い、一日一通お手紙を書き、今はマリーちゃんに教えてあげるの!と貴族のマナーのお勉強を頑張っている所だ。
助かるわぁ、アンテナーが一日十回降ってくるのが、一日五回まで減ったんだもの。ありがたやありがたや。
「ぷぴーきゅぴきゅぴぴ(マリー様さまね)」
結んでもらった黄緑色のリボンを風に揺らしながらのどかな田舎道を歩いていると、ピンクの子豚の耳に悲痛な鳴き声が聞こえてきた。バッと振り向き走り出す、助ける助けないは別として、SNSをバズらせる為だけに培ったネタ収集根性だけは前世から変わらないんで。
子豚になった今、いいねを貰うためだけに奔走するより、もっと他の事にも時間使えば良かったなと思わなくもないけどね。
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走り続けること五分ぐらい。ただいま私、トンちゃんは近くの農場っぽい所に来ております、そこで飼われているらしき馬型の魔獣が厩の扉に顎を乗せて、ヒンヒンと悲しげに鳴いていた。
そんな馬型の魔獣の頭には鹿の角が生えている。馬に鹿で馬鹿と読むが、この魔獣はどちらかというと鹿の角に馬の身体なので馬鹿ではないし愉快犯(G.G)の被害者であろう。
「出して下さい……出して下さい……」
「どうしたのよ、魔獣のバフールシーカ?だっけ、子豚でよければ話を聞くわよ」
「あぁトントンさん……私は妻と子供と一緒に森近くの草原で暮らしていたのですが、一匹でいる所を人間に捕まってしまったのです……」
「それは災難ね」
妻子持ちで人間に捕まるなんて気の毒に、プルルルルルと鼻を鳴らすバフールシーカの角の真ん中に、銀色のアンテナーが刺さっていた。
これはつまりアレか、動物園の動物は幸せなのか問題。災害や病気、命を落とすような怪我はあれど自然でのびのび生きるのが良いのか、災害や病気、怪我の心配はなくても人間の手に管理されて一生を終えるのが良いのか。難しい問題だ。
「ここは地獄です……身体に重りをつけられて、同じ場所を走らされる毎日…………」
「畑を耕してるのね」
「人間たちがきて身体を洗ってくれるけど、痒いところは毛繕いしてくれないし、してくれたとしても少しズレてる……」
「それはだいぶ嫌ね」
「食べ物は美味しいし、飲み水に困らないけど、何故か自分が走った所に生えた草を食べると怒られるし……」
「それは育ててる野菜ね」
「自由時間はあるけれど狭い囲いの中でしか走れないんだ、あぁ、草原が恋しい、家族が恋しい……」
まぁ、幸福は人それぞれというように、動物や魔獣の幸福も個体それぞれなのだろう。私は飛び上がりバフールシーカが入っている寝床の扉の金具を外し、扉を全開にしてから出る方法だけ教えてあげることにした。
「ここに扉を開けても貴方が出ないように太い鉄の棒が渡してあるわね」
「そうだ、このせいで扉を開けても私は出られなくて……出たところで人間の不思議な力で身体の自由を奪われて、また戻されるんだ…………」
「その立派な角が折れてもいい覚悟があるなら、この下を潜りなさい」
バフールシーカはパチクリと目を瞬かせた後、首を下げて鉄棒の下を潜り抜けようと踏ん張った、後脚に力が入る度、頭の角からはメキメキと音が鳴り、ついにバキンッ!と大きい音を立てて両方の角が根本から取れた。
その音が鳴った瞬間に頭のアンテナーを抜いてやり、角と一緒に床に投げておく。
角が無くなったことでバランスを崩し外まで転がり出てくるバフールシーカの上半身。
勢いが良すぎて脚が折れてしまったかと思ったが、どうやら折れた角意外、かすり傷の一つも無いようで、前に這いずって下半身も馬房から引き摺り出すとすぐに立ち上がった。
「出れた!これで自由だ!!」
「人間に見つかる前に逃げなさいね」
「ありがとうトントンさん!このお礼はいつか必ずします!!」
ヒヒーンッ!と甲高く鳴いて駆け出したバフールシーカ、見つかる前にって言ったのに何故見つかるような鳴き方をしたのか。
外まで見送ると、案の定農家の人に見つかったようだ。
「まぁた逃げ出したんか待ちーー!!」
