20.食い扶持は自分で稼ぐ
夜の森の中、ガサガサと茂みの中を進む一匹のトントン。その顔はやる気に満ち溢れ、確固たる決意を抱いているように見えた。小さいナップサックを背負い、胸に大きな希望を抱いていた。
物欲、それは際限の無い欲望である。現代社会に住む人間ならば次々と繰り出される流行りに辟易としているだろうが、それでもブランド物の新作やら従来の物より3g減のロードバイクやら超軽量スニーカーやら新色の口紅やら昔の映画のBlu-ray版やら過去作リメイクゲームやらと、毎年とんでもない数の企業努力の末に生まれた"欲しいもの"が次々生み出されてくる。
それらを手に入れる為に必要なのは?そう、金だ。物々交換という手段がほぼ息絶えた今、世の中を動かしているのは金なのである。
流行りに尻馬どころか自分が居なければ成功しなかったと宣う無駄に費用がかかるだけの勘違い中抜き業者や、己は地方民の味方の仲介者だと、自身の利益を追求する為だけに流行りの物を買い占めて適正価格よりも高く売りつける転売屋は来世で蛆虫にでもなれば良いと思う。
わたる世間も地獄の沙汰も金次第。
「と、いう事でやってきました森の中」
もうレベル14なのにこの最初の森でレベル上げなんて効率が悪すぎるって?いやいや考えてもみて欲しいゲームの道は適正レベルが低いほど単純で、高いほど複雑なのが一般的だと思う。
最初の町はプレイヤーにとっての最初の町であるだけで、決してNPCに対しては最初の町というわけでは無い。
「今日も元気にスライム食べてー、ヌシ様の枝にぎにぎの様子見てー、森の深いとこの散策するー」
感の良い人ならもう気づいただろう。そう、転生物の主人公であり、ゲーム世界の主人公ではない特殊な私ならば定められたルートを無視して何処へなりとも行けるという事に!レッツリアルオープンワールド!等身大の世界が私を待っている!!そしてまだ見ぬ金脈を求めて暗い森の中を駆け抜けた。
◆〜◆〜◆〜◆〜◆
「プキュウキギギキュキー!!(まぁ今は身体がトントンなんだけどね!!)」
「ウォーゥ!!!!(クイモノ!!!!)」
アイアム被!捕食者!!!!
狼っぽい魔獣に追いかけられること数十分、いくらナッツで基礎値は上がっているとはいえ怖いものは怖い、せめてレベル30ぐらいまであげてから戦いたい。
余裕で倒せる自信が無いとやっぱり嫌なのだ、お肌に血が出るような傷をつけたく無いのだ、だって中身は花をも恥じらう乙女なのだもの。
木の根や枝や茂みを飛び越え、森の奥へ奥へと跳ね進んでいく。
「ガゥグゥぐるァッ!(マテコラクイモノッ!)」
「ピッピキピーッ!!(待てるか狼野郎ーッ!!)」
「ゥォウグルルぁウゥあッ!!(コノイノチノカテトナレッ!!)」
「プキッキュギーッ!(お断りじゃーッ!)」
短い足を必死に動かして木々の間を駆け抜ける。え?戦え?嫌だよガブっといかれるじゃんガブっと!赤ずきんでも三匹の子豚でも七匹の子山羊でもどれだけ数が増えようがペロッといっちゃうあの狼よ!?しかも片言な所を見ると純粋な野生出身よ!!?
