19.トンちゃんも誕生日
チートとは、英語ではcheat、日本語に訳すと騙す、欺く事。ゲーム内でのチートは、制作者が意図しない方法や結果により、使用者が自分の利益を追求して変なことしだすこと。バグ技裏技魔改造、金も力も思いのまま、そして運営からの垢BAN。
ずっと俺のターンとか、神様から愛されるとか、前世の知識を生かしてとか。まぁ色々あるさ、気にして無いけど、全く気にして無いけど。
晩ご飯のトマトパスタを啜りながら眉間の皺を伸ばす、気にして無いけど、えぇ全く気にして無いけど、レベル上げ楽出来なかったの全く気にしてないですけど。
口いっぱいにパスタを頬張り、入っていたニンニクのひとかけまで美味しく頂いてから、私の隣に立っている今日のお世話係さんに空になったお皿を渡す。
「ぷこぷこぷこここ(おかわり欲しいわ)」
「トンちゃんごちそうさまなの?」
未だ食べ終わりそうもないリリーがこっちを向いた、んなわけないでしょまだ食べるわよ。
「ププッギー!(おかわりよ!)」
「デザートをお持ちしますね」
「ピっ!?(えっ!?)」
あっ、リリーのせいで持ってかれちゃった、あぁっ、まっておかわり、おかわり欲しい、あぁー……。
机に突っ伏しぷひぷひと鼻を鳴らしていると、鼻先に器が置かれた、この香りはプリンだ。私にも食べやすく崩された、カラメル無しの黄色プリンを口の周りにつかないようにゆっくり食べる。
「ぷぴぃぷぷぴぅぴきぴぴきぅ(プリンじゃなかったらリリーのパスタ取ってたわ)」
「……トンちゃんデザートおいしい?」
「ぷきっ(こらっ)」
タァン!
「いたぁっ!」
「ぷきゅっぴぃぷきぷぽぴぃ(まったく油断も隙もない)」
「いつになったらリリーのアンテナー刺してくれるのトンちゃーん……!」
私の頭の上に音も無くかざされたキラリと妖しく光ったリリーのアンテナーを叩き落とし、蹄を合わせてご馳走様と鳴いてから椅子から飛び降りた。
さて、いっちょ腹ごなしにお外を散歩でもしますかと鼻をひと鳴らししてから咽び泣くリリーを無視し廊下に出て、外に出る扉に向かって歩いて行こうとする私に声がかけられた。
誰やねんと上を見ると、私を見下ろすヒゲオヤジの執事さん。
「トンちゃん様、奥様がリリー様のお部屋でお待ちです」
「ぷぴゅっ?(お母様が?)」
「お渡ししたいものがあるそうですので」
「ぴぴぃ(わかったわ)」
お母様が呼んでいるなら仕方がない、華麗に方向転換をし、リリーの部屋もとい、私の寝る部屋に向けて今日も綺麗に巻いている尻尾をふりながら足を進めた。
そんなキュートな私の後ろ姿を見ながら、執事さんはボソッと心の声を溢した。
「…………魔獣なのに人間の言葉が分かるのか?」
当たり前よ中身は人間だもの。ぷぴぃと鼻を鳴らして振り向くと、執事さんと目が合った、その途端ハッとした顔をしてまた一言。
「つまり旦那様のドーベリー達にも複雑な指示を出すことが出来るのでは……!?」
「ぷきゅぷぴきゅ(それは無理ね)」
あいつらナッツの強化が賢さに入り辛いんだもの、尻尾を振って遊ぼうと叫び吠えながら不審者に突撃していく三匹を思い出し、また一回ぷぴぅと鼻を鳴らした。
◆*◆✳︎◆✳︎◆*◆
どうやらトンちゃんの誕生日はいつだろう?というリリーの疑問から始まり、リリーの誕生日の翌日をトンちゃんの誕生日にしてしまおうという事らしい。
