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08.『悠君』

読む自己。

「終わったー!」


 僕は駐輪場に行ってから叫んだ。

 勉強は嫌いじゃないけどテストが終わるとやはり安心できる。


「水谷君うるさい」

「ごめん、ん? というか校門で待っててって言ったはずだけど」

「校門で待ってたら前みたいに逃げられる可能性があるから」

「GW終わってからはちゃんと帰ってるでしょ? 夜だってちゃんと送ってるけどな」


 あんなことを言ってくれても信用はされていないということか。

 溜め息をつきながらもふたりで校門へと歩いていく。


「ねえ、お腹空いた」

「あ、テスト終わったしなんか食べに行こうか」

「甘いのがいい」

「うん、そうしよう」


 少しルートを変えて駅近くの喫茶店に行くことにした。

 着くと静か過ぎる空間というわけではなく、比較的賑やかな空間が僕達を迎える。

 人がいなくて適当に座っていいということだったので、どうせならと窓際を選択し座った。


「え、向かいじゃないの?」

「うん、水谷君の顔を見てても仕方ない」


 とまあ可愛気のないことを言ってくれてるけど、甘いものを食べればなにも問題はない。


「僕はレモンティーとホットケーキにしようかな」

「じゃあ私も同じので」

「え、どうせなら違うの頼みなよ」

「いいの、早く」


 店員さんを呼んで注文を済ませた。

 それにしても……こうして対面に誰もいないとひとりで来ているみたいだ。

 横に彼女がいてもスマホを弄られていては、悲しさしか込み上げてこない。

 あのときの笑顔にドキッとしたのは、間違いだったのかもしれなかった。


「ね、今日は帰るの面倒くさいから泊まっていくね」

「うん、そっか……は?」

「水谷君だって送るの大変だし、どうせ住んでいるようなものでしょ?」

「全然違うんですけどぉ……」


 運んできてくれたホットケーキをナイフでギコギコと切りつつ落ち着かせる。

 ちらりと確認してみれば、彼女も同じようにしていてその小さな口にケーキを運んでいた。

 その口からさっと視線を逸らしつつ、泊まった場合をシュミレートしてみることに。

 和佳のご飯を「美味しい!」と味わうのは当然として、女の子だしお風呂にも入るだろう。

 それでその後は「べつに」とか言って平気で部屋でくつろいでそのまま爆睡……、無理だろこれ。

 しかも運が悪いのは明日が休日だということ。……下手をすればその後も居続ける可能性があった。


「ねえ井口さん、流石に泊まりはなしにしてくれない?」

「ん? いふぁだ」

「そこをなんとかお願いしますっ」

「ん……ふぅ、私のこと嫌いなの?」

「違うよ、ただ僕らは歳頃だしさ……」


 どうしたら納得してくれるだろうか。

 そこで全く手をつけていないホットケーキの存在に気づく。

 ナイフで切ってしまったけどフォークをつけたわけじゃない。

 これをあげて+あと奢ると言ってしまえば、彼女だって認めてくれるはず!


「これあげるよ、あとお金も僕が払うからね」

「ありがと」

「だから泊まりはなし――」

「決めたことだから、約束だからこれ貰うね」


 くっそぉ……この鈍感アホやろう!

 残ったのはレモンティーと彼女が泊まるという事実だけ。

 まあいいや、和佳の部屋で寝てもらえばいいんだから。


「美味しい?」

「ん、美味しいっ」

「……くそやろう……」


 明るい声を聞いただけでドキッとするとか僕の心臓大丈夫だろうか。

 普段が無表情で声音も平坦だから魅力的に聞こえてしまうのが問題だ。 


「え?」

「ゆっくり食べていいからね」

「うん」


 窓の外に視線を向けてストローで紅茶を吸っていく。

 もうすぐ梅雨だ。

 彼女と過ごすようになってからまだ半月も経ってないけど、凄く早く時間が経過しているように感じた。

 梅雨が終われば夏になって、夏が終われば秋や冬になる。

 いつもどおりで当たり前な流れなのに、彼女と関わっているだけで少しワクワクするのは何故だろうか。

 このまるで響かない彼女がどうなるのか、僕もまたどう変化するのかがまるで分からないけど、悪くない一年になるのではないかと僕は楽観視していた。


「ごちそうさまでした」

「もうちょっとゆっくりでも良かったんだよ?」

「水谷君が暇そうにしてたから、早くあなたの家に帰ってあげようと思った」

「できればあなたの家に帰ってくれないかな?」

「それは無理な相談、お金払って早く帰ろう」


 仕方ないのでお金を払ってお店を後にした。




 夜。

 ご飯も食べ終えて入浴も済ませた僕はリビングのソファに寝転んでいた。

 井口よりも先に入ったのは彼女や和佳の希望だったからだ。

 和佳は洗い物がしたいとかそういうので、井口のはただ単純に面倒くさいからというだけ。

 なんというかあれだ、女の子としての可愛さが全然違くて困ってしまう。


「水谷君、出たよ」

「うん、あ……」


 喫茶店から彼女の家に取りにいったため僕の服を着ているとかではないけど、何故だかシャツしか着ていなかったため言葉が止まった。


「ちょ……ズボンとかスカートは?」

「これから寝るだけだしわざわざ履きたくない」

「し、下着はちゃんとつけてるよね?」

「それくらいはつけるよ、当たり前のことでしょ」

「うんうんっ、良かった!」


 よし、常識がある子で良かった!


