【序章】
序章の続きです!
ピピピッ!!ピピピッ!!
「うわああああああああ!?…はぁ…、はっ…夢……」
恐怖に塗れた朝の目覚めは、爽快とはとても言えないものだった。
無事を確かめるように、震える手で首に触り、寝る前と変わらない部屋の中と、自分自身に安堵して、ようやく喧しく騒ぐ時計のアラームを止めた。
「ベットベトじゃん、気持ち悪ぃ…」
全身から汗が噴き出し、夏でもないのに寝汗に溺れていた。
水の中の夢を見たせいか、マジで水の中に入ってたんじゃないかと思えるほどに。
とんでもなくリアルな夢で、ホラー体験とかマジでやめてほしい。
―逃ガサナイ
夢の中で聞いた最後の声。
水の中で守られていた俺の首に真っ直ぐに伸びたあれは。
「人間の手、だったよな…」
光を追いかけていた蛇を思わせる黒い手とは明らかに違う、ごく普通の人間の手。
けれど、異質だらけの夢の中で“普通”のもの程、“異常な恐怖”に思えた。
その恐怖は、夢から醒めた今でもまだ鳴りやまない。
「……学校行こ」
◆◆◆
「――によって、近頃の地球環境は悪化の一途を辿っており、その影響は日本各地でも…」
教師の話を右から左に聞き流し、机の下で我が恋人と言っても過言ではないスマホでソーシャルゲームのAP消費に勤しんでいる。
因みに嫁はパソコンだ。まぁ、この辺は嫁と恋人との立場に多少の差異はあるだろうが、現代では珍しくもないだろう。
俺は漫画を愛してる。
俺はアニメを愛している
俺はゲームを愛している。
俺はサブカルチャーという文明に自分の人生を捧げていると言っても過言ではない。
真面目にノートとって授業を受ける暇があるなら、その分人生を潤わせる時間に捧げる。
それが俺だ。
「日本は四方を海に囲まれた海洋国家であり…」
俺が現在高校生にして一人暮らしをし、バイトをし、学校で追試と補修を受けなくてもいいギリギリの成績を保っているのも、全ては俺の人生における潤いたちの為だ。
実家の部屋では今もなお生み出され続けている神作を奉るスペースがなくなったが為に一人暮らしを決心し、漫画を買い、円盤にお布施し、ゲームに課金するためにバイトをし、人生の潤いに割く時間を削られたくないがためだけに赤点を取らないギリギリの成績を保つ必要最低限の勉強をしている。
勉強なんぞは日頃の授業ではなく、テスト前に本気を出す。それでいい。
要は補修と追試さえ受けなければ勝利だ。
「みんなも知っている通り、日本で一番高い山は富士山だが、あれは活火山であり…」
勿論、神作を世に送り出してくれた漫画家、アニメーター、ゲームクリエイター、それらに携わる全ての方々は……神だ。
だって神作作ってんだもん。
神が作るから神作って言うんだよ。
何故こんなにも、サブカルチャーに触れるための時間が減ることが1分1秒ですら惜しく感じる俺が不登校にならず学校に通っているかは、将来、就職するためだ。今のバイト以上に稼げる場所で。
何故なら、神作を手にするための金は神作に恥じないものでなければならないからだ。
神々が汗と涙を滲ませ、時に命すらも削り生み出した作品を手にするための対価は、自分も相応に犠牲を払ったものでなければならない。
時間、労働、ストレスect……。
それらを乗り越えてこそ、人生に与えられた潤いは、より際立つ。
まぁ、長々と語ったが、これらは俺個人の漫画やアニメ、ゲームに対する美学というか、持論なので誰かに押し付ける気はない。
楽しみ方、考え方はそれぞれでいいだろう。
あと、普通に今以上にお布施をしたいし神作を集めたい。収集癖は自覚している。
キーンコーンカーンコーン…
ぷよで相手をバタンキューさせたと同時に授業も終わった。
うむ、実に良いタイミングだ。
「おはよう、天貝。相変わらず遅刻ギリギリで滑り込むのが上手いな。」
「千守は普段からイニDのコーナー攻め並みにギリギリで生きてるからな。」
「……ギリギリどころか完全にアウトラインで生きてるお前らよかマシだわ。」
1限目が終わりを告げたと同時に話しかけてきた奴らは、言わずもがな俺のクラスメイトであり、高校で唯一友人と呼べる奴らだ。
何も言わないでくれ、言ってる俺が一番悲しい。
「天貝よ、アウトラインとは言ってくれるな。せめてなぞのばしょと言ってもらおうか。」
「バグじゃねぇか。BWだっけ?」
「馬鹿野郎ダイパだ!ゲームボーイからやり直せ。」
俺を苗字の天貝と呼ぶ方が葵木。ポケットなモンスターの厳選とランクバトルに今までの人生の大半を捧げてきた廃人だ。性格、特性厳選は言わずもがな、色違いの全証持ちとかっていう頭のおかしいパーティを構成してる狂人だ。こいつと対戦して、『ずっとオレのターン!』にされた挙句成す術もなく負けたトラウマは今でも健在。
「ゲームの話されたらオレはさっぱりだわ。1980年代あたりで小宇宙感じてるから、そっちの話終わったら、そこまで来てもらっていい?」
「お前はいつからタイムスリップ出来るようになったんだ。お前は一生聖闘士にはなれないから安心しとけ。」
