05.『施設』
読む自己。
「悠く――」
僕は部屋に訪れた和佳に手のひらを見せて止める。
「うん、分かった、じゃああのいつも別れる場所で、また後でね」
電話を切ってスマホを置き、
「どうしたの?」
扉に手をかけたまま固まっている和佳に話しかける。
「いや、GWだからどっか行こうと思ったんだけど……お友達?」
「あーうん、井口さんが来いって言ってきてさ」
しかもそれと集合場所しか伝えてこなかった。
もう少し詳しいことを教えてもらいたいものだけど、暇なので断らなかったのだ。
「そっか~じゃあ気をつけて行ってきてね~」
「和佳姉こそどっか行くなら気をつけてね」
現在は十時で集合時間は十一時、……まあいろいろやっておけばあっという間に時間がくるだろう。
だから支度をして割とすぐに家を後にした。
自転車で行っても二十分くらいかかるので丁度いいはずだ。
集合場所に着いたのは五十分で既に井口さんが待っていた。
少し気になったのは何故だか制服姿ということ。
「おはよう」
「おはよ。あ、どうして自転車で来たの?」
「どうしてって僕の家こっから二十分くらいかかるから」
「へえ、まあいいや。なにか買ったときに物いれられるしね」
「それよりどうして制服?」
似合ってるけど休日、GWにまで着ていなくてもいいと思う。
「私服がない、商業施設行こ」
「え……それって僕の家の近くなんだけど……」
「わざわざ私にそっちまで行けって言いたいの?」
「はいはい……来ますよいくらでも」
結局行くことになるんだから……まあいいや。
倍くらいの時間をかけて商業施設にたどり着く。
大型連休ということもあって中には沢山の人がいた、というかいすぎた。
ただ歩くだけでも困難なので、相方の手を握って人が少ない所を目指して。
比較的空いてる空間に着いたら彼女の方へ向き直る。
「ごめんね、人が多いからさ」
「べつに、百円ショップ行きたい」
「了解」
ショップはこの先だ、離せばいいのに離さないで彼女を連れて行くことに。
ショップのラインナップもどんどん良くなっており、ここに行けば大体は揃うという画期的さがある。
「なにが欲しいの?」
「ハサミ」
「き、切らないでよ?」
「縁を切る、なんて」
こういうときばかり笑顔で言うんだから怖い人だ。
一旦手を離して僕も自由に見ることにした。
グラスとかお椀とか、また今度食器を買って帰るのも悪くないかもしれない。
文房具とかは少し微妙だけど、こういう種類の物は自分の扱い次第だから。
「水谷君、会計済ましてきて、私は目の前のペットショップにいるから」
お金も渡さず商品だけを渡してきて彼女はショップから出てしまった。
百円+税なのでまだいい……か。
会計を済まして対面のペットショップに行くと、猫を凝視している彼女を発見してしまう。
僕は横に立って「買ってきたよ」と残し、隣の一匹を見ることに。
アメリカンショートヘアーという種類で、灰色と黒のシマシマ模様の猫。
自分の横にいる子より純粋無垢な表情及び目をしていて可愛いと素直に言える。
「猫って可愛いよね、人間より信じられる」
「それじゃあ猫に相手頼んだら? 学校にも連れてきてさ」
「家にいるけど、外に連れていけるわけないじゃん、水谷君って馬鹿だね」
ほら、猫の方が可愛い。
せっかく可愛くても言うことが可愛くなかったら台なしだ。
「井口さんが飼ってる猫見たいなー」
「だめだよ、汚い手で触ってほしくないし」
「普通に来てほしくないって言えばいいじゃんかー」
仕方ないから気にせずショップを出て歩いていくことにした。
それにしても本当に服屋さんばかりある施設だ。隣合っていたり、数店舗先にあったりと、中々に退屈な風景とも言える。
二階に上がれば多少はマシになるけどこれまた服屋服屋服屋。家電量販店があったりゲームセンターがあったりするのはまだ救いだろうか。
「あ……付いてきてないし……」
なんのためにここに来たんだろう。
彼女が欲しかったハサミだけを持ってひとりで二階に上がって、上がったすぐの所にある本屋には入らず店頭に並べられた本をジロジロ見ていたら彼女が来た。
「普通、置いていかないと思うけど」
「明らかに拒絶オーラが凄がったからですからね、もう別れてもいいようにハサミ渡しておくから」
彼女の腕に袋をかける。
暇つぶしになっているかと問われれば、なっているようでいないような中途半端な時間だ。
「水谷君ってモテなさそう」
「正解です」
女の子の友達だって昔は多かった、それでもそこ止まり。
気づけば離れ、離れ、とにかく離れて自分の周りには誰も残らなくて。
顔も良くなければ性格も良くない人間の『普通』ってやつを、僕は常に体験しているわけだ。
