【辰刻】
3話目になります。今回から漸く本編!
「なんだよ……これ……」
俺の呟きに答えてくれるものなんていない。
その呟きは廊下にひしめく呻き声の中に吸い込まれた。
俺の日常はどこに消えた?
◆◆◆
こぽ……
『すぐ傍に潜んでいる。気を付けよ。』
「え!?」
耳の奥で水に溶ける泡の音を感じたかと思えば、突然頭の中に響いた声。
驚いて声を上げればクラス中の視線が俺に集まった。
やっべ。
現在進行形で授業の最中だ。
「どうした? 天貝。分からんとこでもあったか?」
「いや、なんでもないです!」
「そうかそうか。なら、なんでもないついでにコレ、答えてみろ。」
「なんでですか!? 普通に分からないです!」
「分からないんじゃないか! 放課後、みっちり教えてやるから先生のところまできなさい。」
「…そんな…俺に死ねって言うんですか……。」
「そうかそうか、先生との補修がそんなに嬉しいか。」
「よく見てください! 俺が欠片でも嬉しそうな顔に見えます!? 絶望してんですよ!!」
キーンコーンカーンコーン……。
「よーし、今日の授業はここまで。いいか、天貝。放課後、忘れるなよー。」
「ちくしょおおおおおおおおお!!!!」
俺の、俺の神作に捧げる時間が……!!
尚でさえ今日は放課後の時間が削られる日直だってのに、更に補修まで……。
悔しさを拳に込めて机を叩いた。
手が痛い。
こんなことになったのも、変な声が聞こえたせいだ!
…変な、声…?
―すぐ傍に潜んでいる。気を付けよ。
あの声は、夢の中で聞いた覚えがある。
「俺、気づかないうちに寝ちゃってたカナー…?」
分かりやすく現実逃避した。
その後は声が聞こえるわけもなく、再び日常が過ぎて行った。
放課後になって、葵木と茜部も部活に行き、クラスメイトは散り散りになった。
「朝も仕事全部やってもらったのに、ほんとにごめんなさい!! 金加羅さん……。」
「もう、また敬語になってる! 日直は気にしないで。私、部活もバイトもしてなくて放課後暇だし。それより早く行っておいでよ! 補修、頑張ってね!」
「ほんとにありがとう!!」
今日は日直のペアが金加羅さんだったことだけが救いだ。
「よしよし、よく来たな天貝。」
「帰っていいですか。」
「まぁそう言うな。せっかく来たんだから勉強くらいしていけ。」
「……………帰りたい! 帰りたい! 帰りたい! 帰りたい! 帰りたい! 帰りたい! 帰りたい! 帰りたい!」
「高校生の行動とは思えんな……。さー、席に着けー。」
「この人でなし!」
高校生の行動に見えないだって?
何とでも言うがいいさ。
神作たちに捧げる時間を1分1秒長く確保するためなら、俺の高校生としてのプライドなんて吹けば飛ぶ埃のようなもんんだ。
「なぁ、フジたん。」
「なんだ天たん。」
「きっも……。」
やべぇ、めっちゃ鳥肌立った。
「先生も全く同じ気持ちだ。誰がフジたんだ誰が! 藤田先生だろうが! ほれ、復唱してみろ。」
「ふじたせんせい。」
「よしよし。」
「復唱できたんで帰っていいですね。さようなら。」
「良いわけないだろうが。」
「チッ……。」
フジたんが教科書を手に持ち、開くページ数を指定してくる。
「藤田先。生」
「ん?」
「俺、今日の内容ならもう解けるんで、補修はほんとに大丈夫です。」
「なんだと?」
明らかに疑いの色が透けて見えるが、それもそうだろう。
俺の成績はいいとは言えない。
テストは全て等しく、“ギリギリ赤点にはならない”レベルを保っている。
「なんならミニテストしましょう。それで先生が納得してくれたら、補修は終わりってことで。」
「まぁ、いいだろう。もともと補修終わりには、確認も兼ねてミニテストはするつもりだったからな。」
教科書やノートを全て仕舞い、机の上にはシャーペンと消しごみのみ。
その状態を確認しフジたんからミニテストのプリントが配られた。
「時間は……。」
「10分。」
「なんだと?」
「10分、でお願いします。」
フジたんの言葉を遮るように、制限時間を告げる。
こんなものに30分も40分も取られてたまるか。
「いいんだな?」
「はい。」
「では、始め!」
言葉と同時にシャーペンを答案用紙の上を滑らせた。
静まり返った教室に、廊下の声が流れてくる。
遠く悲鳴のようなものも聞こるような気もするが、大方生徒がふざけているんだろう。
それか、でかい虫か鳥でも入り込んだか。
「…騒がしいな。天貝、少し様子を見てくるから答案が終わったら待ていろよ。」
「え!?40秒で戻ってきてくださいよ。」
「ジ●リは先生も好きだぞ。」
そう答えたフジたんにサムズアップでお答えする。
日本アニメ映画の父たる偉大な存在だ。
因みに俺はナ●シカが一押し。姫姉さまは初恋。
公式ボイン最高。
「さて、と。」
俺は再びペンを滑らせる。
埋まっていく答案。
俺が勉強ができないのは嘘ではない。
ギリギリの成績を保っているのも事実だ。
逆に、ギリギリの成績を“保てている”とも言える。
フジたんに授業中に問題を尋ねられた時は、確かに分からなかった。
それを、補修を言い渡されてから補修が始まるまでに“分かるように”したんだ。
どうやって?
勿論、勉強してに決まってる。
俺の集中力と記憶力には非常にムラがある。
俺が必要だと感じたこと、タイミングでは、友人2名から「詐欺師」なんて不名誉な称号を貰い受ける程の集中力と記憶力が発揮される。
ならば、俺が必要だと感じるタイミングは何だ?
俺の人生における最重要事項は勿論神作に捧げる時間だ。
正直それ以外は、神作を楽しむことが出来る自分の身体と生活が維持できる最低限度に保つことが出来れば問題視しない。
フジたんを納得させて、補修を最短で終わらせ、人生の潤いタイムをより長く稼ぐ。
それが今回のミッションだった。
フジたんの性格と普段の授業、テスト傾向から、補修の内容を割り出し、範囲を完全に“理解”し、求められるレベルで解けるようにしておく“必要”があった。
俺が必要だと判断すれば、勉強に置いて強力な武器である俺の集中力と記憶力は発揮される。
「おっし、終了! ジャスト10分だ、――悪夢は見れたかよ? なーんて……」
あの終盤になると、強者のインフレ過ぎて読者を置いてけぼりにする某奪還漫画の有名なセリフだ。
かっこいいよな。
「……フジたん、帰ってこねーじゃん。40秒で帰ってこいって言ったのに。」
こっちはさっさと帰りたいってのに。
放課後の日直の仕事を全て引き受けてくれた金加羅さんには少し申し訳ないが、人の厚意には甘えておく。
「………よし、帰ろう。」
ノートの切れ端でメモを作り、答案用紙と一緒に教卓に提出する。
騒ぎの生徒の様子を見に行ったっきり帰ってこない。
騒ぎ声が止む気配がないことから、何か問題があったか、何かしら長引いているらしい。
教員とはつくづく大変な仕事だ。
俺は自分の将来設計から教師の選択肢をそっと消した。
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