31.食物連鎖は動物の強さ順じゃない
中々馬車が速いせいで飛び乗れない、スピードをあげた馬車へミウの町の人々が危ないぞと罵声を浴びせる声があちこちから聞こえる。
石畳の道を蹄で一生懸命蹴り進みながら、自分の背中に陣取る小さい魔獣と話をしつつ追いかけ続ける。
「てかアンタ一体なんなのよ!勝手に人の、豚の?とにかく背中に乗っておいていきなり追えとかッ!!」
「すまないでち!このお礼は後で必ずするでち!!」
「絶対よ!?あと名前は!名前教えなさい!私の名前は不本意だけどトンちゃんよ!!」
ほんとに不本意だけどね!!道端に積まれていた木箱が振動で崩れ、目の前に転がり落ちてきた。それを右に左に、上に飛んで避けながらあっぶね植木鉢落ちてきた!?
ガッチャンと土を撒き散らしながら目の前で割れた植木鉢を間一髪で避け、少し離されてしまった馬車を慌てて追いかける。首の後ろ辺りにぺふんぺふんと何か柔らかい小さいものが何度も当たる感覚と、気の抜けた鳴き声。
「はわわわわわぁ!!」
「落ちるんじゃないわよちっこいの!」
「ちっこいの!?失礼な!僕は誇り高き草原の民、ハンガリアンの"ゴマもち"でち!!」
「安直!!」
「でちぃ!?」
姿は見えないけどわかるわ、たぶんハムスターっぽい魔獣で灰色の毛皮でしょ。真剣な声に似合わぬほんわかとした名前に気が抜けてきた。ゴマもちって、ペットに食べ物の名前つけるのは全世界、いや全異世界も共通なのかしら。
前から転がってきた樽を飛び越え、横の道から出てきた人の脚を潜り抜け、なんか知らんけど言い争いをしている町人二人の間に置かれていた、賭け事に興じていたのか無数のカードが空中に散らばる。
「ぷきょーっ!(どいてーっ!)」
「イカサマだろうぉあっ!?」
「してねぇっておわぁっ!?」
「チヂジィ!!(危ないでちぃ!!)」
ごめんよミウの町モブAモブB、遊びの小突き合いから発展した喧嘩ほど後で虚しくなる事はないぞ、そのへんで止めておけ。
空中に舞うトランプが鬱陶しい、私が蹴飛ばした木のジョッキがスコーンッと良い音を立てて転がっていく、ここは子豚と背中にのってるたぶんハムスターの可愛さに免じて許してくれ。
ガラガラと大きな音を立てながら人通りが少ない道へと入って行く馬車。石畳が古くなってあちこちにボロが出てきて、周りの建物も活気が無くなり薄暗い雰囲気になり。初めてきた町のどこの道かもわからない路地裏へ。
潮風の香りが途切れ、煤けた埃の様な匂いの立ち込める道を馬車はまだ進んでいく。良い加減止まりなさいよとぷにぷき鳴きながら走っていると、だんだんスピードが落ちてきて目の前で馬車が止められた。
私も蹄で急ブレーキをかけると、背中からコロンと転がり落ちてきた灰色の毛皮のハムスター。
「止まったでちっ、ご主人様今行くでちー!!」
「待ちなさいこのお馬鹿」
「でちぃ!」
「今行っても何も出来ないでしょ、とっ捕まえられて箱にでも入れられるのがオチだわ」
「ううぅ……痛いでち…………」
無謀にも馬車へと突っ込んでいこうとするそいつを手で、蹄で止めた。
ジャンガリアンだっけ?そんな種類のハムスターだが、考えるハムスターよりちょっとだけ大きめ。小さい頭に先に赤いポンポンのついた緑の三角帽子を乗っけて、背中にちんまい矢筒と手にはハンガーの様な形の弓を持っている。
成る程だから"ハンガリアン"ってそうじゃないだろネーミングセンスがゼロどころかキャラメイクまで下手くそか。
でちぃぃ……と蹄の下で鳴くハムの背負ってる矢筒を咥え、取り敢えず様子を伺い見るかと馬車の影から顔を出す。
「ンンー!んんんーー!!」
「静かにしてな、痛い目みたくはないだろお嬢ちゃん」
「大人しくお父さんがお金を出してくれるのを待っていれば良いだけからね、怖くないよー」
いや何言ってんの現在進行形で怖いわよ。馬車から出されたリリーぐらいの小さい女の子が、覆面をつけたたぶん男二人に両脇を抱えられ口を布の猿轡で塞がれてある家の中に連れ込まれようとしていた。
どうやら身代金を要求しようとしているらしい会話と、女の子のちょっと高そうな服からして良い所のお嬢様らしい。
リリーとは違ってしっかりしてそうな子ね、扉が閉まる前に滑り込もうかしらと一歩踏み出すと。
パキョン
「誰だ!!」
「ぷひ(やべ)」
「チチィ(でち)」
良い感じに置かれていた小枝を踏んで見つかった。
「あ?トントンと、ハンガリアン??」
「ぷはっ、ゴマもち!?」
「キュキュきゅぃ!!(ご主人様!!)」
哀れお獣好しな子豚と、ご主人様を助けにきた忠ハムは、囚われのお嬢様を助ける事ができずに悪い悪い悪党二人に捕まり魔獣用の檻の中に入れられてしまいましたとさ。
