30.一生に一度は言ってみたい
あー死にかけた死にかけた、ステータス(女神権限)ならセーブ機能と復活機能ぐらい備えてからそう名乗りなさいよね。熱い日差しに照らされすっかり乾いた毛皮と首の青いリボン。シューパンツァーくんは結局イカなのかタコなのかそれ以外なのか分からずであった。
今は取引先との大事なお話が終わったヒゲオヤジに連れられ、リリーと一緒に浜辺に来ている。お母様とお兄様のお土産に貝殻拾って帰ろーねとの事らしい。
「トンちゃん見てみて、ヤドカリさんよ」
「プキキキュ、ぷきゅきゅ(ほんとね、小さいわね)」
「あんまり遠くに行くんじゃないぞー」
リリーは貴族のお嬢様とはいえ辺境地の一人娘、何かあったら事だろう。だけれどヒゲオヤジ相手に身代金を要求したところで、出せるのは私のオヤツの非正規品ナッツぐらいしか無いだろうけど。
一生懸命砂浜を歩く魔獣では無いヤドカリをつついて虐めるリリーを見ながら、そんな事を考えた。
「見てトンちゃん、こっちには"キノミガリ"さんがいるよ」
「ぷきき??(なんて??)」
「あー、お屋根食べられちゃった」
「ぷきき????(なんて????)」
なん?きのみ??ガリ??なん????リリーが指差す方を見てみると、成人女性の掌サイズもある大きさのヤドカリっぽい魔獣が、何故か背中の大きな棘に刺していた果実をカモメの魔獣に引っこ抜かれている所だった。
「みんみんみー!みみー!(返してー!やめてー!)」
「ぴきぷきゅきゅぷきゅ……?(ヤドカリはセミだった……?)」
「自然の摂理だねー」
いやヤドカリはセミだったってなんなん、セミは蝉だしヤドカリは奇居虫だよ。不思議な構文が出来たところで私はある事に気がついた。
矢張り、海の中に住んでいる魔獣とは話せないが陸地に住んでいる魔獣とは話せるのでは?みんみん泣いているそのキノミガリとかいう木の実狩りしてそうな野生の魔獣に話しかける。
「ぷきぃ……(あのぉ……)」
「みみ?みんみみー(誰?トントンだ)」
「ぷきゅきゅぴ、ぷきぃ?(お話、通じる?)」
「みみみ、みんみーみーぃ(話せるよ、人間も一緒だぁ)」
「トンちゃんキノミガリさんとお話できるの?」
それから、リリーが私達の会話している姿を見るのに飽きるぐらいにはキノミガリとお話を続けた。どうやら背中に貝殻の代わりに背負っている木の実は、海岸近くの低木につく蜜柑のような木の実らしい、熟すと甘くて美味しくなるそうだ。
厳選したそれを背中の棘に刺して日陰を作り棘から木の実の水分を徐々に取りながら、熱い砂浜で活動するとの事だ。
成る程水筒がわりという事なのね、この習性を知っている飛んでるカモメの魔獣に背中の木の実を取られて食べられてしまう事が多くて困っていると愚痴られる。
暫く話した後、木の実を取りにかなきゃとハサミを振ってキノミガリとはバイバイをした。
「みみみー(またねー)」
「ぷきー、ぷきゅきゅーきぴー(いやー、勉強になったわ)」
「トンちゃんお話終わったー?リリーここらの貝殻沢山拾ったのよ、あっち行こー」
「ぷきー(ぷきー)」
胴体を掴まれ運ばれる子豚、嗚呼哀しきかな、自立歩行も自分の意思で出来ぬとは。小脇に抱えられ波打ち際まで連れて行かれた。
ふぅやれやれ、子供のお守りは大変ね。乱雑に落とされ蹄に挟まった砂を波で洗い流していると、近くにカモメの魔獣の群れがいる事に気がついた。これは、アレをやるしかあるまい。後ろ足に力を込め、鼻を鳴らし、一気に駆け出す。
「プギャぃー!プキぷぎぃー!!(突撃ぃー!散れ散れー!!)」
「あっ、トンちゃん待ってよぉー!」
「ピミャッキィプキィー!ぴっきーぷキュきぴきー!!(私の後ろを着いてきなさいリリー!うっひょー気持ちー!!)」
奇襲じゃ!奇襲をかけるのじゃ!!これで鳩の群れを散らすが如く、カモメの魔獣が空に飛び立ち青空に白い羽が───
「カモライン「カモライン」ライ「カモラ「カモライン」イン」「カ「カモライ「カモ「カモライン」ライ「カモライ「カモライン」ライ「カ「カモライン」イン「カモ「カモラ「カモライン」イン」
「…………ぷきー(…………ぷきー)」
「凄いねぇトンちゃん、カモライン、ぶわぁって飛んでいったね、ぶわぁって!」
「ぷき、ぷきぷ……?(かも、らいん……?)」
何その如何にもカモメ+メールが商標登録されてたから無理矢理別なのとくっつけましたみたいな名前の魔獣。しかも"カモライン"って鳴くの?大丈夫?怒られない?色んな意味で。
バサバサと激しい羽根の音と、カモカモと五月蝿い鳴き声、そして私のま隣に一羽降り立ち。
「カモライン」
やっぱその鳴き声怒られない????
