28.えびふみゃー
さぁやってきましたご飯処"錦の旗"。どうやら生け簀で育てているお魚が食事として出てくるらしい。新鮮な海の幸が食べられるなんてとても良い所じゃないの。
ぷっきぷっきと鼻を鳴らしながら歩いていくと、桟橋沿いに網で囲ってある海の水の中に、錦鯉のような綺麗な色の魚が見えた。
ん?錦鯉?淡水っていうか鯉って川とか池の魚じゃなかったっけ??リリーも気付いたようで、近くまで寄って行き生簀中を覗き込む。浅瀬の岩の隙間や上に綺麗な錦鯉の色や柄を持つ、デカイ"伊勢海老"がいた。
「わー、トンちゃんエビさんがいっぱいいるよ」
「ぷき……(エビ……)」
ミヨミヨミヨミヨミヨミヨミヨ
海面に触角を二本出し、ピコピコと動かしてみせる錦エビ、実際、日本には錦海老っていう食用OKの海老が居るはずだけど。魔獣なのか?それとも普通にエビなのか?確認の為に声をかけてみる事にした。
「ぷきゃきゃきゅ?ぷきゅ?(アンタたち喋れる?ねぇ?)」
ミヨミヨミヨミヨミヨミヨミヨミヨミヨミヨミヨ
「触角ながいねぇ、エビさんキレイねぇトンちゃん」
「ぷきゅーきゃきゃー?(通じてるのかしら?)」
二、三匹集まってはきたけど別に声が聞こえる訳でも無いし、白や赤や金色などみんな違う柄や色を持つエビ。腰は曲がってないのでこの世界のエビはクジラの鼻の穴に入ってない可能性がある。
わやわやと目の前で触角を動かすエビ、黒いお目めと目と目を合わせていたら背後から影が差した。
「おう、お嬢ちゃん。オレのところの養殖魔獣、ニシキエビは鑑賞用も食用も一級品だぜ?どうだ、餌あげてみるか?」
「ぴょやっ(養殖)」
「うん!ありがとー」
ザ、海の男。ガッチリムッキリしたワイルドなおじさんに、升のような入れ物に入った鯉の餌……もといエビの餌を貰う。リリーの持つ升に蹄を突っ込み、ちょっと緑色のコロコロした丸い餌を一つ摘み上げ、白地に赤い模様が綺麗な錦エビに渡してみた。
チマチマチマチマチマチマ
「……ぷきー(……食べてる)」
「はいどーぞ、あなたもどーぞ」
「可愛いだろう、この辺のは食用にもラジモンにもなるんだが、一匹どうだいお嬢ちゃん」
「うーん、でもリリーにはトンちゃんがいるから……」
「ぷきき、ぷぴきゅー(いいのよ、刺しなさい)」
懐きさえすればアンテナーは外して再利用可能なんだから、私は刺されたく無いけど。興味が他の魔獣に映ってくれれば良いのだけれどねぇ。
海の中から触角を出し、リリーが一匹ずつ渡している餌をチマチマと食べる錦エビを見つめる。そうね、甲殻類だし、一応魔獣だけど発生器官は無いみたいだし。陸に上がれもしなさそうだし、飼い慣らされてる途中らしいし。
「ぷキャプキャキャ(私より雑魚ね)」
ビュシュッ!!
ビチョッ!!
「ブッ(ブッ)」
「わぁっエビさん!お水噴いた!!トンちゃん大丈夫?」
「ピキャー!ピピキャー!!プキョッキョキョー!!(ンダテメー!ヤンノカー!!ミズカラデテコイヤー!!)」
ミョミョミョミョミョミョミョ!!!!