「ぴきぴー!ぴっぴぷぴぃー!!(トンちゃん!すぐ死にかけるぅー!!)」
「グァァァアガァッ!!(クワセロォォォオッ!!)」
暗い森の道を上下左右に跳ねながら、後ろの腹ペコ狼から逃げるピンクの子豚。目の前に現れた茂みを潜り抜け少し開けた場所にでた瞬間、後ろから聞こえてくる狼の鳴き声が不意に止んだ。
「ぷき?(あれ?)」
「…………キュゥゥ、クキュゥ……!(…………あの子豚、正気じゃねぇ……!)」
「ぴきゅぷきゅきゅ!?(いきなり流暢ね!?)」
そして背後から狼の気配がなくなった。なんか知らないけどラッキー、開けた場所に出るとお空にお月様が出ているのがよく見えた。
辺りを見回せど寝ているドラゴンも起きてるドラゴンも居ない、あるのは洞窟らしき入り口のみだ。もしかしたら良いものあるかもと、ちょっと突撃近くの洞窟散策をする事にしよう。
「ぷきゅぷぽぴー?(おじゃましまーす?)」
中を覗いてみたが誰もいない。変な虫とかもいないし、空っぽな洞窟である。恐る恐る入って行くと、地面に宝石の原石っぽい綺麗な大小の石と小さな丸いビーズのような物が落ちているのに気がついた。
蹄に挟んでじっくり観察する。糸を通す穴とかは空いていないけど、綺麗なまん丸のビーズみたいな物だ。これを集めればアレ的癒しアイテムが作れるのでは?ナップサックを開き、お兄様から貰った巾着袋を取り出してビーズっぽいのを詰めていく。
「ぷきゅぷきっ、ぴっぴぴぷきー……(これを集めればっ、アレが作れるはず……)」
ついでに落ちていた綺麗な石ころと、隅に生えていたキノコもナップサックの中に放り込む。
結構ビーズも集まったのでは?巾着袋が膨らむぐらいに集まったビーズと、三分のニぐらい溜まったナップサックの中身、そして小綺麗になった洞窟の中の地面を見て一息つく事にした。
洞窟の入り口を見ると空が白んできて日が登りそうな時間。
ヌシ様に会えてないけどそろそろ帰ろうかな、忘れ物が無いかチェックしてナップサックを担いでと、お空にお尻を向けていた私の足元にというかなんか全体的に入り口方面から影が伸びてきて暗く…………。
洞窟を覗き込むデカイ影。
ボチャリと落ちる涎らしき液体。
そして大型動物特有の息遣い。
「…………ぷきー(…………ぷきー)」
あ、これ死んだわ。
◆○◆○◆○◆○◆
影の正体はヌシ様でした。
なぁーんだよかったぁ、この洞窟というより洞穴は、所謂ヌシ様の寝床だったらしい。喉が渇いて近場に水を飲みに行ってたんだとさ、光合成するにもお水が必要だものね。洞窟前のいい感じの石に座ってお話をする。
「ここがお家だったのね」
「トンちゃんが遊びに来てるとは思わなかったよー、寝所の石を退かしてくれてありがとねー、寝やすくなったなぁ」
「成る程ねぇ、それで、ニンゲンと仲良くなろう練習の成果は出ているの?」
「うん、枝を折らないようになったよぉ!これでニンゲンとお友達になれるかなー?」
そう無邪気に吼えるヌシ様は手の中の小枝三本を嬉しそうに私に見せてきた、これならばヒゲオヤジとの握手ぐらいは許してあげられそうだ。
じゃあ次の機会にでもと、今度はハグして人間の背骨を折らない練習という事で、その辺に生えている細い木を相手に抱き着かせる練習に移行させた。
ちなみに、最初に蹄を指して指示した木は、哀れにもヌシ様が抱きついた所からぽっきりと折れてしまい、ヌシ様の朝ご飯となった。
◆◆◆◆◆◆
天才トンちゃんのお帰りだぞと鼻をぷひぷひと鳴らしながらお屋敷に帰ると、即座にメイドの一人に捕まってしまった。蹄を濡布巾で拭かれてそっと廊下に降ろされる。
「トンちゃん、森で何を拾ってきたのかしら?」
「ぷきっ!ぴぷきき、ぷきーっ(そうだ!お部屋きて、きてーっ)」
「あら、私はどこに連れて行かれるのかしらね、可愛いわねぇ」
メイドさんのスカートの裾を咥えて引っ張り、リリーの部屋にある私の寝床まで連れて行く。
すこーすこーとリリーの寝息が聞こえる中、ナップサックの中からビーズのような物が詰まった巾着袋を取り出し、メープル先生からもらったノートに単語を書き並べて行く。
『おかあさま に クッション つくる』
「奥様へのプレゼントですか?この袋は?」
『クッション 中身 小さい 作る』
「お手玉みたいなものかしらね……?」
お手玉の概念があるならば話は早い、そう、ビーズクッションの小さい版を作ってくれと言いたいのだ。どうやらお母様はトントンのお腹のモチモチ感が好きらしく、お膝に乗ると撫でてくれるのだが三回に一回モチィ……と揉まれる。
