21.反対側の森
誕生日にシャスタお兄様に貰ったお金でドライフルーツのクッキーを買ってきたので、それをお茶請けにしながらシャスタくんの一人研究発表会を聞く事になった。
他の人は色々と忙しいからと寂しそうに言うお兄様に優しく持ち上げられ、机の上に乗せられた。紅茶をカップに注がれて、結局買ってきたクッキーも私が食べている状態だ。
「それでねトンちゃん、今回はこの百科事典に載っているヨモンギについて調べたんだ」
「ぷきき、ぴき(成る程、これ)」
「腹痛がある時に服用される薬に使われているんだけどね、うちの領地にも自生しているんだ」
なーほどなーほど、硬めのクッキーをゴリゴリと齧りながらお兄様のお話を大人しく聞く。今度スライムの食べ過ぎでお腹痛くなったらその葉っぱを齧って食べてみよう。
幸いな事に魔獣となってから、味覚の幅というかが広がったようで花の蜜も人間の時より美味しく感じるようになった。
そのヨモギみたいなやつ苦くなきゃいいんだけど。紅茶にミルクを入れながらそんな事を考える、でもこの分だとお兄様も子供らしく、光合成云々の実験か茎を切って色水につけて葉脈見る感じのお話を──
「まず、ミルポアさんの論文ではね」
「ぷっき??(まって??)」
「このヨモンギという薬草の色は黄緑色と記述されているんだけど、オレガノさんの論文には濃い緑色って書かれているんだよ、不思議だよね」
「ぷっき、ぷっきっきゅ(まって、まってって)」
「葉っぱのスケッチを見ても両方とも形は同じだし、効能もほぼ一緒なんだ。オレガノさんはヨモンギをモッチグサって書いているけど出身が北の方だから表記揺れだと説明書きもあるんだよ」
「ぷっききゅー(まっておくれ)」
思ったよりガチめのが来た、知らない。北と南の土地で葉っぱの色が違うなんて話知らない、広葉樹と針葉樹と裸子植物ぐらいしか覚えてない。
分厚い紙の束を見比べて、同じ葉っぱが描かれた二種類のスケッチを見せてくるがどう見て良いのか分からんし、てか研究用語ばっかりで何書いてあんのかさっぱり理解出来ない分かんない。
クッキーを咥えたままお兄様に差し出されたスケッチを交互に見てクエスチョンマークを量産していたのだが、いきなり二つのスケッチを掲げていた腕を引っ込められて驚いてクッキーを口から落とした。
顔を上げると瞳を好奇心でキラキラさせたお兄様が、両手にもつスケッチを交互に見て、年相応の子供らしい喜びの声を上げた。
「そっか!そういうことか!!」
「ぴきゅぴ?(なにが?)」
「ミルポアさんの出身は南の土地で、オレガノさんの出身は北の土地なんだ!」
「ぴひ?(それが?)」
「オレガノさんの方は年間の日照時間が短く、光合成に必要な葉緑体の数が多くて葉っぱが濃い色になってて、ミルポアさんの方は年間の日照時間が長いから光呼吸を抑えるために葉緑体が少なくて薄い色になるんだ!!」
「ひぷひ??(なんて??)」
……全く意味が分からなかった。
机の上に落ちたクッキーを拾ってまた齧る、ドライフルーツの優しい甘さが口の中にひろがった。思考停止、クッキーオイシイ、コウチャオイシイ、オソラキレイ。
一人でやった!やった!と踊るお兄様を見ながら、冷めてきた紅茶のカップを両手で持って啜る。楽しそうでよかったよ。カップをソーサーに置いたら勢いよく私の身体が宙に浮いた。それは、お兄様が私を天井近くまで投げ上げっ、ちょっ結構落下するやべ。
「トンちゃん!」
「プキュッ(プキュッ)」
「凄いやトンちゃん!ヨモンギの色が違う理由が分かったよ!まだ仮説でしかないけど!!」
「ぷきーきゅ、ぴききゅ(しぬかと、おもた)」
「ありがとうね!僕、近くのヨモンギを観察してくる!僕の分の紅茶もよかったら飲んで良いからね!!」
キャッチした子豚を天に掲げ上げしばらくクルクルと回ったお兄様は呆然としている私を机に置くと、鉛筆とノートを持って部屋から出て行ってしまった。