「ガッハッハ!悪口は言っちゃダメだぜトンちゃんよぉ、言われた方は気分を悪くするし、言った口も腐っちまうからな」
「ぷきゅきぃー……ぷぷぴきぃ(正論……ごめんなさい)」
水鉄砲の一斉射撃された。今のは私が悪かったわ、ハサミで食べかけの餌を持ち、私に向け縦に揺れて威嚇を繰り返す錦エビに頭を下げて謝る。そうしたら激しく揺れていた触角が大人しくなり、皆餌を食べるのを再開した。
どうやら会話は出来なくても言葉は通じるらしい、でも、ゲームでは水の中に住む奴も飛んでる奴も暗い所にいる奴もみんな陽の元に引き摺り出して戦わせてたけどその辺はどうなってるのかしら。
水面から伸びる触角を見て首を傾げていたら、おじさんの同僚?らしき人が大きな声でおじさんを呼んだ。
「親方ァ!今日の午後一で卸すブラックタイガーが逃げ出しやしたァ!!」
「またか!?探せまだ遠くまで行ってない筈だ!!」
「ぷき?(ぷき?)」
いやブラックタイガーってアレよね、美味しいエビ、なんか縞のある美味しいエビ。残念ながらスーパーにお買い物に行った時海鮮コーナーはパスしてたものだからよく分からないけど。
今度は反対側に首を傾げていると、リリーが私の体を揺らした、何よリリー餌はあげ終わったの?リリーの方を向くと、スカートの影から触角が伸び、伊勢海老よりデカい身体を見せ、わしゃわしゃと足を動かして逃げて行く綺麗な白黒の縞のデカい錦エビ。
「トンちゃん、エビさんおっきいねぇ……!」
「ぷきゃ(デカっ)」
「オイここに居たぞ網持ってこい!あっ、タイガーこのアホ逃げるな止まれ!!」
進化するとああなるのか、それとも天に選ばれしエビだけがああなるのか、それは天(運営)のみぞ知るという事か。
沢山の足をワシャシャシャと動かして結構なスピードで去って行くブラックタイガーくんを見送り、私は未だマイペースにリリーがあげた餌を食べている錦エビ達に話しかけた。
「ぴゃきゅきぃきき?(水陸両用?)」
ミヨミヨミヨミヨミヨミヨミヨミヨミヨ
特に変わった返事は無かった。
◆◽️◆◽️◆◽️◆◽️◆
トントンが家畜の豚となり美味しく食べられるように、この錦エビも今まさに家畜化……海産物化されている途中の魔獣である事には変わりない。
お店の人と話し込んでいたヒゲオヤジに呼ばれて、テーブルに座った私達。店員さんのご好意により赤ちゃんの椅子に座る事になったは良いが。
───遺憾である。
そう表情に出して見せたが可愛いトントンちゃんですねと頭を撫でられて終わった。ぷきー。
どうせ人間用の椅子に座っても高さが足りないって?煩いなこういうのは気分の問題よ気分の問題、ソースが跳ねないようになのか紙エプロンも付けられ見た目乳幼児な私は準備万端である。
「ぷっき、ぷっきき、ぷっききぷ(お昼、トンちゃん、早く食べる)」
「トンちゃん沢山食べたのに、お昼食べれるの?」
「プキキ(食べる)」
「子豚は魔獣用のランチセットだがな、リリー、ジュースも飲むか?今日はデザートだって頼んでいいんだぞ??」
「ピッキー!(デザート!)」
「お前は道すがら散々食ってきたろ」
煩いわね全部"トンちゃん口座"から出るんだからいいじゃないの。ぶすぶすと頭の頂点を指で刺してくるヒゲオヤジの手を叩き落とし、反対からアンテナーを刺そうとしてくるリリーの手も叩き上げる。
カロンカロンと床に転がるアンテナーを追いかけるリリー、食事時にそんなもの出してくるんじゃありません。
「トンちゃん酷いよぉ」
「ぴきぷきゃきゃき(オモチャは仕舞いなさい)」
「お待たせしましたー、お子様ランチと錦の旗特製AB定食、魔獣用ランチセットです、エビフミャーはお熱くなっておりますのでご注意下さーい」
「ほらリリー、ご飯が来たからアンテナーは置きなさい、後で刺せば良いから」
「ぷぴっきゅぷっききゃき、ぴ?ぺぴぷぴぃー??(全く良くないわ、ん?エビフリャー??)」
エビフリャー?いや、なんか違った気がする。店員のお姉さんの顔を見上げると、微笑ましいものを見るような顔で笑い返された。
「ぺぴぷぴい(エビフライ)」
「そうです、エビフミャーですよ」
「ぺぴぷぴゃー(エビフミャー)」
「上手ですねぇ〜〜、こちらのエビミソソースや、カニミソソース、ウニミソソースをかけてお召し上がり下さいね、ではごゆっくり!」
えびふみゃー……素敵な笑顔で手を振って去っていった店員のお姉さん。自分の前に置かれたプレートに視線を移すと、こんがりと焼かれたパンがひとつ、蒸した芋を粗く潰したポテトサラダ未満のもの、そのポテサラ(推定)の下に敷かれた彩りの緑役を押し付けられた何かの葉っぱ。
そしてデデドンとど真ん中に乗せられた、とにかくデカいエビフライ……間違えた、エビフリャー……ちがう、エビフミャー。
白地に赤の模様がついた尻尾が、さっきまで餌をあげて触角をミヨミヨさせていた錦エビと重なる。それはそれとして。
「…………ぷっき(…………デッカ)」
デカイ、とにかくデカイ、この世界のエビは腰が曲がってないからかそれとも元から伊勢海老サイズだからかとにかくエビフライがでかい。間違えたエビフミャー。
