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14.『純粋』

読む自己。

 昼休み。

 僕が自分の席でご飯を食べようとしたら山本さんが廊下を指差して出ていった。

 口があるんだし喋ればいいのにとは思いつつも、僕もその後ろ姿を送っていく。

 彼女が足を止めた場所は以前と同じ場所だ。少しだけ距離があって生徒がすぐにやってこない所。


「ごめんなさい!」


 彼女は唐突に頭を下げて謝ってきた。

 上げてほしいと言ったらゆっくりと彼女は上げてくれた。


「私、本当は知ってたの……」

「うん、だろうね」

「え」

「え、もしかして怒るとでも思ったの? そりゃキツいけど悪いのは僕でしょ。だから山本さんが謝る必要はないよ、わざわざごめんね本当に」


 彼女に泣き顔なんて似合わない。

 そういう表情は平凡以下ぼくが浮かべておけばいいのだ。

 もっとも、全然泣く気にもなれないし、かといって怒りの感情もまるでなかったが。


「ま、ほら、少しでも退屈しのぎになったなら、それでいいよ」

「なん、で……怒る権利があるのに……」

「じゃあ怒らない権利もあるよね? 山本さんが悲しそうな表情を浮かべてたら嫌だからさ、やめてよ。お弁当を食べたいし、教室に戻ってるね」


 教室に戻ってお弁当を食べながら考えるのは和佳のことだ。

 教室で泣いていないだろうか。トイレでご飯を食べていないだろうか。教室に居辛くて保健室に行っていないだろうか。

 傷心中にあげるのも微妙なので髪飾りも渡せていない。というか、他の女の子に渡し損ねた物をあげようとしないほうがいいのかもしれない。

 お弁当を食べ終えて未だに帰って来ない彼女の所に紙袋を持って行くことにした。

 彼女は先程の場所に体操座りをし、膝に顔を埋めているようで。


「山本さん、これ井口さんにあげる予定だったヘアアクセサリーなんだけどさ、貰ってくれないかな?」

「え……」

「あーもう、泣いちゃ駄目って言ったでしょ! とにかく、もうこれ君の物だから!」


 持ってると流石に気分が微妙になるから、とっとと誰かにあげたかったのだ。

 和佳より明るい髪色の彼女がこれをつけたらあれだが、貰ってくれるなら誰でもいい。


「あ、可愛い……」

「そう思って昨日買ったんだよ。でも、帰ろうとしたらふたりに出くわしてね、あげようとしたら受け取ってくれなかったからさ、ごめんって思うならそれ貰ってよ」


 大体、彼女がしたわけじゃないんだ。だったら責められるわけがないじゃないか。

 それに、怒ったところで事実は変わらない。悲しんだところで誰も慰めてはくれない。

 だったら最初からなかったことにして忘れてしまえば、『普通』に戻ることができる。


「もうそれは君のだから捨てていいからね、自分じゃ捨てることができなかっただけだから」

「待って!」

「うん?」

「これありがと! ……あと、結月でいいよ呼び方」

「どういたしまして。それとごめん、信じるのが怖くてさ、当分の間は無理かなって」

「あ……うん」

「とにかくありがと、教室に戻ろうよ」


 山本さんよ、そうやって急に変わるのが怖いんだよ、悪いけど。

 なんでこのタイミングで名前呼びの許可なんてするんだ? 進んで騙されたいわけじゃないぞ。

 気にする必要はない。ただ扱いに困っていた物を押し付けただけなんだから。




 放課後になって帰ろうとしたら井口さんがやって来た。

 これまた廊下で話したいということなので鞄を持って教室から出る。

 少し離れた場所の壁に背を預けて僕は井口さんに言った。


「お誕生日おめでとう、井口さん」

「えっ、ま、まさかそんなこと言われるとは思わなかったな」

「あ、もしかして誕生日のことも嘘だった?」

「いや、それは本当だけど」

「うん、だからおめでとう。それと、もう匠馬君だけ仲良くしてね」


 握手を求めたら握ってくれたので「ありがとう」と言う。


「本当に昨日までありがとう。井口さんみたいな可愛い子といられて嬉しかった、これまで一回もなかったからさこういうの。でも、流石にもうされると……キツいからやめてほしい、ごめん」