俺を名前の千守と呼ぶ方は茜部。専門は少女漫画や女児向けアニメだが、懐古厨な少年誌ファンでもあり、精神と頭の成長が小5くらいで止まってるくせに、やけに昔の神作に詳しく俺でも話に付いていけない時がある。専門分野に至っては言わずもがな。C●AMP作品崇拝者であり、少年漫画の方のイチオシはシティーでハンターしてるもっこりハードボイルドのあの漫画。
「朝からツッコミが冴えわたってんな。」
「おー…、今朝の夢見が最悪だったおかげでな。」
「ほー、そりゃ大変だったな。」
「そんな大変な俺に購買でパン奢ってくれよ。」
「「断る。」」
「友情なんてなかった。」
「あるだろ。毎週月曜日に発売されてるだろ。」
「あと努力と勝利も一緒に付いてくるぞ。」
「神雑誌の三大原則を特典みたいに言うな、この罰当たり! あと、偶に日曜日発売だ。」
日常だ。
いつもと変わらない、平穏。
心のどこかで感じていた、「あれはただの夢じゃないんじゃないか」なんて馬鹿げた不安が消えていく。
「あの……。」
「「「へ?」」」
「天貝くん。」
「あ、はい。」
一つ、日常の中に非日常が舞い降りた。
「え、なんで千守のキモオタが学校でも5本の指に入る美少女の金加羅さんに話しかけられんの!?」
「知るかよ!あんなスクールカーストマスターボール級の顔面600族、俺達みたいな序盤草むらポケキャラがお近づきになっていい存在じゃねぇんだよ!」
「分かる言語で話せ!」
「一般教養だわ!!」
「そこ、うるせぇ!!! ヒソヒソすんな! 聞こえてんだよ、俺には!!」
アホ2匹に怒鳴り、改めて話しかけてきた彼女……金加羅寧子を見る。
くっそかわいい。
肩くらいまでの長さのミルクティー色の柔らかそうな髪に、少し垂れ目なぱっちりとした瞳。
小動物のような小さな口に、桜色の頬と唇。
ふわりと香ってくる、彼女の性格を表したような控えめで優しい香り。
庇護欲を刺激する、女子の中でも小柄な体格。
そして何より、男なら大多数が惹かれる……胸。
制服の上からでも分かるその破壊力は、身体が小さい分更に引き立てられている。
なんとなく、全体的にふわふわしていてシフォンケーキみたいな女の子だ。
「ご、ごめん…それで、俺に何か用? デスカ?」
ダメだ。
同類もしくは親としか会話してこなかった俺のコミュ力を心底恨む。
天貝千守16歳、今年高校に入学して早数か月経つが、まともに挨拶すらしたことのないクラスメイトの方が多いのが現状だ。
「ふふ。天貝くんたちはいつも楽しそうだね。」
「そ、ソウデスカネ?」
「うん! あ、それでね……今日実は、私と天貝くんとで日直なんだけど……」
は???????????????
「うっそ!!!!????」
マジだ。
黒板に俺と金加羅さんの名前が貼られている。
待て待て待て待て待て。落ち着け。
落ち着いて日直の仕事を思い出せ。
朝担任のとこに日誌取りに行って? プリントを配布して? 黒板消して? なんで教室に置いてあるかも分からない花の水替えして?
よし、今日の俺を振り替えてみよう。
朝は予鈴ギリギリで滑り込んだから、当然日誌取りになんて行ってないし、プリント配布もしてないし、花の水替えもしていない。
一限が終わってからアホ2人の相手をしていて黒板消しなんてしていない。
そもそも、日直であるという事実を今知ったのだ。
してるわけがない。
「すいませんでしたああああああああああああ!!!!!!」
「えっ!?」
すぐさま椅子から立ち上がり、三角定規もびっくりな直角で金加羅さんに頭を下げた。
つーか、今日日直かよ。
最悪じゃねぇか。
「ま、待って! 違うの! 今日日直で一緒だからよろしくねって言いに来ただけで……私の方こそごめんなさい。責めてるように思わせちゃって」
「天貝くんと話すのも初めてだから挨拶しとこうって……。」という言葉が付け加えられる。
何だ? 天使か?
顔面600族は心まで完璧か? 性格の良さに努力値振ったのか??? それとも人間の6Ⅴ個体か????
そんなもん、色違い以上の希少種だろ。ふざけんな。
完璧超人が存在して許されんのは二次元だけなんだよ。
でも金加羅さんは可愛い。
「いや……。日直の仕事しなかったのは事実だし……。残りの授業の黒板消しとか俺やりますんで……。」
「え!? あ、私花の水やりとか好きだから、大丈夫だよ。でも、じゃあ折角だし、黒板消しはお言葉に甘えようかな。私の身長だと、上の方届かなくて……。その代わり、放課後の日直の仕事は二人でやろうね。これでおあいこ。」
2度目だが言わせてくれ。
天使か?
「あと、敬語いらないよ。クラスメイトなんだから!」
金加羅さんが去った後も、俺は暫く放心していた。
「あれは天使だわ。」
確定である。
偶然の巡り合わせによって俺の日常に舞い降りた非日常との会話を終えて、俺の日常は戻った。
天使の笑顔によって、朝の悪夢もきれいさっぱり俺の頭から抜け落ちて。
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