4 泣けば勝ち
幼稚園に入学してから、二か月が経った。
未だに俺は、有紗と友達になれていない。
「有紗ちゃん! 今日は僕と砂場でコリント式の柱を用いた宮殿を」
「うるさい!!」
最近「イヤ!」から「うるさい!」に変わりました。
有紗のボキャブラリーの多様化を感じるだけで、俺たちの関係は一向に快方へと向かいません。
恋のキューピットさん⁈ サボらないで仕事して!
「ちぇっ」
「ふんっ!」
有紗はまた顔をしかめて、絵本を読み始めた。
入学してからずっと、有紗は一人で絵本を読みふけっている。
つまり――友達が一人もいない。
最初は有紗に話しかける子もいたのだが、今は俺か七芭くらいしかいない。
有紗は人を寄せ付けようとせず、排他的なファイティングポーズを常にとっている。少々性格に難があるようだ。
だが別に、どれだけ突き放されようが気にも留めない。
可愛いは正義だからね。
それに、
「あーあ。つまらないし、外でサッカーでもしようかなぁ」
大根役者もびっくりの白々しいセリフに、有紗がピクッと動く。
しめしめ。
「さてと、元気よく遊んでくるとするかなぁ」
「…………ちらっ」
予想通り、有紗が俺の方を見る。
それに合わせるように、俺は有紗をじっと見た。
見つめあう男女。
有紗の頬が朱に染まる。
「……な、なに」
「いやぁべっつにぃ?(ニマニマ)」
「……う、うるさい!」
……ね? 可愛いでしょ?
どうやら一人、というのも心細いらしく、だけど俺が話しかけると拒絶するという、まぁなんとも気難しい有紗なのである。
そんなところが性癖にぶっ刺さる俺であり、ありがたく横に座らせていただいている。
「……ちらっ」
「(ニマニマ)」
「っ……‼ ふ、ふんっ!」
……はぁ、キュンです!
「うわぁすげぇ……」
「あんなのどうやってできるんだ……」
他の園児たちに羨望の眼差しを向けられながら、砂場で一人、イオニア式の柱を用いた宮殿を建築する。
この特別視されてる感じ。たまらなく気持ちいいのだが、俺の心中は生憎の曇り空。
「はぁ」
ため息をつくと、まん丸の目で七芭蕉が俺のことを見てきた。
「どうしたの?」
「いやさ、最近有紗ちゃんが可愛くてさ」
「じゃあなんで、苦しそうなの?」
「有紗ちゃんが可愛すぎるからだよ」
「……?」
この気持ちは幼稚園児に理解できまい。
高度な訓練を受けた者にしか分かれない、萌えなのだから。
「それに、有紗ちゃん、冷たくてさ」
一定の距離を保たれるので、歯がゆいのだ。
本当は幼稚園児というある意味特別な身分を生かして抱き着きたいところだけど、それを有紗は許してくれない。
ちぇっ。
「確かに有紗ちゃん、ちょっと怖いよね」
「見た目天使なんだけどね」
「天使さん!」
「……もしかして、七芭にも分かるのか?」
「んー……うん!」
その年齢にして他との違いを理解しているとは。
素晴らしい萌えブタの才能を持っているじゃないか。
「その感性、忘れるなよ」
「ん……あー、うん!」
分かり合える仲間を見つけられて感極まって涙をほろり。
ふと、視界の端にきょろきょろと周りを見渡す有紗の姿が目に入った。
あれか。先生に一人で絵本を読んでいるところに声をかけられ、外に出されたのか。
丁度いい。有紗にこの宮殿を見せて、ギャフンと言わせてやろう。
「有紗ちゃん! ちょっとこっち来てよ‼」
「…………え」
あのー、露骨に嫌な顔するの、やめてもらえます?
並の園児だったら泣きわめいてママーんの胎内に帰還するわ!
……あぁーそうか。
俺は幼稚園児。この程度のことで泣きわめくのは、普通のこと。
そして泣いたらきっと、さすがの有紗でも放っておけまい!
「クックックッ……」
「伊織くん、こわぁい……」
こんなにも素晴らしい作戦を思いついてしまうとは、さすが精神年齢30オーバー。
思い立ったが吉日。いざ行かん!
「うぐっ、うぐっ……うわぁぁぁぁぁん!!!!」
「い、伊織くん? 大丈夫?」
「有紗ちゃんが、冷たいよぉ!」
……ちらっ。
「はっ! ご、ごめん、なさい……!」
有紗が顔に焦りを浮かべて、俺の方に駆け寄ってきた。
続けて泣く。
「そ、その、あの……」
有紗がテンパっている。
策が完全にハマったようだ。
クックックッ。思わずニヤけてしまうよ。
「一緒にあそ……あれ、笑ってる」
「あ」
「伊織くん、演技上手だね!」
感心するな七芭!
あわあわと有紗の顔色を窺う。
が、まぁ……言うまでもないよね。
「……知らないっ!」
「あ、有紗ちゃん……」
手を伸ばすも、不機嫌そうに長い髪を払って、どこかに行ってしまった。
……うぅ、ほんとに泣きそうだ。
「…………」
「……伊織くん、一緒に遊ぶ?」
「………………遊ぶ」
俺、精神年齢幼稚園児並な気がします……。