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TonTonテイル  作者: かもねぎま (渡 忠幻)
29/113

29.此方が覗かなくても見てくる


 リリーの頼んだ苺のデザートに乗っていた苺を六割ほど食い尽くした後、錦の旗が店の側で出していた屋台の食べ物を買った。持ち帰りが主な理由で列ができるその屋台に書かれている文字は───


 "えびまる"


 そう、えびまる、平仮名でえびまる、この世界の文字でなく日本語の平仮名で"えびまる"である。

 因みに私が今リリーと食べているこのたこ焼きのそっくりさんは、中にエビが入っているたこ焼きならぬエビ焼きである。

 殻の色や育ちが悪かった錦エビをこうやって売ってまえ戦法らしい。


 それはよい、確かに美味い、このソースの味もちょっと海鮮出汁が効き過ぎている気もするがそれっぽいし美味い。

 外はサクサク、中はもちもちとした食感と大きいエビの身がなんとも嬉しい。しかし問題はそこではない。


「トンちゃん、えびまる美味しいね」

「ぷみゃぴみゃぷみょみょみょ(今真剣に考えてるのよ黙ってて)」

「もう一個いる?」

「ぷみょみょみ(もらうわ)」


 "日本語"の"平仮名"で書かれているのである、私以外にもこの世界に転生者がいるということ、誰だ、屋台でニコニコしながらえびまるを焼いているおっちゃんか?それともお飲み物も持ち帰りしていまーすと手を振るお姉ちゃんか?いや、やる気が無さそうに呼び込みをしているそこの兄ちゃんか??

 口の中のえびまるを咀嚼しながらあたりを見渡す、しかしどこもかしこも人魔獣人人魔獣たまに脱走した錦エビ、この中にいるのかどうかも定かではないが、いったい。


「ぷにゃにゃミョキャミュニャー!!(いったいだれが転生者なんだぁー!!)」

「トンちゃん、えびまるもっと欲しいの??」


↓こいつ

「らっしゃーせー、えびまるいかがっすかー」


 分からない、全く分からないわ!!?しかもその転生者がこの場にいるとしたら、一つどうしても言わなければならないことがあるのよ!!リリーに口の中に入れられたえびまる二個をもぐもぐと噛みながら、えびまるの屋台の横に設置された看板の文字というか絵というかを睨みつける。


 縦に長い魚編の横に、やはり平仮名で、縦に並べて"か た い"と書いてある。


 そう、この世界に転生した彼か彼女かわからない人物は、『(かつお)』が書けなかったのだろう。それは良い、近年PCスマホと電子機器が普及してきた現在、この漢字どう書くっけなと頭を悩ませる事が多くなってきた人は沢山いるだろう。


 特に難しい魚の漢字はクイズ番組に毎回と言って良いほど出される漢字で読めるが書けないなんて人は多いと思う。だが、その人に言いたいのはそこではない。

 問題はこのえびまるにかかっている鰹節(かつおぶし)らしきものだ。その名の通り"鰹"から作られる物だからその看板は間違っていても合ってると言える。

 鰹節のみの持ち帰りがあるのも素晴らしい、お家でも使えるのは嬉しい。だが、つけた商品名がどうしても許せない。


「みゃみゅみょみっぴみゃみぃー!!(ツナ節ってなんやねんー!!)」

「トンちゃんお口に物入れたまま喋っちゃメッ!なんだよ?汚いよ??」

「んっくん、ぷキャキャギィギきキィーー!?ぴきゃぴぎょっきーー!!?(んっくん、鰹と鮪は違うでしョォーー!?別な魚でしょーー!!?)」

「そうだよトンちゃん、ちゃんとごっくんしてからお話ししないとね!」


 まさかアレか!?鰹と(まぐろ)を同じ魚だと思ってた人間か!!?マグロは万能魚だと思い込んでたやつか!?アホなのか!!!?いくら切り身の状態でスーパーに並んでいるとはいえ、いや出世魚とかならその限りではないけど鰹と鮪は別な魚に決まってるでしょ!!?

 

「ピャキャキュピュピャピュピョーー!!(どこだ同郷転生者ァーー!!)」

「えびまる美味しかったねぇトンちゃん、帰るときにお母様の分も買っていってあげたいねぇ」


↓こいつ

「ふぁーーぁ、えびまる〜えびまるどっすか〜〜」





◆◽️◆◽️◆◽️◆◽️◆


 どうやらヒゲオヤジは船で領地の特産品を運んでくれる人とお話があるようで、ちょっと待っててくれとリリーと私を錦エビの養殖場前に置いてどこかに行ってしまった。

 まぁそれなりの観光地らしいし、人通りも多過ぎるここで、それなりにレベルが高い私がいては人拐いも無いかとリリーが振り下ろしてくるアンテナーを避けつつ遊んでいたら。


「君、どこの子?」


 日に焼けた少年に話しかけられた。これはラブの気配ですかとも思ったが全くそんな気配はなく、錦の旗の店長のお子様だという少年に桟橋的な所でボクの魔獣に会わせてあげるねと言われ付いてきた訳なんですが。



