外伝テイル4.あいつ↓の真実
きっと俺の前世はえびまる屋だったのだろう、それか、えびまるに似た物を作ってたか。
ミウの町で産まれ、なあなあに日々を過ごし成長して、錦の旗に就職し、錦の旗の一番偉いさんであるダゴンさんに、何かつまめるものを賄いで出せと言われた。
やる気もない、忘れっぽい、良いところはちょっと手先が器用ぐらいといった俺は、その日の余った錦エビの身を使って、いつも同僚に振る舞っていた玉焼きを作った。
それをいたくお気に召したのか、"えびまる"なんて名前をつけられて売られる事になった、俺は仕事が増えて泣いた。
ソースを熱々に保つための小さい鉄の入れ物を熱して、そこで一個一個作ってたんだが、一気に作れるよう大きいところに半球の形の凹みがいっぱい並んでる鉄板を渡された、あの時目の前で作るんじゃなかったと思った。
ただ、何個も連続しているえびまるをひっくり返して焼いている時、なんとなく懐かしいような気もした。やったことがあるような気がした。
それを同僚に言ったら、たぶん前世でえびまる職人だったんだろとか言われた。前世なんて無いだろうが、たぶんそうだなと言っておいた、面倒だし。
「ふぁ〜〜……ねむ」
「ちゃんと客呼べよ、つかお前えびまる焼く方が上手いだろ!」
「熱いから嫌だ」
「嫌ってお前なぁ!!」
えびまるのお陰で給料が増えたと言っても良い、そこだけは良かったと思う。仕事増えたけど。
前世があったとしたら、前世の記憶があったら、もっと楽に金儲けでも出来るんじゃないかと思うんだが。
看板に寄りかかり、時折呼び込みの声をあげながら温かいミウの町の日差しにうとうとしていたら、えびまる屋台を一緒にやってる相棒に頭をぶったたかれた。
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モニターが所狭しと並んだ一室、そこは女神教習所の一角にあり、"擬似世界監視室"と札がかけられている。
教習を受けている女神未満の者達が、擬似世界でどのような神として信仰されているのかを監視及び記録する部屋である。
今日も監視係の者達が、画面に映る擬似世界を覗いて好き勝手な事を話していた。
「擬似世界の人間に入れた人格魂って可哀想ですよね、仮世界だって気付かないし、自分がある人間のコピーで偽物だとも一生気付けないんですよ」
「そうだなぁ、こっちから見たら可哀想に見える時もあるな、今まで積んだ人生経験が全部パァにされて、育った性格だけ使われるんだもんな」
二本の触手腕が機械の操作で埋まっているため、三本目の触手を伸ばし、カップを持ち上げ美味しそうに啜る監視係の者、中身はどうやらワカメの味噌汁らしい。四本目の触手が、頭らしきところをポリポリと掻いた。
その隣の者は天井からぶら下がりつつ、長い腕を伸ばして、仮世界でえびまるという食べ物を作り出した、現世の人間の人格魂を入れられた『あいつ↓』を指して続きを話す。
「可哀想でしょ、神になるための試験に振り回されるなんて、しかも自分の記憶一切を思い出せないまま二回目の人生歩むんすよ?仮だけど」
「うーーん、その記憶に最近問題が出てきたんだよなぁ」
「ああ、話だけ聞きました、一応人格魂の記憶部分に枷はつけているけど、何故か一部分にかかりが悪くて、あいつ↓みたいに前世で打ち込んでた物を作り出すってやつ」
「そうそう、あいつ↓の元の人間も、面倒臭がりでやる気の無い人間だったんだが、20年間タコ焼き屋やってるんだよな、今も売れまくってるみたいだし」
「はー、それでえびまる……いやそこはタコ焼き作れよ」
「しょうがないだろう、あそこの土地神は触手のついた妖怪なんだから」
「妖怪じゃなくてここの仮世界のは魔獣っすよ」
「なんだって良いだろ、とにかく、コピー元の人間が人生の指標、目標、生き甲斐としていた物に関しては記憶の枷のかかりが悪く、仮世界に現実世界の文化が流入する事がある」
あいつ↓の居る仮世界の場面を切り替えると、着物に似たドレスを作り上げる令嬢、素麺屋を立ち上げた平民、案が被り殴り合いをする玩具屋経営者達、女神に祈る絵本作家などが映し出された。
全員、擬似人格魂を埋められた仮世界の人間。女神と顔を突き合わせ話すことこそ無いものの、前世、というかコピー元の人間の趣味や仕事、得意なこと、持っていた夢などを仮世界で発揮している。
逆さまにぶら下がっていた者は耳を二、三度震わせると、触手でボタン操作をしていた者から書類を受け取って読み始めた。
「それで、今のところどの仮世界でも問題は無いのでこのまま放置、続行ですか」
「そうだ。元々仮世界には現実世界の文化や道徳基礎を流入する、擬似人格魂の持ち主が多少得をした所で問題無い」
「強くてニューゲームっすか、でも、自覚なしのニューゲームはやっぱり可哀想っすね」
「元の世界では生きてるのだから新人生もクソも無いだろ、魂自体入れられてないし」
「あ〜〜しかしこの仮世界IDの受講者も可哀想っすねー、めっっっちゃエライ御上に目をつけられて、少なくとも自分の作った仮世界が飽きられるまでは卒業試験が受けられないなんて」
「だな、だがそのおかげで女神権限を失くした事も黙認されているわけだが…………」
そして画面に映し出される元気に跳ね回るピンク色の子豚型の魔獣と呼ばれる生き物。
中にはたしか、まだ歳若い女の子の本物の魂が間違って入れられたという。不運で幸運な人格魂は、女神権限を奪ったまま今日も楽しく仮世界を生きているとの話だ。なんて可哀想な、とても可愛そうだ。
「やっぱり人間って、可愛そうですね」
「そうだな、可愛そうだ」
我々は神に成っては無い、しかし、人間には成れない。人間とは生きる時間も、価値観も、何もかも違うから無理に仲良くしようとも思わない、だからといって意図的に害そうとも考えていない。
今のところ、短い一生で様々な物を創り上げる、人間の営みを見守る事が、一番の娯楽なのだから。
女神教習所で使用されるキット: 日ノ本の人間の人格をコピーした物を、一受講者につき一つ渡される箱庭の世界へと投下し、擬似人間体に定着させる。
実在する日ノ本の人間からコピーした擬似人格魂を混在させることにより、仮世界を安定し易くしている。
箱庭に入れられる擬似人格魂のコピー元である実在の人間の記憶には枷がつけられ、擬似世界で暮らす際に不利益と判断して、性格のみが適用されている。
しかし、疑似とは言え"魂"と呼ばれる物、記憶が溢れないよう枷がつけられているとはいえ、定着した擬似人間体の性格や行動に影響を与える事がまま見られる。
特に、職業、趣味、日々繰り返していた事、好んでいた物、誇りに思っていた事などが、箱庭内の擬似人間体の人生において影響を及ぼす傾向にある。
人格コピー時に死亡、または意識不明等の実在する人間の生死に関わる状態の際に擬似人格魂を作成してしまうと、コピーされた人格ではなく魂そのものが混入してしまう事故が起こっている。
見分け方としては、淡く光を放っている物が、魂が混入している擬似人格魂である。
見つけた際は、女神教習所からキット作成場の方へ返還をするため、光っている擬似人格魂のみ返却を要請する。
【資料配布現在使用しているキット】
『簡単!楽しい箱庭制作キット☆日ノ本産擬似人格魂入り』
※女神教習所講習項目③『箱庭内に仮世界を作成する時の注意点』時の配布資料より抜粋。




