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TonTonテイル  作者: かもねぎま (渡 忠幻)
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外伝テイル10.焼き継ぎ屋も儲かった


 カモネス本店の一角、棚に並ぶ豚魔獣の顔、背中に開けられた小さな長方形の穴。そう、金の子豚シリーズのトントン貯金箱である。


 子供にお金の大切さを学ばせるため、お手伝いを自主的にさせるため、とにかくなんかいい感じにお金稼ぐのって大変なんだぁって教えるため。そんな商品である。


 トントン貯金箱を買いにくる客層は、まあ小さいお子様持ちのご家庭、特にお母さんが多い。これ使って自分で貯めて玩具買いなさいね方式である。


 そんなに手のかからない量産型子豚貯金箱は、大規模の工房に勤める職人に成り立て初心者の人達が作っている。それゆえに耳や鼻目など顔にそれぞれ特徴、個性があり、味のある仕上がりとなって同じ子豚は一匹たりともいない。


 同じ子豚は、一匹たりとも居ないのだ。



 そのトントン貯金箱を購入したあるご家庭をちょっと覗いてみよう。帝都住み、運送業のお父さん、近くのパン屋でパートをしているお母さん、息子と娘が一人ずつの四人家族だ。



「あんた、今日は子供の誕生日なんだからプレゼントの一つぐらい買ってきてやんなさいよ、たまに父親らしいことしてやんないと愛想尽かされるわよ」

「おお、そうか……」

「家ん中で転がってんなら外いきな、掃除が進まないじゃない、はやくほら!」


 そんな追い出されたお父さんはぶらぶらと町を歩いて、近くにあるカモネス本店までやってきた。玩具を扱っている近くの店がここしかなかったからである。

 店内をうろつき、一角に並べられているトントンの貯金箱を見て、はてトントンなんか流行っていたかと首を傾げていると店員がすぐさま寄ってきた。なんて抜け目のない店員だろうか。


「何かお探しでしょうか?」

「あぁ、息子の誕生日で、なにを贈ったもんかとな」

「そうなんですかそれはおめでとうございます!こちらのトントン貯金箱、今とてもオススメですよ」

「貯金箱……たって玩具じゃねぇんだろ?」

「お父様お母様がお金を稼いでいる事の大変さを学べますし、自分で決めた金額まで一生懸命貯めて、欲しい物を買う達成感!自分でやり遂げたという成功体験はとても大切です」

「まぁ……そうだな、自分で稼いだ金で買った最初の酒は美味かったもんなぁ……」

「この貯金箱は小さいながらも大容量、割った時に硬貨の山が出来ているのは、見ていて気持ちが良いものですよ、息子さんに是非ともいかがでしょうか?今ならお二つ目を半額でご提供しておりますよ!」

「うーん……他に良い物も思いつかんし、じゃあ、そこの桃のと、花ついてるのを一つずつ」

「お買い上げありがとうございます!」


 店員の口車に乗せられ、トントン貯金箱を買って帰ってしまったお父さん。そりゃあお母さんには珍しく良いもの選んだわねと言われるだろうが、子供にとっちゃたまったモンじゃない。


 誕生日だというのに美味しいお菓子でもみんなに自慢できる格好いい玩具でもなく、トントンの貯金箱という要らない物を渡された息子くんの心は語らずとも、その微妙そうな表情で理解できるだろう。

 しかも、自分だけ誕生日だから特別ではなく、妹まで一緒に貯金箱を貰ったのだから、なんとも言えない哀しみに暮れている。


「おとさんありがとー!おはなついてるかわいいー!!」

「……えぇ…………」

「家の手伝いをしたら小遣いをやるからな、ちゃんと貯めるんだぞ」

「おれ誕生日なんだけど……」

「いいじゃない、貯金箱でもないとアンタすぐ金使っちゃうし、欲しかった木の剣が買えるまで貯めてみたら?」


 それから、少年のお小遣い稼ぎ生活は始まった。洗濯物の重みにも負けず、買い物カゴの重みにも負けず、風の日の洗濯物取り込み作業にも負けなかった。

 数枚の硬貨を貰っては、トントンの貯金箱に入れ、最初は不細工だと思っていたがなんだか愛嬌があるように見えてきた顔を柔らかい布で拭いてやり、一生懸命硬貨を喰わせてやると、トントンにだんだん重みが出てきた。



 そして、貯金箱が満タンになって、硬貨が入らなくなった日のこと。


「だいぶ重そうね、そろそろ割って中身取り出してもいいんじゃない?」

「んー」

「木の剣の一番良いやつを買えるぐらいには貯まってるでしょ、カモネスの店員さんに聞いてきたんだから、間違いないはずよ」

「んー」

「早めに買わないと気に入った剣なくなっちゃうわよ?」

「んー」


 少年は食卓の上のトントン貯金箱を見つめ、気のない返事を繰り返すだけとなった、雨の日も、風の日も、また風邪の日も自分の近くにいたトントン貯金箱。

 まだラジモンを持てる年齢ではない彼の、最初の相棒と呼んで良いぐらい、長い時間を一緒に過ごしていたのだ。今日もちゃんと布で身体を拭いてやり、つやつやと光る貯金箱を定位置の棚に戻してやっていた。