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そんなセーフ……?セウト系カモメの魔獣、カモラインとバイバイした。ヒゲオヤジがこれからお仕事に行くため、着いていけない私達が泊まる今夜のお宿まで歩いて移動しているところだ。
流石に仕事する所にまで小さい子供を連れて行けないものね、ミウの町に慣れてきたのか、ヒゲオヤジの周りを右に左にと子供らしく動き回るリリー。
落ち着きがない子ね、メープル先生の授業でも最初の方は席に長時間座る練習からだったし、興味が無いとトコトン興味を持とうとしない。
「もゃむよょ(難儀ね)」
「子豚、お前はあとどれだけ屋台の飯を食べれば気が済むんだ?あとどれだけ持ってきた財布から金を取れば気が済むんだ??」
「むみむもも(未知数ね)」
なんせこの子豚の身体になってから、胃袋の容量が無限になった気がするのよ。私の金(ヒゲオヤジの持ってきた財布)から買わせたミウの町名物"イカリ焼き"を食べながら返事をした。
これも魔獣だけど動物?魚?よりの魔獣で、長い二本の触手が焼くとイカリのように上にあがるのが特徴だ。きっとレベルが上がって成長してるし、食べ盛りだから仕方ないのよ、よく食べてよく遊んでよく寝ると良く育つのよ。"子"豚だもの。
暫く歩いて行くと今日私達が泊まるお宿が見えてきた。老舗旅館というわけでは無いけど、古臭い気はするがそこそこいい雰囲気の看板と暖簾。藍染っぽい暖簾には白い鯨の絵、看板にはこの世界の文字で"白鯨の髭"と書かれている。
近くにある魚屋さんへ突撃していったリリーとそれを追うヒゲオヤジを他所に、へぇほぉふぅんと宿屋から香る美味しそうな匂いを嗅いでいたら。
背中になんか乗ってきた。
びょぃっと飛び乗ってきた毛玉らしき奴は人の……子豚の身体の上でひとしきり地団駄を踏むと、私の首の後ろにあるリボンの結び目辺りに移動してきて。叫んだ。
「ジジッジィキュキィ!!(前の馬車を追ってくれでち!!)」
「ゴクッ、ぷギッギキィ!!?(ゴクッ、アンタ誰よ!!?)」
いやホント誰よ!!!?姿は首の後ろだから全く見えず、聞こえるのはハムスターっぽい鳴き声ばかり。イカリ焼きを飲み込み叫び返すと、焦っているのかそれどころでは無いようで目の前で発進しようとする馬車について説明された。
「ジキィじきゅっきゅちびゃー!!(あの馬車にボクのご主人様が拐われたんでちー!!)」
「ぴゃぎゃきゃぎぎきぃーー!!(それを早く言いなさいよーー!!)」
走り出した馬車の後ろを追い駆けだす子豚こと私。いや私お人好し過ぎない?いやお獣好し??とにかく人間ひとり拐われたなんて一大事だ、その辺の魔獣より高いレベルのおかげでなんとか町中走る馬車の速さぐらいはついて行けそう───
「トンちゃんどこ行くのぉぉぉぉぉぉ!?」
「後で宿まで戻ってくるだろ、きっと散歩だ散歩、さぁてリリー大人しく宿で待っててなぁ」
「トンちゃあん!トンちゃぁぁぁん!!」
「大丈夫だあの子豚なら自分で帰ってくる、リリー宿のお部屋で良い子にしてようなぁー」
「ト゛ン゛ち゛ゃ゛ぁ゛ぁ゛あ゛ん゛!!!!」
ドン引きするぐらい号泣しているリリーが、ヒゲオヤジに抱えられて宿屋の中に入っていったのが目の端を掠めた。他人のふり、いや、他トンのふりしよ、私ドン゛ちゃんなんて名前じゃないし。知らない知らない。
こうして私は、背中に乗られているのでまだ姿も見ていない小さい魔獣のご主人様を救う為、周りから送られてくる同情するような視線を掻い潜りながら、ミウの町を駆けていった。
キノミガリ: ヤドカリみたいな魔獣、背中の支柱に水分たっぷりな木の実を刺して活動する、同じ浜辺に生息するヤドカリの進化系なのかどうかは研究されてないから分からない。
カモライン: 決してカモメ○ルが使われているから諦めたわけではない、決して。進化すると胸の勲章が大きくなったり増えたりする、もしかしたらこちらが本体なのかもしれない。
「すみません予約したアリュートルチです」
「ウ゛ェッ゛あ゛ぅ゛ァッ゛……!!」
「はい、アリュートルチ様ですね……お嬢様はどうされたんですか?」
「ト゛ッ゛、ちゃん゛がっ゛……!と゛ッ゛か゛、いっ゛ちゃッ゛……!」
「ド……??」
「懐ききっていないラジモンに逃げられましてね、脱水症状になるといけないので、後でジュースか何か飲ませようと思います」
「成る程……」
「ア゛ァ゛ッ、ェ゛う゛ェ゛……ッ!!」
「よしよし、あと一つ頼みたいんですが、身体がピンク色で首に青いリボンを巻いたトントンが来たら部屋まで連れてきて貰えますか」
「はい、はい?逃げ出したトントンですかね」
「そうです、名前はトン」
「トンッ゛ち゛ゃ゛、オ゛ェッ」
「ゆっくり息吸って、吐いてー、"トンちゃん"と呼べば反応する筈なので宜しくお願いします、よーしよしリリーお部屋いこうなー」
「ェ゛ア゛あ゛ぅ゛ああ゛」