黄色いクッションの上、私のピンクの太首に巻かれた上品な赤いベルベットのリボン、そして胸元にぶら下げられた先が空色の銀色の飾りがキラリと光った。細長いそれを蹄で挟み、引っ張る。
ピーーーー……
「ぷぷきーぴーぴ……(ピニオンリール……)」
「わぁ、トンちゃんかわいいねぇ」
「きゃぴぴぷゅぷ……(先がクレヨン……)」
「それと、メープル先生からノートを頂きましたよ、これからも文字の練習に励んでくださいとのことです」
優しく積まれたノートの束、確かに字はヘタクソだけどかけるようになった。しかし魔獣に対してノートをくれるなんて優しすぎるでしょメープル先生。
何故かお花のいい香りがするノートを一冊開いて、貰ったばかりの胸元のピニオンリールについたクレヨンを使い、お礼の言葉を書いてお母様に見せる。
『あ り が と う』
「ぷぴぷきー(ありがとー)」
「良い子ね、クレヨンはこの箱に入れて置いておきますからね、無くなったらリリーに替えて貰うのですよ」
そう言ってお母様が目の前に置いたのは、あのお婆ちゃんの家にあるお菓子のガンガン。なんとも言えぬオサレな柄が描かれてる四角い缶、あの、缶の金色がやけに上品で、食べるときポロポロ細かいのが落ちるクッキーとか入ってるやつ。
ガンガンだぁ……と固まっている私に、リリーが珍しくアンテナーではないものを見せてきた。にっこにこで差し出してきたそれは、明るいオレンジ色の前世で幼少のみぎりお世話になった体操着袋。
「リリーにはもうちっちゃいから、トンちゃんにリュックあげるね!」
「ぷぷぷきぷきぴふ(体操着袋よね)」
「こーやってね、せなかにのっけるのよ」
「ぷきーぷききぴぷぷきー(だからナップサックよねこの形)」
可愛いオレンジのキルト生地で作られたナップサック、そう、小学生のお子さんに持たせるアレ、ランドセルの上から担ぐのが大変なアレ、紐を引っ張ると口がキュって締まるソレ。紐の長さが調節され、私の丸い背中に装備が増えた。
成る程?これを使えば森の中で良きものを見つけたら採取できるという事か、るんたったと喜びのダンスを披露していたら、お母様が今度はリリーの首に何かをかけた。
はぁほぉ成る程、黄色い紐付きの幼稚園バックのような形の板がついたそれを見た私は、そっとナップサックをたたみ、さっと首のリボンを取ってもらったばかりの缶の中に仕舞う。
「リリーには画板を渡しておきましょうね」
「がばん??」
「トンちゃんが何か伝えたそうにしていたら、この挟まっている紙に文字を書かせてあげるのよ」
「おぉー……!トンちゃん、これでリリーとおはなしできるよ!!」
「ぷきゅぴっ(じゃあのっ)」
「どこいくのトンちゃぁぁん!?」
今日一日で貰ったクレヨンを使い切るわけにはいかぬ、リリーに捕まった瞬間から始まるであろうお話(筆談)から逃れるべく廊下を駆け抜け扉が開いていた部屋に滑り込んだ。
そこは紙が机や床と至る所に積まれていたが、部屋の持ち主の性格のようにキッチリと角を揃えられて並べられていた。
窓際の机に向かう男の子がこちらを向く、リリーの兄であるシャスタお兄様の部屋だ。
「トンちゃんじゃないか、また僕の話を聴きに来てくれたのかい?」
「ぷぴきゅぴー(逃げてきたのよ)」
「そうだ、トンちゃんは今日誕生日だよね、プレゼントをあげよう」
「ぴぴぴー(まじかー)」
こんな子供からもプレゼントを貰うとは……。少し申し訳ない気持ちになったが、引き出しの中から出されたそれを見て首を傾げることとなった、小さい可愛い巾着袋っぽいがこれは靴下か……??