20センチはゆうに超えるエビフミャーが二本横たわっている、食べ易いようにざく切りされてはいるがとにかくデカイ。
こんなデカイの名古屋市名物特大エビフライでしか見た事ないわよ、しかも見たのネットの記事だし。
しげしげと眺めた後、リリーの方を見ると私のものよりさらに大きいエビフミャー、30センチを超えるエビフミャー、そろそろゲシュタルト崩壊してきたエビフミャー。
ロールパンにはジャムが塗られ、ポテトサラダ(推測)は綺麗に盛られ、その上に錦鯉のような模様が描かれている旗が立ち、お子様ランチにしてはそのエビフミャー。
「プッキぃ(デッカぁ)」
今度は反対側に座るヒゲオヤジの方を見てみると、もっとデカイエビフミャー、おそらく50センチを超えるエビフミャー、いい加減しつこくなってきたエビフミャー。
異世界人って胃袋の容量も異世界級だったりするのかしら、人間全員フードファイターな世界って食糧枯渇早そうで嫌ね。
ヒゲオヤジの皿の上のポテサラ(潰し芋)にはなんか色々混ざってソースもかかってて野菜も良いやつでピクルス的な物ものってて何自分だけ高そうなもの頼んでんのよ小狡いことしてるんじゃないわよ。
ジッ…………と怨みを込めてヒゲオヤジを見ていると、ソースの容器で壁を作られた。
「なんだ子豚、ソースなら勝手にかけろ」
「プーキ(ソース)」
そういや店員のお姉さんに説明されたわね。デフォルメされたエビ、カニ、ウニの絵がマジックみたいな塗料で瓶に直接描かれたソースの容器。エビのソースはサーモンピンク色、カニのソースはパールホワイト、ウニのソースはクリームイエロー。
蓋の一部に穴が空いていて、そこにソースを掬う匙が刺さっている。私は手を……腕?蹄?を瓶に伸ばして───
キュポッ、ペペチャ…キュプ……
キュピッ、ペムチャ…キュポ……
キュプッ、ペチャム…キュピ……
「……全部かけるのか」
「プッキュぴきゅーぴぷきゅきゃ(失礼ねひと切れずつ違う味よ)」
では、いただきます。
モシャシャシャシャムシャモグゴクムショシャシャ……
◆◽️◆◽️◆◽️◆◽️◆
丸々と膨らんだお腹を蹄で撫で、食事の席ではマナー違反だがケプっとゲップをする私ことトンちゃん。デカかった、錦エビフミャー恐るべし、だが子豚のお腹には勝てなかったな、次は三本でかかってくるがよい。
付け合わせの野菜とポテトも綺麗に平らげた。
お残しは敵、よっぽど身体に合わないとか舌が壊れるとかアレルギーとかでない限りはなるべくお残しせず食べるのが日本人である私なりの礼儀だ。ご馳走様でした。
「きゅきゅきゃききぃ?(でも今は元日本人ね?)」
「トンちゃぁん……リリーお腹いっぱいになってきちゃった、トンちゃんまだ食べられる?」
「ぷきー、ぴきゅーきゃっきゅきぃー、ぷきゅきゅー(リリー、貴女常識的な胃袋だったのね、安心したわ)」
そうよねいくら異世界だとしても子供にあの大きさの揚げ物は辛いわよね、私勘違いしていたわ、ヒゲオヤジが無駄に多くたくさんいっぱい食べるだけなのね納得したわ。
そっとリリーの方へとお皿を差し出し、エビフミャーの取り分けを待つ私のお皿に飛んできた、のは……
「はいトンちゃん」
ドムンッ!!
「プギャギュキュピィ!!!!(付け合わせの芋ォ!!!!)」
「これもあげるね」
重くなる皿、全くサーブされてこないエビ、飛んでくる時間が経ってへちょへちょになった緑のお野菜。おっまマジかおっっっま、リリーあんたエビフミャーとパンはしっかり食べたっていうの?入ったの?年齢小学生のお腹に??
小型魔獣視点だからか、皿の上に結構山盛りにされたマッシュ芋の山を見て考える、ここは名古屋じゃなくて英国だった?いつから異世界だと錯覚していたんだ??いや英国も考えようによっては異世界なのでは?妖精と黄色い熊と魔法学校の国…………。
そんな悩める子豚を尻目にリリーはメニューを見て、ある一点を指差した。
「おとーさま、リリーね、苺のデザート食べたい」
「ピャピャピョピィキピピィピキャピョー!!(栄養偏るでしょうがァー!!)」
「そうだな、揚げ物の後はさっぱりしたものが食べたいよなぁ、いいぞリリー頼みなさい」
「プッギャぴっぎょぷぎピッギャ(テっメひっげおいテッメ)」
そう考えると前世の野菜を練り込んだスティックパンとか、野菜ビスケットとか、野菜ふりかけとか、野菜ジュースって俺様何様お子様さまに野菜を摂取させる素晴らしい発明だったのかもしれない。
積まれた芋の山に、パールホワイトなのに何故かカニ味噌の味がするソースをかけながら、そんな事を子豚は思った。
錦エビ: 錦鯉のような柄を持つ伊勢海老みたいな魔獣、味がとても良いため、ミウの町で一押しの水産物として養殖されている。焼いてよし、煮てよし、揚げてよし。
千匹に一匹ぐらいの確率でタイガー錦エビが産まれる、食べてよし、飼ってよしのレア魔獣。一万匹に一匹ぐらいブラックタイガー錦エビが産まれる、食べる前に金のある人が飼いに来るが、何故か大脱走を繰り返す個体がブラックタイガーになる。




