15.金の卵を産む子豚
ヒゲオヤジにキノコを渡したのが二日前。
そしてリリー部屋にある寝床で、すよすよと心地の良い惰眠を貪っていたらいきなりメイドさんに抱き起こされ全身ブラッシングされ赤いリボンで可愛く彩られた後金色っぽいクッションに置かれて運ばれ、ヒゲオヤジの隣にクッションごとぽんと置かれた。
あたりを見回すと、相変わらず美しいが表情の読みづらいお母様と、少し不安げな様子のシャスタお兄様と、号泣しているリリーが部屋の壁際に立っていた。リリー??
「ぷきゅぷ、ぷきーき(リリーったら、どーしたの)」
「お゛と゛う゛さ゛ま゛ぁ゛」
「ポイシナ・サイン様、こちらがキノコを持ってきたトントンで御座います」
「おぉこれが噂の、なんとも利発そうな顔をしているではないか」
「ぷきゅきゅぅ(分かってるじゃない)」
成る程ペット自慢だったわけね。 私は少しはこの領地を治めるヒゲオヤジの顔を少しは立ててやろうとお澄ましポーズを繰り出し、持った物をすぐにポイさせれられそうな名前の高位の貴族らしき男性を見上げる。
目の端でヒゲオヤジのゴマ擦りニギニギする手が鬱陶しいが、採取者を見たいと言うならば幾らでもこのキュートで愛くるしい子豚ボディを見せてあげるから、褒め称えなさい称賛しなさいキノコなら幾らでもヌシ様の背中から毟ってこれるもの。生えてたらだけど。
「では、ワライタケに出した金額の二倍でどうかねチャーリー殿」
「ぷき?(なんて?)」
「えぇ是非ともそれでお願い致します」
「トンちゃん売っちゃ や゛た゛ぁ゛!!」
どうやら私トンちゃんは、いつのまにか高位のお貴族様のところに売られる話となった様だ。展開が早すぎてちょっと私自身もついていけてない。
床に突っ伏し水溜りを生成するリリーと、その背中をさすってあげてるお兄様。お母様は……扇子で顔を隠しているからどう思っているのかちょっと良く分からない。
「勿論この領地に生えているキノコなのだから、今後そのトントンが見つけた物の利益の取り分はチャーリー殿が四、サイン家が六でどうだろうか」
「結構です、それではこちらの魔獣譲渡状にサインをお書き下さい」
「ははは、話の分かる方で助かったよ」
「ハハハ、此方こそどうぞこれからも宜しくお願い致します」
──いやキノコあの一個売って終わりじゃないのかよ。群生地を知ってる豚とか?珍しいキノコを見つける事が出来る豚とでも売り込んだのか??でもよく考えてみよう。
この家よりももっと高い地位にいる貴族に飼われるのが本当に私にとって良い事なのだろうか?短い腕を組んで一つ一つ、ポイントを付けながら上げていってみる。
ご飯が美味しくなる+10pt
寝床がランクアップする+10pt
身体ももっと綺麗にしてもらえる+10pt
キノコをヌシ様から貰って少量ずつ持っていけば捨てられる事はまぁ無い+10pt
サイン家 40point獲得
そして今の現状からのマイナス点は?
