外伝テイル7.お手、おかわり、片付け
私が立ち上げた黒鴎商会は、初めはただの宅配屋だった。野生のカモラインを使って、帝都と、ミウの町、この間で小さな荷物と手紙の受け渡しをする役を担っていた。
理由は忘れたが、自分が気に入った商品を帝都の店に置く事にした、配達して欲しい物を持ってくる人が手に取って買ってくれるようになった。
その後も、棚に置く商品は増え、売上げが上がる毎に、配達先を広げるために支店も増やしていった。気づけば隣国にも店をもち、大型船も所持するような商会に育っていた。
自分の代だけでここまで成長させられたのは、着いてきてくれた従業員の力があってこそだ。なのに、帝都の貴族は揃いも揃って、自分を下に見ながらも媚を売ってくる。
私一人では何も出来なかったというのに、専属の商会にならないかだの、買収の話をしてきたりだのと厚かましいにも程がある。
だが、チャーリー・アリュートルチさんは違った、トンちゃんが私の娘を助けてくれた時、屋敷でお礼の話をさせて頂いた。しかし、彼は金の話も、権利の話もしなかった。口に出したのは。
『チュートリアの野菜を輸出して下さってるだけで結構ですので……今後とも取引をよろしくお願いいたします…………オウチカエシテ…………』
それだけだった。莫大な額の謝礼金を寄越せと言われると踏んで取引をしようと準備していたのだが、全て使わず終わってしまった。
どれだけ払うと言っても断られ続け、リリーちゃんとトンちゃんさんが割った安物の壺に対してもしっかりと頭を下げて謝るような人だった。
こちらとしては娘を助けてもらった時点で十分な程助けられているし、その事に加えて、あのアリュートルチ家と繋がりを持てたのが一番の利益だろう。
帝都で売られる魔獣用高級ナッツ、生産地はチュートリアの町、先代のサリトーア・アリュートルチは気難しい方で、気に入らなければ公爵の招待も蹴ったという逸話がある。
今代のチャーリーさんも、今の奥方を見染めて嫁に貰うと、すぐに茶会にも夜会にも出なくなったような人だ。国外に頼っていた薬の材料に使用される高級キノコを見つけ、有用な薬草を見いだし栽培をし、明らかに女神の加護があるようなトンちゃんまで娘のラジモンにしている。あの土地と家には絶対に何かがある。
アリュートルチと懇意にしているというだけで、一声かけられると頷くしかないような高位の貴族からの誘いは避けることが出来る様になった。
なので、少しでも金の子豚ブランドとして商品化した物の利益を還元することで、なんとか恩を返そうとしているのだが。
「売れると思ったんだがなぁ……トンちゃんさんにもチャーリーさんにも止められてしまった……」
ニャンムの手、背中を掻くために丁度いい形に加工された木の棒、自分が欲しかっただけで商品にはできないとトンちゃんさんに止められてしまった。
確かに、こんな物が欲しければ自分で削ったりその辺の木を扱う職人に頼んだ方が早いし、最悪その辺の棒でいい。
「はぁ……需要はあるんだよな、たぶん、手が背中に届かない人とかに…………」
「失礼しゃーす、商会長、売上報告持ってきましたー……なんすかそれ?」
「ん?あぁこれか、背中を掻くための道具なんだけれど、ニャンムの手と名前をつけたはいいが売れないから商品化はやめろと止められてしまってね」
「へー、いいかんじっすね、俺にも一本ください」
「いいぞ、もう一本あるから持っていけ」
「あざーっす」
「それにしてもカルケフ、その口調はなんとかならないのか、カモネス本店店長なのに周りの者に示しがつかないぞ」
「店では出さないんで許してくれや、ニャンムあざます、じゃあ失礼しやーす」
カルケフ、私の学生時代の友人の一人だ、年齢は一つ下。彼はアレでもとても優秀な人材だから、ある程度の自由は許しているんだが、それにしたってあの口調は……客の前でしてないならいいか。
椅子に深く座り直して空を見る、改造なりなんなりして、ニャンムの手に売れる目処を作ったら契約書をトンちゃんさんとチャーリーさんの所に持っていくか。
なにはともあれ、アイデアが出るにも時間がかかる、今日は報告書を確認しながらゆっくりしよう。
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最近リマさんの奴がお気に入りの客、アリュートルチ家って言ったか、なんだってあんな辺境の領主をとも思ったが、良く考えるとあの魔獣用ナッツの生産地だもんな、納得した。
