06.『謝罪』
読む自己。
僕は声をかけず彼女の前に座った。
頬杖をついて彼女の顔を凝視する、彼女もまたこちらを無表情で見るだけだ。
「それで?」
なんで泣いたのとも、なんで泣かせた奴にこんなこと頼んだのとも、口にしない。
「人間は自分勝手。だけど相手を泣かせたら結局こうして来てしまう弱さがあるよね」
「いや、僕は単純に施設の人に変なのが残ってたら迷惑だと思っただけだけど」
可愛かったら強くも言いにくいだろう。
これがブサイクとかだったら僕も腕掴んで乱暴に連れ帰るところだけどね。
「あのさ、他の男子に似たのやったら怒鳴られるからね? よく考えた方がいいよ」
「自分は違うアピール? その割には「鬱陶しいんだけど」とか口にしてたけど」
席から立って彼女の腕を強く掴む。
フードコートからも施設からもそのまま出て、駐輪場に行ったら離して傘を手渡した。
「はい、その傘はあげるから」
「勝手に帰ったらまだ呼びつけるから」
自転車のロックを外して乗る。
「どうぞご自由に、もう来ないから風邪引いても自業自得だよ」
自転車を走らせる。
質が悪い女の子だ。脅すようになってきたら関わろうとは思わない。
それが彼女にとって自由な権利なら、構わらないのが自分の権利。
家に着いてすぐにお湯を張る。
面倒くさいのでその間に髪の毛や体を洗ってさっさと浸かった。
「はぁ~やってらんね~」
和佳姉のお弁当も食べられないし、またあの面倒くさいのに絡まられる可能性大だ。
GWで心底良かったと思う。そうじゃなきゃやっていられない。
すぐにお風呂から出てタオルで拭いた後、全裸で二階へと上がった。
パンツとズボンを履いて服着てベットに寝転ぶ。
「悠君……」
すぐに和佳が気まずそうな表情を浮かべてやって来る。
「……なに?」
「あ、謝ってきた?」
「いいや? あいつもう面倒くさくて勘弁してほしいね」
言葉遣いが悪くなっても仕方ないと考えてほしい。
あそこまで自分勝手だとは思わなかった、反省しているかと思えばあれだからね。
「お、お弁当……」
「だからいいって、あいつに謝るくらいなら和佳姉のを食べられなくてもいい。頑張ってくれても僕はなにも返せないからね、困ってたんだよ」
考えるだけで終わっていた。
和佳が喜んでくれるようなことを思いつかないし、できないし、してやれない。
だったら食べられなくてもそれでいい。負担をかけないようにするのが唯一できることだ。
「なんで……」
「なんでは、あいつに聞いてほしいね」
頑固なのは向こうも同じだから。
和佳も泣いて出ていってしまった。
涙脆いなあ皆。
GWが終わって月曜日、僕が教室に行くと既にあいつは自分の席に座っていた。
あれからトークからも退出し、ブロックもしてあるので気が楽な、そして退屈な時間を過ごせた。
和佳ともほぼ一週間くらい会話をしていない。それだけは気がかりだけど。
「水谷く~ん」
「おはよ、廊下行こうか」
「うんっ」
裏を知っているから違和感しかないな。
教室の壁に背を預け彼女が喋るのを待つ。
「ねえ、陽菜乃と喧嘩したでしょ?」
「は? 喧嘩って仲良い同士じゃないとできないよ」
「……初日、陽菜乃びしょ濡れで私の家に来たの」
なるほど、やっぱり自分勝手な奴だ。
僕が渡した傘なんて使いたくなかったということでもある、と。
「悪口言われたって陽菜乃泣いてたけど」
「で?」
「え?」
「だからさ、それでそれを信じたってこと?」
「いや……ただ気になって」
「気になったんだ、一応分かろうと動いてあげてるってことだよね」
というか、僕とあの子がそもそも友達ですらなかったことを思いだす。
「ま、泣いてたならさ、山本さんがフォローしてあげてよ」
「水谷くんは?」
「いや、僕はもうあの子の相手するの嫌なんだよ。訳がわからないし、悪口だって言ってくるしね。しかもそのくせ、僕が言い返すと泣くんだよ。山本さん、君の力でなんとかできないかな?」
こちとら和佳なお弁当だって食べられないようになってしまったんだ、それなのにホイホイ来られたら多分手がでる。それかもしくは悪口ぶつけてまた泣かせるだろう。
「そこまでやる義務ってないでしょ。それにどんな理由であれ泣かせたなら、それはあなたが悪いとしか言いようがない。そんな人のお願いなんて聞かなくていいよね?」
「そうだね、ごめん、忘れて」
自分の席に戻る。
可愛いから、女だから味方するなんて本当にどうしようもない世界だ。