勝手に外を出歩けない-10pt
勝手に盗み食い出来ない-10pt
ありのままの自分でいられない-10pt
メープル先生に勉強を教えて貰えない-10pt
お兄様の人生相談の後のお菓子が貰え無い-10pt
オヤツを沢山くれるお母様が居ない-10000pt
リリーはどうでもいい0pt
あ、でも
ヒゲオヤジが居ない+10pt
40+10-10050=-10000
サイン家、合計-10000ptです
公平公正な判定の結果、譲渡されたくないことに決まりました。
いやぁーお母様が居なかったのが決まり手でしたねー、そういうことなので、誠に残念ですが御社のお誘いはお断り致します。
どうせこういうのは健気な子豚を働かせるだけ働かせてキノコがヌシ様に生えてるって知ったら私をお名前通りにポイしてヌシ様捕獲するような奴だろうし。とんだブラック飼い主だな。
いつものよりちょっとフカフカな大判のクッションから飛び降り、譲渡状が置いてあるテーブルに飛び乗り、おっさん二人がガッチリ握手をしている横で蹄でポイシナ・サインと書いてあるその紙を持ち上げ蹄に力を入れる。
ピリッ
「……トンちゃん?」
「「ハハハハハハ……は?」」
私は誰の使役も受けない、だがお母様の御願いなら二つ返事で聞くし、お兄様の相談も相槌しか出来ないけど聞くことは聞く。リリーだって駄々を捏ねられれば中身は慈悲深く優しすぎるお姉さんの私は弱いから面倒を見る。
しかしヒゲオヤジ、貴様は頼みも懇願も土下座もせず、寝ている私を連れてきて、いきなりお前を金で売るから今日からこのおっさんがお前の飼い主だ、だって?
ピリリッ
「こ、子豚?その大切な書類を渡せ、な?」
貴様には三つ大きな恨みがある。
「お前はもっと待遇が良くなるだろうし、きっとここより良い飯が食える様になるんだぞ?おい、止めろ、手を、やめろ」
ひとつ、私の尻尾を持って運んだ事。
ピリピリッ
「望めば人間の菓子だって食事だって食わせてくれるだろう、キノコさえ持ってくれば、お前にはもっと良い生活が、まて、本当にまて、それ以上蹄を動かすな」
ふたつ、騙し打ちでお尻に注射を刺した事。
ピピッ
「魔獣用の首輪だってドレスだって買ってやる!食事もフルコースにしよう!な!!?」
「チャーリー殿何を勝手に……」
「ポイシナ様も何か交渉材料を出してください!!」
「相手は魔獣……」
みっつ。
「ぷきゅぷきぴきゅきゅ、ぷきゅきゅぅキュキキィーッ!!(私のご飯の、主食を安い強化ナッツに変えた事だぁーッ!!)」
ビリリリビリビリッッッ!!!!
「譲渡状がぁーーーーッ!!!?」
「トンちゃぁーーーーんッ!!!!」
復元不可能なぐらいビリビリに破いてやった譲渡状をちょっとつまみ、机の上に置いてある蝋燭で一部を燃やす、あチッ、ちょっと手焼けた、もうちょっと燃やしとこ、アチチッ、毛焦げちゃった。
口を開けたまま微動だにしないポイシナさんと、じょうとじょうが……屋敷をたてなおすかねが……と真っ白く燃え尽きてしまったヒゲオヤジ。
なんだお前ほんと、チョコレート工場持ってそうな名前しやがるくせに可愛い子豚のご飯を減らすなご飯を、シリアル系ナッツじゃ力が出ないんだよパンを寄越せ肉でもいいぞこの守銭奴。ぷぴぃと鼻を鳴らすとポイシナさんが我に返った様で私を指差し、部下の人達に命令を下した。
「こ、このトントンを捉えてアンテナーを刺せ!何がなんでも捕まえろ!!」
「「かしこまりましたポイシナ様」」
◆・◆・◆・◆・◆
チャーリー・アリュートルチ。この領地を治める貴族である、しかし貴族といっても男爵家、底辺の底辺、広くない僻地領地を治める貧乏貴族に過ぎない。
それでも良かった、領地に住む平民との関係は良好だったし、父と母も孫の顔を見てから大往生してくれた。