触り心地は違うが片手でモミモミできるビーズクッションなら、目新しいだろうし喜んでくれると思うのだ。ぷきぃと鼻を鳴らすとメイドさんが巾着袋の中身を確認する為に口を開いた。
その途端カッ!と目を見開かれ。
「こ、これはっ……!」
「ぷきぃ?(どしたの?)」
「旦那様!旦那様!!」
「ふぇあっ!?とんちゃぁん……?なにしてゅのぉ……??」
「ぴっ?ぴぴっ??(えっ?なにっ??)」
「旦那様大変です!!」
タタタタタタタタッ
「ぴきぴっ?ぴぴぴっ??(どうして?どこいくの??)」
トトトトトトトトトトトッ
リリーの部屋から慌ただしく出て行くメイドさん、なんで?ビーズクッション作って?なんで??ひらひらと舞うスカートの裾を追っていくと、何故かアリュートルチ家夫妻の寝室の前まで来て扉を叩き始めた。
どして?ビーズ、どして??ぴょんぴょんと足元で飛び跳ねるが巾着袋は返してくれないし、メイドさんの手元すら見えない状態。
そうこうしている内に髪の毛どころか髭にまで寝癖がついた不機嫌そうなヒゲオヤジが扉を開けて出てくる。
「煩いぞ、今何時だまだ起床には早すぎると思」
「それどころではありません!トンちゃんが!!」
「子豚がぁ?ほっとけあいつは碌なことをせん」
「ぷきゃきゅぅ!!(失礼ね!!)」
「薬草の種を採ってきたんです!!」
「なんだとっ!!?」
「これでゼンブナオール薬が作れます!」
「ぺふぷぱぽーぷぴぷぅ(ゼンブナオール薬ぅ)」
雑。だからネーミングが雑、公式が細かい所まで設定を作ってないせいかよく適当な名前とか物が出てくる。西洋っぽいけど決まってないところは無理矢理に日本文化!みたいな感じで。
マナー練習込みのお昼ご飯フルコースに出てきたデザートの鯛焼きっぽいものを、リリーがナイフとフォークで食べてたし。
「今すぐにありったけの植木鉢を出してこい!!」
「はいっ!!」
ダダダダダダダダッ!!
「ぷきゅき?ぴきゅき??(植えるの?それ植える??)」
トテテテテテテテテッ!!
メイドさんを追いかけて走って行った先で色々な人に指示が出され、次々にフカフカの土を入れられた植木鉢が庭に並べられ、私が集めてきたビーズが呼び集められた領地の農民のお爺ちゃん達によりどんどん植えられていく。
「ぴきっぴ?ぴきゅぴぴ??(ほんとに?植えるのほんとに??)」
「これ植え過ぎじゃないけ?」
「芽が出てから他のに移せばええろ、増えればゼンブナオールでワシの腰痛もようなるかのぉ」
「ぷきゅぴ?ぴぴっきゅ??(植えるの?植えちゃうの??)」
「領主様とこのトントンでねっか、ええ子だなぁ悪戯せんと植えるとこおとなしゅぅ見ちょる」
「はぁー、おめさめんこいなぁ、今度ウチの野菜でもやろか、今年の芋はうんめぇぞ?」
「ぴぴきゅー(植えられるー)」
ちょっとガサガサした手に頭を撫でられながら、次々と土に植えられていくビーズ、ではなく薬草の種を見つめる。せっかくたくさんあつめたのに……尻尾を萎れさせている私の前で、植木鉢にジョウロで水がかけられた。
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次の日、諦め切れず朝早くにお庭に出てみると、陽の光を浴びる植木鉢からちょっとずつ緑色の芽が出てきていた。近づいて見てみると、まだ葉芽のところがちびっとだけであるが、優しい黄緑色をしている。
「ぷきゅきゅぅ……(芽が出てる……)」
色々生活を改善してくださったお母様にプレゼントしようと思ったのに……濡た土の匂いに鼻をヒクヒクさせていると、頭の上に温かい手が乗せられた。
隣を見ると、表情の変化はあまり感じられないが、笑っているような雰囲気のお母様がしゃがんでいた。
「メイドからトンちゃんからですとお手玉を貰ったのよ」
「ぷきゅぃ(お手玉)」
「リリーと、トンちゃんも一緒に遊びましょうか」
細い腕に優しく抱きあげられ、お屋敷へ歩いて行くお母様に抱え運ばれて到着した朝食の席で私は思う。
結局、しっかり日本文化みたいなものはあるのかよ、これも公式のガバガバ設定のせいね、しっかりしなさいよG.G。
その日の朝ごはんは小倉トーストとフルーツミックスジュースだった。
ウルフルー: 狼型の魔獣、ドーベリーよりデカいし毛皮がゴワゴワしている。普通は家族単位で生活しているが、一匹ウルフルーの場合はお察しである、人間に捕まるのも一匹ウルフルーが多い。新鮮な肉が好き。




