外伝テイル8.ラジモンのお洋服
最近、自分の仕事の時にトントンをよく見かけるようになった。
お貴族様はもっと珍しい魔獣が好きなのかと思っていたが、珍しくなくてもハンガリアンと同じように何かしらの楽しみ方があるのかもしれない。
両手を広げてキリッとした表情を見せてくる依頼人のハンガリアン、良く鳴くし動くし小さいし、子供向けのラジモンとして紹介されるハンガリアン。
今日はこの貴族の領主様が趣味で飼っているハンガリアンの服を作るために、魔獣用の服飾専門の自分が呼ばれた。
「カリカノ、どうだねジョゼフのフロックコートは作れそうか?」
「ええ、ハンガリアンに着せるならば布は殆ど必要ないですし、長さはどの程度がお好みでしょう」
よく頼まれるのだ。自分の仕立てたものと同じ布を使ってお揃いにしてくれ、と。
布を多く使わないのは良いのだが、刺繍は面倒だわ、ボタンは付けづらいわで中々に面倒臭い。
「少し裾を引き摺るぐらいで頼む、それと、鎧も一式頼みたいんだが作ることはできるかね?」
「自分は服飾専門ですので金属加工はやっていません、ですが、リスバードという知り合いの小物職人が居ますのでそいつなら作れるかもしれません、よろしければ紹介しますよ」
「うむ、では頼もう」
元は人間のドレスを作る職人だったのだが、手慰みで作ったハンガリアン用の正装一式が貴族の間で話題になってしまったらしく、今はもうほぼ、いや、全部魔獣用の服飾関係の依頼しか来なくなった。
人生何が糧になるか分からないものだな。
前回の採寸時よりもお腹周りが若干もちっとしたハンガリアンのジョゼフの記録をメモにつけ、ではと室内を出て自分のラジモンであるチットを迎えに行った。
トントンといえば、少し前にオレンジ色のチュチュを直してほしいと来た貴族が居たな。あのトントンはだいぶ大人しい個体だった。
お貴族様のラジモンが全部あんなだったら良いのに。特にニャンム、あいつらに服を着せたり冠を乗せたりするのはラジコンの強制停止ボタンが無い限り無理だと貴族達はなぜ分からないのか。何故停止ボタンを押さずにこちらに渡してくるのか、爪と牙が痛い。
使用人の方に話を聞くと、どうやら自分のラジモン、カリカリのチットはこの屋敷のお嬢様に連れられて中庭にいるらしい。
中庭に拵えられた、お貴族がお茶を楽しむ屋根付きのスペースへと案内され向かっていくと茶色い毛玉とまだ小さな女の子の後ろ姿が見えてきた。
チットを可愛がってくれるのは良いが今日は着せてきた服が悪い。黒いベストと揃いのトップハットだから。それこそ腹がはち切れるまでお菓子を食べるぞあいつは。急ぎ足で近づくと、お嬢様がこちらを向いて……遅かったか…………。
「カリカノさん、ごきげんよう!いまね、チットちゃんにリンゴをあげていたところなの、リンゴ大好きなのね、私の分もあげたら、いっしょうけんめい食べるのよ!」
「そうなんですか、ありがとうございますお嬢様、おいチットお礼はしたのか」
シャリシャシャリシャシャリリシャリシャシャシャ
「まず食べるのを一回止めろ」
しっかり両手に自分の体長よりも大きなリンゴ一切れを抱え込んで、一心不乱に齧り付いているチット、これをもう一個は身体の中に入れたと、晩飯は減らして食べさせるか。
リンゴの端を摘んで持ち上げると、リンゴに噛みついたまま宙に浮くチット。食い意地が張っている、もういい、これは全部食べさせよう。
すっかり一切れを腹の中に収めてしまったチット、それを嬉しそうに見るお嬢様、太るから量は考えてほしいものだが、お得意様の娘さんなので何も言えない。
「チット、お嬢様にリンゴのお礼をしなさい」
のそ……ひょいっ、くるん、とん
「チットちゃんかわいいー!帽子とってお辞儀したぁ!」
「チットへのリンゴありがとうございます、ではそろそろ失礼させていただき……」
「ちょっと待って!チットちゃんにお土産あげたいの、いいかしら?」
「ええ、構いませんよ」
「すぐに取ってくるわね!」
椅子から飛び降り、室内へと走っていくお嬢様。それにしても、随分と腹が膨れているがチットはどれだけ食べたんだろうか。
今も口周りの毛繕いをしているように見えるが、リンゴの汁を舐めとっているだけなのは分かっている。着せた服どころか毛皮も汚してるだろうから、帰ったらお湯に沈めて洗うか。
「果汁でベタベタだろう、帰ったら風呂だからな」
きゅっ…………
「尻尾を掴んでしおらしくても駄目だ、今日は風呂に入れる。棚の埃をそのベタベタの身体で掃除したいのなら入らなくてもいいが」
きゅきゅっ…………スンッ……
カリカリはめったに鳴かない。しかし、ある程度芸や指示を覚えるため、自分のような人と話すのが得意では無い職人は大体カリカリをラジモンにしている。
うるさくないし、客の相手はしてくれるし、奥様お嬢様方の興味が逸れるのは楽で良い。
