101? エピローグまたはepisode.0
「ひはっひッヒッヒィッ」
「は、ふ、ふ、ふひっ……!」
「…………ひへっ……へへっ」
「はーっ……はーっ……ンひひひひっ」
広々とした宴会会場、酒を注がれる側も注ぐ側も、給仕する側もされる側も、お猪口や皿、塗り御膳、酒瓶までひっくり返して、引き攣った笑い声だけが微かに部屋に響いている。
面布をつけていたり、尻尾があったり、人型ではなかったり、人間のようであったりする面々。
だが、ここに転がる一同は神格の違いはあれども皆、人を助け、殺し、益して、害し、憎んで、愛する神々である。
「……ッヒ……ひひッ…………!」
「へ……………はヒッ……ッ!」
人間には考えられぬほど長い長い時を過ごす神々の一番とも言える暇つぶしは、自分達の側に居る人間達の観察である。
その人間達によって神は生まれ、またその人間達によって神は死ぬ。人間の存在がないのならば神は存在しない、人間の信仰無くしては神として存在ができないのである。
「けひッ…………ふ、ふぅ……ひふっ…………」
「ごほっ……は、ひ、ふふへッ……」
齧りかけの鯛の尾頭付きが大皿ごと床に落ち、紅も鮮やかなはじかみ生姜がはみ出している。
花のように芳醇な香りのする酒が倒れたとっくりからトクトクと小気味の良い音を立てて溢れていく、旨そうな青菜のおひたしが座敷に倒れている一柱の和服に大きな茶色い染みを作っていた。
そんな会場の一番奥、純和風老舗旅館風の大宴会場付属のひのきの舞台の上に、この場にそぐわぬスマートなプロジェクターを使って、ある一匹の子豚を抱える、七つほどの女の子の映像が映し出されていた。
その舞台の端っこ、黄色い菊の花が描かれた面布をつけた、可愛らしい色合いのお稚児さんの衣装を着て、鮮やかな色の帯を前締めにした小さな子供が一人。
しっかりとプロジェクターのリモコンを持っていた、が、しっかりと持ちすぎて早戻しボタンを押してしまったようだ。
キュルキュルキュルキュルキュルキュルッ
「待て待て待て待てっ、こら、映像係ッ」
「映像が戻ってるぞー」
「ヒッヒッヒゃっひっひゃっ」
キュルルッッ
『私の卒検がァァァァァァァアア゛ア゛ア゛!!!!!!!!!!!!!!!!』
「ア゛ッへへへへへはッはァ゛ッ!」
「ぉゲホッ!ふィひひひひははハハ!!」
「カハッ!、やめっ、ヒューっ、カフッ、ひゅーーっ」
「アーーッハッハッハっァほぉェッ、がホッ!!」
仮世界研修中の一体が運営する世界の映像が巻き戻し再生され、神々の笑い声とむせる音でまた会場が埋められる。
ドッタンがっちゃんゴロゴロがしゃん、とても賑やかな音も混じり始めた。
自分の失敗にオロオロとしていた映像係のお稚児さん、神のお使いの者が化けていたのか、ビクリと肩が大きく震えた後、頭に白い兎の耳がぴょんと生えてしまった。
このまま女神教習所の映像を流していて良いのか、それとも、さっき止めていたところまで戻せば良いのか。
お稚児さんに今日お使えするようにと申し付けられている神々は先程から爆笑していて誰も指示を出せなさそうである、気の毒な。
そんな中、宴会場の入り口の襖が開き、とっ散らかった会場のど真ん中をズカズカと進んできた一柱。
着流しを半分はだけさせ、左肩から綺麗に割れた腹筋までを露出させた荒々しいその神は、御手まで兎の手になってしまった映像係からリモコンを取り上げた。
「よおよお俺を除いて随分と楽しそうじゃねえ、やーーーーッと説教が終わったんよ、みんなにゃ悪いが、最初から観させてもらうえ」
「バカやめろ」
「誰かリモコンを取り返せ、笑い死にするぞ!」
「神が笑い死にッヒッっひっひっひっひっひっ」
「ダメだツボに嵌っハッハッハヒッハッハッ」
もうこうなってしまっては、箸が転げてもノミが跳ねても可笑しくなって笑ってしまうのだろう。
ゲラゲラヒーヒーアハアハ、会場に響き渡る十神十色の笑い声。
四つある手を打ち鳴らし、鋭い牙を噛み合わせ、一本の足で床を踏む。
