3.トントン=こぶたちゃん
濃い緑の茂みを揺らしひこひことピンクの鼻を鳴らしながら匂いを辿り草木を掻き分け進んで行くと少し開けた場所に出た。
そこに座り込んで泣いている可愛いらしい服を着た小さな女の子。籠の中から零れ落ちているのは野苺だろうか。その甘い香りより強く血の匂いが私の鼻へと漂っている。
「……女の、子?」
パキッ、小枝を踏んだのかそんな音が私の蹄の下から響いた。その音に怯えたように顔を上げた年端も行かぬ少女は現れた豚魔獣を見て泣くのをやめた。
「……こぶ、た、ちゃん?」
「ぴぎゅ!(失礼ね!)」
魔獣と言えども生後体感三時間にも満たない雑魚中のザコ。きっとこの世では捕食対象。しかも再度言うが魔獣と言えどもまだ子豚に毛の生えた程度の力しかないトントン、爪も牙も持って無い。
のしのしと四つん這いでこちらににじり寄ってきた少女は膝と肘の辺りから血を流しているようだ。
「こぶたちゃん、あのねぇ、わたしまいごなの」
「ぴゅぎゅー(見りゃ分かるわよ)」
大方一人で森に入って苺積みして夢中になって今迷子ですーって所だろう。人間体ならば優しいお姉さんとして森の外まで連れて行ってあげたが、今は魔獣。それもレベル1にも満たない生まれたてだ。
──そういうコトで。
「ぷぎゅぎゅっ、ぴきゅー(さらばお嬢ちゃん、お達者で)」
私はクールに踵を返すと、こちらを見てくる少女を置いて歩き出した。流石にね、この身体では助けられるものも助けられないからね。というか私が助けて欲しい。
「こ、こぶたちゃんどこいくのー?」
嘘だろお嬢ちゃん、魔獣について来るのかよ。振り向くと籠を抱えた少女が一生懸命私、子豚の後をついて来るという第三者視点では大変微笑ましい事になっていた。
「こぶたちゃんもまいごなの?」
「ぷぎー……ぷきゅ、ぷぎゅぎー(人生……いや、豚生初めからして迷子よ)」
「えへへ、わたしといっしょだね」
「ぴきゅぴぎゃー(全く笑い事じゃないわ)」
「森のなかにね、おいしい野苺があるからお兄様とたべたくてね」
「きゅぷぷ、ぷきゅー(アンタのことなんて聞いてないわよ、まったく)」
悲しい事に何を言ってもぷきゅだのぴぎゅだの鳴き声にしかならない。でも人間の話し声は普通に理解できるから言語って日本語で良いのかしらね、この世界。じゃなきゃやってられないしね。
不本意だけども二人パーティーで森の中を進んでいくと、幸運な事に森の外に出た。さわさわと風に揺れる草原に、ごうごうといくつも燃え上がんん??
「魔獣だ!子供も居るぞ!!
これはピンチなのでは????火勢の激しい松明を掲げ、ざかざかとこちらに歩いて来る大人の男性数名に囲まれ震える私。……の後ろ、そうだ彼女は人間なんだから。
「あ!おとーさま!!」
お前の父親かーい!!バッと振り向いて少女を視界に入れた瞬間私の身体が持ち上げられた。
痛い!痛い!やめて!可愛いひと巻き尻尾伸びちゃうでしょ!乙女になんて事すんのよこのヒゲオヤジ!!
小さな体を思いっきりバタつかせるも体がぶらんぶらんと揺れるだけ。ぶら下げられたままでは手も足も鼻も届かない。
魔獣とはいえ痛いもんは痛いの!無駄だと知りながらも小さな蹄をぶんぶんと振り回して抵抗する。
「おとーさまっ、こぶたちゃん返して!」
「おお、すまないな。いやぁ自分の魔獣まで見つけて来るとは、たくましく育ったなぁ」
「そんなもちかたしたらこぶたちゃん、いたいいたいでしょ!」
めっ!とヒゲオヤジを睨んでポーズを決めている少女が私を奪還してくれた、そうだもっと言ってやれ、優しく抱えられた少女の腕の中からヒゲオヤジを睨みつける。
お父さんなのねこいつ。で、まぁ町のある位置は確認した訳だし、そろそろ森に戻って私はナイスバディウィッチになるため、ひと眠りかました後に前世で読んだモンスターに転生した場合の知識のセオリー通りレベル上げをーー。
「わたしのラジモンにするんだから!!」
おっと?まさかの捕縛エンドか??ぴこんと立てた耳に入った言葉なんて聞かなかったフリをして、暖かい腕に囚われていた私は疲れていたのか落ちてきた目蓋に抗わずそのまま意識を闇に溶かした。
トントン:豚型魔獣。なんの変哲もない子豚、サイズはマイクロ豚〜ミニ豚ぐらい、転生したと思われる彼女は成長しきっていない幼豚だと思っているが、そのサイズで成獣である。
一つ目の進化はほぼ見た目は変わらない、二つ目の進化で♂は猪のような牙を持った豚(普通サイズ)の姿に、♀はナイスバディの豚鼻魔女おねぇさんに進化する。需要は知らん。