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今時のロールプレイングゲーム ~幼馴染と獣少女~  作者: 冷凍螽斯
二章 砕ける境界
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phase14 ロックンロール

 鬼島玲一(きじまれいいち)竜宮紅美(たつみやくみ)の二人は、約束の時刻より少し早く待ち合わせ場所のハンバーガーショップで落ち合っていた。〈マルサガ〉のプレイヤーとして今の瑞希の姿を早く見てみたい、という思いがそうさせたのである。

 ここに来るまでは頭のどこかに信じ切れない部分も残っていたが、実際に自分の目で小さな〈毛玉〉達を見たことで、もはや疑う余地はなくなっていた。


「あんな話を聞かされた時はどうしようかと思ったけど……これはもう、疑いようがないね」

「そうですね。早くティリアに会ってみたいです。きっと可愛いんだろうなあ」


 窓際の席に陣取って現実のティリアの姿に期待を膨らませていると、急に窓の外が薄暗くなった。停電でも起きたのかと(いぶか)しんだ玲一が店の外に目をやると、そこには周囲の〈毛玉〉とはまるで違う巨大な白い塊が鎮座(ちんざ)していた。


「えっ……」


 他の客も次々と異変に気付き店内はにわかに騒がしくなる。しかし客のほとんどは怖がったり逃げたりすることもなく、ただ呆然と目の前の異形に見入っていた。2mを軽く超える巨体に本能的な恐怖を感じつつも、平和なこの国において「正常性バイアス」は強固だった。

 駅の構内と連休中という状況、そして威圧感の少ない形から、どこかのゆるキャラの着ぐるみと勘違いしているというのもあった。


「みなさん!あれは危険です!離れて!」


 紅美が大声で叫んで立ち上がった。事情を聞いていたことに加えて、それが何なのかよく知っていたからだろう。玲一もすぐ後に続いて店の奥へ走り、パーティションの陰に身を隠す。直後、分厚い強化ガラスにビシリと亀裂が入り、粉々に砕け散って店内に飛び散った。


「「キャアアアアア!!」」


 女性客の悲鳴が店内に響き渡り、パニックを起こした客や店員は店の奥やレジ裏の従業員専用スペースへ逃げ込もうとするが、狭い所に一斉に殺到したせいで転び、踏みつけられ、飛び散ったガラスの破片で傷を負ってしまう。


「鬼島さんっ!これがティリアってことはないですよねっ!?」

「だとしたら今後の付き合いは考えさせてもらうよっ!!」


 動転しつつもどこかしら余裕が見える紅美に苦笑を返し、玲一は静かに状況を分析し始める。〈大白毛玉(アルブム)〉はユニークエネミーとはいえレベルは低く、玲一や紅美のメインキャラクターであれば一人でも楽勝の相手だ。その事が玲一の心にいくらかの余裕を生んでいた。


 とはいえ今の玲一は〈マルサガ〉のキャラクターではなく生身の一般人である。武器もなければ戦う術もない。この怪物に対して出来る事など無いに等しかった。


 幸か不幸か、怪物は何故かその場にとどまって動こうとしない。ゲーム通りなら玲一達がいる店内は間違いなく敵対範囲内のはずだが、割れたガラスが気になるのか、あるいは他の理由があるのか。目すらない白い毛の塊からは、いかなる心情も読み取れなかった。


「ディアドラだったらこんな奴楽勝なのに……鬼島さん、どうします?」

「逃げ道はあっち側にしかない。何かで気を引ければいいんだけど」


 玲一が考えあぐねていると、物陰から様子を窺っていた紅美があっと声を上げ、慌てて手で口を噤んだ。


「あそこ!あそこにいるのティリアじゃないですか!?」

「どこ?僕はあんまり目が良くなくて」

「あそこです、駅員さんに捕まってる!」


 玲一は目を細めて紅美が指差した方向を凝視する。淡いグレーの髪の子供が駅員に取り押さえられているのが見えた。顔までは分からないが、そんな珍しい特徴を持った子供がこの場に二人もいるはずがない。