 雨だし徒歩登下校をしているので早く帰りたかった。

 和佳の近くにいたかったのだ。外は怖いから、人は信じたら離れていくから。

 彼女は引き止めてこなかった。それがマジでありがたかった。




 家に帰ると和佳が既にいてくれた。

 僕は床に鞄を適当に捨て置いて、ソファに寝転んでいる彼女の前に立つ。


「いやあれだね、キツいわ凄く。僕も正直、失恋みたいなものだよ」

「……やっぱりなにかあったの?」

「うん、本当は井口さんと浅野君が付き合っててさ。つまらなくて僕を騙して時間を潰したかったんだってさ、それはいいんだけど堪えるよねって」

「ひどい……」

「いや、そんなことはどうでもいいんだよ。僕は和佳姉に笑っていてほしいんだ、和佳姉が泣いてたり悲しそうな顔をしていると苦しいからさ。僕にとっての希望はもうお姉ちゃんだけなんだよ」


 いつから呼ばなくなったんだっけ。あ、確か、中学の二年生くらいだったかな。

 長期間喧嘩したことがあって仲直りした後も気恥ずかしくて呼べなくて。

 呼び捨てにすることもできなかったから「和佳姉」って、すぐに考えたのが始まりか。


「お姉ちゃん元気だしてよ、お願いだから……」


 涙をボロボロ流しているところを見ると、こっちも出ちゃうんだよ涙が。

 井口さん、浅野君、山本さん、三人がしたことなんてそんなのはどうでもいい。

 だけどこれは駄目なんだよ、明るく可愛い彼女が泣いてたら駄目なんだ。

 シスコンでもなんでもいい。馬鹿にされても構わない。

 身内が泣いてて心配にならないようなら、その方が問題じゃないだろうか。


「悠君……」

「うん、大丈夫、僕もいてあげるからさ。大して力にはなれないけど、元気になってほしい」


 顔を上げた彼女の涙を指で拭う。

 暖かかった、水滴の温度とか、触れた顔とか、一緒にいられることとかが。


「悠君も泣いちゃだめ」

「うん、これはお姉ちゃんが泣かなければ勝手に終わるから」


 それでも腕で拭っておく。


「ありがとう、泣きやんでくれてありがとう」


 頭を撫でてそのまま抱きしめる。

 少しでも彼女のためにしてあげたい。


「悠君、そろそろご飯作るよ」

「うん、よろしくね」


 離すと彼女は立ち上がり今度は逆に抱きしめてくれた。

 ……こんなときだってのに全面の暴力に負けそうになるなよ僕。


「ありがとう悠君、本当に悠君がいてくれて良かった」

「こちらこそだよ」

「よしっ、ご飯作ります!」

「うん、お願いね」


 かわりにソファへと座って鞄の中からスマホを取り出して確認してみると――


「電話か……しかも山本さんから」


 連絡先を交換した覚えはないけど、まあ掛け直してみようか。


「あ、もしもし?」

「あ、あのっ、み、水谷悠くんですよね!?」

「あ、うん、それでどうしたの?」

「いまから会えないかなって……」

「雨だけど大丈夫なの?」

「うん。駅近くの喫茶店でどうかな?」

「分かった、行くよ。来るなら気をつけて来てね」

「う、うん……そっちこそ」


 和佳に説明して家を出る。

 またハメられる可能性はゼロではないが、今日の昼休みのことを考えると放っておくことができない。

 べつに山本さんにされたわけじゃないんだし、仮にされてもまた割り切ればいい。

 それでもごちゃごちゃ考えつつ歩いていたら喫茶店にはすぐに着いた。

 また窓際を陣取って待たずに座らせてもらう。するとすぐに彼女もやって来て前に座った。


「ご、ごめんね……呼び出して」

「ううん、大丈夫だよ。それよりなにか食べようか」


 ホットケーキ食べられなかったしまた注文しようと決めた。


「水谷くんはなにを注文するの?」

「ホットケーキとレモンティーを頼もうかなって」

「あ、それって前に陽菜乃と来たときと同じ……」

「うん、食べられなかったからさ」

「……なら私もそれにしよ、すみませーん!」


 来てくれた店員さんに彼女が注文してくれて正直楽だ。