蹄のついた可愛い自分のお手手に嵌めていると、お兄様がそっと取り、中に何かを入れてくれた、もう一度少しだけ重くなったそれを渡される。中身を見ると穴開き小銀貨三枚が入れられていた。
「文字を書けるようになったからリリーと一緒にお使いも行けるかと思って、トンちゃんのお財布だよ」
「ぷきゅきゅぷー(中身は返すわよ)」
「良いんだよ、トンちゃんにあげるよ」
「ぴぷぴーぷふー(子供からお金はもらえないわ)」
「トンちゃんが採ってきてくれたキノコを売ったお金でね、僕、帝都の学校に六年間通える事になったんだ」
こいつ……断り辛い空気を作るつもりか……!?少年らしい骨張った手で私のぷにぷにする腕を掴み、そっと蹄の間に巾着袋の紐を掛けるお兄様。
窓から差し込む夕日がお兄様の整った顔を照らす、顔が良いしどこぞの乙女ゲームのスチルかとみまごう神々しさだが、手を握っている相手は豚の魔獣だ。
キュートなピンクの私の腕を撫でながら、優しくこう話してくれた。
「うちの領地は強化ナッツ以外目立った特産品が無いから、学費が心許なくて、学校に行くのを却下されてたんだ」
「ぴーぷぴーぴー(やめてそういうの)」
「僕、帝都で働く研究者に憧れてたんだけど、半分諦めていたんだよ、近くの魔獣の生態を調べてもお父様にはそんな無駄な事をしている暇があるなら領地経営を学びなさいって」
「ぴにゃぴー、ぴぴきゅー(ほんとやめて、そういうの)」
「だから、トンちゃんの採ってきてくれたキノコのお陰で学校に行ける事になって、僕とても嬉しいんだ、ありがとうトンちゃん!」
「びゃぴゃびぎゅぴぎゃー!!(ごめんなさいやめてください!!)」
前世の!私の!!『学校行きたくねー』やら『勉強やりたくなーい』とか『てかこの公式就職してから使うとこある?』みたいな言動がフラッシュバックして罪悪感がマッハで辛すぎて無理!!!!
おやめ下さいお兄様その純粋な瞳はいけませんおやめ下さいお兄様!子豚の中身は!勉強が嫌いなJKなんです!!!!
ニコニコしているお兄様に掴まれた短い腕を精一杯伸ばして華麗なイナバウアー(逆海老反り)を決め、巾着袋は中身入りで受け取らねばならぬと目からナイアガラの滝を流す私の耳に、ある少女の叫びが入ってきた。
「トンちゃんどこにぃるのぉー?ねーっ、お兄さまぁっ、トンちゃんどこにいるかしらないー??」
「ぷきゅぴっ(じゃあのっ)」
「あっ、トンちゃんいたぁー!まってぇえっ!!」
扉を勢いよく開けたリリーの足元をみつかる前にすり抜ける。まぁ見たかったんだけども。
私には逃げねばならぬ訳がある、お金は町の雑貨屋でなんかおやつを買って、お兄様に還元しよう。リリーの足元を潜り抜け巾着袋の紐を咥えて駆け出し広い廊下をひたすら駆けて行く。
おっとここの部屋の扉は開いてるみたいだな、ぴょんと部屋の中に飛び込むと、この部屋は棚にお酒の瓶が並んでいた。
癖のある飾り文字なので今の私には読めないが、ラベルに描いてある絵からして葡萄酒らしい、へーほーと歩いていくと変な所にある壁にぶつかった。
と、思ったら尻尾が掴まれ宙に浮いたいいたいいたたたたたたた!!!?