尻尾も舌も扇子も杓子も入り乱れ、いっそ壮観と呼んでも良いくらいの混沌が出来上がっていた。
教習所に通う仮免神達が統べる、狭くて可愛い箱庭達。そこで四苦八苦している新神見習いが見守る人間達と、自分達が見守る人間達とは同じが違うまた別な生き様。
それを見るのが最近の神々の間で流行っている暇つぶしだ。
「始めっから再生じゃ!」
そして最初からまた閲覧される、beautiful*女神が作った世界──────
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思えば彼女とも彼とも呼べぬ、その一個体は何故神に成ろうとしたのか、それは誰にも分からない。
分からないが、今は彼女は女神に成ろうとしたのだろう、人間と生きていくために、自分が消えないように。
割り当てられた箱庭を映すための大きな水盤、手元には新品の水色の女神権限(板状の電子?機器)、平安時代のファッションをベースに見た目を作り替えたのだろうか、長い長い黒髪に、薄桃色をベースにした十二単を着ている。
「ふっふふーん、これで私も今日から女神の卵!信仰ポイントをじゃんじゃん稼いで、バンバン日ノ本の化粧品とかお洋服に交換しちゃいましょー!!神格は見た目からと言いますしねっ、では早速世界を創っていきましょうか」
ゴソゴソと取り出してきたのは銀のパウチやら、粉①と書かれた袋やら、槍状のプラスチックの棒。
女神見習いは女神権限に映し出された説明書を読みながら、説明書通りに世界を創っていく。
「ええっと、まずはクジで決められた世界のベース、この銀のパウチに入っているものを水盤に入れます……泥みたいですね」
どぽ……ぽちょ……どぽぽぷっ……
「次に、粉①を全体に行き渡るように水盤に入れます、全体にってどんなですかね、とりあえず入れましょ」
さらら……ごしょごしょごしょ……パラ…………
「次は、粉②を一気に入れて」
ザラララッ!!
「かき混ぜ槍でよーく混ぜていきます……本当にこんなので世界が創れるんですかね?」
ぐるぐるぐるぐるぐる…………
首を傾げながらぐるぐるぐるぐるかき混ぜていると、水盤に世界が創られ始めた。天と地が分かれ、海と大地が別れ、地面から生物達が次々と産まれてくる。
それを見ながら、説明書通りに次のステップに進む女神見習い。
「おお……それで、世界が出来てきたら今混ぜている方向とは逆に七回混ぜて……」
ぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるっ
「今度はまた反対に七回混ぜます、と」
ぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるっっ
「混ぜ終わったら、世界を崩さないようにゆっくり槍を引き上げてください、ここで崩したらやり直し!?そんな簡単に崩れるものなんですかっ……!」
腕をプルプルさせながら、水盤から混ぜ槍を引き抜いていく女神。
槍の先まで無事抜き終わると、水盤に入っていた所を符属の布で拭いて、一息ついた。世界は五分前にできている説も、この箱庭の世界ではあながち間違いではないのかもしれない。
そして水盤の中を覗き込み、ひとしきりちまちま動いていく自分の世界を堪能したあと、一際質の良い紙でできた入れ物を取り出した。
中には、色とりどりの小さい塊、綺麗な丸も有れば歪なものもあり、綺麗な色も燻んだような色もある。
「次はこの擬似人格塊を水盤上部の絡繰に入れておきます、ここですね」
ザラザラと流し入れられたそれを確認した女神は、手元の女神権限を見て、一人一人の人格を見ながらどの人間に入れていくかを吟味していく。
「この人間は細かい作業が好きみたいなのでここにしましょう、この人間は大雑把で面倒くさがりですねこちらにしますか、ランダムに人間の身体に入れてくれる機能もあるみたいですが、私はこういうのしっかりやる女神なので!」