死んだ魚のような目で皿の上のクラッカーへと向かうチットを摘んで止めていると、お嬢様が走って戻ってきた。お前まだ食う気かよ。
「持ってきたわ!この前ね、私ね、お父様に森に連れて行ってもらったのよ!」
「そうなんですか」
「その時にね、甘くて、美味しいって教えてもらった、木の実を採ってきたの、ほらこれ!コログミっていうのよ!チットちゃんにあげるわ!」
「く、くるるるるるる、こかかかかかかか」
驚いた、チットが鳴いた。お嬢様が差し出したコログミを凝視して、体勢を低く取ったことにより帽子が外れたことも気にせず、警戒音を喉から出しているチット。
鳥の様な甲高い鳴き声が、金と手をかけ豪奢に整えられた庭に響いた。カリカリの威嚇なんて知らないであろうお嬢様は、鳴き声を上げたチットを見て喜んでいる。
「わぁ可愛い!おしり振りながら尻尾をフリフリしてるぅー!!」
「お嬢様、あの、いやチット、どうしたおまえ」
「かかかかここっ、こかっ、こるるるるここかっ」
「私、チットちゃんの鳴き声初めて聞いたわ!鳴き声が小鳥みたいで可愛いのね!」
お得意様のお嬢様に向かって今、チットはカリカリ特有のふさふさした尻尾ををプンプンと振り回している。これがワン=ワンならば、喜びを表す行動だが、カリカリにしてみれば敵対威嚇行為だ。
「クコカ、クコックコッ、かこっ、クカコココッ」
「チットちゃんコログミよ、私が採ってきたの、持って帰って食べてね!」
「あー……チットのためにありがとうございますお嬢様」
それにしてもチットの鳴き声初めて聞いた。お前どんだけコログミが嫌いなんだ、風呂の時はとにかく洗面器に両手足と尻尾を突っ張らせて全力で抵抗するが、威嚇音を鳴らすほどではないのに。本当にどうしたんだお前。
お嬢様の子供特有の細い指先に挟み込まれたコログミ、近づけられる度に後退りをし、威嚇で嫌悪の意を表すチット。
見た目は鳴きながらお尻を左右に揺らし、大きく尻尾を振っているかるだけ、お嬢様にとっては小動物的な反応が可愛いと思われるのだろう。
お前が途轍もなく嫌がっているのは伝わった。しかし、相手はお得意先のお嬢様だ、それもとてつもなく金払いが良い大のお得意様だ。
許せチット、お前の犠牲に、高い素材の仕入れが出来るかどうかと、日々の豊かな飯がかかっているんだ。
鞄からラジコンを取り出し、お嬢様から見えない位置で操作する。身体を硬直させ、ギシギシと錆びた歯車の回る音が鳴りそうなほど不自然な動きで机の端へと向かうチット。
「チット、お嬢様からプレゼントを受け取りなさい」
アンテナーを刺しているから、チットは俺の命令には逆らえない。ラジコンを使い、お嬢様の方へ手を伸ばさせると、随分と絶望的な表情をするから吹き出すのを我慢するのに苦労した。
お嬢様からコログミを受け取り、小脇に抱え直立不動の姿勢を保ちハイライトの消えた目で宙を見つめるチット。
それでもなんとか口角を上げようと努力している口元が歪みヒクヒクと微妙に引き攣っている。
「うふふ、チットちゃんまた来てね、次もリンゴとお土産用意しておくからね」
「ありがとうございますお嬢様、チットも喜んでいますよ、ほら」
こ……くり…………!
「カリカノさんもまた来てくださいね、お父様のジョゼフじゃなくて、私のニャンムのジーザァにもお洋服を作ってもらいたいの」
「かしこまりました、お父様がご依頼のフロックコートを作り終えてからまたこちらに伺いますね」
「お願いするわ、じゃあチットちゃんまたね!」
チットにお土産を受け取ってもらえて満足したお嬢様はコログミを片手に抱えるチットの姿を堪能すると、足早に中庭から去っていった。
そういえば使用人の方がお勉強の時間だと言っていたっけな、お嬢様のドレスの裾まで屋内に入り、見えなくなるまで見送る。
「────チット、お嬢様行ったぞ」
ラジコンの操作を解除してやると、チットはすぐさまノーモーションでコログミを力強くテーブルに叩きつけるように投げた。そんなに嫌いなのか、一種の恨みすら感じるような勢いだったぞ。
テンテンとテーブルの端まで転がっていったコログミに狙いを定め、助走をつけて遠くに蹴り出すチット。
せめて家には持って帰らなければならないので、拾ってポケットの中に入れようとすると、また鳴きながら尻尾を振り始めた、だからって庭に落としていくわけにはいかんだろ。
「かここここかっ、カカッ、カカコカッ」
「わかったよ、今度はお嬢様にチットはコログミが嫌いなんだよと言ってやるから、だがコレは家に帰ってからなんとかするから威嚇を止めろ」
……スンッ…………プンッ!
そうか、チットはコログミが嫌いなのか、安いからオヤツに丁度いいんだがな。胸ポケットにコログミを入れると、チットは警戒しながら頭の上に乗ってきた。
早く帰って食べるなりなんなりしないと、髪を抜かれて禿げるな。しっかり前髪を掴んで早く進めと頭を脚でタップしてくるチットをふん捕まえてそう思った。




