15.『理由』
読む自己。
井口さん達に騙され、山本さんに変なことを言われてから一週間が経過した。
朝、ベットを下りようとした僕は違和感に気づいて足を止める。
……どうやら少しだけ体調が悪いみたいだ。
あれからきちんと傘をさして登下校をしていたというのに、……もしかしたら意外と精神の方が参っていたのかもしれない。教室には僕と関わった全員がいるわけだし、仕方ないのかもね。
休むのは簡単だけど逃げたと思われたくない。
それにあの日から山本さんだけではなく井口さんも来るようになったので、こちらに来てしまう理由を与えたくなかった。……お見舞いに来るとかそういうことを考えてるのが、自惚れかもしれないが。
とにかく、最初で最後の難関である和佳チェックを逃れて、外へと出なければいけない。
ぱぱっと洗面所での活動を終わらせ、リビングのソファに座る。
「悠君ごめんなさい! お、お寝坊しちゃって……」
「あ、それなら購買でパンでも買うよ、ちょっと食欲ないからもう行くね」
制服に着替えて鞄を持ち廊下へ――
「待って悠君、もしかして風邪でも引いた?」
動揺しながらも「違うよ、胃もたれしちゃってて」と答えて廊下へ。
危ない危ない。それでもああやって言っておかないと朝食を作ってしまうので仕方ないのだ。
さぁ、今日もよく分からない女の子達と戦おうじゃないか。
……あと一時間で解放される……。
体調は微妙に悪くなっていて、最後の一時間――五十分がかなり大変に感じた。
僕が戦わなければならなかったのは彼女達ではなく、自分の体調のようだとは割とすぐに気づいたが。
四十、三十、二十、十、そして終了、と。突っ伏すことなく最後まで僕は戦いきった。
今日が金曜日で本当に良かった。すぐに帰る気にはなれなくて僕はしたかった突っ伏しを実行。
「水谷君、もしかして体調悪いの?」
「いや、雨だから少し休憩していこうかなって」
顔も見ないまま井口さんと会話。……まだ騙し足りないのかもね。
「嘘でしょ水谷君、水谷君が強がったり嘘をついたりするときってギュッと手を握るよね」
「そんなことないよ、浅野君が待っているだろうし帰りなよ。また月曜日にね」
カラカラという音が聞こえてきて顔を上げてみれば、何故だか前の子の席に座る井口さん。
「仕方ないから付き合ってあげるよ」
「はは、君が付き合ってるのは浅野君でしょ」
「……実はさ、あの次の日、誕生日に別れたんだ」
「え? もう、あんなことやってるからだよ」
「うん、それが理由だった。痛烈なプレゼントだったなあ……」
なんで浅野君もそんなことをしたんだろう。程度の差はどうであれ彼もしていたというのに。
一生懸命になってほしかったのは、彼女のおかしいところを正してほしかったということだろうか。
「ねえ水谷君、あの日なにを買ってくれたの?」
「君の髪に似合うだろうからってリボンのヘアゴムをね。綺麗な黒髪に白色のリボンがついてたら、より可愛くなるだろうなって思ってたんだけど、貰ってもらえなかったから山本さんに押し付けるようにしてあげちゃった。計算であってもさ、君が中間テスト期間のときに見せてくれたポニーテールが可愛いと思ってたから。あ! またこれで笑われる結果になっちゃったね」
簡単に可愛いとか言う人間は信用できないと言っていたのに、笑われたのに性懲りもなくこんな馬鹿みたいなことをすぐに言ってしまう。
可愛いって罪作りな存在だな。僕みたいな人間からも簡単にこういうのを引き出してきてさ。
「まあ、信用できないのはお互い様ってことでさ、今回は笑うの許してよ」
「……水谷君、ナコ見に来る?」
「あ、ナコちゃんか、うん、行かせてもらおうかな」
今日は金曜日だし大丈夫だろう。
過去のごたごたは片付けたつもりなので、あくまでいまはクラスメイト、友達として家を訪問させてもらうだけだ。
学校から彼女の家が近くて助かった。大して苦労なく彼女の家に着いて上がらせてもらう。
「ナコー水谷君来たよー」
「にゃー!」
「はははっ、ナコちゃんは僕のこと好きだなー、僕も好きだけど!」
アタックするように来てくれたナコちゃんを抱いて座る。
シマシマ模様やつぶらな瞳を見ると落ち着く、……それに少し前に戻れたみたいで……。
「み、水谷君なんで……」
「あ、……いや、ごめん、なんか以前を思いだして涙が出てきちゃったよ」
ナコちゃんを濡らさないように腕で拭う。
