最終話 俺は
カーテン越しに差し込んでくる太陽光に当てられて、目が覚める。
深代伊織としての、第二の人生。
もうずいぶんと慣れたことだけど、たまに夢なんじゃないかって、そう思う。
でもちゃんと一日一日は巡ってきていて、俺は何でもない当たり前の日々に、確かな幸せを感じていた。
気だるげな体を叩き起こして、手短に支度を済ませる。
男子高校生とはなんとも楽な生き物で、支度なんて急げば5分以内には完了する。
つまり、家を出る5分前までは寝ててもいいってわけだね! うん、違うか。
「全く、相変わらずだらしないよな、俺」
変わることのない自分に飽き飽きしながらも、どこか嫌いになれない。
きっと、みんな自分のことを嫌いと言っておきながら、そう感じているのだ。
なんて、朝から詩的なことを思ったりもする。どうもポエマーです。
ってな感じで朝から物思いにふけっていると、家を出る時間が過ぎていた。
「やべっ!」
急いで家を出る。
すっかり成長した体は、幼い頃とは比べ物にならないほどにたくましくなっていて。
前世の死ぬ間際みたいに、愚かな姿をさらすことなく、地面を軽快に蹴っていく。
息が上がって少し苦しいが、まだ心地いい。不思議と笑えてくる。
視線の先に、あいつの姿を捉えた。
昔から変わらない、不機嫌そうな表情。月日が流れ、色々成長したとはいえ、そこはいつになっても変わる様子はない。
ってか、むしろ変わらないでいてくれよ。そこ、チャームポイントだからね!
「……遅い」
「ごめん。ちょっと脳内ポエムが止まらなくて」
「……はぁ。また意味の分かんないこと言ってる」
「ははは……聞きたい?」
「いい」
ふんっ! と鼻を鳴らして、合図もなく歩き始める有紗。
何かと有紗について行くことが多い俺だが、必ずと言っていいほどに俺より先に待ち合わせ場所に居るあたり、有紗だなぁと思う。
朝のエモい気分が残っているのか。
「有紗」
俺は思わず、有紗の名前を読んでいた。
「なに」
「いやさ、今日も可愛いなって」
「あー、はいはい」
「いや軽すぎだろ……」
昔みたいに照れて欲しいんだけどなぁ?
「だって、聞きなれたんだもの」
「それほどに愛してるってことだよ?」
「はいはい」
「ちぇっ」
ちなみに、俺と有紗は付き合ってない。
なんだかんだでこの距離感が、落ち着いてしまっているのだ。
「そういえば今日、お母さんが伊織を家に呼べって」
「夜ご飯?」
「そう。全く、うちのお母さんの伊織好き、どうにか直して欲しいわ」
「現状維持でお願いしますッ!」
「……まっ、そういうことだから。先に帰んないでよね」
「了解であります!」
……完全に尻に敷かれてますねこれは。
まぁいい。いや、むしろいい。
「あと――」
有紗が追加で何かを言おうとしたとき。
「二人とも、おっはよー!」
元気溌剌な声が響いた。
その声を、俺たちはよく知っている。
「おはよ、七芭」
「おはよ」
「おはよ! 二人とも!」
幼稚園からの付き合いである俺たちは、今もなおこの関係が続いていた。
腐れ縁というかなんというか……不思議と、この先も続いていくんだろうなと、どこか思っている。
「何の話してたの?」
「今日の夜ご飯、私の家で食べるって話」
「あぁー! 確か今日、カレーライスだって聞いた!」
「なんでそんな詳しいんだよ」
「『今日の夜ご飯何~?』って聞くの、普通じゃない?」
「違う家の母親に聞くセリフじゃないんだよ……」
「有紗ママはもはや私のママみたいなところあるじゃん!」
「いや知らねぇわ!」
それが前提みたいに言うのやめてもらえます?
「た、確かに……」
有紗納得しちゃってるじゃん。
もしかして、俺だけ知らされてないパターン? おい泣くぞ。
「あぁー楽しみだなぁ」
「そうダネ」
七芭の笑みにあてられて、思わずクスッと笑ってしまう。
それは有紗も同じだったようで、ひそかに頬を緩めた。
――理想に限りなく近いリアル。
今こうして、控えめに言って可愛い二人と一緒に登校することが、あの時思い描いていた理想だったかは分からない。
だけど、間違いなく憧れだったと思う。
前世では、きっとなかったこの関係。
今は当たり前に感じられるけど、俺は前世の記憶を持って生まれたからこそ、どうしようもなく幸せなことなのだと感じられる。
可愛い女の子とイチャイチャ……は、してるかな?
……まぁそれは、これからに期待ってことで。
でも、間違いなく、今この場で言えること。声を大にして、誇りを持って言える事。
この世界に生まれて、よかった!
完
最終話まで見ていただき、ありがとうございました!
これからも執筆を続けてまいりますので、応援していただければ幸いです!
もう一度、ありがとうございました(o^―^o)ニコ