丁寧に、一人ずつ、決めていって、はや一時間。
「これはここ、こいつはここ、あーーーー、面倒になってきました」
三分のニの辺りで面倒になってしまったこの女神見習い、最初の意気込みはどこに行ったのか、寝転がりながらポチポチポチポチと手元の画面を見ながら作業を進めている。
そして最後の擬似人格塊になった。他の塊とは違い世界にに投下するための絡繰の中で淡く光っているが、寝転がって操作している女神見習いは見えていないので気づく様子は全く無い。
「やーっと最後ですかぁ、案外居ましたね、さーってこの後緑茶でも淹れて暫く休憩しましょうかね」
そして、最後ということで気が緩んでいた。最後の人間ぐらいは、最初のように身体に入るまで見守ってやろうではないかと、女神権限の右上を持ち起き上がる女神見習い。
そして外れる[生物:人間の幼体のみ表示]の枠。
それに気づかず水盤のフチに頬杖をつき、水盤のフチに女神権限を置き、入れるはずだった[チュートリア新生児y,1k7b]のところに代わり、表示されていた[死にかけのトントンy,1k7f]を一瞥もくれずに軽い調子でタップした。
そんな女神見習いの目の前で、明らかに他の塊とは違う塊が世界へ投下された。
その途端思い出す、講義で『光っている塊はお借りしてコピった教習所の方で用意した箱庭用のコピーの魂ではなく、その素の魂ごと混入されている可能性があるので返却して下さい』との先生の言葉。
水盤から起き上がり、手を伸ばすが遅かった。
「アッまって」
チャポン
「ちゃぽ?…………あ゛っ゛!!?!?」
しかも自分の肘で女神権限を水盤の中に落とし、明らかに光り方が違う擬似人格塊と箱庭の中空で融合した。
「マ゛ッあっ、アッ……ぁーー…………」
もう見守ることしかできない女神見習い、その落としちゃアカンヤツは優秀な神により作られた優秀な絡繰によって、女神権限で示された通りの身体に。
とっ……ぷん…………
「…………ぷき?」
ちゃんと擬似人格塊を入れた。
「なんで豚ーーーーッ!!?!?!?」
答えは簡単、そう決定したからである。女神権限を確認しようにも、仮世界へ落としてしまった親機はもう泉に浸ってぷきょぷきょ鳴き始めた子豚の中。
こんなにも不運な女神見習いが未だかつていただろうか、そんな最初の一柱にはなりたくなかった。
オロオロウロウロ水盤の前を右往左往し始める女神見習い、初っ端から躓くどころかバナナの皮でスケートした挙句に泥水溜りにハマって上から蜂の巣落ちてきた並のポカをやらかしてしまった。
どうするbeautiful*女神、どうしよう教習所通い女神見習い、まだ通い始めたばかりなのでほとんど勉強はしておらず、ひたすらその場でアワアワとするしかできない。
「どうしま、どうし、どうしょ、えっ、親機落としたんだけど、なんで豚に?ていうか子豚??ととととにかく今はそうおちつ、落ち着こ、まだ、まだあわわわわわ、なんで置いたの私の馬鹿えっほんとえっぁーーーーわーーーーーー」
ひたすら慌てた後、スンとした表情になった女神見習いは、水盤を覗き込む。
そこには、月明かりに照らされイナバウアーを決める中身人間の子豚が居た。
まだ、擬似人格塊を人間以外の動物に入れた場合、記憶の枷がどうなるかは習っていない、未知数、不可思議、とっても人間臭い動きしてる。
ひたすらプキョプキョピー!と叫んでいる、自分の世界の野良っぽい子豚のような生物を見ていた女神だが、落ち着いてきたら考えがまとまったらしい。
少し目線を斜め上にあげて、こう言った。
「よし、今日はもう遅いし寝ましょう」
いそいそと布団を出してきて、モゾモゾそのままの服装で潜り始める女神見習い。
いったい彼女が元はどこのどんなやつだか知らないが、十二単は着たまま寝るもんじゃないとだけは教えたい。
水盤の中では、一人の女の子と、女神権限を入れられた子豚みたいな生物が、出会う場面が映し出されていた。
『もうちょっとだけ続くんじゃ!』




