02.『安心』
読む自己。
鞄の中に教科書とかをしまって帰ろうとすると井口さんがやって来た。
一応井口さんの感じは、綺麗と可愛いが混じった見た目。髪色は黒色。和佳と違って身長が自分と同じくらい――大体、百六十三くらいあって、かわりに胸がない……言わないけどね。
「水谷君、今日は十七時まで校門の所に待っていてくれる?」
「うん、分かった」
今日は十六時半をもう超えてるし三十分くらいなにも問題はない。
だから自転車を持ってきて校門で待っていると、またあの男子と一緒に彼女が現れた。
「おい、また待ってるぜあいつ」
「荷物持ちだから、はい」
「うん……」
別に井口さんに興味があるわけじゃない。ただ、この男子はいてほしくなかった。
恐らく、彼女のことを好いているのだろう。僕を見る彼の目は冷たいものだった。
彼女の鞄を持ったままふたりを追っていく。
ホイホイと家を知らせることになるが、大丈夫なのだろうか。
何度も言うが興味はないから悪用なんてするつもりはないけど。
「ここまででいいよ、返して」
「はい」
うーん、だから優しく受け取ってくれればいいのに……。
自転車に乗って自宅へ帰る。
「はぁ……」
ソファに寝転んで溜め息をつく。
駄目だ、訳が分からなくて仕方ない。
付き人みたいにあの男子がいるならその人に手伝ってもらえばいいのに僕に拘る理由はなんだ。
「ただいま~」
「おかえり」
「あ~そこ私の場所だゾッ」
「ごめん、今日もお弁当美味しかったよ、ありがとう!」
「どういたしましてっ」
流しに置いて容器を洗う。
「ねえ和佳姉、友達ってどうやって作れるかな」
「意識して作るものじゃないかな」
どうせなら井口さんとそのまま友達になれたら気が楽だけどな。
障害は間違いなくあの男子、というかそもそも井口さんが一番よく分からない。
自分から頼んでくるくせにお礼も言わないで引ったくるように取るし、嫌な顔をするしで、そんな顔するくらいなら関わらなければいいと思うのは俺だけだろうか。
「やっぱりほしいの?」
「そりゃまあ……ゼロよりイチでしょ」
「女の子のお友達がほしいの?」
「というかさ、変な風に絡んでくる子がいるんだよ。荷物を持てって頼んできてさ、持ったら持ったで嫌な顔をするし……」
「虐めじゃないよね?」
「違うよ、そこは安心してくれて大丈夫だよ」
地味に傷つくんだよね引ったくられるように取られると。
「明日、お姉ちゃんがお昼休みにクラスに行くね」
「別にいいけど」
「どんな子か紹介してね」
「え」
翌日、確かに和佳はやって来た。
可愛くてなにより胸がでかい和佳に皆が注目する。特に一年男子はやられ放題だ。
「やっほ~」
「うん、これから和佳姉が作ってくれたお弁当を食べるところだったんだよ」
「それよりも~その子を紹介してよ~」
あ、そういえば今日はどうして来ないんだろうか。
実は昨日までの契約でもう用がないということかもしれないが、和佳の頼みなので井口さんの所に彼女を連れて行った。
「井口さん、これが僕の姉なんだけど、井口さんのこと知りたいって言ってたから連れてきたよ」
「うーん? 固まっちゃってるよ?」
「え、あ、本当だ……」
それに横にいたあの男子も同じく固まってしまっている。
男子はともかく同性の彼女なら耐性があると思ったが……。
「ねえ、井口さん?」
「……はい」
「そんなに緊張しなくて大丈夫だよ~二年生なんだから私は~」
「あの、水谷の姉ちゃんなんですか?」
お、どうやらあの男子君が僕の名字を覚えてくれたみたいだ。
「そうだよ~! 悠君のお姉さんです!」
「水谷君少しいいかな」
そんな盛り上がりを余所に彼女は普通に誘ってきた。
「うん、廊下行こうか」
廊下に出ると彼女がぼそりと言った。
「告げ口したってこと?」
「いいや、よく分からない子に絡まれてるって説明しただけだよ」
「購買行こ」
「了解です」
マイペースで安心する。
それよりあの男子君が和佳にデレデレしてたけど大丈夫だろうか。
それに不機嫌になってこちらに八つ当たりされたらたまったもんじゃない。
また買ってきたのを持って教室へ戻る――
「戻らないの?」
「うん、今日はここで食べる。貸して」
「はい」
……お弁当持ってくれば良かった。
なんだろうかこの子は……自由というか勝手というか、いつまでも分かりそうにない。
「ねえ井口さん、僕じゃなくてさあの人に頼めばいいんじゃないの?」
「あのふぃと?」
「……ほら、いつも一緒に帰ってる人だよ」
あとついでに睨んでくる人ね。
「ああ……全然知らない人だけどね」
「は? 一緒に帰ってるでしょ?」