◆◽️◆◽️◆
短編とかだったらここでお終いで、ミニゲームだったら檻に入れられた子豚とハムスターの絵をバックにgame overの文字がでてもう一回リトライする?みたいな事になるのだが、残念ながら現実はそうならない。
縦縞の入った私の視界には、煤けた壁と机に置かれたお酒の入った木製ジョッキ、乱雑に投げられた鈍く光る檻の鍵とこちらを至近距離でマジマジと見る間の抜けた顔の男。
そして目の端で檻の中に小さい水溜りを作るハンガリアンことゴマもち。確かにパキョッと枝踏んで見つかったけど、齧歯類も咥えてたけど、青いリボンをつけたトントン(豚)だからアウトだっただけであって。
「ぷきゅきゅきぴぃぴにゃにゃ?(猫だったらセーフだったわよね?)」
「にしてもよく鳴くなぁこのトントン、ハンガリアンの騎乗用か?」
「ぷぴきゅきゅぴぷきゅきゅ(潰れた餅とは主人が別よ)」
「ちちぃ……きちちぃ……(でち……でちぃ……)」
「ぷきゅぴきーぷききー(アンタはいつまで泣いてんの)」
「ハンガリアンちゃんずっと泣いてんねぇ、ほれほれ、胡桃食べるか?」
「ぢぢぢジジィキュチチちぃ……(敵からの施しなど受けぬでちぃ……)」
気高き草原の民だっけ、コロコロと殻も割らずに転がされてきた胡桃を手に持ったハンガーみたいな形状の弓で弱々しく叩き返すゴマもち。心なしか毛皮が濡れて最初に見た時よりもほっそりしている気がする。
この部屋にはあの拐われてきた女の子、隣で潰れているゴマもちのご主人様はいないようだ。しゃーないとにかくこの檻から出ないと駄目なのね。
しーかたがないので多分見張り役だろう男にちょいちょいと手招きをして、檻の近くまで顔を寄せさせてから。
「ん?どうしたトントンちゃん、おやつでも欲しいのガッ!?」
「ぷっき(蹄突)」
ガスゥッ……ガタガタァン!!
「ゴフッ……」
「ぷきゅきゅきゃきゃぴきぃ(これぞレベル無双)」
蹄突とは、トントン以外にも蹄を持っている魔獣が使えそうな技だけど私が最近勝手に考えた技だ。面より点で力を込めた方が強くなる、ならば蹄を高レベルの私が思いっきり前に突き出したら?そう、狙ったのは男の顎先の横、見事にトントン式右フックを喰らった男は脳震盪を起こして椅子ごと床に倒れ込んだ。
良い子は遊びじゃなく無理やり攫われそうとか命の危険が迫った時にやる様にしてね!力に自信がないなら思いっきり手に噛み付いたりするのも効果的だよ!!
人間筋肉は鍛えられても脳味噌は筋肉に出来ないし、鼓膜は硬く出来ないし、箪笥に小指ぶつければのたうち回るんだから!宇宙人とかでない限り同じ人類だ!私は今豚だけど!!
よしこれでお外に出られるぞ、私は机の上に投げられている魔獣用の檻の鍵に手を伸ばし───
「…………ぷき(…………ぷき)」
パタパタパタパタパタパタ
「……ぷきー(……ぷきー)」
ピタピタピタピタピタピタ
「ぷぷきー(ぷぷきー)」
タタタタタタタタタタタタタタタタタタタタ
「ピキイッ!!!!(取れねぇ!!!!)」
「キューキュキューちぃー……(隙間も抜けられないでち……)」
私の手がキュートで短いばかりに!檻の隙間から手を伸ばしても届かない!豚足だから!!届かないの!!トンちゃん悲しい!!!!
かくなる上は最終手段しかあるまい、檻と檻の隙間に両蹄を入れ、左右に開くように力を入れ。
「ぷんっ!(ふんっ!)」
「ち(ち)」
メリメリメリィッ
良い感じに開いたら身体を捩じ込んでお外に出て、机の上に置いてあった檻の鍵を蹄で挟み天にかざす。うむ、トンちゃんとても良い気分である。
「ぷき、ぷっきゃきゅー!(鍵、とったどー!)」
「チチィキュちちヂィ(鍵の意味がないでち)」
「トントン、に、やられ……グフっ………」
起きて追われても困るし、落ちてた縄で縛って転がしておこうかしら。これでよし、さぁ行くわよ。水分を吸ってちょっと重くなったゴマもちをまた咥え、開け放たれていた扉から出て探索を開始した。
ハンガリアン: ハムスター型魔獣、王都の周りの森や草原などに生息、ゼ●ダみたいな三角の帽子に赤いポンポンがついているものを被っている。手にはハンガーみたいな弓を持っている、矢筒の矢はどうして無くならないのだろう、更なる研究が必要だ。
女の子の人形の服のハンガーにちょうど良いからと、持っている弓を取り上げられる、可愛そう、でもまたいつのまにか持ってる。
男の子にも結構人気、理由は弓の腕を競わせられるから、防犯用にも最適で不審者に向かってまち針の改造したのをバンバン打つ。