「じゃあ僕は部屋に戻るから、和佳の部屋で待ってあげてね」

「え」

「え?」

「水谷君――悠君のお部屋で部屋で寝るけど?」

「ちょ、ちょっと待てー! ど、どうしてこのタイミングで名前呼びっ?」

「だって和佳さんも水谷だし、紛らわしいから」

「……まあそれはいいとして、同じ部屋は駄目だよ」

「なら寝る前までいる」

「……ちゃんと帰ってよ?」

「うん」


 自室へと輸送。

 本当になんてことはない普通でシンプルな部屋だ。 

 でもあれか、これくらい綺麗にするべきだと彼女へ伝わればそれでいい。


「なんで立ってるの?」

「あ、うん……」


 彼女もベットに座るとかはしなかったから良かった。

 彼女が床に座っているのにベットに座るのは忍びなくて、少し距離を離して向き合うように座りこんだ。


「ねえ井口さん、君の両親は帰ってこないの?」

「家賃とかのお金を払うときだけ来てくれる」

「あー、そういうのできなさそうだもんね」


 二重振り込みとか未納とかありそうで両親も心配なんだろう。


「喧嘩、しちゃったのかな?」

「ううん、ひとり暮らししてみたいって言ったら「そうなのね」って」

「か、軽いなあ……。あ、ナコちゃん大丈夫かな?」

「……ちょっと心配だけど、ナコばっかり気にしなくていい」


 こちらを見るその顔は少し怒っているようにも感じた。

 こういう少女らしいというか人間らしいところを見せられると、正直意識してしまうからやめてほしい。


「餌もあげたしちゃんとお水も置いといたから大丈夫」

「うん、僕も見たし、大丈夫だよね」


 ごろんと床に寝転ぶ。

 変わっていないようで変わってて、変わってると思ったら変わってなくて。

 井口陽菜乃という女の子を理解できる日はくるのだろうか。

 僕が手を伸ばして彼女も同じようにしてくれれば触れ合える距離にいるというのに、とてつもなく距離が遠い気がする。


「井口さん、君は――」

「陽菜乃でいい」

「井口さん、君はいまなにを考えてるの?」

「なにも考えてないけど、あ、やっぱりナコのことかな」

「だろうね、猫好きだって言ってたもんね」


 それが落ち着くようで少し悲しい。

 興味がないとか言っておきながらすぐにこれか、本当に周りの男子とまるで変わらない。

 いやそれどころか顔も良くないし性格も良くないので、より最低とも言えるが。

 彼女のことについて分かっているのは、可愛いと猫好きだけだ。

 寂しがり屋とかすぐ怒るとか、そんなのはでまかせを言ってみただけで。

 やっぱり関わっても表面上しか分からないんだなあ……。


「眠たいの?」

「いや、ただ転びたかっただけだよ。井口さんこそ眠たくないの?」

「眠くないよ、結構夜ふかしするタイプだから」

「そっか。テスト終わって良かったね、井口さんが一緒にやってくれたから捗ったよ、ありがと」

「私はほとんど寝てただけだから」

「はは、いいんだよ、僕がそう感じてるんだからさ」


 あー、なんか心地良くて眠たくなる。

 同級生の女の子と部屋にいてこれでいいのかとも悩むけど、決して悪いことじゃない。

 あのとき短気を起こしていなければ、こうはならなかったかな。

 それとも、もう少しくらいは彼女を響かすことができていたのかな。

 好きというわけじゃないけど、やっぱりこの子が近くにいるのが当たり前というか……。


「眠たいんでしょ?」

「うん……ちょっとね。君といると心地良くなって眠たくなるんだよ」

「私といると?」

「うん。でもさ、和佳姉の部屋に行ってくれる? もう寝ようかなって」

「分かった、おやすみなさい」

「うん、ありがとね。おやすみ」


 彼女が出て行ったのを確認してからベットに転んで電気を消す。

 そんな先のことはどうでもいい。いまは目の前のことに集中すればいい。

 決して時間が経たないと分からないことに、うつつを抜かしていたら彼女に失礼だから。 

 だからモヤモヤを捨てて、僕は寝ることにだけに集中したのだった。

テスト終わるの早いね。


現実でのテストは

中学まで真面目に一切勉強してなかったな、と。


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