そんな俺が金に執着する様になったのは、今も壁際で佇む美しい妻のせいでもあり、また、お陰でもある。
妻はその表情の無さから仮面の女王と呼ばれる程愛想が無いと噂されていた、しかし、話してみれば可愛らしいものが好きな普通の女性で、半ば駆け落ちの様な形で俺たちは結婚をした。
彼女は公爵家の三人娘の末っ子で、政略結婚にしか使えないと言われていたのを見返したくて勉強を頑張ったらしい。しかし身につけた学と元から素晴らしかった頭の良さから、女だてらにと公爵家では疎まれ続けていたようだ。
ほぼ勘当されたような身ですがと頭を下げる妻に、なんとも言えぬ気持ちになった事を良く覚えている。
ここは帝都とは違うし、都での流行り物ひとつ手に入れるのも困難な地だ。しかし、それでもここには抱えきれないほどの自由があると言って微かに笑った彼女と一緒にここまで来た。
彼女の知恵と知識のお陰で民の暮らしは豊かになり、野菜や畜産のみであった王家への献上品も、チーズやピクルスといった加工品とする事で覚えも少し良くなった。
もっと生活を楽に、もっと彼女の望むままに。家族に冷遇された今までの分まで自分が愛そうと思ってきた。彼女が本当の笑顔を向けるのは自分だけだと思っていた。それなのに。
美しい我が妻の膝の上で丁寧にブラッシングされ、娘の関心を一身に浴び、それらのみならず息子の人生相談役までもをあの忌々しい子豚が掻っ攫っていった、あの忌々しき豚が、だ、しかも俺には全く懐かない。
その上今回のキノコ事件だ。一本で領地経営一年分、二本で二年分だ、どこに生えていたのか知らんがそれならば生えている場所を主人に教えるとか何とかあっただろうにッ……!!
「ポッと出のトントン風情が好かれおって……!」
隣から聞こえた言葉にアリュートルチ家付きの執事が目元を押さえ天井を仰いだ。そう、平たく言えばペットが来たせいで妻にも子供にも構って貰えない旦那の嫉妬である。男の嫉妬でこれ以上この世の中で醜い物はあるだろうか、いや、無い。
飛び散る譲渡状の紙吹雪、飛び回るピンク色の鞠、飛び跳ねる喜色満面のお嬢様、そして翻弄される自分の勤める家よりも高位の貴族のお付きの者達。
後片付けの分の手当ては出るのだろうか?質素な造りのシャンデリアが騒動に耐えきれず床に落ちたのを見て、そろそろ新しい物に買い直す……いいや、部屋ごと作り直す事を奥様に打診しようと思った。
◆・◆・◆・◆・◆
ワンツーフィニッシュ!
トパァントパァンなんて独特な効果音と共に、黒服の男二人の頬と口元に桜パニッシュを喰らわせる、良い模様がついたじゃない。桜の花びら型(私の蹄型)に染まった肌が良い色をしている。
悔しそうにこちらを睨みつけるヒゲオヤジにドヤ顔を見せつけてやると、頭にプスっと冷たい感触がした。
「あぁっ!トンちゃんにアンテナーが!!」
意外と痛くない、痛くないけど体が動かない、なんていうか自分が鉄の塊になったというか、マネキン!そう!意識あるままマネキンになったらこんな感じかなって!!って言ってる場合じゃないわね。
見えないけど背中側から悪役の忍び笑いみたいなのが聞こえる。小ボスの、すぐにやられる奴の。
でもアンテナーを装着されても全く動けないということもなさそうだ。
満面の笑みに変わったヒゲオヤジを見ながら右腕を頑張って上げ、頭を前に下ろし、頭頂に刺さっているアンテナーを探る。
「ふっふっふ……フはっはっはっは!ではこのトントンは私か引き取らせていただく、代金は明日の朝にでもこの屋敷に届けさせよう。それでは……?あ?」
ギギ……ギギギギ…………
「トンちゃんがんばれー!がんばってー!!」
「まさか、雑魚魔獣風情がアンテナーを自ら取るなど、そんな事出来るわけがッ……!」
「負けないでトンちゃぁーん!!」
タァん!!!! ぽとっ、ころころころ……
