16.リリーの誕生日①
今日はリリーの誕生日。やっと私のアンテナーがくるの!と喜ぶリリーを見ていると、自分の丸い頭の上がどうにもヒンヤリ冷たくなってくるような気がした。
魔獣であるトントンになってはや一週間、こう都合よく呪いが解けて人間にとか、一気にレベルが上がって人型にとかならないだろうか。
誕生日会の準備で慌ただしい屋敷の中から抜け出し、庭に出た。が、そこが会場になる様でもっと人が多くこの可愛いピンクボディを踏まれかけたので厩の方へ逃げてきた。
「あんまり来たくないのよねここ、お馬さんって結構臭いし、あと鼻先で突っつかれるし」
言うが早いが頭の上に生暖かい息がかかり、ぶにっとした感触の馬の口元が乗せられた、子豚にこれは重い。
馬型の大きい魔獣も居た気がするが残念ながらアリュートルチ家の馬は動物の馬らしく、私の話が通じない。
もすもすと後頭部を毛繕いされながら座り、これまでの事を思い返す。あの時あの場所に、転んだリリーが居なければ私はもっと厳しい野生の世界で生きて行かねばならなかっただろう。
もしかしたら出会した事がないだけで野生の犬型魔獣に食べられて即御陀仏となった可能性だってある。
そう考えると、今私が一番感謝しなくてはならないのはリリーだと思う、そういうわけで。
「私からアンテナーを刺すモンスターを変えてもらうために、いや寧ろ奪い取って刺しにいくけど、リリーに誕生日プレゼントをあげようと思うのね」
「ブフルゥ」
「あら、同意してくれるの?」
私の垂れた耳を軽く唇で引っ張ってくるお馬さんも賛成してくれたらしい。本当はヌシ様を紹介しようと思ったんだけど、この前特訓の様子を見に行ったら手の中に入れた枝の三本のうち二本は折れている状態だったので、人間にあわせるのを延期とすることにした。
その代わりと言うのもなんだが、ヌシ様にとても良い事を教えて貰ったから、それをリリーの誕生日プレゼントとする事にした。
*☆*☆*☆*☆*☆*☆*
そしてリリーの七歳の誕生日パーティーが始まり、和やかな雰囲気の中、リリー専用のアンテナーが一本とそのリモコンが渡された。招待客は領民代表者と子供達、ヒゲオヤジのお得意先の商人や友人の貴族達らしい。
座る席は流石に分けられていたが、子供達は階級の差無く遊び、美味しい野菜を作る農民を貴族が嫌味無しに褒めたりするなど中々珍しいタイプのパーティだった。
「あっちのケーキ食おうぜ坊ちゃん!」
「うん!ママ行ってくるー!」
「転ばない様にするのよー」
「奥様良いのですか?平民や商人の子供と遊ばせて、悪い影響を受けでもしたら……」
「いいじゃない、階級を気にせず遊べるのは子供のうちだけなのだから、それに……」
「ですが……」
「君があの人参を作っている農家か、あれのおかげで、息子の人参嫌いが治ったんだよありがとう」
「貴族の方に作った野菜を褒めていただけるなんて、嬉しい限りです」
「して、トマトが美味しい農家など有れば教えて貰えると助かるんだが……その、もう一人の方がだな……」
「それならばあちらにいる……」
無礼講、とまではいかないが貴族と商人と平民と、区別はあれど馬鹿にしたり大袈裟に恐れたりしない、お互い良い関係を築けているのではないか?まぁここに目立った悪人が居ないだけかもしれないけど。
楽しい刻は進み、夕陽の光で優しく染まるテーブルクロスやドレスや人の脚の間を通り過ぎ、色んな人の会話を盗み聞きしながら、てこてこと一人……一匹寂しく歩いていると今日の主役に声をかけられた。
「ぷきぷぴぃっ(和やかねぇ)」
「あっ、トンちゃんいたー!!」
右手に真新しい狂気を……間違えた、右手にメタリックピンクの凶器を持ち、左手にラジモンを動かすコントローラーを持ち、こちらに一生懸命走ってくるリリー。
私の身体の色に合わせたのか淡い桜色のドレスの裾をひらひらさせながら目の前まできた。
息を整えて、嬉しそうに笑う彼女に私はメタリックに輝くピンクのアンテナーを差し出された。
ので。
「トンちゃん!リリーのアンテナー刺しっ」
ペシッ
叩き落として。
「どおしてっ!?あっ」
パクッ
横向きにしっかり咥えて。
「ぷきぴぃーぽーっ(ひあぅぃーごーっ)」
シュタタタタタタッ!
「トンちゃんどこいくのぉーーっ!!?」
ご来場した皆様の足元を駆け抜け、テーブルクロスの下を潜り抜け、はじまりの森の方向へと走れ走れ走れ!しかし早すぎた様でリリーがついて来れていない、ちょっとだけ待っててやろう。
お誕生日会場の入り口に座って待つ事にした、アンテナーを咥え直しているとやっとリリーがヒゲオヤジとお屋敷に勤めてる男性陣を後ろにひき連れて来たので。
「と、トンちゃん、まってよぉ、なんで」
「ぷきぃぴぴー!(かむひぁー!)」
シュタタタタタタッ! シュパッ! シュパパッ!!