 頬杖をついて窓の外に視線を向ける。

 早く梅雨が終わってくれないかな。この雨を見ていたらいつまでも忘れなさそうだから。


「ねえ水谷くん、不満を抱えてるなら言ってもいいんだよ?」

「ないよ不満なんて。君は君がしたいように生きればいいんだよ」


 しょうがないんだ、退屈だったからなにかを使って面白くするのは仕方ないんだよ。

 それに僕だって山本さんを利用としようとした。なにも変わらない、言う権利がない。

 雨の中せっかく喫茶店にやって来て甘い物を食べようってときに、進んで苦味を足す必要はないんだ。


「ありがとう、君も優しいね。僕にはできそうにないことを、できてるから凄いよ」


 程度の差はどうであれ自分が騙した相手にこうして謝罪して、「不満を言っていいんだよ」なんて言える強さは僕にはない。

 恨まれるんじゃないかって、殴られるんじゃないかと不安になって、きっとできないはずだ。


「あ、ホットケーキきたよ、食べようよ」


 フォークで押さえてナイフで切って、それをそのまま口に運ぶと甘さが口内に広がった。いまの苦い胸中を甘さで浄化してくれた。


「誘ってくれてありがとう、なんだかんだ言ってキツかったからさ、これを食べれたら元気になったよ」


 さっきから僕しか喋ってないな。

 ……それに、泣いてたらせっかく甘いのがしょっぱくなっちゃうよ山本さん。


「……何度も言うけどさ、君に泣き顔は似合わないんだよ。いつも教室でしているみたいに笑っててよ、偽物でもいいんだよもう。こうして目の前にいてさ、その相手に泣かれてたらキツいよ……」


 これで二回目だぞ今日は。甘さを純粋に楽しめないじゃないか。

 泣くくらいなら教えてくれよ事前に。それができたのに今更謝ってきて泣かれたって困るんだよ。


「あ、泣いてる、の?」

「……違うよ、それは君だよ」

「拭いてあげる」

「うん……」


 紙ナプキンで彼女が拭いてくれた。

 はぁ、恥ずかし死しそうだ。

 結局、悲しくないなんて嘘に決まってるんだ。

 悲しくないわけがない。騙されて「ありがとう」なんて本心から言えてるわけがない。

 だから優しくされるとキツいんだよ。いっそのことこれも計画の内であってほしい。

 偽物であってほしい。笑われてもいいから、その涙が本物でないことを僕は願う。


「山本さん、今回は君が直接的に悪いわけじゃないけど、自分達のためにやめたほうがいいよ。せっかく魅力的、かどうかはともかくとして見た目良かったりするんだからさ、お願いね」

「……しないよ、って言っても説得力ないか。どうすればいい?」

「え? べつにこれで終わらせてくれればそれでいいよ」

「私、あなたに興味を持ったの」

「ごめん無理、信用できないよ」

「うん、だからこれからの私を見て信用してほしいの」

「分からないな、ただに暇つぶしに利用されるような人間に、よくそんなこと言えるね君は」


 興味を持った、か。それでこちらが信用したら平気で切り捨てると。

 前例があるから信じられない。

 しかも昨日起きたばかりだぞ、失恋した人間に優しくするのなんて裏があるに決まってる。

 というか、僕の場合は興味を持ったくらいで本当に良かった。

 和佳は好きになってしまっていたみたいだから、あそこまで傷ついたんだろう。

 人を特別な意味で好きになって、願いが叶わなくて泣けるって、素敵ではないだろうか。

 僕ではできないことを彼女はしたわけだ。悪いことばかりではない。強くなれるきっと。


「いいから食べなよ。そういう変なこと言わなければいままでどおりでいられるんだからさ」


 いままでどおりがいいんだ。

 もう変に近かったりするのは嫌だった。

 僕は無心でケーキを食べて、レモンティーで下へと更に押し込む。

 やっぱり、甘さを純粋に味わうことがいまの僕にはできなかった。

そりゃ傷つく。

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