よくあるじゃん、あれ、アニメで相棒の小動物を投げてキャッチして踊るやつ。多分それを今やられたんだけど。
「……ぷへへ、ひぷへ(……普通に、怖い)」
心臓バックバックいってる。
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そんなお兄様の誕生日が明後日に来る、まだリリーの誕生日から一週間もたっていないが誕生日なのだから仕方がない。
今日はメープル先生が来ないので、うきうきとヨモンギ探しに行ったお兄様へのプレゼントを探しに私もナップサックを装備して、いつも行く森とは反対側の森へと朝から足を運んでみた。
ゲームでは、最初の街から伸びる道はいくつかあり二個めの街に行く道と、最初の森へ行く道、そして帝都(超デカイ街)への近道がある。
この帝都への近道はゲームでは最初は通れないのだが、物語を進めていくと通れる様になる。まぁ主人公でない、まして人間ですら無い私には関係ない話なんだけど。
一応強い魔獣も出るので、子供が行かないよう日替わりで通せんぼをして道に立っている人に会釈をし、足元を通らせてもらった。
「あれからレベルも22まで上がったし、新天地へレッツゴー!いい物が見つかると良いなぁ」
丸いお尻を振りながら別方面への森へ分け入っていく、かわゆく巻かれた尻尾を機嫌よく揺らす私は、期待に胸を弾ませながら文字通り跳ねる様に新天地へと走って行った。
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さすが新天地、新しい発見に事欠かない。プレゼントを探しにでこぼこの道を外れ人が通らない獣道に入って数十分後。
魔獣トントンである私の目の前には籠が置かれていて、その中に白いおくるみに包まれた赤子がいる、見るかぎり健康状態も機嫌も良さそうだ。
「あぅ〜だっ、ぶぅ」
「…………ぴぷー(…………赤子)」
赤児、赤子、赤ちゃん、乳飲み児、乳幼児、赤ん坊、バブバブ、ベイビー。そう首も座って……るのかこれ?大丈夫なの?まぁよい、バブが居る。
何回眼を擦っても何回瞬きしても何回後ろを振り向いてから見直してもおくるみに包まれたバブが居る。
まんまるのお眼目と目が合い、その無邪気で無垢でこの世の穢れをまだ知らない瞳に頭と胸が痛くなる、そうバブバブだ、まだ這いずることすらできないバブなのだ、家出ができる年齢では無いため親か付き添いの人が近くにいるだろうかと辺りの茂みを飛び回ったが全く人がいない。
「……ぴきゃぴきゅきゅ(……嘘でしょ大人居ない)」
「うぁ〜〜ぃっ!ぶぶ、ぅうー」
「ぷきゅー、ぴきき、ぷきゅきゃ?(あんた、どこの子よ、置いてかれたの?)」
「きゃっ、きゃぅ、うきゃいー」
話が通じない。そりゃそうだ、まだバブだっつってんじゃん。とはいえこんな場所にこのミルクの匂いがするバブを置いていけば犬でも猫でも熊でもそれ以外でも頭からパクッといかれてしまうわけですよ。仕方がない、多分最初の街よりは近いだろう帝都方面に押していくか。
────数時間後
「ビャギュビョギャギャギィ!!!!(ぜんっぜん街見えてこねぇ!!!!)」
「きゃ〜ぃっ!あゃぅあぁい〜〜」
「ぴゃーっ!ぴぃっききぴきぃーー!!(はぁーっ!人間の身体が恋しいーー!!)」
籠を頭で押して進むこと数時間。道端の邪魔な石ころにキレて遠くに投げ、周りをちょろちょろし出したリスそっくりの魔獣カリカリにブチギレそれも投げ飛ばし、襲いかかってきた犬型魔獣ワン=ワンの雑種野良、通称ノラワンにバチギレて蹴り飛ばした。
子豚の力では今日中に街に着くわけがない、バブバブを守る様に被せたナップサックだが、今は紐をしゃぶられおもちゃと化したそれを取り上げるも、しかし泣かない強いバブである。
もう、諦めても、良いよね?私、頑張ったよね??私の垂れた耳を引っ張ってご機嫌なバブから耳も取り上げ、リリーのナップサックを背負う。