「ピッギー!ピギャピギギー!!(なにすんのよー!このヒゲオヤジー!!)」
「子豚、いったい誰の許しを得てチュートリア領の領主様である俺の部屋に入っているんだ?あ??」
「ビュビャビョビィーー!!(魔獣虐待イィーー!!)」
ぶらぶらと揺らされる小さな身体、硬質な音を立て床に落ちるお兄様から貰ったばかりの可愛い巾着袋。
どれだけ殴っても蹴ってもこの短い手脚じゃヒゲオヤジ本体に届かないのが悔しい。もじゃ髭の先にしぴぴぴと蹄を当てていたら頭に硬いものがぶつかった。
「ぷぎっ!(いてっ!)」
「マァいい。勝手に部屋に入ったことは許してやろう、リリーが言うには今日はお前の誕生日らしいからな」
「ぴびびー……(イヤミ……)」
「妻と息子の関心まで盗りおって、この泥棒豚めッ……!お父様はトンちゃんにプレゼントあげないのーと可愛いリリーに言われたからだからな、特別にお前には……」
「ぴきっぷぴー?(何くれるって?)」
そりゃぁもう仮にも貧乏……ちょっと都会から離れてるとはいえひと領地を立派に納める領主様なのだから、プレゼントもきっと豪華だろうさ。
ちょっと軋む机の上で行儀よく御座りをしていると、ヒゲオヤジはどこぞから取り出した紙を私の目の前に広げて見せた。どうやら机の上に落とされたらしい。
「お前の口座だ」
「……ぷ?(……は?)」
「いやぁなぁ、いくら文字が読めて書けるとはいえ所詮魔獣、小難しい話は分からんだろうがこの優しい領主様が一応説明しておいてやろう」
「ぴぴ?(口座?)」
「病を治すキノコは俺が考えていたより高く売れた。それも息子が帝都の学校に入る為の貴族枠学費を四年分支払えるほどの額がついた訳だ」
「ぷきゅきぴぴぷ(成る程それで)」
「名義に"トンちゃん"と書いてあるのが見えるか?そう、お前の名前だ、口座を開設する時に係の者に白い目で見られた」
「ぷきーき(だろうね)」
「これから先、キノコを売った金やお前が拾ってきた物で手に入れた金は領地やわしの金とは別にしてこの口座に入れておく。しかし、魔獣のお前が金を持ったところで使い道は日々のオヤツ程度であろう、なのでこの口座は子豚名義ではあるが実質は子供の学費の引き落とし先になるのでアリュートルチ家の懐も痛まなくてすむ訳だ、天才的な考えだろう?」
「ぴきゅぴきゅ(ただのケチね)」
「だが一応は子豚の稼いだ金だからな、お前にかかる費用はここから出すし、妻がお前に買ったものもここから引き落とすようにするが…………たかがトントン一匹に使う金なんて微々たるもんだけどなぁ!!」
と、なると?そこに入ったお金はまぁ私のもので、もし、もしリリーに代わりの魔獣を宛てがって?自分は人型に進化したら?そこに貯めていた分のお金はそっくりそのまま私の物になるということ????
なんて素晴らしいプレゼントだろうか、見直したぜヒゲオヤジ。その高笑いが腹立つが今回は許してやろう。今回はだが。気分が良いのか書類をひらひらさせながら、私の目の前でニヤリと顔を歪めるヒゲオヤジ。
「分かったら今後も口座の金を増やす為にキノコを持ってこい、他の物でもいいぞ?この近くの森にそんな資源があるとは思えないからキノコ以外を持ってきても所詮二束三文だろうがな」
「ぷっぷぴー(うっぜぇー)」
「金の管理は執事がやるから、あとはお前の蹄で判子でも……ん?」
シュピッ!!
「ぷっきー(おっけー)」
指毛の生えたゴツい手から書類を抜き取り、サインを書く所に机の上の瓶に刺してあった羽ペンで、しっかりと"トンちゃん"と書いた。おお、案外上手く書けたもんだ。
これで私名義の口座が出来たから万が一、独り立ちする時にはここに貯めておいたお金は全て私の物だ、一軒家だって夢じゃ無い。
ポカンと口を開けたまま固まるヒゲオヤジを置いて廊下に出る。そろそろ良い時間だしリリーから貰ったナップサックでも背負って採集にでも───
「トンちゃんどこぉぉぉぉお!?」
「ぷきゅぷぷぴぃ……(まだ探してたのね……)」
こうして私の誕生日、厳密には違うだろうけど新しく定められた誕生日は、色んなプレゼントを貰って結構充実した日となった。
この後リリーと滅茶苦茶追いかけっこをして逃げ切った後、金になる物を見つけに夜中森に繰り出すのだがそれはまた次に話す事にしよう。
強化ナッツ: よくある仕様の素早さのタネとか、ぼうぎょのナッツとか、チカラのくすりとかそういうやつ。ただし魔獣に食べさせてもどのスキルにプラス値が振られるかは運次第というクソ仕様。
トンちゃんの元いた世界のプレイヤーが金策をする理由はここにある。正規品はバカ高い。