「まってょぉぉぉ゛ぉ゛お゛!!」
「リリー待ちなさいまだお客様達がいらっしゃるんだぞ!?子豚もどこに行くんだ止まれ!!」
「皆様方!リリー様とリリー様のラジモンのトンちゃんを連れ戻すまで、暫しお待ち下さい!!」
そう、私の扱いはリリーのラジモン(仮)だ、衣……はあんまり要らんけど。食住が安定した暮らし、野生動物と同じような魔獣なんかに転生した人間が求めるのはその二つ。
転生前に散々読んだネット小説。勿論スライムもゴブリンも蜘蛛も猫も竜も読んだ、その殆どが人間か人間に近い形に進化したり変化したり出来るようになっていた。
しかし、私はあくまでリリーのラジモン(仮)。言う事を聞くつもりは無いが、考えてみて欲しい。今まで可愛がっていた子豚がいきなり人型になって、今までも中身は自分より歳上の人間だったなんて事になったら。
ペットロスならぬラジモンロスになるし、なんなら魔獣全てを信じられなくなるだろう。私なら心が折れる。
だから、私でなく、他のラジモンをそのアンテナーのパートナーにして欲しい。これは恩返しであって決してアンテナーのつけ心地が気持ち悪くて二度とつけてたまるかと思っているからでは無い、決して。
一晩かけて考えた言い訳を頭の中で流し、心の中では主人(とは思ってないが)思いの優しい魔獣風味に味付けしながら日が落ちかけて暗くなってきた森の中をひた走る。
木の根を避け後ろのリリーの様子を見、木の枝を避け後ろのリリーの様子を見、水溜りを避け後ろのリリーが転んだのを見、御免なさいメイドさん洗うの大変になっちゃった。
密集する木のせいで薄暗くなってきた道はちょっと寂しいし、目的地までもうちょっとなので、BGMを担当しようと思う。
それでは恩返しする子豚で"ハッピーバースデーリリー"お聴き下さい。
「ぷっきゅぷーきーきゅーきー(はっぴーばーすでーリーリー)」
「トンちゃん止まってぇ゛ぇ゛え゛!!」
「リリー待ちなさい!危ないだろう、うわっ!?」
「旦那様大丈夫ですか!」
スキップ気味に飛び跳ねながら歌う私と、その背後で半泣きのリリーの声と、水溜まりだろうかバシャンという水音に慌てるヒゲオヤジと執事さんの声がする。
楽しくなってきたぜ!いっそう高く飛び跳ねながら熱唱した。
「ぷっきゅぷーきーきゅーきー!(はっぴーばーすでーリーリー!)」
「ま゛っ゛て゛よ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛お゛!!!!」
「待ちなさいリリー!!いだっ!!?」
「旦那様子供と同じ場所を通るのは無理です!!」
倒れて斜めになったり陽の光を求めて変に曲がった木の隙間を通り抜け、藪の間を進み、倒木で出来た一本橋を渡る。目の前が開けたら、陽の沈みかけたシルエットの森、夕闇が映り込んだ水面と、あたり一面花に囲まれた湖が見えた。
さぁ!ここが私が最初に目を覚ました?意識を取り戻した??まぁいいや森の中の綺麗な湖よ!!そして私は一気にスピードを上げ。
「トンち゛ゃ゛ぁ゛ん゛!……う?なぁにあれ…………」
「リリー!子豚はもう諦めて一度屋敷に…………」
「リリーお嬢様、主役が場を抜けて魔獣を追いかけるなど…………」
湖のほとりに寝転がる塊に飛び乗り。
「ぷっきゅぷーきゅー(はっぴばーすでー)」
長い尻尾を駆け登り、大きな翼を飛び越え。
「ぴっきゅきゅーきー(でぃっあっリーリー)」
聳え立つ二本の角の間で跳ねるために足を踏ん張ると、角の主が目を覚ました様で太い首がぬっそりと持ち上がり、それと同時に木々の天辺が見えるぐらいに天高く飛び上がった。
空中で口に咥えたアンテナーを蹄に持ち変え、足下のプレゼントを装飾するために狙いを定める。
「ぷッキューぴーキュー……(ハッピーバースデー……)」
遠くの山に沈む寸前の太陽に、リリーのメタリックピンクのアンテナーが照らされ、キラリと光る。私の用意したバースデープレゼントに驚いたのか、それともこれから私がしようとしてる事に対してか、ヒゲオヤジの絶叫が空に響きわたる。
「止めろ子豚ぁぁぁぁぁぁぁあ!!!!!!」
「ぷぅーー…………(トゥー…………)」
そして、自由落下する私が持ったアンテナーは見事。
「KYUーーーー!!!!(YOUーーーー!!!!)」
真下にいたリリーへのプレゼント、滅茶苦茶でかいドラゴンの頭のど真ん中に突き刺さったのである。丁度曲の終わりで天を見上げ、ど迫力の炎を吹く炎系のドラゴン。
「ピきー!ぷきゅきゅきゅ、プキュキィー!!(リリー!誕生日、おめでとー!!)」
「ゴォァァァァァァァァァアアアア!!!!!」
サプライズ大成功!私の足元で、リリーのアンテナーがドラゴンの炎の光を受けて美しく煌めいた。
ドラゴン: 赤黒い鱗が格好いいドラゴン、みんなが考えるそのドラゴン、背中にコウモリみたいな形の羽が生えてるドラゴン。魔獣だけど名称はドラゴン、手を抜いたわけではないと思いたい。