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TonTonテイル  作者: かもねぎま (渡 忠幻)
34/113

34.人間は"カワイイ"や"カシコイ"に弱い


 皆様いかがお過ごしだろうか、今現在豚の魔獣である私トンちゃんは、ヒゲオヤジに後頭部を押さえつけられ全力ジャパニーズ土下座の最中である。

 目の前というかが真っ暗なんだけど床しか見えない、潰れた鼻先がとても痛い。


「この度はウチの愚娘と愚豚が誠に申し訳御座いませんでした」

「ぷぎぎぎぃ(ごめんなさい)」

「花瓶割っちゃってゴメンなさい」


 してあの花瓶はおいくら万円程なのだろうか?トンちゃん口座から出すにしても、ヒゲオヤジが弁償するにしても、マリーちゃんが大切にしていたというならまた話は別だろう。弁償で済む話ではなくなる。

 リリーに枕投げなんて教えるんじゃなかった、私はなんという罪を犯してしまっのだろうか。ギリギリと後頭部を強く締め付けるヒゲオヤジの手を甘んじて痛えなやっぱ止めろコラ。


「アリュートルチさん、先程も説明しました通り、トンちゃんさんにマリーの命が助けられたので……」

「それとこれとは別です、申し訳ありませんマリーさんの花瓶は屋敷を売ろうが領地を手放そうが弁償させていただきます」

「マリーちゃんごめんねぇ……」

「大丈夫だよ、枕投げ楽しかったよリリーちゃん、お父さん花瓶を壊したのは私だからリリーちゃんを怒らないで……」


 駄目だこれは"枕投げ"という危ない遊びを教えた私だけが悪いやつ、止められなかった私が一番悪いやつ。良心にザクザクと刺さる何かを受け、リリーに次から教える部屋の中の遊びは大人しいものにしようと決めた。

 仲良くなっても人の物を壊せば謝らなければならぬ、マリーちゃんやマリーちゃんのお父さんのとっても大切にしていた花瓶というわけではなさそうなのが唯一の救いだ。それでも壊したのはとても悪い事だが。


 子豚が一番悪いのは仕方がないので床に押しつぶされた鼻先を解放するのは諦め、ヒゲオヤジのすみませんの言葉の度に手と床に潰される事にした。



◆ー◆ー◆


 人の数だけ常識も違うから、他所のお家にはそこのルールがある。

 主にその子の親が決めた事で、駄菓子は身体に悪いから食べちゃ駄目とか、外に遊びに行く場合門限は何時とか、家の中では静かにしなさいとかその子と遊ぶ時に気にかけなきゃないルールがある。


 美味しいものを教えてあげたかったり、早くバイバイするのが寂しかったり、バレなきゃ大丈夫だからとか言って秘密を作るのも楽しいのはわかる。


 でも、駄菓子が駄目なのは、お菓子に使われている、その子が死んじゃうようなアレルゲン食品を食べないようにとか。

 門限が決まっているのはその時間までに帰ってきてくれないと攫われたんじゃないかって心配だからとか。

 家の中で静かに遊んで欲しいのはその子の兄弟が受験勉強をしているとか。

 お爺ちゃんお婆ちゃんが一緒に住んでて、煩いのが苦手だからという理由の場合もある事を忘れないで欲しい。



 これを踏まえて、みんなに伝えたい事があるの。



「ぷにゃぴぴゅぴきゅぴー(他人の家のスプーンを曲げちゃ駄目よ)」

「コブタァァァァァァァァアア!!!!!」


 これは普通に悪い事。ルールに無くてもしちゃダメなこと。自分の手の中には、蹄のひとつに引っ掛かるよう輪っかを作ってしまったスプーン。

 自分の目の前には食卓に並ぶびっくりしてるリリーとマリーちゃん、ブロッコリーを喉に詰まらせたゴマもち、フォークを取り落としたトレードさん、そしてキレ過ぎて髭が逆立ったヒゲオヤジ。


 それでは説明するために短い回想に入るとしよう、3、2、1、プキー。(再生)



◆ー◆ー◆


 割った花瓶と枕投げの罪を贖う為渾身の土下座を繰り出したアリュートルチ家。我らの土下座の力いいやトレード家の慈悲により、賠償は今回しなくても良い事になった。

 だが、このままではストレスで確実に胃に十個ほど穴を開けてしまうヒゲオヤジが高級強化ナッツを贈らせて貰う話の運びとなり決着した。


 この話し合いというかお詫びをいやいや良いですからの言い合いが続き、時間が過ぎていき、トレードさんのこんな時間ですし昼食を食べて行かれませんかという誘いを断りきれず。

 マリーちゃんと仲直り?できてウキウキのリリーと燃え尽きたヒゲオヤジがご飯を食べる席に着いたのであった。


 そしてキチンと用意されていた私用の席に感動したのはよいが、魔獣用というより子供用のカトラリー、軽いけどこの二本の蹄に挟んで食べるには使い辛い。

 そう、私は忘れていた、自分のレベルと強化ナッツにより作られた剛腕を。持ち手の先を掴み、こう引っ掛ける形みたいになったの売ってないのかしらと。無邪気に、こうグイッと引っ張ってしまったのだ。


