5 来るお家訪問!
鏡の前で、前髪を整える。
手鏡を駆使して、様々な角度から見て、自分がイケているかどうかしっかりと確認をし「よしっ」と呟いた。
「い、伊織? 鏡の前で何してるの?」
「……お母さん。これは男に必要なことなんだ」
「そ、そう……お母さんが手伝う事、ある?」
「大丈夫。自立してこそ、一人前の男というもの」
「あらそうなのね。頑張って!」
「うん」
お母さんから声援を受けながら、今一度確認を済ませた。
なぜ、幼稚園児にして身だしなみをチェックしているか。
それは――
『ピンポーン』
おっ、どうやら来たようだ。
「いらっしゃ~い」
「お邪魔します~。ほら、有紗も挨拶」
「お、お邪魔しますです……」
そう。今日は有紗が、俺の家に来る日なのだ。
ちょこんと佇み、ぎこちなくお辞儀をする有紗。
顔は強張っており、緊張しているのが見て取れる。
それをほぐすように、俺は有紗を迎えた。
「ようこそ有紗。私服、似合ってるね」
「っ……‼ う、うるさい、です……」
母親がいるからか、ちぐはぐな丁寧語を披露。
それすらも魅力的とか、可愛いって罪深いね!
よく観察してみると、今日はいつも下ろした長い髪を、花柄のシュシュで結んでいた。
髪型を変えてくるなんて……脈ありサインじゃないか。
可愛いし、心が躍ってステップを踏んでしまいそうだ。
「そのシュシュも、可愛いね」
「あ、う、うぅ……」
白い肌に際立つ、ほのかに染まった赤い頬。
普段みたいに冷徹に突き放すことが憚れるからか、素直な反応が見れて最高の二文字しか出てこない。えぇ、感無量です。
死ぬ間際に思い出すのはきっとこの表情だろうなと思っていると、後ろから明朗快活な声が響いた。
「伊織くん! お邪魔しますっ!」
「あっ、七芭ちゃん。いらっしゃい」
実は今日家に来るのは有紗だけでなく、七芭もなのだ。
ここ最近は三人で居ることが多く、ぜひということで誘わせてもらった。
可愛い女の子が、二人俺の家に……グフフ。
垂れそうな涎をずずずっとすすり、二人のお母さんに目を向ける。
「こんにちは! 今日はよろしくお願いします!」
「あらあら、良い子ね~」
「こちらこそ、娘をよろしく~」
お母様方の反応も上々。
ふふふ、俺の評価も鰻上りかな……。
「有紗ちゃん、七芭ちゃん! 一緒に遊ぼ!」
「うん! 遊ぼ遊ぼ!」
「う、うん、です……」
二人の手を引いて、リビングへとご案内。
た、楽しい‼
****
「うちの子、全然片付けとかやらなくて~」
「私もよ。読んだ本とか全部出しっぱなしで」
「どうしたらいいんでしょうね~」
チームママーんが子育ての悩みを共有しあっている横で、俺たちは某変身戦闘少女アニメを視聴していた。
七芭が「うおぉぉおぉぉ!!!」と歓喜する中、後ろで所在悪そうに座っている有紗。
地に足がついていないとはこのことで、かなりガチガチだ。
「有紗、もっとリラックスしていいんだよ?」
「べ、別に? だ、誰かのおうちにお邪魔することがなかったから緊張してるってわけじゃないし……?」
「説明どうもありがとう」
有紗の素直じゃない性格のことだ。
こうなるのは目に見えていたし、なんならこれを楽しみにしていたまである。
だってさ、めっちゃ可愛くない?
ひっそりと有紗の横に腰掛ける。
「今日の有紗、なんだかいつもと印象が変わって、可愛いね」
「っ……! う、うるさい‼」
「特にシュシュなんて、有紗に似合ってて可愛いよ」
「っ……‼」
作戦、褒めて落とす。
前世でイケてる後輩から「女性は褒めて落とすもんっすよ」と上から言われたのを律儀に守っている。
実際に効果があるようで、ムカつくがあいつには感謝しなきゃいけないようだ。
有紗が俯いて、シュシュをそっと触り撫でる。
「……実は、これお父さんが買ってくれたの」
有紗が自分から話を⁈
珍しいことに驚きつつも、嬉しさで心が満たされ声が躍る。
「そうなんだ! 有紗ちゃんのお父さん、優しいんだね!」
「……うん、そう」
「お父さんが選んでくれたから、きっと有紗ちゃんにそんなに似合ってるんだね」
何気なく呟いた一言。
しかし有紗にとっては違ったのか、俺の顔をじーっと見てきた。
顔にはてなマークを浮かべていると、有紗がはっと気づく。
「あっ、いや、そ、その……」
髪を何度も手櫛でとかしながら、視線を斜め下に落としながら言った。
「あ、ありがとう……」
薄ピンク色の唇を尖らせて、そう言う有紗に心臓をズキューン‼
あの「うるさい!」と「イヤ!」しか言わなかった有紗が、有紗がッ……!
「か、可愛いすぎる……パタッ」
可愛いが飽和し、思考がシャットダウン。
いい夢見ろよ、俺……。