「今、こっち見て手を振りましたよ!助けてくれるのかも!」

「だといいけど、ティリアは育成してなかったはずだから一人で〈大白毛玉(アルブム)〉の相手は厳しいんじゃないかな」


 ゲームと同じように動けると仮定しても、相手はレベル15のユニークエネミー。おそらくレベル1であろうティリアでは、いかにプレイヤースキルがあっても勝利は難しい。


 ユニークエネミーは同レベル帯の一般エネミーより色々な点で強力だが、特に目立つのは生命力や耐久力で、余程の戦力差がないかぎり戦闘は長期戦となる。ゲームと違って疲労もすれば痛みや死の恐怖もある現実では、戦闘が長引けば長引くほど厳しいものとなるのは容易に想像がついた。


「駅員さんに押し戻されてますね……」


 駅員を振りほどけないということはティリアの身体能力は見た目通りなのだろう。一筋の希望が見えたのも束の間、紅美の表情がみるみる暗く沈んでいく。玲一も同じ思いだったが自分まで暗い顔をするわけには行かないと、努めて顔に出さないように振舞った。


「大丈夫。きっと〈大白毛玉(アルブム)〉だって本調子じゃないはずさ」


 しかし、正直打つ手がなかった。〈大白毛玉(アルブム)〉は「毒に弱い」という弱点があるが、毒なんか持ち歩いているはずもないし現実世界の毒が効くかどうかも分からない。


 おもむろに怪物が動きを見せた。大きな丸い身体が僅かに縮むのを見て玲一に戦慄(せんりつ)が走る。それはこのユニークエネミーが戦闘に入るときに見せる動きだと知っていたからだ。

 分厚いガラスを簡単に破壊したあたり、〈大白毛玉(アルブム)〉の力は相当なものだと分かっている。得意の突進攻撃を食らえば人間などひとたまりもないはずだ。


 こんなことになると分かっていたら、と後悔の念が浮かんでくるが、ティリアのせいにするような情けないことは出来なかった。好奇心に負けてここに来ることを選択したのは他ならぬ自分なのだから。しかしまだ学生の紅美だけは何としてでも逃がさなければならない、と玲一は覚悟を決める。


「竜宮さん、僕が隙を……」


 玲一が口を開いた時、遠くの野次馬の列からどよめきが上がる。玲一も紅美も予想外の光景に目を見開いた。いかなる手を使ったのかティリアが駅員をかわし、こちらに向けて猛然と駆け寄って来ていたからだ。


                   :

                   :

                   :


 瑞希は怖気づく心を必死に押さえつけて駅の中を走る。近づけば近づくほど白い毛に覆われた怪物の姿がどんどん大きくなっていく。


(〈大白毛玉(アルブム)〉ってあんなにでかかったっけ?)


 ゲーム内で戦ったことは何度かあるが、その時のキャラクターはルインだったので今の瑞希とは目線の高さが大きく違う。なによりも圧倒的な戦力の差が、見た目よりも巨大に感じさせるのだろう。


 大型の獣にナイフ一本で立ち向かえと言われたら、それが肉食獣でなくたって尻込みしてしまうだろう。いくらか身軽でアイテムで小細工ができるとはいえ、瑞希もそれは変わらない。一度足を止めたら二度と立ち向かえる気がしなかった。


 瑞希は身に着けていたウェストバッグから小さな袋を取り出し、中に入っていた細かい砂を頭から被る。音や気配を隠してエネミーに感知されにくくなるアイテムだが効果時間はほんの僅かな間のみ。しかしそのわずかな時間が今の瑞希には何よりも重要だった。


 飛び出した時に野次馬がどよめいたせいで冷や汗をかいたが、〈大白毛玉(アルブム)〉の注意は未だに店の方に向いていた。瑞希はダガーを腰だめに構え、真っ白な毛皮に身体ごとぶつかるように切っ先をねじ込んだ。


 〈月相のダガー〉の刃先が、分厚い毛皮をやすやすと貫いて肉に食い込む。


(刺さった!!)