リマさんから貰ったニャンムの手を使って背中を掻いてみる、これはいい、けど俺はもっとバリバリ掻ける方がいいな。
案外良いなと使っていたら、部下の一人が声をかけてきた。
「カルケフさん、それなんですか?」
「ニャンムの手」
「可愛い名前ですね、いいなぁ私も欲しい、身体硬いから背中の真ん中に手が届かないんですよ」
「へー、支配人に言っとこうか?」
「トレードさんから貰ったんですか!?どうりで見たこと無いやつだぁ……」
「他にも欲しい奴いたら言って、今ならたぶん支配人のことだから百本ぐらいくれる」
「そんな要らないです」
とりあえず自分が受け持つ本店の、店員達に紹介してみたら案外ウケは良かった、でもたぶん売れはしないと思う。
リマさんにこの人数分おなしゃすって注文表と集めた金を出すと、怪訝そうな顔をしながら受け取ってくれた、原価も含めて一人一銀貨有れば十分だろう。
俺は俺で、先の方にちょっと尖った部位をつけてもらい、ニャンムの手爪あり版を作成してもらった、これこれ。
にしてもリマさんにしては珍しく、気に入っても店の棚に即置かない商品だとは、あの人ちゃんと理性あったんだな。
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最近何故か本部一階にあるカモネス本店では、髪飾りの売り上げが落ちているようなので、社員の仕事を抜き打ち視察に来てみたのだが。社員のデスクのどこかしらに、トンちゃんさんが作ったニャンムの手が置いてある。
需要は、やはりあるんだよな。肩を軽く叩いたり、背中を掻いたり、カルケフのように遠くのカップを引き寄せようとして倒したり。何やってるんだアイツ。
「あーあー溢れちった」
「カルケフ」
「ご機嫌よう商会長様、ところでハンカチーフとか所持していませんか?」
「自分ので拭け、ところで、そのニャンムの手、私が知らない形状のようだが」
「あー、爪有りにしてもらったんですよ、名前はワン=ワンの手です」
「ワン=ワンの手」
「自分、ワン=ワン派なんで、あとニャンムって普段爪出してないじゃないですか」
なるほど……ワン=ワンの手。強力に背中を掻けそうな形状のそれを手に取り、まじまじと見つめた。ふと、目の端に、近くの社員のデスクの横にニャンムの手がかけられているのが見えた。
ただの棒の筈だが?持ち手方の端に穴が開けられ、赤い紐が通されている。
「私のも穴開けて下さいよ」
「いいよ、小銀貨一枚な」
「お金取るんですかぁ?」
「バカ言うな、紐だってタダじゃねえんだから、商売だよ。なんなら一階店舗のサンドイッチ一つでもいいが?」
「がめつい、お願いします」
「頼むのかよ」
反対の社員のデスクには、三毛柄に塗られたニャンムの手が置かれている。
「わぁ!可愛いー!これどうしたの?」
「あ、自分で塗ったんです、うちニャンム居るんで」
「いいなあ、私も塗ろっかな、黒ニャンム好きなんだよねー」
「自分のってすぐ分かるので良いですよ、でも、手先は塗らないのがおススメです、ガサガサになっちゃうんで」
「ありがとう、じゃあ靴下柄にしよ」
うむ、うん、普通に、売れる商品なのでは?帰って色々と詰めるか、それにしても好きに改造する社員が多いのは良いことだ、アイデアはくだらない話をしている時に良く出るものだからな。
やはりトンちゃんさんはこうなるのを見越してニャンムの手と名前を付けたのでは?ううむ、侮れない。
「商会長!俺のワン=ワンの手返して下さいよ!ちょっと!?商会長!!?」
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商会長から頂いたニャンムの手を塗ったら、ニャンムの手制作会議に呼ばれた、どうして?私はただうちのミケケルのお手手を作りたかっただけなのに。手を触られるのが嫌だからめちゃくちゃ引っ掻かれたけど本望よ。
それと、私のお隣に座っているこのトントンは何?首にアクセサリーつけたリボン巻いて、私より高そうなお茶菓子出されてるけど、しかも一番良いお客様用の茶器で紅茶飲んでるし。器用。
「ズズぅ……ぷきっ」
「トンちゃんさんすみませんね、次回までに両手持ちのトンちゃんさん用カップを用意しておきますので」
「ぴきゃぴき」
商会長が手ずから淹れたお茶を飲むトンちゃん、トンちゃん?あの、金の子豚ってまさかこのトントン??
