07.『最悪』
読む自己。
中間テストが来週にあるということで学校に残ってテスト勉強をすることにした。
ここでは少し苦手な数学に取り組んで、家では得意な教科をやっていこうと計画を立てる。
やらないから分からないだけということもあり、全然捗っていたんだけど――
「水谷君、帰ろ」
「また君か……」
彼女の空気の読めなささは時間が経っても健在らしい。
「井口さん、一緒に勉強していかない?」
「いい、一夜漬けで大丈夫」
「いや、これが初めてのテストなんだからさ、頑張ろうよ。ほら、君が一緒にいたい僕だって残るんだし」
「自意識過剰だね。寧ろあなたが私と一緒にいたいんじゃないの?」
「そうだよ」
「ほらね、やっぱり」
冗談も通じない、と。
一応誤解されないよう訂正しておいて、再度誘っておいた。
「分かった、勉強をしていく」
「うん、頑張ろうよ」
やっている最中に教室から人が去り、気づいたときには彼女とふたりきりだった。
だというのにどうしてここまで良い雰囲気というのがないんだろうか。
目の前で「お腹減った」「帰りたい」「面倒くさい」とか呟く彼女だから?
いつもはおろしている髪の毛を結んでポニーテールにしていても響かないのは何故なんだ……。
「水谷君、疲れた」
「なにも手が動いてなかったけどね」
「あ、やっぱり私に興味があるんだ」
「そりゃまあ中身最悪でも見た目は可愛いしね」
「テスト勉強してください」
あなたに言わたくない。
それから僕は十八時くらいまでやって片付けを始めた。
ちなみに彼女は十七時を超えたくらいから寝始めて、いまではすーすーと穏やかな寝息を立てている。
いや本当に黙っていれば可愛い子なんだけど……。
「井口さん起きてー」
「んー……おんぶして」
「僕は自転車登下校だから無理かな」
鞄を持って立ち上がる。
一応見ておくと彼女も目をゴシゴシと擦りながら立ち上がった。
「鞄は?」
「……全部片付けて」
「あーもう……」
丁寧に鞄へと戻してそのまま持ちつつ廊下へ。
「フラフラしてたら危ないよ」
「手、繋いでて」
「いや、それはできないかな」
「今回は無理やりじゃないでしょ」
「はぁ、分かったよ」
下駄箱まで移動させて自分で彼女にも靴を履かせる。
先に校門へと彼女を行かせて自転車を取ってくることに。
そして合流し、学校から出て少ししてから思いだしたことを聞いてみることにした。
「井口さん最近、山本さんと仲良くできてるよね」
「うん、結月が来てくれるようになった。だから教室も少し居づらくなくなったかな」
「それは良かったね、あの子も不満抱えてるから見ていてあげないと駄目だけど」
「多分、発散するのが私より上手だから大丈夫」
「確かに家とかで発散してそう」
レースゲームとかやって叫んでそうだ。
こうして普通に受け答えしてくれるのに、言うことはあまり聞いてくれないんだよな彼女は。
だから勉強に誘ったときに「やる」と言ってくれたのは地味に嬉しかった。
中身がダメダメ少女だって分かってるけど、それでもなんだかんだでいてくれないと寂しい。
これが洗脳されているのだとしても、高校三年生まで友達ゼロよりはいいだろう。
沈黙に包まれていたものの、あの別れ道にはすぐにやってきた。
「じゃ、気をつけてね、もう暗いしさ」
やっぱりこんなんでも心配になる。
あのときの自分が怒っていたとはいえ、放置するべきではなかったと後悔していたのだ。
「猫」
「え? どこ?」
「猫見せてあげる、だから付いてきて」
「分かった」
少しくらいは信用してくれたのだろうか。
彼女が連れていってくれたのは小さな二階建てのアパートだった。
自転車置き場に自転車を止めて階段を上がる彼女を追う。
「ここだよ」
「へえ」
彼女が鍵を開けて扉を開けてくれたので中へ入らせてもら――
「汚っ!?」
カップ麺の空とか書類の山とか本とかが散らばっている。……おまけに彼女のであろう下着とか……。
「そんなに汚くない、いいから靴を脱いで進んで」
「りょ、了解」
外から見ても分かるとおり狭い空間だった。
安地に座らせてもらって彼女を見る。
「あ、あのさ、せめて下着くらい片付けようよ」
「しまうと面倒くさいから」
「ゴミ袋ってない? 片付けたい」
「そこ」
書類は流石に捨てられないので空き容器を捨てていく。
それにしても両親は住んでいないのだろうか……。
いや、もし両親が住んでいてこれなら虐待とかそういうのもありそうだ。
数分で片付け終わって安地が増えて安心。
「井口さん猫は?」
「ベットの上で寝てる」
「え、み、見せてよ」
「? 布団捲くればいいじゃん」