やる努力はしたんだ誰にも責められやしないさ、子豚の身で私はよく頑張った、誉められて然るべきだと思う。さらばだバブよ、ここは人が通る道の真ん中だし良い大人に拾われるんだぞ、達者に暮らせ。私は籠にそっと背を向けてチュートリアの町に向けて歩き出した。
「うやぁ〜!!」
ずる……ずる……ずりずり…………
「プッギュップぎっぷくぎゅギィ!!?(私がこんなに頑張ってんだから地に頭を擦り付ける勢いで感謝しなさいよ!!?)」
「うどぅー」
「ビギャッぴキュぎくぷぎゅっピギィ……!(こちとら子豚なんじゃこんちくしょうめッ……!)」
良心の呵責に堪え兼ねて、優しい私は籠に頭を押し付け凸凹した森の地面に舌打ちしながらも、何とか帝都方向にある街まで押して……………。
「ぷき……ぴきゃぴきゅぴ……?(これ……籠噛んで引っ張りゃよくね……?)」
「ああーぅぁ」
50分で近くの町についた。
◆〜◆〜◆〜◆〜◆
その頃、帝都の城では大問題が発生していた。上から下までひっくり返る様な大騒ぎだった。何せ産まれて間もない第一王子が拐われたというのだから。
これには引退して各地を見て回っていた先代もすっ飛んで帝都に帰ってきて、孫の捜索に金も人も人脈も何もかも惜しまず使った。
誘拐犯こそ捕らえたものの、その騎士団と誘拐犯の馬と馬車に乗ったまま行われた激しい攻防戦によりごった返しとなり、攫われた王子がいつの間にか籠ごと何処かへ行ってしまったというのだからもう王族も騎士団も真っ青である。
責任問題だが責任は誰が取る?戦った騎士団長か?それとも派遣した者か?それより王子の安否が心配だ。
お通夜ムードの王城の中、ある一人の伝令使が扉を開けて飛び込んできた、その手に居るのは見まごうことなき尊き第一王子。
彼が説明するには誰かが飼っているらしきやたら人馴れしたトントンが、町の外れに住んでいる老夫婦の家の扉を叩き、地面に"迷子"と書いて去っていったと。おくるみに刺繍されていた王家の紋章から、もしやと思い町の領主の所へ連れて行ったのだそうな。
そんな馬鹿な話があるかとはその場にいた全員が思ったものの、王子が無事に帰ってきたのは事実。后が手に掻き抱けば小さな温もりが現実だと返した。
老夫婦に話を何度聞いても袋を背負ったトントンが届けたとの一点張りで、女神がトントンに姿を変えて王子を助けたのではとの噂が広がった。
人間誰もが動物に助けられた時は、神の遣いだ、神が姿を変えて救ってくれたと云う。
その助けた魔獣が文字を書けると言うならきっと我等が女神の遣いなのだろう。きっとそうだ、それ以外だと説明がつかないのだから。
そう、感謝されるのは女神様だけなのである。
◆〜◆〜◆〜◆〜◆
「ぷぃっくしゅ!!(ぷいっくしゅ!!)」
くしゃみ出た。結局お兄様へのプレゼントは見つからなかったし、目新しい物もなかったし、人命救助しただけだったわ。
私は鼻にそっと蹄をあてた。鼻水出てない?出てない、おっけー。そして道を塞いでいるおじさんにまた会釈して、お屋敷までの道を帰ってきた。
案外帝都方面の街に近い。ゲームでは見たことない町だけど。それに道さえ通ればそこまで魔獣出ない。
草むらとは言わないが、やはり人通りの多い道には魔獣はあまり出てこない様で、森の中を探索しなければレベルを上げるのも大変なのだと学んだ。
さて、問題はお兄様の誕生日プレゼントだ、何をすれば良いやらと考えながらお屋敷に入る。そうしたらメイドさんがそっと出してくれた濡れタオル、なるほどと汚れている四つ足を拭いていると。
「トンちゃんおかえりー」
「ぷぴぷぷ(ただいま)」
スカッ
「よけられた……」
挨拶と共に頭の上にリリーのアンテナーが降ってきたので華麗に避けた。二度と付けたくはないつけ心地、頭蓋骨に直接吸盤をつけられてる感あるから嫌。最近は散歩から帰る度にアンテナーが空から落ちてくるし、ご飯を食べているとアンテナーが頭の上にやってくる。