 たぽたぼと寄せては桟橋にぶつかる波。魚魔獣のペトリンが透き通った身体を半分海上に浮かべながら、小枝や千切れた海藻、麦藁やなんかとともに打ち寄せられて、大小何匹も木の足場にぶつかりながら揺蕩っている。他はなんも居ない。

 いやいや会わせてあげるっつっといて、まさかさぁ、ペットボトルにまだ生きてる魚の目と申し訳程度のヒレをつけた、海の雑魚魔獣代表ペトリンじゃないでしょう。


「ぷぴゃぁぴきゅきゅぴぴゃぁぴゃぴゃぁ(これでペトリンの進化系とかだったら興醒めね)」

「ペトリンいっぱいだねぇ、これがラジモン?」

「ううん違うよ、ちょっとそこで見てて!」


 ぱちゃぴちゃと海面を叩く少年、その途端潜水を始めるペトリン達、なんで?そして僅か三秒で海面から現れる黒いデカい触手、文字通り触手、なんなら吸盤ある。ぽたん、ぴちょんと雫を落としてうねうねと動くいっそ恐ろしいそれにリリーは。


「わぁー、リリーよりおっきーねー」

「カッコいいでしょボクの魔獣!シューパンツァーって言うんだー」

「……ぷき(……やべ)」

「しゅーぱんたー?」

「シューパンツァー」

「……ぷきゅ、ぴぴき、ぴきゅぴきゅきゃ(……いや、死ぬよ、喰われるよこれ)」


 なんの映画のモンスターなんです?もしかしてあの有名な東京襲いにくるガッズィーラとかに出演されてませんでした??vsでビル真っ二つに折ったりしてませんでした?ファンです、ですから殺さないで下さい。


 触手一本、腕一本、それだけでも言いようのない不安感と恐怖とこの水面の下どうなってんねんという漠然とした、しかし確認してはならない疑問が頭の中に浮かんでは無理矢理消していく。

 桟橋から覗き込む勇気はこの小さい子豚の中にはちょっと取り扱って無い。ダイスは振りたくない。

 ぴるぴると可哀想なぐらい震える私を尻目に、タコ……イカ……たぶんタコ……?なデカい触手とニコニコ顔で握手をするリリー。子供意味わかんない、あんなの海に引き摺り込まれてジ・エンドじゃん。怖……。


「冷たーい、ぬるぬるしてるー、どこでパンツァーくん?ちゃん?捕まえたの??」

「うちの錦エビの養殖場が気に入って住み着いてるらしいんだよ、桟橋に触手が出てきたところにボクがアンテナー刺して、それからボクのラジモンになったんだ」

「むぴゃぴゅぷきゅぴきゃぴー(ホラー映画の最初じゃない)」

「へぇー、このお店の下がお家なのねー」

「ぷぴぴぺぴゃぴぴょ(錦の旗リピート止めます)」


 二度とミウの町来ない、は?こっわ異世界こっっわ私お家帰るから。お家帰ってスライム食べて暮らすから、悠々自適な子豚(トントン)生活おくるから二度とそんな旧世界の神々みたいな姿見せないで。

 半分キレつつ後ずさっていると、触手の先っぽにキラリと光るアンテナーが刺さっているのが見えた。そうか別に怖い事は何も無い、アンテナー刺さってんだし、攻撃される心配は無いわけか。


「ぷっきー(よかったー)」

「トンちゃんも挨拶するの?」

「シューパンツァー、ボクとね、同じ大きさのリリーちゃん以外にトンちゃんっていうトントンのお友達がいるんだよ、ほらここ」


ペチョォ……

「ぴぇ(ぴぇ)」


 もう少し心の準備をする時間を下さい。少年の手により背中に這わせられた触手の先っぽ、ひぃぃ冷たい、ひぃぃなんかヌメヌメする。

 閃いた!無知であるが故にそれは恐怖になり、既知で有れば無知の時の恐怖は無くなる。それっぽい事を言ったが自分でもよく分かっていない、とにかく少しでも情報があれば怖くなくなるのでは?