やっぱり僕にとって、井口さんが近くにいるのは当たり前だったんだ。彼女も同じように近づいてくれて、喋り方も変えてくれて、これからもっと仲良くできるかもしれない、というところであれだからね。
怒りとかよりも寂しさとか悲しさが勝ったのかもしれない。
付き合えなくてもそれはどうでも良かった。ただ、暇つぶしに退屈凌ぎに使われて辛かっただけで。
「ナコちゃん、僕を癒やしておくれ」
「にゃ」
「ははは、ありがと舐めてくれて」
優しいなあ……。なんでこっちの言葉や雰囲気を理解できるんだろうなあ。
井口さんが優しく接してあげてるからかな。……僕にも優しくしてほしかったけど仕方ない。
「……ちょっと転んでもいいかな?」
「うん……」
彼女を抱いたまま寝転んだ。
やっぱり体調が悪いのは本物らしい。
「ナコちゃん、ご主人さまの所に戻って」
抱くのをやめると移動していってくれた。
腕で目を覆って少し休憩。
そういえば、彼女はきちんとご飯を食べているだろうか。夜も来なくなってお昼ご飯もまた購買のパンに戻って、正直、心配になる。
「井口さん、ちゃんとご飯食べてる? もしあれならまた来ていいんだよ?」
「……ねえ、おかしいよ君」
「え?」
「私はあんなひどいことをしたんだよっ? なのに怒るどころか優しくしてくれて……、怒ってくれた方が気が楽だよ」
「いや、山本さんにも言ったけど、騙された僕が悪いんだよ。君も言ってたでしょ? 騙されてくれるとは思わなかったって、単純だったんだよ。可愛い子が側にいてくれて、そんな子がいつでも話してくれる毎日が楽しかったんだ。ま、でもほら、いい機会になったからさ、ありがとね」
計算や作戦でなければこういうことは有りえないと気づかせてくれた。
自分がいつだって傍観者で、指を咥えてそれを羨ましそうな目で見る立場なんだと分からせてくれた。
だったら、責めるのは違うだろ。今度は本心から「ありがとう」と言っておけばいいんだ。
皮肉じゃない、だってそも彼女を責める気は僕の中に存在していないのだから。
「そんな顔しないでよ」
覆うのをやめて見上げて見れば、これまた泣いてる彼女の顔が見えた。
後々に泣くくらいならしちゃ駄目だ。その可愛さを、自分の価値を、下げてしまっては駄目だ。
偉そうだが相手が自分で本当に良かったと思う。ま、これは、言わないでおこう。
「ごめんなさい! ……謝っても許してもらえないだろうけど、ごめんなさい……」
「はは、君から初めてまともに謝罪された気がするよ。でもね、謝らなくていいんだよ、ありがとうって言ってほしいんだ」
その理由はなんであれ、例えそれが単なる時間潰し、退屈凌ぎであったとしても、利用させてくれてありがとうって言ってほしい。あなたのために少しでも役立てたならと、喜べる気がするのだ。
「うん……ありがとう水谷君」
「うん。さてと、そろそろ帰るよ、帰って寝たいんだ」
体を起こして彼女の足元にいるナコちゃんを一回撫でて立ち上がる。
「待ってっ、……今日は泊まっていきなよ」
「いや、そういうわけにも……」
「い、いいからっ、……少しでも返していきたいの、チャンスをください」
「……ま、少し遠いし……」
ださいなあ。信用できないとか言っておいてすぐにこれかよ。
でも、井口さんはともかくナコちゃんといられるのは嬉しいし、また泣かれても困るから仕方ない。
「ナコちゃん、明日までよろしくね」
「にゃー」
「うん、ありがとう。井口さん、少し寝ていいかな」
「うん、いいよ」
「ありがとう」
消したら暗いのに電気も消してくれた。
優しいところはあるんだから、二度とあんなことをやってはいけないよ、内心でそう呟く。
どうして信用できないはずなのに心地良さと眠気を感じているのかな。
まあいいか、少し寝て体調を良くしよう。
「ナコ、乗っちゃだめだよ」
「にゃ」
「大丈夫だから、毛布かけておくから」
私は畳んであった毛布を広げて彼にかけておいた。
体調が悪いのに無理して学校に来たのはなんでだろう。
彼の横に座って頭を撫でる。少しでも落ち着いた時間になればいいなと考えての行動だ。
だけど、どうして責めてくれないのかな彼は。匠馬だって誕生日の日に怒鳴ってきたくらいなのに。
自業自得なのに痛い、辛い、本当は逃げたい。怒鳴ってくれたほうが楽だった。
「ナコ……、どうしてこの子はこんなに優しいのかな」
「にゃ……」