 結果成功した。この場合大失敗だけど。



◆ー◆ー◆


「ぷききぷぷきゅぴぴぷきゅっぴぴきゅぴきぷぷぴぷ──(こうして子豚は責任者のヒゲオヤジに尻尾を掴まれて振り回されるのであった──)」

「お前はもう領地から出さん!!二度と外には連れて行かないからな!!?」

「キャアハハハハ!」

「フフヒャハハ!」

「ぴきゅぴぷぷきゅっぷピキュプキー(箸がころんでも笑うお子様達には受けが良いわね)」

「聞いてるのか子豚!まずは反省しろ!!?」

「ピピっぴきゅーぷきゅぴぴぷー(魔獣は頑丈だけど動物の子豚でやっちゃ駄目よー)」


 レベルも能力値も高い魔獣だから尻尾を持たれて振り回されてもつまんで引っ張られた程度の痛みしかない、これを動物の子豚でやったら子豚の尻尾千切れて死んじゃうわね。

 この世界には結構危険な魔獣も多いし、子供が襲われる事件も少なくないらしい、そう考えると私の転生先は強くなれる魔獣で良かったのかもしれぬ。

 だがこうも勢いよくぐるぐると回されると気持ち悪くなってくるな、うむ、これは駄目だわ。おえ。さっきまで飲んでいたお高そうな味のスープを噴出しそうになった瞬間、部屋の中にトレードさんのでっかい声が響いた。


「素晴らしい!!」

「ぴ?(は?)」

「コブタガスミマセンゴメンナサイユルシテクダサイナンデモシマスコロサナイデ」

「ぴぴぴゃぷぴぴぴゃぷきゅー(ヒゲオヤジが謝罪botに進化した)」

「にゃヒヒひひひ」

「ぐるぐるって、ふふ、ぐるぐるって、へへ」

「ぷぴきゅぴみみぷきょーぴっ(お子様達は床に転げて笑ってる)

「トンちゃんさん、是非とも我が"黒鴎商会"(こくおうしょうかい)でその形状のスプーンを売り出しませんか!?」

「ぴにゃにゅ?(なんだって?)」


 なんて?国王商会??殿様商売ならぬ王様商会か??固まったヒゲオヤジの手には私の尻尾、つまり今の私は逆さに吊り下げられた状態。

 そんな子豚を見てケラケラ笑う二人の幼女、そして鼻息荒く金儲けの話を続ける、相手は他所の貴族ではなくぶら下がってる子豚に話を持ちかけるこの屋敷の主人。


 目の端で、主菜を持ってきたメイドさんが扉を少し開け、そっと閉じしたのが見えた。雇用主の様子が明らかにおかしかったら私でもそうするわ。



◆ー◆ー◆


 その後なんとか昼食を終え、今は死にかけているヒゲオヤジとお昼ご飯が美味しかったのでご機嫌な私が、横に並んでふわふわふかふかなソファに座らせられているところだ。

 さっき私が持ち手を輪っかにしてしまったスプーンが、目の前の低く横に長い机の上にちょんと乗せられていた。


 スプーンの持ち手の先が食べる所の根本まで曲がっている、まさかこんな簡単に曲がると思ってなかったのよ、ぐにゅぃいって、いきなりぐにゅぃいってなったの。それにしてもこの形。


「ゴメンナサイ……ゴメ……ナサ…………」

「ぷぴっぷきゃきゃきー……(どっかで見たわね……)」

「お待たせしました、チャーリー殿すみません資料と契約書を揃えるのに時間がかかってしまって……」

「アッ、スミマセッ……ゴメンナサイ…………」

「まずこちらの資料には、赤子用の食器類と、要介護のご老人の現在の課題が書かれています」


 目の前にトレードさんの手で広げられる資料には、介護施設的な所でご飯を食べさせてもらっているお婆ちゃんの様子が書かれた絵と、赤ちゃんが使う木製の食器が……赤子……赤ちゃん……思い出した!