見つめ続けていたら、トンちゃんがこちらを向いた、トントンも割と可愛いのよね。お茶菓子も器用にスプーンで食べてる、可愛い。
「ではニャンムの手販売計画の会議を始めます、まず、こちらに座るのは発案者であるトンちゃん・アリュートルチさんです」
「ぷぴゃきゃきょき?ぷぴぴゃぷぷききぴーきゃぴ」
「喋ってる……」
「あのトントンが……」
「本当はアリュートルチの領主であるチャーリーさんもお呼びしたかったが、残念なことに体調不良により不参加だ、だがトンちゃんさんのお時間をもらう許可は頂いているので問題ない」
「ぷぴぴきゃぴぴゃププキョキョキィ」
さっきからずっと絶え間無くトンちゃんの前にお茶菓子のお代わりが運ばれてきてる、それが一瞬で消えて、また出て、消えて。幾つ食べる気なんだろう。
「では、販売する際に持ち手の部分に穴を開け、紐を通し、紐には鈴をつける事に決まった」
「ぷきゃんきゃぴぃき」
「相槌打ってる……」
「変化を付けつために、カラーバリエーションで三毛柄、靴下柄、茶トラ柄を作成する事にした、ここまでで何か改善点などと意見はあるか」
「はい!サバ柄も欲しいです!!」
「それはオーダーメイドの方でやってくれ、何も装飾されてない物も売るが、その隣にオーダーメイドとしてテンプレートのある紙に好きな柄を書いて注文すると、オーダーで少し割高にはなるが、その柄のニャンムの手を購入できるようにした」
「ぷきゃぁきゃぴぃ」
「ワン=ワンの手も同じく、カラーバリエーションは茶色、黒、焦茶靴下柄の三色とする、それとニャンムの手よりも大きいサイズで作成する事、今のところ出ている案はこれくらいだ、他に何かあるか?」
凄いわこのトントン、食べるペースを落とさないのに、ちゃんと話を聞いている。紅茶もしっかり飲んでお代わりを要求してる、なんて肝の座ったトントンなの。
「はい」
「カルケフ、どうした」
「名前長いんで他の商品名にしません?略称つけるにしてもニャン手、ワン手とか微妙だし」
「ぷぷぴゅぴぃぴ」
「だがこれはトンちゃんさんの考えた商品名で」
「ニャン棒とワン棒ってどうです?」
「ふざけすぎじゃないか」
「ぷきゃきゃぴーぃ」
『 採 用 』
「トンちゃんさん!?」
金の子豚って凄いのね、自分で紙に文字まで書いて意思表示したわ。商会長が狂ったんじゃないかって自分の職場を心配してたけど、このトントンが相手ならまぁ仕方ないかもね。
女神様の使いは魔獣達の中におわすって言うし、うちのミケケルには負けるけどふかふかだし、可愛いし。折り目のついた画用紙をみんなに見せているトンちゃんの頭を撫でながら、そんなことを考えた。
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金の子豚ブランドに新商品登場!
"ニャン棒" "ワン棒"
これで背中の痒みからもおさらば!ニャンムの手も借りたい!ワン=ワンの手も欲しい!!そんなあなたに!!
お問い合わせはカモネスまで。
※使用用途と違う使い方をして破損、怪我などをした場合、返品、交換、補填などの責任は一切取りかねますのでご注意下さい。
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川原で遊ぶ少年たち、その手にはワン棒とニャン棒が握られていた。玩具の木の剣よりずっと安いので、チャンバラごっこに使われるのだ。
重さが丁度良くていい感じに長いのがいけない、人間、いい感じの棒があったら振り回す生物なので。
「俺の相棒は、漆黒の双刀ニャンムだ!(靴下柄)」
「ふっ、俺の相棒は大地のワン=ワンさ!(焦茶靴下柄)」
「「いざ、尋常に勝負!!」」
そして激しくワン棒とニャン棒で撃ち合い始めた二人、鈴の鳴る音が激しく響き、漆黒の双刀ニャンムの片方が大きく弾き飛ばされた。
カンッ!!ひゅるるる……ちゃぽん!
「双刀の片割れが!」
そして流されていく漆黒のニャン棒、悲しいかな、この川は浅いが流れが早いのだ。
るー……るーるるるー…………
「俺のニャン棒ー!!!!!」
「手首に紐かけて戦うのが常識だよな」
「あーあ、もうあんなとこまで流れてってる、アレ取るのもう無理だろ」
ワン棒!ニャン棒!ご機嫌予報ー!!
晴れのちカミナリ、ところにより拳骨の雨が降るでしょう。
彼らはこの遊びが流行って二日目、昼ごはんごろからぶっ通しで遊んでいるため、ご機嫌斜めどころかご機嫌直角下がりな親御さん達に、この後長時間怒られることでしょう。
頭にタンコブをこさえた子供からの情報
初期から販売されていたニャン棒は細く軽く扱い易いが、後発のワン棒は太く長くニャン棒よりも大きいので子供達の間では大剣として扱われている。
ニャン棒は軽いので、振る時に力の入れ方を間違えるとすぐに弾き飛ばされてしまう、しかし、自分達の腕でワン棒を真っ直ぐ振るのには、それなりに修行が必要である。