「仮にも君が使っている布団なんだよ? できないでしょ……」
そもそもこの様子だとひとり暮らしをしていそうだしいる時点で矛盾してるけど。
「仕方ない、はい」
「おぉ、雑種かな?」
彼女が布団を捲くると、そこにいたのはまたまた灰色と黒のシマシマ猫だった。
「うん、ナコって名前で女の子だよ」
「ナコちゃんか、ご主人さまより可愛いねー」
「にゃー」
「うんうん、ご主人さまより可愛いね君は」
ご主人なんて「面倒くさい」しか言わないからね。
仮にもし彼女が「にゃ~」とか言ったら、……それは悪くないかもしれない。
「あれ、怒らないんだナコ」
「怒るの?」
「うん、結月には怒ってたよ?」
「へぇ、やっぱり可愛くていい子だナコちゃんは!」
ここで少しくらい嫉妬したり彼女が怒ってくれれば可愛気もあるんだけど、ところが残念、彼女はいつまでも至ってそのままというわけだ。
恐らく照れるときなどやってこない。だからこそ自由にできるというわけでもある、かな。
「水谷君、私はここでひとり暮らししてる。場所はこんなのだけど、しっかりお小遣いも貰ってるよ?」
「うん、それであの汚さだったんだよね、分かるよ。そしてお小遣い貰えて良かったね~陽菜乃ちゃん」
「うん、満足してる」
……なんかこうなったら彼女を照れさせたいっ。
「よしよし」
「なんで頭撫でるの?」
「手を繋いだらどうかな?」
「なんで手を繋ぐの?」
「……抱きしめ……できるわけない……」
敗北を喫する。
どうしてここまでガード最強少女に育ったのだろうか。
今度は逆に将来結婚できないのではないかと心配になってしまう。
「ねえ井口さん、校外学習の日と喋り方違うくない?」
流石にそんなことは言えないので話題逸らし。
「あのときは怒ってたから、乗りたかったアトラクションに乗れなかったのは悲しかった」
「でも、山本さんがひとりじゃ怖かっただけって言ってたけど」
「うん、だから八つ当たりした」
「えぇ……」
「そもそも入り口付近で迷子になってるほうが悪い」
高校初の校外学習であの結果は本当に悲しかった。
せめて山本さんなり浅野君が教えてくれても良かったのに、誰ひとり言ってくれなかったから。
待て、そもそもメンバーに含まれていたかどうかすらも怪しい。
平気でこの少女が嘘をつくと分かってしまったからだ。
「僕に八つ当たりした理由は?」
「お友達いないし静かそうだったから。でも、面倒くさい人だったから正直微妙」
「君こそ可愛いくせに中身が微妙だよっ」
決して響かないのにナンパまがいのことをしている僕も微妙だよっ。
「……でも、ちょっと優しいから、嫌いじゃない」
少し気恥ずかしそうに頰を掻きながら微笑んだ彼女に、不覚にもドキッとしてしまった。
慌てて視線を逸らして顔を俯かせるものの、ナコちゃんが真っ直ぐに見てきていたたまれなくなる。
「あ、そろそろ帰るよっ、もう和佳姉が心配するから!」
「なんでそんな慌ててるの?」
「なんでって、あ……」
まあそりゃそうだよな。
彼女は布団を捲くりあげた後、ベットに座っていて。
僕はその前の床に座っていた。
僕が恥ずかしさから俯き、いたたまれなさを感じて急に立ち上がれば――
「い、井口さん近いって……」
ま、距離がどうしても近くなってしまうわけだ。
何度も言うけど見た目だけは良くて、黙っていれば美少女と言える彼女。
なにより少しぷるぷるしてそうな唇を見たら心臓が落ち着かなくなった。
「あ、水谷君」
「な、なにっ?」
「今度和佳さんにお弁当作ってって頼んでおいて」
「あー、そうだよね、君ってそうだよね」
気恥ずかしさなんて消えて、正直馬鹿らしくなっていた。落ち着いて普通に立つ。
「購買のパンも美味しいけど、ご飯が食べたい。家ではラーメンとか麺類しか食べてなくて……」
「……ねえ井口さん、君さえ良ければ夜に僕の家でご飯食べる? その後はちゃんと送ってあげるからそれでどうかな?」
「でも遠いって言ってた、水谷君が大変になるでしょ?」
「いいよ、カップ麺とかばっかり食べられる方が落ち着かないよ」
なにを言っているんだか。
でもあれだ、僕のはただ単に逃げだったわけだし、彼女に興味を抱いているのは本当のことだ。
そしてその興味を抱いている子が女の子らしからぬカップ麺生活、見過ごせるわけがない。
「どうかな?」
「うん、水谷君がいいなら」
「うん、じゃあいまから行こうか」
「分かった。ナコ、ちょっと行ってくるね」
「にゃー」
うん、やっぱりご主人さまも可愛いと認めるしか僕にはできなかった。
見た目が良いから、可愛いところ見せてくれたから態度変えるなんて、最悪としか言えないけどね。
まだまだちょろいんにはしないぞ。