【辰刻】
本日分になります!
次は少し短めになるかもしれません。
『まだ完全に浸食されてはいない、急げ。』
自分からやばいところに突っ込むしかないとか、泣けるを通り越して笑えてくる。
濁ってる方に進めば進むほど、腹の中から嫌なものが込み上げてくる。
気持ちが悪い。
これで本当にまだ浸食されてないのか?
本当に浸食されたらどうなるんだ?
「こっち、で……あってるんだよな……?」
俺はもう、走れなくなっていた。
始めの身体の軽さは消え失せ、今は足を上げるだけでも、デカい鉄の塊を引きずっているように重たい。
『ああ。気を付けよ。この依り代は、汝よりも遥かに神使との結びつきが強い。目覚めたばかりの汝に太刀打ちできる相手ではないかもしれぬ。……だが、汝がやらねばならない。』
やるって言ったって、どうしろってんだよ。
『汝の思うままに使え。』
「だから、その使い方が分からねぇって言ってん……だ、ろ………。」
水に支配された空間で、そこだけがヘドロをぶちまけたようだった。
辛うじて解読できる看板には、音楽室と記されている。
俺が把握している校舎の構造と変わっていなければ、合唱部の部室のはずだ。
ずる。
べちゃ。
ずる。
べちゃ。
「なぁ……、おい……おい、龍!!! なんなんだよ、アレ!!! ッ、う゛、お゛ぇッえ゛ッ……。」
ヘドロの中から這い出る何か。
溢れ出す腐った臭いに、耐え切れずに腹の中のものをぶちまけた。
感情的か生理的かも判別がつかない涙が流れる。
「だ、ずァ゛ァ……だず、げげ…………。」
「い゛い゛……だ……いだィイ゛イ゛。」
「ぐる……じ……オ゛ォ……。」
アレが、龍のいう元凶なのか。
あんな化け物なんて想定してない。
人だって言ったじゃねぇかよ。
『我が言葉に偽りはない。元凶は人。そして、あれもまた人だ。』
「嘘だろ……人、だって……?」
涙で歪んだ視界でもう一度見る。
ヘドロから這い出てきた化け物は、俺と同じ制服を着ていた。
「……本当に、生徒なのか……。」
『お前の友人達、向こうで意識を沈ませている他の人間達もああなっていた。』
「………は?」
龍の言葉をそのまま解釈するなら、あれは、病とやらが身体に回り切った成れの果て。
皮膚は焼けた様に黒ずんで、腐ったような臭いを撒き散らしながら、爛れている。
立つことが出来ないのか地を這い、摩擦で肉が剥がれ、骨が剥き出る。
特に目を引いたのは首だ。
絞られた雑巾のように、捻じれ細くなった首。
細い首に不安定に支えられる頭が異様に大きく感じた。
『あの者達は、今までとは違う。一度でも触れられれば病を貰うこととなろう。』
水の龍の言葉がどこか遠くに聞こえる。
なんで俺がこんな目に合ってんだよ。
神作の登場人物達をかっこいいと思ったことはある。
けれど、同じような力を使えたらと思ったことは無い。
彼らの力は彼らに許された、与えられた特権だ。
俺は、こんなことを出来るような大きい人間でも強い人間でもない。
そもそも、龍が言う力の使い方なんて分からないんだ。
この学校を水に沈めて、葵木や茜部を何とか出来たのは偶然だ。
怖い。怖い。怖い。
『依り代!』
「! ッ、うわああああああああああ!!!」
龍の声に意識が引き寄せら、気が付けば、生徒だったらしき奴らが手を伸ばせば俺に触れる距離まで迫っていた。
一度でも触れれば病を貰う。
さっき言われた龍の言葉に、首に巻き付くような痣を作った他の奴らとか、目の前の生徒だったモノが重なって、恐怖のままに慌てて後ろに下がった。
『この場所では元凶の力が強すぎて、不利だ。一度、水を浄化した方がいいだろう。』
生徒だった化け物が進むたびに、赤黒い道ができ、水がヘドロに澱んでいく。
少しずつ、龍の力で作った清浄な水の領域が侵されて行っているように感じた。
実際、そうなんだろう。
病は水すらも侵すと言っていた。
『……依り代が心から何もしたくない、逃げたいと思うのであれば、我は依り代の心に従おう。』
「………………なんだよ、それ。ここまで行けって言ったのはお前だろ。」
『我は言葉として依り代に道を示すことが出来るが、身体を操るような強制力は無い。道を示されどうするかは依り代の心次第だ。』
「ここまで来たのは、俺の判断だって言いたいのか?」
卑怯だろ。
『ただ、逃げれば自体は悪化する。いずれ病はこの場所だけではなく、町、都、国にも広がるだろう。』
「スケールデカすぎて付いていけねぇんだけど……。」
『ならば一つだけ。この状況を食い止めることが可能な人物は、この場には依り代しかいない。』
そこまで言ったうえで、龍は俺にどうするのかと委ねてくる。
そういうところが卑怯なんだよ。
龍に命令された、強制されたという言い訳を、逃げたいときに逃げるための道を塞いでくる。
自分で選んで決めたことだろう、と。
「死んでたまるか。そこだけは、変わってねぇんだよ。」
死にたくない。
何故なら、家で俺を神作たちが待っていてくれるから。
今もなお、神が神作を生み出し続けてくれているから。
腹を刺されたときの感情は、思いは、願いは、変わり果てた人だったモノを見て恐怖を抱けでも揺るがない。
「お前もこの状況どうにかして欲しいんなら、もっとまともに“力の使い方”とやらを教えやがれ!!」
表情の動かない龍が、笑ったような気がした。
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