懲りずにまた頭を狙ってくるリリーから逃げていると、珍しく全身どろどろになったお兄様がメイドさんに叱られていた。
「シャスタ様、何故そんなにお洋服が汚れてるのですか?」
「ヨモンギの観察をしていたら、森の奥に行っちゃって、ごめんなさい……」
「森の奥へ行っただけではそこまでお洋服は汚れませんよ?それと、手に持っている雑草はお捨て下さい」
「これはヨモンギで、庭に生えているものと森の奥に生えているのの違いを調べるためで、捨てないでほしいんだ……」
「……わかりました、ハンカチにくるんで下さいな、お部屋に置いておきますから」
叱られ慣れていない子供の反応だ。しょんぼりしながらその場で立ち尽くすお兄様にしゃーない、慰めてやるかとリリーと駆け寄ると。さっきまでのしょんぼり顔はどこに行ったのかパッと明るい顔になって、泥がついたシャツの裾を捲り上げ、ズボンに挟んであった紙を取り出して広げ始めた。
唖然としている私とリリー、その上次々とポケットから色々だして説明しだすお兄様。
「リリー!トンちゃん!アリュートルチ領に生えてる草の種類から、この辺の気候は……」
全然落ち込んでねぇ。根っからの研究者気質だ。今日調べた事を嬉々として発表するお兄様のいう事には、庭と森に生えている草木の種類を調べていけば、ヨモンギの増産も可能で、増血効果がある……なんかそういう物質を含んでるから、ゼンブナオール薬と併用すると……とにかく傷の治りが早いみたいな事を話された、きが、する。
こりゃリリーも勉強が嫌いになる訳だわ、興奮しているのか矢継ぎ早に話される子供には理解できない専門用語込みの難しすぎる話。
リリーの目がぐるぐると渦を描いて、倒れかけたところで戻ってきたメイドさんのストップが入り、お兄様の研究結果は後に紙に纏められてヒゲオヤジへと提出された。
チュートリア領主の憂鬱
どうやら俺の息子は妻に似て、とんでもなく頭が良いらしい。まだ幼い頃から何が欲しいと聞けば本が欲しいと言い、幼児向け絵本を買って帰ったら次は文字が沢山あるのが良いと言われ。ならばと児童向け冒険小説を買って帰ったら次はこの小説に出てくる物を調べたいと言われ。
百科事典の次にこれでしばらく大人しくなるだろうと冗談で買った知らない研究者の何を見つけたかも分からない小難しげな論文の写しを買って帰ったら、辞書がないと意味が分からないと言われて、自分の辞書を貸してやった。
そのあと領地経営をするには言葉を知らんといかんだろうと、普通に言葉を調べる物と、結構値の張る他国の言葉や細々としたそういう専門的な用語を調べる類の辞書を誕生日に与えた。
それで、プレゼントの辞書を駆使して一週間で読破したのが七歳の誕生日の時だったか。お父様お父様と理解した内容を一生懸命に話してくる息子は可愛らしかったが、どうにも自分には小難しすぎる内容で、領地経営が忙しかった事もあり適当に返事をしていたらいつの間にか俺には話さなくなってしまった。
当時はホッとしたものだが、次から帝都に行くたびに論文の写しを手に入れてきて欲しいと言われる様になり、魔獣のナッツを研究している機関の者から研究熱心なお子さんですねと言われながら写しを貰ってくるようになった。
これが可愛い息子の為、ひいては家の繁栄の為ならばと自分には到底理解のできない文字列が並んだ論文を貰い、息子に渡す。
しかしこの度あの子豚が定期的に持ってくる様になったキノコも研究に回せとせっつかれ、領主自ら直々に植物を調べている機関に持ってきたというワケなのだが。
「「………………」」
キノコは渡した。素晴らしいありがとうございます!と散々言われた後、そちらの紙の束は?と聞かれ、息子が書いた研究結果のまとめなんですと言ったら、おべっかのつもりなのか、へぇちょっと読ませて下さいと言われ渡したらこうなった。
