04.『苦笑』
読む自己。
「水谷く~ん!」
「うん? あ、山本さん、どうしたの?」
「ちょっといいかな~?」
僕はちらりと井口さんを確認してから「いいよ」と答えて廊下に出ることにした。
彼女も追ってきたものの「廊下じゃないと嫌なの~?」と少しだけ寂しそうな表情を浮かべている。
そういうわけではないけど、単純に聞かれたくないのではと考えたからだ。
「周りの人に聞かれたくないだろうなって考えただけだよ」
「お~優しいね水谷くんは~」
「それほどでも。それで用は?」
彼女は僕の手を握って、
「私の荷物持ちもよろしく~!」
最高の笑顔を浮かべてそう言ってくれた。
……やっぱりこういうタイプだったのか。
「陽菜乃のだけを持っていたら疑われちゃうでしょ~?」
「適度になら大丈夫だけど」
「適度か~ちなみに陽菜乃にはなにしてるの?」
「鞄持って一緒に帰るとか?」
「なら私も送ってよ~」
あれって“送り”と言えるのかな。
一応会話はあるけど相変わらず引ったくるように取るからね井口さんは。
汚いとかそういう風に考えているのならやめればいいと思うけど。
手を離してと伝え距離を作る。
「山本さん人気だろうから他にも沢山いると思うけど」
「あ~、向こうから来る子は信用できないから」
またまたやっぱりなと内心で苦笑した。
そう言ったときの表情は冷たく突き放すような声音だった。
この子もこの子で信用できるかもしれないと評価を改める。
「山本さん、不満があるならぶつけていいからね」
「え~?」
「僕、偽っている人間とか嫌いなんだ」
「ふぅん、私のこれが偽ってるって思うの?」
「そうだね、簡単に言えば媚びを売る人間が好きじゃないってだけだよ」
皆に好かれれば問題は起きにくくなるけど、だからこそ発生する問題というのもある。
変に見てくれがいいのもそれに拍車をかけるのだ。
井口さんが言っていた「なにをしてなくても悪口を言われる」というやつの逆。
恐らくそのまますればするほど、彼女のことを気に入らない人間の不満感を高めるだけだろう。
可愛いや格好良いがそれなりに空間で魅力的だと思えなかったのは、これが原因かもしれない。
自分を曲げて周囲が求める理想像を演じようとするのは、素晴らしいと思うけどね。
「なんだ、もっと弱い人かと思ってたけど違うんだ」
「弱いよ、僕は普通にね」
興味を抱けないとか言って自分を守っているだけだ。
それこそ“偽っている”と分かる。
自分が偽っているからこそ、相手にはそうであってほしくないと考えるのかもしれない。
「ま、よろしく、水谷くん」
「うん、よろしくね」
昼休み。
僕はお弁当を持って彼女に付き合う。
ちなみに、山本さんは放課後だけに用があるらしいので競合することはなさそうだ。
購買近くのベンチに座って僕らはご飯を食べていた。
彼女はいつもどおりコロッケパンをもしゃもしゃと食べている。
僕はと言えば和佳の手作りお弁当、うん、いつも美味しい。
「みずふぁにくん」
「食べ終えてから話しなよ」
「……ん、結月と仲良くなったの?」
「仲良く? はは、君と同じように荷物持ちに認定してきただけだよ」
地味に自分の家が遠いので、できる限りは引き受けたくないけど。
「やっぱり水谷君も可愛い子だから仲良くしてる」
「僕も男だからね」
ただまあ、総じて『可愛い』には裏があるわけで。
素直に喜べるような流れではないのは確かだ。
「可愛いじゃなかったら興味も抱かない」
「そうかもね」
自分のことを棚に上げて言わさせてもらうと、どうせなら可愛いとか綺麗の方がいいだろう。
お得感があるし、なによりワンチャンがあったら幸せになれると思う。
「最低」
「そうだねー」
「だから男の子は信用できない」
「それくらいでいいんじゃない? 自分を守らないとね」
女の子だろうと結局は自分で守っていくしかないのだ。
優しい男女、特別な男女といたところで、恐らく本当に大切なときには力にはならない。
疑心暗鬼になって当たってしまうかもしれない。向こうが愛想尽かすかもしれない。
だから信用されなくていい、信用してくれとも言ってないのだから。
「ごちそうさまでした。水谷君、お散歩」
「よく信用できない人間と一緒にいるね」
僕もごちそうさまでしたと言ってからお弁当箱を片付ける。
「信用できないけど、多分、変なこともしないだろうから」
「いやいや、その綺麗な髪に触れたいって思ってるよ?」
「水谷君はいま嘘をついた、興味なんか抱いてない」
「どうだかね、まあ行こうか」
お散歩と言っても校内をぐるりと周るだけ。
彼女の少し後ろを歩きながらキラキラとしている髪の毛の動きを目で追う。