 そして、貯金箱を買った彼のお父さんがまたカモネスに来ていた。

 輸入品の高い酒を尻目に、味をよく知る安い酒を手に持って会計をしに行こうとしたところ、息子と娘に買ってやった貯金箱の新商品が目についた。


 個性豊かなヒゲをつけたトントン貯金箱達、白いヒゲ、カールしたヒゲ、ちょびヒゲ、青ヒゲ、赤ヒゲ、ふとマユゲ。


 独特な愛らしさがあるトントン貯金箱達をなんとはなしに眺めていると、すかさず寄ってくる店員さん。


「いらっしゃいませ!こちら、お父様用のトントン貯金箱となっております」

「父親用?」

「はい!ヘソクリなど隠して貯めていると、奥様に見つかってしまいますよね、ですがこのヒゲ付きトントン貯金箱ならば、堂々とヘソクリを貯められると開発された物なのです!」

「へぇ」

「可愛らしいでしょう?お子様ならいざ知らず、理性のある大人であれば割るのを躊躇するこの愛らしさ!このトントン一匹分満杯の小銀貨で、そちらにある棚の輸入物の酒瓶を一本買うことができるんです!」

「そうなのか、アレがこのトントン一匹でなぁ……」

「今ならミウの町産晩酌用おつまみとセットで、貯金箱をお安くしてますよ!」

「……じゃあ、この巻いたヒゲの一匹」

「お買い上げありがとうございます!」


 よく考えてみて欲しい、お金を貯めるのにわざわざ貯金箱を買う意味はあるのだろうか?ある。開閉可能な袋や、自分が鍵を持っている箱だと、我慢のできない者はすぐに出して使ってしまうのだ。

 割らなければならないから良い、これはそういうもので、決して蓋を分けて作る作業が面倒だからとかそういうんじゃないのだ。



 こうしてまた店員の口車に乗せられ、自分用の貯金箱を買ってしまったお父さんも、酒瓶貯金を始めることとなった。



 そしてヒゲのついたトントンも重くなって、上の穴から小銀貨がはみ出るようになった日のこと。


「もういっぱいなんでしょ?お酒買いに行ったら??」

「おう」

「欲しいの輸入品なんだから、そろそろ売り切れる頃でしょ、また来年まで待たなきゃなくなるわよ?」

「おう」

「まったく、お酒がカモネスに入らなくなってもしりませんからね!」

「おう」


 生返事。なんとなく一生懸命に貯金箱の世話をする息子を見ていたら、まぁ拭いてやるぐらいはするかと気が向いたお父さん。 

 拭いてやったり、晩酌の時に目の前に置いてみたり、つまみを小皿に分けてやったりしているうちに愛着が湧いてしまったらしい。お父さんのラジモンはだいぶ前に亡くなってしまっているようで、刺さり主の居ないアンテナーが貯金箱の隣に並べて置かれていた。


 親子は似るものだ、貯金箱を抱っこしてぼーっとしている少年と、安酒を飲みながらアンテナーとヒゲ付き貯金箱を並べて酒を飲んでいるお父さん。

 その後ろで、ぱたぱたと可愛い足音がした。


「おかーさん!おかーさん!貯金箱おもくなったよ!!」

「あら、よく頑張ったわねぇ」

「うん!じゃあ割るね、えいっ!」

ガシャパリーーンッ!!


 容赦のない音にバッと振り向く少年とお父さん、二人の視線の先には、粉々になった貯金箱の残骸と、キラキラと輝く硬貨の山。


「ひい、ふう、みい……これなら欲しがってた髪飾りと、リボンが一本買えそうね」

「ほんと!?やったあおかーさん買い物行こう!いますぐいこう!!」

「はいはい、じゃあ貯金箱さんにありがとうして、片付けてからね」

「うん!!」


 その光景をみて、少年が立ち上がり、手にしっかりとトントン貯金箱を持つ。足元の床を見据え、ゆっくり手を振り上げるのをお父さんは何も言わずに見守った。


スッ…………

「…………」


ススッ…………

「………………」


グッ……!

「……………………」


 少年の目が、トントン貯金箱の目と合う、そこには、この日まで毎日お世話してきたトントンの顔があった。

 少年はゆっくり手を下ろし、貯金箱を抱きしめた。


「ク……ッ!!」


 この少年に似た症状を発症する人間が多く現れ、ある者は貯金箱を振って中身を取り出そうとし、またある者は割る部分を少なくしようと、()()で尻を割って失敗し泣き出した。


 『貯金箱は情緒を育てる商品ではない、お金の大切さを学ぶ商品である。』

 とは、貯金箱割れない症を見たトンちゃん・アリュートルチの言葉である。





『この世には二種類の人間がいる、トントン貯金箱を割れる人間と、トントン貯金箱を殺せない人間だ。』

               リマ・トレード




『子豚の思いつきを買い取って作った商品は、ジャンルに関係なく全て「金の子豚シリーズ」として、黒鴎商会から売り出されている。口座に振り込まれる金額に、客の正気を疑う事がある。』

          チャーリー・アリュートルチ

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