なんの涙だこれは。被害者面して泣くなんて最低としか言えないのに。
「あの……」
「ひゃっ!? ご、ごめんなさいっ」
「違うよ、泣かれたら嫌だからさ」
「あのね、君が怒ってくれないことが辛いの。だからさ、治ったら怒ってね、そうしないとだめなんだ」
前に進むことができない。
退屈だったのは本当のことで、匠馬となにもしてこなかったのも事実だ。
気づけば恋人なのに一緒にいることも減って、なにか協力して楽しめることを探していた。
それでどうして人を騙して楽しもうとなったのかは分からないけど、この子を利用してたんだよね。
お友達がいなくて、柄も悪くなくて、人の良さそうなこの子を。
そして、それは成功してしまった。いや、人選ミス、優しすぎてしまったんだ。
楽しかった。なにもしてこない匠馬より積極的で、付き合い始めた頃に戻れた気がしたんだ。
可愛いとか言われて照れなかったのは、そういう後ろめたさがあったからかもしれない。
初めて商業施設で泣いたのは、……正論すぎてどうようもなかったから。
間違っているのはこちらで、彼はいつだって正しかった。
「こら、泣いちゃ駄目だよ」
「そ、そういうのじゃだめっ」
「これ以上は無理だよ、だって君は気づかしてくれたんだ、僕の正しい生き方というのをね」
「だからそういうことじゃ……」
彼は目を閉じて首を左右に振る。
違うんだ、謙虚に生きろと伝えるためにしていたわけじゃないんだよ。
怒らないのはもう見限られてしまったからなのかもしれない。怒るのは興味がある内だけ。
されて当然だけど、切るなら切るで怒ってからにしてほしい。このままじゃここから動けないまま、
「悠! 怒ってっ!」
またまた自分勝手に行動してしまった。
体調が悪いときにすることではない。それでも、体調が悪いときに騒がれたらイライラするだろう。
ついでに信用できない人間からの呼び捨てっ、怒らないわけがない。最高の作戦だ。
「……陽菜乃も一緒に寝る?」
「え……と」
……まさかまた名前で呼んでくれるとは思わなくて、すぐに固まる羽目となる。
「ち、違うよっ、怒ってっ」
「しないよ、それに体調が治ってもするつもりはない」
「……一生この思いを味わってろってこと? そりゃ、そうだよね……、それくらいひどいことをしたわけだし。でも、辛いな、責めてほしいなぁ……」
「うーん、責めろって言われてもなあ、あ、和佳姉より胸が小さい」
「はぁ!? あ……、ごめん」
「君の誕生日の次の日にさ、和佳姉が抱きしめてくれたんだ。正直、あの胸の攻撃性にはやられそうになったよ。でもね、和佳姉が失恋中で泣いてたから、それが辛くて涙が出た。山本さんが涙を流すところを見ても、君が泣いているのを見ても悲しくなるんだよ。それってさ、信用している相手が泣いているからじゃないかな。おかしいかなこれって」
「おかしく、ないよ」
こちらだって、自分のせいで泣いてる彼を見て苦しくなったんだ。だから被害者面して泣いてたわけだし。
「お、女の子のそういうところだけで評価を変えるのは良くないと思うけどねっ」
「だね、しかも和佳姉は傷ついていたのに、優しさから抱きしめてくれたのに最低だ」
「だから違うって、私を責めてほしいの」
「じゃあ陽菜乃、手を貸してくれる?」
「はい」
彼は私の手を握って「これで責めたよね?」と笑って言う。
「これは責めたというより攻めただけでしょ」
「上手いっ、というわけで一緒に寝ようよ。ほら、あのときできなかったでしょ」
「……というか、私も失恋中なんだけど」
「自業自得だよっ!」
「あ、ありがと悠っ」
そうそう、そういうことを言ってくれれば良かったんだ。
君が悪いんだぞって言ってくれればそれで。
「……泣かないで、僕は失恋中の女の子に手を出す最低野郎だね」
「……お互い様でいいでしょ? 最低なのは私も同じ……」
「そうだね。……ごめん、本当にちょっとあれだからもう寝るよ」
「うん、おやすみなさい」
そんなやり取りを交わした数時間後、
「なるほど……、彼はひどい人だなぁ、トイレ行けないよー!」
そりゃ体調が悪かったら何時間でも寝られるよね。
そしてそのまま手を握っていたらどうなるか。うん、でも、これでも自業自得だっ。
あ、本当にMなのかもしれない、なんてね。
ま、メインヒロインは陽菜乃のつもりだからね。
過去に付き合っていたことがある女の子なんて沢山いるでしょ。
やらかしたことは重いけど、ね。