「ぱぷぷきゅぷぴっぴきー!(バブ用輪っかスプーン!)」

「トンちゃんさん少し失礼します。このようにトントンの足は前に大きい蹄が二つ、後ろに少し小さい蹄が二つついていますね」

「ぷキュキュぴきゃぴきゅぴきょ(握り易いやつよ思い出したわ)」

「家畜の豚と違い、こうして蹄を動かして物を握ることが出来ます、しかし握力が弱いのでお渡しした通常の子供用スプーンなどは持ちにくいんですね」

「ぷーぷぷぴ、きゅきゅきゅぴきゅ(なーるほど、これは私天才ね)」


 前世の知識を使うまでもなく世の中の役に立つ商品を開発した、天才過ぎるわ、流石私。短い腕をトレードさんに揉まれながら感心する、つまり握る力が無い子供とか、握力が衰えてきたご老人向けに作るって話しなのね。



 何ごとか難しい話をトレードさんと交わすヒゲオヤジを眺めつつ、自分の前に出されたお茶を飲む、アールグレイかな。

 子豚はつい最近まで庶民だったので良い茶葉が分からぬ、だが添えて出されたドライフルーツ盛り合わせが高くてめっちゃ美味しいやつなのは分かる。チェリーの爽やかな酸味と凝縮された甘みがなんとも───


「それでは、商会が6、アリュートルチ家が4という事でよろしいですか」

「勿論ですとも、では儂がサインを、ここでいいですかね」

「そこですそこです、あとで写しをお渡ししますね」


 聞き捨てならぬ。

何故私が開発した(無理やり曲げた)スプーンの利益がヒゲオヤジの所に入ることになっているんだ。子豚は輪廻解脱など出来てはおらぬ、今も畜生道を突き進む一匹の子豚である、煩悩塗れと言われようとも食と欲に溺れる元人間なのである。

 テーブルに飛び乗り、胸元のお洒落な銀色のピニオンリールにぶら下げられているクレヨンを蹄に取ると、契約書のアリュートルチ家の数字の横にこう書いた。



『2』

「……子豚、今トレードさんと真剣な話をしているんだが」

『 2 』

「確かに子豚の口座はある、だが、それとこれは別では無いか?そもそもトレードさんのお屋敷に招待されたのはアリュートルチ家の者なのだから、リリーのアンテナーを付けていないお前は」

『4』

「話し合おうじゃないか儂の愛娘がもつラジモンであるトンちゃんよ」



 ヒゲオヤジとの生産的な話し合いの結果、商会6、アリュートルチ家2、トンちゃん2という割合で決着がついた。収入源がまた一つ増えてトンちゃん嬉しい、これで魔女豚(マジカルトントン)形態になったら心置きなく豪遊ができるわ。


 トレードさんから羽ペンを借り、契約書にしっかり"トンちゃん"と書くと、いつのまにか周りに使用人の人達も集まっていたらしく四方八方から感心したような声を浴びせられる。


「おぉなんと……」

「本当に魔獣が文字を書いた……」

「トントン可愛い……」

「ぷきゅっぷぷきゅ(わかってるわね)」


 さぁもっと私をちやほやしなさい、褒め称えなさい、ここに座るは世にも珍しき人語を理解する子豚。鼻を鳴らして周りにファンサを繰り出していると、お茶菓子のおかわりを貰えたので両手であざとく持ってモグモグ食べる。

 あぁなんて素晴らしき(トン)生、この可愛い身体で人間に媚を売れば沢山美味しいご飯が貰えるなんて、流石私、他の愛玩魔獣なんて目じゃないわ!歯軋りするヒゲオヤジも目じゃないわ!!


「ぷぴきゃー!(サクランボおいしー!)」

「どれだけ、人に恥をかかせれば気が済むんだ……この豚めッ……!」


 こうして、ミウの町で新たな収入源を作ったトンちゃんと、これから夏の間中、文通したりお家に遊びに行ったりする友達を見つけたリリーと、持ってきた財布の中身が十分の一まで減ってついでに胃が死んだヒゲオヤジはトレード家の皆さんに見送られて領地に帰ったのでした。

 めでたしめでたし。




 帰ってきてからすぐにマリーちゃんからお手紙が来た、カモラインの脚に取り付けられた筒に入れられてきたよ伝書鳩かよ。机に飛び乗り、すぐにお手紙書くからね!と筆を動かし始めたリリーの腕の横に座り込んだ。

 マリーちゃんのお父さんのラジモンらしいこのカモラインは、胸に青いリボンの勲章をつけている。カモラインは進化するとこの勲章が大きくなったり増えたりすると聞いたことがあるが、鴎の部分じゃなく実は勲章が本体なのだろうか。窓枠にとまり羽繕いをするカモラインに声をかけた。

 

「ぴぴきー(ねぇ)」

「カモライン?」

「ぷきゅぷきゅぷぷぴーきゃ(やっぱその鳴き声危ない気がするわ)」

「トンちゃん消しゴムどこだっけぇ、あ、あった」

「ぷぴーぴきゅきゅぴ(別な鳴き方出来ないの?)

「やっぱりいいやトンちゃん」

「カモラいん……」


 ううむ考え込ませてしまった。真剣そうな顔で俯くカモライン、それにしても自分の種族名を呼ぶ鳴き声だけで、他に鳴き方が無いのはいかがなものかと。カモラインって鳴けているんだからそれなりに?発音領域は広そうな筈なのにね。

 暫く羽根をパタパタさせて考えていたカモラインは、何か思い付いたのかこちらを向くと、黄色い嘴を開けて元気よく一声鳴いた。



「ライン!」


 これはアウト。

 

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