「縄持ってこい縄!!」
「ブヒヒィィイン!!!!(自由だぁぁああ!!!!)」
まぁ、お外に家族が居るならしゃーないかな。自然は厳しいし、人間に捕まるのも他の魔獣に喰われるのも似たようなものだろうけど。農家の人には悪い事をしたから、今度ヒゲオヤジに畑を耕すための馬の貸し出しを頼むかな。
厩から外に出て、森に向かって一直線に走っていくバフールシーカの背中を見送り、お散歩の続きに戻る事にした。
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覚えているだろうか、トレードさんのとこが経営してる国王……じゃなかった、黒鴎商会を。そう、私が助けたマリーちゃんのお父さんが、観光名所の一つもないドドドド田舎なヒゲオヤジの領地を哀れんでくれたのか、アリュートルチ領に黒鴎商会の支店を建ててくれたのだ。
それも領地に元からある生活雑貨とか生鮮食品とかの客を取らないよう、帝都での流行りが終わった玩具やミウの町の調味料、それに子供向けの駄菓子などを置いているらしい。
「ぷっぴきゅぴきゅぴぷぷぷぴー(やってきましたそのお店)」
「いらっしゃいませー……って、トントン」
中々雰囲気の良いお店じゃない?温かみのある木の棚には所狭しと商品が並び、微かに海の香りのする店内。
鼻をヒクヒクさせながら見て回ると、いきなり店員さんに抱え上げられてしまった、成る程リリーと一緒に来ないとお外に出されてしまうパターン?
そうさ私は魔獣なのさ、どうせ一人じゃ買い物もできないのさ、意味もなくぷぴぷぴと鳴いていたら四つ足を濡布巾で拭かれ、会計カウンターの上へと置かれる。困惑していたら目の前に白い紙を一枚置かれ、鉛筆を添えられた。
店員さんを見上げるとあちらも困惑した表情で、椅子を持ってきて私の前に座り、眉根を寄せながら話しかけてきた。
「トンちゃん……様ですか?」
「ぷきっ(そうよ)」
「あぁ、ええと、私はこの支店をトレード様から任せられた、カルテと申します」
「ぷぴぷきゅ(カルテさん)」
「よろしくお願いします」
「ぴぷぴーきゅぴー(ご丁寧にどうも)」
なんとも対応が素晴らしいお店だろうか、これは通わねばなるまい。カルテさんにお辞儀をされたので、こちらもペコリとお辞儀を返してそう決意した。お客様は子豚だがお外に出さず話を聞いてくれるとは。鉛筆をお借りして筆談を始める。
「それで、トンちゃん様は何をお求めに?」
『お店 見にきた』
「そうですか……特にお求めの商品などはありませんでしたか……」
そりゃ困るか。お買い物しにじゃなくてひやかしに来ました宣言かまされたらそうなるわな、これは私が悪い。
困った顔になってしまったカルテさんに申し訳ないので、カウンターの上に置かれていた瓶に刺さっている、棒付き飴を三本ほど取って机に並べる。
コト、コト、コトン
「ぷきっ(これください)」
「飴ですか、ありがとうございます……お代は小銅貨…………」
あ。お財布忘れてきた。
サク、サク、サクン
「ぴきっ(アホか私)」
「お戻しになるんですね……」
すっかり忘れてたわ、前に外出た時はリリーと一緒だったし、この前はヒゲオヤジに全部買わせてたから。これはお母様に相談してトンちゃん口座からオヤツを買えるぐらいのお金は出して貰わないと。
鉛筆で紙の上に一文書いて、カウンターから飛び降りた。
『今度 買いに くる』
「ぷきゅぴぴ(また来まーす)」
「……ありがとうございましたー?」
いやぁ、失敗失敗。扉から出てお散歩に戻る、今度首から下げるタイプのお財布を見繕って貰おうかな、こうして私の一人でお買い物チャレンジは見事失敗したのであった。まったく、私ったらうっかりさん!!
◆○◆○◆○◆○◆
文字通りお散歩の続きをしてフラフラしていたら、日が傾いてきて光が赤くなるような時間に。お家に帰らないと晩御飯を食べ逃すわ。
急ぎ足で帰り道を進んでいると、昼過ぎ頃に哀れなバフールシーカを逃した農場の傍まで来た。なにか慌ただしくしているようだ。
農場を覗いていきますか?