リリーの懸命な応援と、ポイシナさんの小物っぽいセリフで建設されたフラグにより、私は見事アンテナーをぶっ叩いて外すことが出来た。
「ぷっきっ(復っ活っ)」
「なんだとぉぉぉぉぉおお!!!?」
案外いけた、取れた、催眠とか脳に直接とかじゃなくてよかった。取り付けられた感想はなんて言うかこう……吸盤みたいな……あのなんとも言えない感じ…………。
そして今ので思い出した。アンテナーを付けづらい魔獣がいることを。自分の扱えるレベル範囲よりその魔獣のレベルが高ければアンテナーを刺しても、今の私みたいに抵抗されてしまう事があることを。
こうしてチュートリアルに使われる様な雑魚魔獣にアンテナーをもぎ取られて、ついでにプライドもへし折られたポイシナ・サインさんはすごすご引き下がり、私は悠々自適な子豚ライフを取り戻したのであった。めでたしめでたし。
「トンちゃんやっぱりリリーの所が良いのね!」
「ぷぷきっ(それは無い)」
だがもうアンテナーは刺されたく無い、あれなんか気持ち悪いもん。
◆・◆・◆
帝都である一匹のトントンの噂が広がった。最初は、"金になるキノコを見つけてくるトントンがいる"という話だった。しかし、人の口から伝わる話にはなにかと尾鰭がつくのがいつの時代もどの世界も同じようだ。
"金になるキノコを見つけてくるトントンがいる"
が、十人の口を過ぎれば。
"金を見つけてくるトントンがいる"
になり、また十人ほど跨ぐと。
"金を産むトントンがいる"
と、なった、しかし金を産む魔獣など見た事も聞いたこともないし、魔獣が産むのは魔獣であるために最終的には。
"金の卵を産むトントンがいる"
に落ち着いてしまった。仮にも豚型の魔獣が卵を産むわけなどないが、この世界には魔獣研究者は居れど、愛玩以外なんの役にも立たないトントンなど研究しているような物好きは居なかったのである。
だがその愛玩ですら猫型魔獣や犬型魔獣、他にも鳥や齧歯類、果ては爬虫類にその場所は占有されている。
幼い子供がアンテナーを刺す練習をするだけのトントンの生体など誰も知る筈がなく、まぁ噂だけだしそういう特別な魔獣も広い世界にはもしかしたら居るのだろうと結論付けられて終わった。
所変わってチュートリアの町、アリュートルチ家のお屋敷、そこに勤めるメイド達にもその噂が聞こえてきた。
最近自分が勤めている所のお嬢様がトントンを自分のラジモンにすると言い出し、そこそこ頭のよろしい魔獣の様で屋敷のお嬢様と一緒に勉強を受け、ご飯の食べ方もそこらの子供よりお行儀が良い。
極め付けに何かお金になるキノコを取ってきて?高位の貴族の所に行きたくないと暴れて譲渡状を破ったようだと。
ここまで分かっていれば嫌でも噂のトントンは自分の勤め先のあのピンク色のトントンだと分かるだろう。メイド達は洗濯物と格闘しながら、そのピンクの主について話し合う。
「でも私、トンちゃんが金の卵を産む所なんて見た事ないわ」
「産むわけないでしょ、魔獣でも豚なんだから産むのは子豚だけよ」
「なんでもいーわ、奥様がちょっとお給料上げてくださったんだもの、トンちゃん様さま奥様さまよ」
そんな三人の足元にピンクの丸いものが通り過ぎ、つい手を止めて、その後ろ姿を凝視する。
「…………産むのかしら」
「…………金の子豚」
「…………お給料何ヶ月分、ううん、何年分?」
「…………ぷききっ(…………悪寒がする)」
チュートリアの町は、今日も平和である。
練習台魔獣:(トントン、ピイピイ、カリカリ)
幼い子供が初めて手にしたアンテナーを指す練習をするのに選ばれる、超弱敵なお稽古用魔獣。誰もが最初にアンテナーを刺すことから「最初の三匹」とも呼ばれている。ゲームのチュートリアルで捕まえる練習をするのもこの三匹の中から選ぶことになる。