子供が書いたものなのに、先程からずっと無言で読まれていて怖い。息子に渡された時にざっと目を通して見たが、ヨモンギについてという事だけは理解できたが細かいところは自分にはさっぱりだった。
何度もペラペラと紙を捲る音が響き、最後に、優しく丁寧な手つきで机の上に置かれた。研究者の真剣な顔が徐々に崩れ満面の笑みとなり、ちょいちょいと他の研究者を呼ぶ。
「これが……」
「おお…………」
「俺にも……」
次々と白い長い上着を着た人が集まり、何も悪いことをしていないのに肩身が狭い様な気分になってくる。その息子の調べた紙の束はナッツ課の知り合いの研究者に渡そうと思って持ってきたんだが……。
変な雲行きにソファの上で縮こまっていると、一斉に研究者達の顔がこちらに向けられビヨンと身体が縦に跳ねた。まずい、よく分からないがまずい気がする。
「チャーリー殿」
「な、なんですかな」
「失礼ですが息子さんは……今、何歳ほどでしょうか…………?」
「…………八歳です、それでは!わしはナッツ課の方にも用事があるので!これで!!」
息子の書き上げた紙の束を引っ掴みその場から逃げようとしたが、両脇に立つ研究者達に肩を掴まれソファに戻された。俺なにも悪いことしていないのに、どうしてこんな目に、きっと全部あの子豚が悪いんだ。
脳内に浮かぶピンクの鞠に鼻で笑われ、帰ったら子豚の飯を少なくしてやる事に決めた。今決めた。絶対に決めた。
「ほう、八歳、では十になるのは?」
「………………ら、来年、です」
「素晴らしい!もうすぐに学園に入学する歳ではないですか!!何年間通わせるのですか??」
「ろ、ろく」
「excellent!!!!」
「領主さん!ウチ社宅あるんですよ、予算が宮殿から出てるんで、設備も防犯もいいですし」
「学校も隣ですし?顔見知りですから?普通に寮に入れるよりお安く……いっそ無料でも良いですよ?お子さん預けてみませんか??」
「勉強も我ら研究チームが教えますし、六年間連続成績一位も夢じゃない!箔がつきますよ〜」
助けて……誰か助けて……!さぁさぁさぁと息子を狙う白い悪魔達から必死に目を背ける、しかし学校寮に入れずとも無料で……いや息子を研究者達(悪魔達)に売るわけには……!でも防犯設備もしっかり……。
机の上の羽ペンに手が伸びたその時、研究室の扉が勢いよく開かれた。
「その契約、ちょっと待ったーー!!」
「お、お前はナッツ課の!」
「さぁチャーリーさん、逃げましょう!」
「ヘーゼルさんッ……!」
「まて!お前には分からないだろうがチャーリー殿の子はとんでもない神童で」
「分かっている!!」
お?風向きが怪しくなってきたぞ??ナッツ課のヘーゼルさんから離れ、そそそと部屋の隅に移動する。ヘーゼルさんの手がワナワナと震え、植物課の悪魔達に文句を……
「ナッツ研究資料の写しを貢ぎ今まで育てきた未来の同僚を、ぽっと出の植物科になんて渡してたまるかぁッ!者共であえっ、であえーッ!!」
「戦じゃーッ!!」
「ふざけんなそっち人数多いだろうが!」
「うっせえ人体に効く薬を開発するのが優先だろうが!!」
「王族に大幅にレベルが上がるナッツ無いのか早く探せってせっつかれてんだよ!」
「こっちだって腰痛特効薬作れって言われてんだよ!!」
「平均年齢考えろレベル上げるナッツなんて見つかる前にわしが死ぬわ!!」
「こっちだってそうだわその何故かやけに高い援助金少し寄越せ!!」
「言ったな青二才!!!!」
「なんだと老害!!!!」
おうちへかえろう……年齢問わず同じ土俵(殴り合い)で喧嘩を始めるナッツ課と植物課の研究者達を見て、とても強くそう思った。廊下に脱出し、ホッと一息ついて早めに馬車まで逃げようと一歩踏み出した俺の肩を。
「初めまして、私、マウンテリーフと申します、アリュートルチ家のご主人様ですね?」
環境課と書かれている名札をつけた人間が、逃がさない、とばかりに鷲掴んでいた。