 生暖かい体液が吹き出して白い毛並の一点が紫色に染まった。次の瞬間、毛むくじゃらの怪物は不気味な鳴き声を上げて大きく身じろぎする。シューッという空気が漏れるような音が聞こえた。それが怒りを表していることは事情を知らない者ですら理解できるだろう。


「きょ、こっちだ!毛玉野郎!!」


 一番の見せ場に恐怖と緊張で噛んでしまうが、幸か不幸か恥ずかしがっている暇はなかった。突き刺したダガーをそのままにして反動のまま後ろに飛び退くと、間髪入れずに身を投げ出して床を転がる。


 その一瞬前まで瑞希がいた場所を白い怪物が回転しながら通り過ぎた。それは勢いのまま自動改札機の列に激突、おもちゃのように粉砕する。ゲーム内では見慣れていても現実で目の当たりにすると恐ろしさは想像以上である。運動エネルギーだけでなく別の力が働いているとしか思えない。


(こ、怖え……まともに食らったら一撃で終わりか)


 瑞希は素早く体勢を立て直し、ハンバーガーショップの店内に向けて声を張り上げた。


「今のうちに逃げろっ!早くっ!!」


 玲一達の返事を聞く暇もなく瑞希は身を低くして再び地を蹴る。そのすぐ横を〈大白毛玉(アルブム)〉の巨躯(きょく)が唸りを上げながら通り過ぎた。


 速度ではあちらの方が上だが、小回りでは辛うじて瑞希が上回っていた。攻撃パターンを熟知しているということも大きい。おかげで瑞希はギリギリのところで攻撃を回避することが出来ていたが、こうなってしまうと他のアイテムを使う余裕がなかった。


 瑞希は壁や柱や案内板など、あらゆるものを利用して白い巨獣の突進をかわし続ける。〈マルサガ〉でのロールプレイと同じように、敵の攻撃を一秒でも長く自分に引き付けておくために。


(死ぬ!これ絶対死ぬって!)


 泣きそうな顔で突進を避け続けるが、それがいつまでも続くものでない事は瑞希自身も分かっていた。駅のコンコースがすっかりボロボロになった頃、瑞希は疲労で身体が重くなってくるのを感じた。

 体当たりの余波が身体を掠めるようになり、飛び散った破片のせいで何か所もかすり傷を負っている。


「はぁっはぁっ、あっちとは、大違いだ、はぁっはぁっ、くそっ」


 ゲームならスタミナが低下しても攻撃や回避に制約がかかるだけだが、現実となればそれだけでは済まない。瑞希は息苦しさに顔を歪め、爆発しそうな胸を押さえて荒い呼吸を繰り返す。


(胸でかかったら、きっと、死んでたな、ざまみろ幸助、俺が、正しいっ)


 知らずに口の端が笑みの形に吊り上がる。生と死が紙一重という状況。遊園地のアトラクションなどでは得られない本物のスリル。怖くて苦しくて今すぐ逃げ出したいのに、何故か口元が緩んでしまう。

 そうしている間に距離を取って加速した〈大白毛玉(アルブム)〉が再び襲い掛かってきた。


「もうちょっと、休ませろ、よ!」


 生死をかけた鬼ごっこが再開される。自分の動きが鈍くなっていることは既に隠しようもなかったが、怪物の方も最初程の勢いはなくなっていた。疲労に加えて刃に塗っておいた毒が回ってきたのだと思いたかった。

 いくら毒が弱点とはいえ強力な毒ではないので期待していなかったが、この分ならうまく行くかもしれないと瑞希は僅かに表情を明るくする。


 だが同時に瑞希の体力も限界に近かった。肌の上を大量の汗が流れ落ちていく。濡れて張り付いたタンクトップが不快だった。これ以上ここで粘るのは難しいと判断した瑞希は、残りの力を振り絞って突進を避けると、ホームへ降りる階段の手すりに飛び乗り勢いのまま滑り降りていった。

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