▷はい。
「ぴぴぴー……?(なんだー……?)」
「それにしても悪りぃ事したなぁ、まさか番と子供いたなんてよぅ、そりゃあ逃げ出しもするもんだ」
「連れ帰ってくるたぁ思わなんだがな、チビの脚が細っこくて折れそうでかなわん、たんと喰わせにゃなんね」
チビ?番?まさかねぇ。厩の方へと走っていくと、角が根本から折れたバフールシーカが扉にもたれかかり、朝覗き込んでいた厩の部屋の中には角の短いバフールシーカと、まだ子供のバフールシーカ。
まさか、あの馬鹿はせっかく自由を手に入れたのにこの狭い農場の厩舎に戻ってきたというのか……!?いや、いや違う他の魔獣なんだ別な家族連れの魔獣を人間が捕まえてきただけ───
「あの時のトントンさん!」
「戻ってきたんかい!!」
同一魔獣だった。気が抜けてその場に膝から崩れ落ちると、地面に転がる子豚に興味を示したのか仔バフールシーカが駆け寄ってきて匂いを嗅いできた。
鼻先でむにむにとお腹を突かれながら戻ってきたお父さんバフールシーカと話す事にする。
「わートントンぷにぷにしてるー」
「なんで?ねぇなんで戻ってきたの??自由への飛躍キメたんじゃないの?なぜ?どして??」
「それがですね、妻と子と再会してみたら、なんと痩せてるんですよ」
「うん、それが?」
「一大事でしょうが!!!!」
なんか怒られた。とても理不尽な気持ち。もむもむと仔バフールシーカに毛繕いをされながら、心なしか劇画調となったバフールシーカの解説を聞く。
「痩せているんですよ!!あんなに立てば人参座れば南瓜歩く姿は蒲公英の花といった美の化身である妻が!!!!」
「立てば芍薬座れば牡丹、歩く姿は百合の花だったかしらね」
「息子の脚どころか身体までこんな枯れ枝のようになってしまい……っ!自分が居ない間に何があったのかと思えば何も起こらず普段通り過ごしていただけというじゃないですかッ……!!」
「まぁ自然は生物に対して平等に厳しいわよね」
本当に、どちらが良いということでもないだろう。自然の中で生きていく馬も美しいと思うし、動物園ではあんまりみたことないけど、競馬とかで引退した馬はそれなりに幸せな暮らしをおくっているという話も聞く。
どこに住んでんのかよく知らないけど。
現在幸せかどうかは本人……本動物にしか幸せかどうかは分からないんだし、議論するだけ無駄だとは思うが。
まぁでも今まで飼われていた犬猫とか、生まれて増えた動物が人間の都合でいきなりダンボールに入れられバイバイ!幸せに暮らせよ!!は人間の勝手過ぎるし無責任過ぎだと思うけどさ。生きていける術も保証も持ってないのにね。一部の人間は酷い事するぜまったく。
室内飼いワンニャンと違って草と水ありゃ馬は逃しても生きてける?それこそ馬鹿言うな、世の生物割とすぐ死ぬわよ。
お外は食う喰われる以外にも毒持ってる虫とか寄生するものとか病原菌とか沢山敵はいるし、あったかい藁のお布団も雨風凌ぐお家もそう簡単に見つかんねーんだよ。そういうことは物持ち込み無しの無人島生活十年ぐらい健康体で生き延びてから言って。
「白いものの降る時期は矢張り食べ物が少ないし、水が降れば身体が濡れて寒くなるし、外にはこのように体を横たわらせてゆっくりと眠れる場所など無いのでとにかく辛かったんです……!」
「洞窟とか……ヌシ様がいるな……」
「外に比べたらここは天国ですよ、毎日食べるものは人間が持ってくるし、川に足を取られる心配なく水が飲めるし、寒い時に腹の下で寝ようとしてくるトントンを退かす必要も無い!」
「私の同胞、結構面の皮厚いわね」
まぁ森に狼魔獣もいたから、この今私の耳を吸っている仔バフールシーカが肉食魔獣に食べられる可能性もあったのよね、戻ってきたのは予想外だったけど。
ぢぅぢぅと美味しくも無いのに私のキュートな垂れ耳を吸っている仔バフールシーカの顔を外し、幸せそうに叫ぶお父さんバフールシーカの頭の傷跡を見つめる。
「角の一本や二本、妻と子が食うに困らない所で暮らせるなら安いもんです、すぐ生えますから!」