 天才的な閃きの衝動に突き動かされ、前足の蹄を二つくっつけて四角を作りその穴からシューパンツァーパイセンを覗き見る。


「ぷきゅーきっ!!(ステータス!!)」

ピロンッ


「ぴゃっぴきゃぷきゅー!(鑑定を発動!)」

ブブッ


 は?ブブッ??触手にぺたぺたと触られながら横を見ると、空中に開かれたステータス画面に電子音と共に文字が躍り出てくる。


ポペペペプペペプペペペペピ

[そのような機能は備わっておりません]


「ビャギャビギュビョビャビュミャビャァァァァァァア!!!?(魔獣図鑑のページぐらい出してくれたっていいでしょぉぉぉぉお!!!?)」

ブブブブブブブッ


「トンちゃん虫さんでもいたの?」

「リリーちゃんのトントン元気だね」


 半透明の画面に向かってパンチを繰り返す子豚こと私、人にも魔獣にも未だ半透明の画面が見える人は出てこないので(はた)から見ると、何かにブチギレているトントンにしかならない。

 ピギャピギャと鼻を鳴らし、空中に向かって華麗なパンチを繰り出す子豚の身体に。


ニョルン

「ぷきっ?(ぷきっ?)」


 黒い触手が絡んだ。

 小さいピンクの身体が宙に浮き、子供二人の視線が向けられる、誰も声をあげられぬまま黒い触手は海面へと垂直に滑らかに下り───



ジャボッ

「プきョッ(プきョッ)」


 沈んだ。



「コポガポゲポゴポッッッ!!!?(ゴポガポゲポゴポッッッ!!!?)」

「トンちゃぁぁぁぁぁあん!?」

「無理だから!シューパンツァー陸の生き物は海で息が出来ないんだ!シューパンツァー!!」

「ゴポポガポポゲポガポッッ!!(ゴポガポゲポゴポッッ!!)」

「トンちゃん大丈夫トンちゃん!!?まだ生きてる!?死んでない!!?」

「早く陸に、陸に上げてシューパンツァー!トンちゃん水の中じゃ息できなくて死んじゃうよ!!」

「コポ…………(コポ…………)」


「「トンちゃぁぁぁぁぁぁああん!!!!」」




 

◆◽️◆◽️◆◽️◆◽️◆


 死にかけた、深淵が見えた、深淵を覗いた覚えは無いのに深淵がこっち見てた。桟橋に死にかけの魚の如く置かれた私のお腹を、号泣しているリリーが押すたびに自分の口と鼻からリズミカルに海水が噴き出る。


「トンち゛ゃ゛ん゛死゛な゛な゛い゛て゛!!」

「ぷピュー、ぷピュー、ぷピュー(死ぬー、死ぬー、死ぬー)」

「ごめんねボクのラジモンがごめんねトンちゃんごめんね、シューパンツァー陸の魔獣が珍しくて見たかったんだと思う、ホントにごめんねトンちゃんごめんね」

「ぷピュピュピャビャ……(死んでしまう……)」


 海水を吐き出す私の頭の上で、海面から伸びたデカい黒い触手がペコペコと何度もアンテナーの刺さった所を上げたり下げたりする。

 一生懸命謝っているらしい、因みに彼がタコかイカかその他かについては全く分からなかった、海の中は真っ暗だった。


 もしかして。もしかしたら。同じ魔獣とはいえ話している言語が違うのかもしれない、子豚の耳に聞き取れない音域とか超音波とかで錦エビもシューパンツァーも話しているのかもしれない。

 倒れ伏した私を労るように背中を摩る吸盤のついた黒い触手を見ながらそんな事を考えた。


「ぷぺ……(ステ……)」

ピピッ


「トンちゃん死なないでッ、お願い起きてェッ!」

「ぼ、ボク、大人の人呼んでくる!!」

「トンちゃぁん!!」


「ぽぴぴぴぷきゅー……ぴきゅぅ……(翻訳機能……使用……)」

ブブッ


ポペペペプペペプペペペペピ

[そのような機能は備わっておりません]


「ぷけけ……きぃ…………(つかえ……ねぇ…………)」

「トンちゃぁぁぁぁぁぁぁあああん!!!!」


 何が女神権限だ、何がステータスだ、充電の切れたスマホより役にたたねぇじゃねぇか……。矢張り肝心な時に信用できるのは鍛え抜いた己の肉体のみ、君だけの力を身につけろ……。

 そう確信した私はゆっくりと目を閉じ、この世界の女神に中指ならぬ蹄を立てつつ、深い眠りへと落ちていった………………。


 数秒後、錦の旗の店員さんが安らかに眠る私を持って全力で縦に揺すってくれた事により、無事深い眠りから醒めた事をここに記録しておく。



シューパンツァー: え……何こいつ知らん……怖…………。話は変わるけど、ゲームのイメージ画像に載ってたモンスターとか敵のキャラクターって、たまに出てこない事あるよね。ちょっとションボリする。



ペトリン: 海の雑魚魔獣代表、兼、制作元の無駄な環境気にしてますアピールするために産まれた哀れな魔獣。見た目はペットボトルに背鰭と尾鰭と胸鰭と魚の目がついてる。

 食べられる身は無いが、ペトリンの死骸はこの世界のストローや、それが刺せる蓋付きカップなどの原材料として使われる。元が有機物なので自然分解できるエコなプラスチック、ご都合主義?そういう文句は女神かガデスガーデン(制作会社)までどうぞ。

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