「少なくとも私は興味ない」
一方通行ということか。名前呼びも勝手にしている? ……どうでもいいけど。
「でさ、あとゆづき? って人はどこにいるの?」
「お店から出てきたときにもうひとりいたでしょ? あれが結月」
「なるほど。で、僕が行く予定だったメンバーって誰なの?」
「私とあの人と結月とあなた、だよ」
「教えてくれてありがとう」
どうしてこういうメンバーになったんだろうか。
陽キャグループが温情で入れてくれたわけではないだろうし……。
「水谷君、もう少し付き合って」
「どこ行くの?」
「お散歩」
「……了解」
校内を歩いていく。
うん、まあ見た目がいいこともあって井口さんは他の生徒によく見られていた。
それか単純に「なんでこんな奴と?」と疑問に思っているのかもしれない。
「水谷君、お姉さんと仲良いの?」
「まあ、悪くはないよ」
「おっぱいでかいよね」
「そうだね」
「否定しないんだ?」
「事実だからね」
それで和佳に変な人が近づいてきていつも困ってる、かと思えばそんなことはなかった。
なんというか無防備だけどそういう話が全然ないのだ。
ちなみに、自分もないので姉弟揃って微妙となっている。
「そろそろ戻らないと午後の授業始まるし、あの人に怪しまれるよ?」
「できるだけ教室にはいたくないの、だからこれからは付き合ってよ」
「……その場合はお弁当を持ってくるから」
「うん、戻ろうか」
いつまで続くんだろう。
翌日も同じようなものだった。
少し違ったのはあの男子君に井口さんが絡まれていたこと、かな。
「おい陽菜乃っ、どうして最近昼とかに教室にいないんだよ」
「トイレとか購買行ってるんだよ」
「……あいつが関係しているのか?」
「水谷君? べつに、私が教室にあんまりいたくないの」
彼女は男子君――浅野君に笑って「もういいでしょ」と言った。
しかしその笑顔は暗く冷たいような印象で。
「浅野君」
「み、水谷っ……」
「和佳姉に興味あるの?」
「は、はぁ? ね、ねえよ……」
「僕で良ければ紹介するけど? だって姉だしね」
浅野君をなんとかすれば僕のお友達計画は一歩進むことができる。
きっと友達になれば命令されても受け入れられるようになるはずだ。
「うーん、そうだなあ……」
「というかさ、浅野君は井口さんのことが好きなんじゃないの?」
僕のことを睨んでくるし自分はそうだと確信している。
「は? いや、そんなことないけど」
「え? じゃあなんでいまだって……」
「単純に気になっただけだぞ?」
「僕を睨んでくるのは?」
「睨んでないぞ……あ、目が悪いんだよ少し、だからだろうな」
そういえば中学生のときにいた目の悪い友達がそんなこと言ってたか。
「水谷君、早く」
「あ、うん、じゃあね浅野君」
「おう、じゃあな」
彼女の鞄を受け取って少し後ろを歩いて付いていく。
彼女の髪が揺れる度にそれを目で追っていると、急に振り返って言った。
「水谷君はあんまり他人を怖がらないタイプ?」
「そうだね、コミュ障というわけでもないけど」
「ふぅん、じゃあなんでひとりでいたの?」
「なんでだろうね、あんまり魅力的な人がいなかったというか興味が持てなかったっていうか」
環境が変われば簡単に消えると分かっているものに一生懸命になっても仕方ない、と。
その割には井口さんと友達になろうとしているのはおかしいけどね。
「私も一緒、あんまり興味持てないんだよね」
「結月……山本さんは?」
「お昼休み一緒に過ごしていれば分かると思うけど」
「形だけってこと?」
「そうかもね」
これはもしかしたら山本さん達も友達認定していないかもしれない。
となれば、僕が言ったところで無駄に終わる可能性が高いと。
「もうほぼ五月だけどさ、これまでどういう風に生活してたの?」
「そんな無意味なこと聞いて意味あるの?」
「確かにね、井口さんに興味あるわけじゃないし、やめておくよ」
「うん、そうした方がいいよ。あ、ここでいい、じゃあね」
かごに入っていた鞄を持って彼女は歩いていく。
そう難点は彼女といるとき自転車に乗れないことだろう。
まあそれで会話するのも危ないしこれで良かったとも考えることもできるか。
「ただいま~」
「おかえりっ」
「和佳姉、今度浅野君と出かけてあげてくれない?」
「浅野君と? べつにいいけど」
「うん、よろしくね」
いまはただ浅野君と普通状態にしておこう。
今日見ていた感じクラスで人気者みたいなので困ったときにいい存在になりそうだから。
無気力系? うーん、興味ない系? 陽菜乃どうなるんだろうね。