だから自分と違って異性にモテそうな彼女に言われたところで、「そうだね」としか言えない。
「そういう井口さんはモテそうだね」
「正解です」
「はは、潔くて助かるよ」
やっぱり偽らない人間の方が好きだ。
自分と接するときだけは謙遜とかもいらない。
堂々と無表情で認めてくれればそれで良かった。
「だけど向こうから来る子は信じられない」
「山本さんと同じこと言ってるね」
「ついでに言えば自分から行ってもその子がいいとは限らない」
「何回も言わなくたって分かってるよ、僕が信用できないってことでしょ」
本から意識を外して二階の他の場所をチェックしていく。
ホビーショップ、服屋、雑貨屋、服屋、フードコート、まあ一階よりはやっぱりマシだ。
その服屋率に辟易としながらもフードコートの空いた席に座って頬杖をつくことに。
「だからなんで勝手に行くの?」
「知らないよそんなの」
目の前に座った彼女から意識を外して俯いて。
「ほら、そうやっていい反応を見せないとすぐにどっか行くのも、男の子の悪いところだよ。でもね、あなたたちが自由にするように、私たち女にだって自由にする権利があるわけ。それが分かっていない、自分たちがなにをしてもいいと考えるから、信用できないんだよ」
「あ、そう」
これもまた男子=ってやつか。
面倒くさいので訂正はしなかった。
「じゃあ井口さんが自由にするように僕にも自由にする権利があるよね?」
「まあ」
「それで僕はこうして座っていたわけだけど、どうして君はここに来たの? 物だって返したし帰っても問題はないと思うけど。それともそうやって他所で感じた不満を、全然関係ない相手にぶつける権利があるって言いたいの?」
「……そうやってすぐ不機嫌になるところも」
「だからそれでいいんだって、嫌なら帰ればいいじゃん。なんで好き好んでそんな微妙な人といようとするわけ? なにMなの?」
なんでもかんでも言われて肯定できる強さはない。
山本さんに言ったとおり、自分は弱いからだ。
だからこそ彼女がするように自分を守らなきゃいけないわけで。
「ほら帰りなよ、そろそろ鬱陶しいんだけど」
逃げたと言われたくないので僕は席から動くことはせず。
彼女が僕を嫌だと思って帰った、という流れにしておきたい。
動く気配が全然感じられなかったので正面を見てみると、唇を噛み締めて涙を流している彼女が。
……もう負けでいい、逃げだと言われてもいい、面倒くさくてフードコートを後にした。
エスカレーターで一階に下りて出口へと歩く。
ところで、あれって自分が悪いのだろうか。
散々好き勝手言って自分でもそういう権利があるって言って。
いざ言われたら涙を流すってどれだけ弱いんだって話だろう。
駐輪場で自転車の鍵を外し乗って。
一度だけ施設を振り返って、それからこぐことに集中した。
「はぁ~やってらんね~」
リビングのソファに寝転んで気持ちを表にだす。
聖人なんかじゃないんだ、好き勝手言われたら言い返したくもなる。
「悠君?」
「あれ、家にいたの?」
「うん……それより井口さんとのお出かけは?」
「知らない、泣いたから置いて帰ってきた」
「え? な、泣かせたの?」
「そうだね、理由はどうであれ泣かせたのは本当だからね」
勝手に泣いてろって話だ。
あの子だって自分を守るために言った結果がこれでも、多分後悔はしていないのだろう。
言われる覚悟がない状態で言ったわけではないはず。
あの涙は……あれだ、なんでこいつには自分の可愛さが通用しないのかという悲しさ、かな。
「謝らないとだめだよっ」
「え~? なんで……」
「なんでって女の子を泣かせるなんて最低だよっ」
「はぁ……」
面倒くさいので『ごめん』とだけメッセージを送っていた。
それを見せて「謝ったよ」と言ってスマホの電源を落とす。
「電話か直接だよっ」
「嫌だよ。あの子さ、面倒くさくて仕方ないんだよ。なにがしたいのかさっぱり、人のこと信用できないとか言うくせに休日に呼んで、言いたいこと言ってっ、それでこっちがちょっと言ったら泣いてだんまりだからね。やってらんないや……」
「……謝るまでお弁当作ってあげないから」
「……じゃあそれでいいや、和佳姉だって大変だっただろうしね。部屋戻るよ」
部屋に戻ってベットに寝転んだ。
なんとなくスマホを眺めるとメッセージがきており――
『迎えに来て、来てくれるまでずっとフードコートにいるから』
内容は脅迫と言っても過言ではないもので。
「は? 迎えに来いとか……」
自分を泣かせた相手に迎えに来てくれって凄いとしか言いようがない
しかも外は先程と違い雨が降っている……。
仕方ないので自転車に傘を一本だけさして施設に向かった。
ある意味強いメンタル。