「生えるんだ、ぐぇ」
「トントンあったかーい」
幸せは人それぞれなように、魔獣の幸せも魔獣それぞれなんだろう、そんなことを仔バフールシーカの頭を背中に乗せられながら思った。
バフールシーカ: 馬〈愚か者〉鹿 と小学生が付けた様なネーミングセンスが光る馬型魔獣、馬の様な逞しい身体と、鹿の立派なツノがついたいいとこ取りな魔獣だが、製作者につけられた名前によりゲーム内では不憫な扱いにある魔獣。可哀想に。
どれだけ美しいツノを持ったバフールシーカを育てられるかが一部の貴族の間で競われているが、バフールシーカはツノが折れるたびに更に美しく、大きいツノが生えてくる為、箱入りバフールシーカでは野生のバフールシーカの角の美しさには勝てない。
俺の名前はカルテ、ミウの街のごく一般的な平民出身者で、今は黒鴎商会に勤めている。
辺地に異動令が出て、そこを任せるとトレード会長直々に言われたときは驚いたが、なるほど、確かにやる気のあまり無い自分に向いている。
のほほんとした風景が広がり、ぼんやりと一日の時間が流れるチュートリアの町。帝都でもミウの町でも流行が過ぎた子供用の玩具や、化粧品、食べ物や駄菓子にミウの街で売ってる調味料、そんな類を帝都で設定した定価より安く売る店だ。
この辺の遊び盛りの子供、荒れた手に塗るクリームが無いか見にきたお母さん、面白いものは無いか見にきたお父さん、孫に何かと見に来るお爺ちゃんお婆ちゃん。来る人は大体こんな感じ。
客層は幅広いが、ミウの街勤務の時に散々きたクレームはまだ一件もきてない、話しかけられる理由はお会計か商品の質問だけ。
周りの同僚からは君は真面目なのにあんな田舎に飛ばされてと同情されたが、別に出世に興味があるわけでは無かったし、仕事を消化して給料さえ貰えたらいいやと本当は仕事もしたくないような面倒臭がりなんだ。
そんな自分の勤務開始から三日目、トントンが一匹"で"来店してきた。
「ぷっぴきゅぴきゅぴぷぷぷぴー」
「いらっしゃいませー……って、トントン」
トントン、しかも何言ってるか分からないけれど凄い鳴いてた。何度見直しても若草色のリボンをつけた魔獣のトントンが一匹で店内にいる、鼻をヒクヒクさせながら棚を見て回っている。
商品に悪戯などはしないようだが、取り敢えず回収させて貰うことにした。
そっと背後から近づき、逃げられないように素早く脇腹を掴んで持ち上げたが暴れる素振りは見せない。
あまり汚れてはいないようだが一応足を濡布巾で拭いて、会計カウンターの上に乗せると大人しくこちらの顔を見上げてきた。ここに異動される時に、トレード会長から何度も説明された文字を書くトントンの事、そのトントンが会長の娘を誘拐犯から助けたということ。
何言ってるんだこの男。会長の説明の最中に我に返って何度もそんなことを思ったが、一応、言われた通りのリボンがついたトントンということでそのままポイと外に放り出してしまうのもアレだしな。
筆談ができると言われたけど、本当なのか?嘘だよな?でも上司のしかもトップが家族ごと狂ってるとかそっちの方が嫌なので確認はしよう。
明らかに困惑しているトントンの目の前に白い紙を一枚置き、胸元にクレヨンらしき飾りはあるが、一応鉛筆も添えて出してみる。
自分を見上げるトントンの前に椅子を持ってきて座り、会長の話を半信半疑どころか信じるつもりもないけれど、教えられたトントンの名前を呼んでみる。
「トンちゃん……様ですか?」
「ぷきっ」
「あぁ、ええと、私はこの支店をトレード様から任せられた、カルテと申します」
「ぷぴぷきゅ」
「よろしくお願いします」
「ぴぷぴーきゅぴー」
思わずお辞儀までしてしまったが自分は子豚相手に何をしているんだろうか。駄目だ正気に戻るなこれは客これは客うわトントンがお辞儀返してくれてる。
ぺこりと小さい頭を下げるピンクのトントン、可愛いは可愛いが本当に話が通じているのか?買った商品が使用用途と違う使い方をしたら壊れたと言ってきやがるクレーマーより通じるのか??