あの場で言われるならともかく、見てもいないのに勝手に女=正しいと思いやがって。
「水谷……おい、凄い怖い顔してんぞ?」
「うん、ちょっとむかついててね」
「……いま言うことじゃないかもしれないけどさ……あのさ、今週の土曜日、水谷の姉ちゃんと会わせてくれないか?」
「あーごめん、いま喧嘩中なんだよ。だからあのお弁当もないし、今日からずっとお昼抜きなんだよね」
「は? あ、あの姉ちゃんと喧嘩したのか? 仲良いように見えたけどな」
「まあ結局は他人同士だからね、分かり合えないんだよ」
女心が分からないのが悪いのかもしれない。
浅野君に謝罪をしてそこで会話を打ち切った。
昼休み、頬杖をついてぼけっとしているとあいつがやって来た。
「購買行こ」
「勝手にどうぞ」
彼女は顔を支えている方の腕を引っ張って「行こ」とまた言ってくる。
「早くっ」
「うざい」
「……ここで泣いたらみんな私の味方するよ?」
「勝手にどうぞ」
はぁ~やってらんね~お腹空いた~和佳の弁当食べた~い。あと、こいつがうざい。
「……陽菜乃、私が付き合ってあげるよ~」
「結月……うん、じゃあ行こ」
僕はちらと見てきた山本さんにありがとう口パクで伝えて頬杖をついた。
いやうん、なんだかんだ言って優しいな山本さんは。
全然関わりがなくて表裏の差が激しくて。
本来なら苦手なタイプの人種だけど、思いやりの心も兼ね備えているわけだ。
仮に井口さんを助けたかっただけだとしても、それで十分、なんなら土下座して感謝しても良かった。
数分して彼女達が戻ってくる。
井口さんは自分の席に、だけど山本さんは僕の席の前に立った。
「水谷くん、仲直りして」
「……そのメリットは? 僕が面倒くさい井口さんに絡まれるだけなんだけど」
可愛いからこそ、そういう言動や行動が目に余る。
可愛いからなんでもやっていいと考えている内は、上手くいかないだろう。
「……私はあなたの願いを叶えたよ~? なら……あなたも私のお願いを聞くべきだよね~?」
「君も質が悪いなあ」
思いやりの心なんてなかったということかよ。
見返りを貰う前提で、断られないよう自分の正しさを完成させてから求めるなんてね。
「分かったから、君に似合わない真面目な顔で見るのはやめてほしい」
「し、失礼だな~!」
「仕方ないな……和佳のお弁当食べたいしな……」
教室が嫌いとか言っておきながら、教室でコロッケパンを食べている彼女の腕を掴んで廊下に連れ出す。
「こぼれる」
「井口さん、えっと、まあごめんあのときは」
「うん」
「というわけで、和佳に言っておいて。そうしないと和佳のお弁当食べられなくなるから」
とはいえ彼女と和佳の間に接点はないわけだし電話を掛けた。
出たのを確認してから彼女にスマホを手渡す。
「あ、はい、謝ってくれました、はい、それじゃあ」
スマホがすぐ返ってきて僕はポケットにしまった。
教室に入ろうとしたとき、大きな声で「悠君!」と聞こえてきて――
「大好きっ」
こちらを抱きしめて泣く姉の姿が側にあって。
「和佳姉、お弁当作らないって言ったのは和佳姉だよ?」
「だ、だってぇ……あの言い方じゃあ私のがいらないみたいじゃん……」
「そんなことないって、和佳姉のお弁当が食べられるから乗り切れるんだよ、学校を」
この仲間もろくにいない空間で生き延びる術だ、それは。
「明日からまた作るからねっ?」
「いいから離れて。大丈夫、この目の前のもしゃもしゃコロッケパン食べてる女の子が変なことしなかったら、喧嘩することもないからさ。この変な子とならともかく、和佳姉とは喧嘩したくないから」
「うん……」
抱きつくのをやめてくれた和佳の頭を撫でて落ち着かせる。
「ありがとう、いつも感謝してるからね」
「うんっ。……あ、お友達待たせてるからもう……戻るね」
「うん、また家でね」
なんか妹を相手にしているみたいだ。
和佳が戻って行って教室に入ろうとしたら今度は井口さん――井口に止められる。
「水谷君はシスコン?」
「あー、まあそれもいいんじゃない? 魅力的だしね和佳姉って」
井口や山本さん見ても魅力的に感じないのは、優しくて寂しがり屋で甘えん坊で可愛らしさ百%の和佳と接しているからだろう。
「おっぱい大きいしね」
「そうだね、弟の僕でも揉みたいって思うしね。君はないよね胸」
「必要ないよ、ジロジロ見られるだけだし」
「あ、そう。ま、戻ろうよ」
この子は最後まで謝罪すらないと。
ま、その方が勘違いせずに済むか。
いつもならこの辺りで惚れてるよね。