最近は分かったことだけど、意外と女の子の髪が好きなのかもしれない。
明るかったり暗かったり、サラサラしていそうだったり綺麗だったり、魅力的なのは確かだ。
しかし流石に見すぎてしまっていたようで、足を止めた彼女の背にぶつかってしまった。
「あ、ごめん」
慌ててふたり分くらい距離を取る。
その間も彼女はこちらを見はしなかった。
「ど、どうしたの?」
「……べつに、教室戻ろ」
「あ、ごめんね?」
「大丈夫」
その割には黙って固まっているだけ。
……また怒らなければいいけど……。
駐輪場から自転車を持ってくるとかごに鞄がひとつ入れられた。
入れてきた人物はニコニコ――ではなく、少し冷たそうな表情を浮かべている。
偽らなくていいんでしょう? と言いたげなものだった。
校門で待っていた井口さんは入れず、少し先を歩いていく。
やっぱり怒ってしまっているようだと分かって溜め息をついた。
沈黙、誰も喋らない。
これでは一緒に帰っている意味はないし、できるならしたくないんだけどね。
「そうだ、山本さんは教室で全然井口さんと喋らないよね、なんで?」
「ん、表面上だけのお友達だからかな」
先を歩いていると言っても人三人分くらいの距離でしかないのに普通に言うのか。
「そもそも、本当の意味でお友達だと言える子がいるか分からないけど」
「暗いね、別人すぎて笑っちゃうよ」
「あなたが言ったんだよ、偽らなくていいって」
「まあね、これからもどうぞ」
こちらの悪口を言ってこないなら害はないし構わない。
「とりあえず、クラスの男の子がうざい」
「それはすみません」
「そうだよ、水谷くんがやっていなくても男子=になるんだよ」
「そういうものだよね世間って」
ひとつミスを犯したら組織全体が怪しく思えるようにね。
気に入られようとする男子の方こそ少しでも良く思ってもらえるようにと動くはずだ。
大袈裟に反応してみせたり、僕は、俺は相手よりも優れてるってアピールをしていく。
実際に格好良い子が多いので、それで響かせられる人間は多いかもしれない。
でも、こういう表では偽る子にとってそれは逆効果だ、多分。
先程も言ったけど偽っている人間こそ他人のそういう態度や雰囲気に敏感だと思う。
そしてそれを見る度に自分が嫌になる……のかなあ。
どんな理由からであれ偽るということは、少しの逃げたさもあるからではないだろうか。
彼女がどういう理由からそれをしているのか分からないままでは、意味のない考えかな。
「あ、こっちだから、ありがとね」
「うん、じゃあね」
井口さんと違って優しく鞄を持って彼女は帰っていった。
僕は先を歩いている井口さんに追いつく。
「井口さん、今日の昼休みごめんね」
「べつに」
「それで明後日からGWだけど、その間はべつにいいの?」
「あー、連絡先交換しようか」
「え、信用できないのに?」
「急に出かける用事ができるかもしれないし、私から言うなら問題ないでしょ?」
「それならいいけど」
スマホのメール機能を使うような時代ではないのでIDを教え合って登録をする。
あ、意外にもフルネームで登録しているみたいだ。
その場で『よろしく』と送ったら『こちらこそ』と送り返されてきた。
信用できない相手と連絡先交換って凄いなというのが、正直な感想。
「ばいばい」
「うん、気をつけてね」
自転車に乗ってこごうとしたとき――
「あ、待って」
彼女に呼び止められて足を止める。
「水谷君、私の言っていたことは間違っていなかった」
「あ、表面上だけってやつ?」
「そう、人間みんなそうだよね」
「うんとは言えないね。だってそうしたらカップルとかおかしくなっちゃうでしょ?」
体裁、友達ゼロ人だと笑われないよう一緒にいるのだとしても、付き合いたいくらい、抱き合ったりキスしたくなるくらいのカップルがそうだとは思えなかった。
「一緒にいても好きでも表面上しか分からない」
「そうかな? 僕はこの短時間で君が寂しがり屋って分かったけど?」
「短時間で分かられた気になるのはむかつく」
あのバス内のときみたいに髪を弄ってこちらを睨む井口さん。
「あと意外とすぐに怒るところも分かったよ?」
「はぁ、水谷君と接したのは間違いだったかも」
「そう言わないでよ」
「早く帰って」
「君が呼び止めたのに……じゃあね」
相変わらずよく分からない女の子だ。
しかしこれで初めて異性の連絡先をゲットできたと思えば、問題はなかった。
イベントが書けないから、ただ喋って好きになるだけ……。
なんかこう説得力がある、何故好きになったのか分かる描写を、書きたいね。
あと句読点絶対入れたくなるんだよな、変な場所で。