変な感動のままに、新人の頃に配布されたマニュアル通りの質問を投げかける。
「それで、トンちゃん様は何をお求めに?」
トンちゃん様ってなんだよ。そうは思ったが、相手の名前が分かっている以上定型文に当て嵌めるとこうなるんだよな。
魔獣にお求めの物がわかるわけねーだろと思いつつも様子を伺うと、トンちゃんが鉛筆を蹄で器用に持って待って嘘うそウソマジで書いてる文字書いてるめっちゃ書いてるなんなら上から目線が嫌だった同僚の奴より綺麗な字書いてる。
『お店 見にきた』
「そうですか……特にお求めの商品などはありませんでしたか……」
見にきただけってか読める読めるぞ魔獣の文字読めるぞ!?よかった!会長と会長の奥さんと会長の娘さんと自警団の人達は気が狂ったわけじゃなかったんだ!!自分も狂った可能性あるけど!!
つぶらな瞳が自分を見つめる、丸い鼻がヒクヒクと動く、くりんとまいた尻尾がピンクの丸いお尻の影から覗く。
トントンなんだ、本当に文字を書くトントンはいたんだ。衝撃の余韻で黙ってしまっていたら、カウンターの上に置いた瓶に刺さっている、原価が低い安い棒付き飴を蹄のある手が三本ほど取って机に並べた。
コト、コト、コトン
「ぷきっ」
「飴ですか、ありがとうございます……お代は小銅貨…………」
会計前に包装を開けるでもなく、口に含むでもなく、ちゃんとカウンターに出して支払い……出来るのか?何で払うんだ??
財布も何も持っていない目の前のトンちゃんの動きが止まった、チュートリアの領主様のツケとかにしても良いのだろうか?支払いについて聞いてなかったな?失敗した。
どうするべきか、渡せませんと言うべきか、ここはいっそ自分が一度買ってトンちゃんを連れて領主のところに行くべきか。面倒くさ…………。
サク、サク、サクン
「ぴきっ」
「お戻しになるんですね……」
自分が財布を持ってないことに気づいたのか、それとも飼い主の領主様の娘さんと来なかった事に気づいたのか、矢張り商品を食べたりする事なく瓶の中に戻すトンちゃん。
なるほどこれが金を持ってない金の子豚ですか。頭の悪い感想を舌の上で転がしていると、トンちゃんまた鉛筆を持って、先程よりも早く紙の上に一文書いて、カウンターから飛び降り綺麗に着地した。
『今度 買いに くる』
「ぷきゅぴぴ」
「……ありがとうございましたー?」
開いている扉から一匹で外に出ていくトンちゃん。ふりふりと丸いピンクのお尻を振りながら歩いていく後ろ姿を見送り、手元に視線を落とすと幻覚では無いから消えても化けてもいない文字。
試しに指で擦ってみると、鉛筆の黒い粉が指の腹についた、日に透かしたり逆さにしてみたりしたが文字はそこに書いてある。
「…………金の子豚だ……」
トレード会長に報告するため、金の子豚が店に来た旨を書いた手紙と、来店した証拠品としてその紙を封筒に入れ自分のカモラインを飛ばした。
返事はすぐにカモラインが持ってきた、書かれていた内容は要約すると。
『文字を書くトントンは本当に居ただろう、本当だっただろう、これで金の子豚を信じただろう』
という何故か自慢げな内容と。
『何故会長である自分の娘を助けて最近売れている輪っか付きスプーンを開発したトンちゃんにその安い飴くらい無料で渡してやらなかったのか』
という文句が半々だった。
察せる筈のない文句の内容と、あのトントンが自分より稼いでいるという理解できない事実がとても理不尽だなと思ったので、会長からの返事を持ってきた自分のカモラインの口の中にその安い棒付き飴を一本自分で買って突っ込んでやった。




